「へえー、間宮さんってそういう感じなんだ」
葉月の話を聞いて加恋は意外そうな顔をする。沙苗は黙ってそれを聞いていた。
放課後、3人はいつものようにファーストフード店に来ている。そこで、葉月は今日あった菜緒とのやり取りのことを話していたのだ。
「そうそう。真面目でいい子ぶってるとか、わたしらの勝手な思い込みかも。なんか、正直で素直だよ、あの子。嫌いじゃない」
葉月が嬉しそうに菜緒の話をしていると、沙苗が「でもさ」と急に割って入った。葉月と加恋が沙苗の方を見ると、沙苗は眉間にシワを寄せて不満気な顔をしている。
「わざとっぽくない?だってさ、明らかにうちらとタイプ違うじゃん。なのに、一緒のグループになっちゃって気まずいから何とかハブられないように、とりあえず同じ女子の葉月に気に入られようと……」
そこまで言って沙苗が顔を上げると、葉月はこちらを厳しい表情で見ていた。
「……え、葉月?」
「沙苗、あんた、やけに最近間宮さんのこと悪く言うよね?」
葉月の問いに沙苗は黙り込む。
「確かにさ、わたしも間宮さんのこと好きじゃなかったし、悪く言ったこともあるから……沙苗が間宮さんのこと嫌っててもそれは否定しないよ……だけどさ、なんか無理やり間宮さんのこと悪く言おうとしてない?」
葉月の言葉を聞きながら加恋も頷いていた。沙苗はなんとか取り繕うとする。
「別にそんなつもりは……本当に間宮さんのこと嫌だなって思って……」
「でも、ここのところ毎日だよ?ちょっと変だってば。前はさ、何かしら間宮さんが目立った行動した時くらいだったじゃん。今は極端な話、間宮さんがそこにいるだけで何か言うよね」
葉月の言う通りだった。沙苗は二学期に入ってからずっと菜緒の悪口を言っている。何かしら落ち度を探そうとしているのだ。理由は明白だ。匠が菜緒のことを好きになってしまったから。文化祭の実行委員になったあの日、ハッキリと知ってしまったから。
ただ、匠の前で菜緒の悪口を言えば機嫌を損ねてしまう。だから、あの日から匠の前では菜緒の悪口を言うのはやめた。その代わりに葉月や加恋の前で言うことで発散し、あわよくば2人を挟んで菜緒のネガティブな印象を匠に植え付けられればと思っていた。
そんなの卑怯なのは自分が1番わかっている。だけど、どんどん匠の心が菜緒の方に行ってしまうのを止める方法が沙苗には見つけられなかったのだ。だから、そんな幼稚で馬鹿げたことしかできなかった。そして、今は友人である葉月の心まで菜緒のところに行ってしまうのでは、という嫉妬心から、また無理やり菜緒を悪く言ってしまった。
黙り込んでいる沙苗に葉月は大きなため息をついた。
「百歩譲ってあんたが間宮さんにどうしようもなく恨みを持ってて悪口言わずにいられないっていうなら、それはあんたの気持ちの問題だから受け入れるよ。気分悪いけど、毎日悪口聞き流すくらいはする」
葉月の言葉を沙苗は黙って下を向いて聞いている。
「でもさ、わたしが抱いた気持ちを否定するのは何か違くない?」
沙苗は何も返せないままだった。葉月はそんな沙苗を見て諦めの表情を見せる。
「ごめん、加恋。この子の世話、お願い。わたし今日は無理だわ」
そう言って葉月は2人を残して帰っていった。加恋はその姿を見送り、軽く息を吐いて沙苗の方に目をやった。
「……まあ、わたしは間宮さんのことまだよく知らないし、正直葉月が急に態度変えたのもビックリして理解できてない部分もある」
加恋は慰めるような声で話始める。
「でも、沙苗が間宮さんの悪口をそこまで言うのはもっと理解できない」
加恋の言葉に沙苗は唇を噛み締めた。
「葉月と同じでさ、わたしも間宮さんのこと悪く言ったし、まだ好きになれない部分の方が多い。また何か目立つようなことがあったら、沙苗と一緒に何か言うと思う。だけど……沙苗みたく無理やり悪口探そうとは思わない」
自分のやり方が間違ってることを自覚しているだけに、加恋に指摘されても沙苗は何も言い返せなかった。
「あとね、葉月は言わなかったけど、匠たちの前では絶対に間宮さんの悪口言わなくなったよね?それは匠に嫌われたくないから?」
沙苗は思わずハッとした顔で加恋を見る。
「やっぱりか……多分、いや絶対、匠は間宮さんのこと好きだもんね……匠のこと好きな沙苗からしたら耐えられないよね。自分の方がずっと匠のそばにいるんだもん」
「え、何で……」
沙苗は葉月にも加恋にも、もちろん圭吾や佑斗にも自分の気持ちを伝えていなかった。同じグループで変に気を遣われたり気まずくなったりしたくなくて、バレないように振る舞ってきたつもりだ。
「何となくね……ま、最近になって気づいたんだけど……多分、他は気づいてないと思う」
「そっか……」
「でも、巻き込むのやめてね」
加恋から冷たい言葉が投げかけられて沙苗は顔をこわばらせた。
「嫌われたくないから匠のいるところでは悪口言えないっていうストレスをわたしと葉月にぶつけないでくれる?あと、あわよくばわたしらが何か間宮さんのことを匠に悪く言うように期待するのもやめてね」
「加恋……」
加恋には全て見破られていたらしい。自分の恋心もそれを守るための狡さも。
「しばらく一緒にいるのやめよう」
加恋から発せられた言葉に沙苗はショックを受ける。
「あ、大丈夫。イジメみたいになるのは嫌だから、沙苗を1人にはしないから。葉月と沙苗とわたし、バラバラで1人で過ごすの」
それは精一杯の加恋の優しさだった。沙苗の頭を冷やさせる時間が必要だと思ったが、沙苗だけハブくようなまねはしたくなかった。これが正解なのか分からないが、加恋が考えられる唯一の方法だった。
「葉月には話しておく」
そう言って加恋は席を後にした。沙苗は溢れそうになる涙を抑えながら、少し遅れて店を出た。
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