「……なんでお前と昼飯食わなきゃいけねえの?」
隣に座る匠に、淳人は不満げに尋ねた。匠は無理やり淳人を昼食に誘った。匠の意図が分からない淳人はあからさまに嫌がっていたが、匠は半ば強引に屋上へと淳人を連れてきたのだ。
「俺だって食いたくねえよ、お前となんか」
「じゃあ、なんで……」
「菜緒に告白した」
突然すぎる匠の言葉に、淳人は持っていたパンを落としそうになった。
「は?いつ?」
「1月28日、俺の誕生日。放課後デートした後に」
匠は機械的に淳人の質問に答えて黙ってしまった。
「で?」
「それだけだ」
「は?」
「結果は言わねえ」
「何でだよ」
人をもてあそぶような態度を取る匠に淳人はイラっとした。そんな淳人を見て匠はニヤリと笑みを見せた。
「お前もちゃんと告白したら教えてやるよ。自分だけ何もせずにライバルの結果を聞こうなんて甘いな」
匠の態度に腹は立ったが、確かに一理あるかもと思い淳人はそれ以上何も言わなかった。
「俺の言いたいことは言ったから、別のとこで飯食ってもいいぞ」
「……何だよ、それ。ずいぶんと勝手だな」
「俺となんか食いたくねえだろ?」
「まあな……久々に誰かと食う飯の相手がお前っていうのは残念だよ」
「ひでぇな……いまだに1人で食ってんの?」
「ああ……」
淳人の返事を聞いて匠は少し呆れたようにため息を吐いた。
「もういい加減、周りと壁作るのやめりゃいいのに……まだ噂してるやつもいるだろうけど、それでもだいぶ前から誤解も解けてきてるだろ……お前と仲良くしたいってやつも増えてきてんじゃねえの?……っていってもあれか、お前の心の傷の問題か」
似たような経験をした匠には淳人の気持ちが理解できた。自分は図太いというかそこまで繊細な心は持っていなかったので引きずることなく、新しい環境でスムーズに新しい人間関係を作ることができたが、そうじゃない人間……淳人のようなタイプにとってはそれは難しいだろう。
「……臆病なだけだよ。頭では分かってんだ、クラスのやつらとか野球部のメンバーたちは中学の時のやつらとは違うって……だけど、どっかでブレーキかけちゃうんだよな……これ以上仲良くなってまた傷ついたら嫌だって」
淳人は臆病な自分をあざ笑うかのように話した。
「まあ、ただそんな中でも自分なりに信頼できる人たちはいるから、そういう人たちの関係を大事にしていけばいいかなって……」
「菜緒とかな……」
「まあ、そうだな……間宮さんだけじゃないけどな」
匠の言葉に淳人は頷きつつも、菜緒やそれ以外に今自分が信頼できる人たちの顔を思い浮かべていた。そして、ある人物の顔が浮かんだ時にフッと笑った。匠がその様子を不思議そうに見ていると、淳人は匠の方を見て意味ありげに微笑んだ。
「……お前のことは嫌いだけど、結構信頼はしてるよ」
「は?」
まさか淳人がそんなことを言い出すと思っていなかった匠は返事に困ってしまった。
「……嫌いだけど、お前嘘つかないじゃん。裏表もないし、感情素直に出すし……そういうのは信頼できる……」
「ふーん……そりゃ、どうも」
具体的に淳人から褒められて匠はますますどうしたらいいか分からなくなっていた。
「……嫌いだけど、話してて楽だしな。自分の気持ち、割とさらけ出せるし」
「そりゃよかったよ」
「……嫌いだけど、お前には壁作ってるつもりないよ」
「……お前さ、いちいち頭に“嫌いだけど”って付けんなよ」
ちょっとイラっとした様子で匠は淳人に言った。淳人は自分が意図的にやっていたことにやっと匠がツッコんだので、おかしくなって笑ってしまった。
「褒めて変に勘違いされても困るから、念のため全部に嫌いって入れておいた」
「別にしねえよ!」
淳人にからかわれたことに腹が立って匠は思わず大きな声を出した。淳人は子供みたいに楽しそうに笑っている。あまりに淳人が楽しそうに笑うので、匠は怒る気力も失せて一緒になって笑ってしまった。笑いながら匠は、淳人のこんな笑った顔を初めて見たことに気がつくと同時に、これがきっと本来の淳人なんだろうなと感じた。そして、菜緒といるときはこんな表情をいっぱい見せてるんだろうなと、ふと思った。
2人の笑いが落ち着いて、少しの沈黙が流れた後、淳人がそっと口を開いた。
「……間宮さんには近々気持ち伝えるよ」
匠は特に驚きもせずに「へえ」とだけ答えた。
「そしたら、報告するな。お前の結果も気になるし」
「じゃあ、そん時はまた一緒に飯食うか」
「……嫌いだけど、そうするわ」
「お前なかなか性格悪りぃな……やっぱ嫌いだわ」
お互いに言葉は穏やかではなかったが、そう言いあった2人は笑顔だった。
――まあ、結果聞かなくても分かってんだけどな……。
匠はそんなことを思いながら、「頑張れよ」と声を掛けた。
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