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第8話 幼なじみの勘

公開日時: 2022年6月7日(火) 07:00
更新日時: 2022年6月7日(火) 21:50
文字数:2,063

練習が終わった野球部の部室で、かおりは今日クラスであったことを正紀に話していた。その話を聞き終わって、正紀は満足そうな笑みを浮かべながら大きく頷いた。そんな正紀の反応をかおりは不思議そうに見つめる。


「何、そのリアクション」


「いや、菜緒っぽいなって思って」


「そうなの?」


今日の菜緒の行動に驚いていたかおりは、一体何が菜緒っぽいのか分からなかった。そんなかおりに対して正紀はどこか嬉しそうに話を続ける。


「普段は比較的穏やかなんだけどさ、大切な人が傷つけられたり人を見下すような態度取るやつがいたりすると、相手が誰であろうとスイッチが入っちゃうんだよ」


確かに今日の匠は淳人を見下すような態度をとっていたなと、かおりはホームルームのことを思い返していた。


「じゃあ、今日は人を見下すような態度を取ったやつがいたから菜緒はキレたってことか……」 


「それと……だな」


かおりの言葉に対して正紀は意味ありげに呟いた。


「え?どういうこと?」


かおりは一瞬意味が分からなかったが、少し前の正紀の言葉を思い出してハッとする。


「あ!え?そういうこと?……大切な人が傷つけられたから……」


少々混乱しながらも何かに気がついたかおりの言葉に正紀は笑みを浮かべる。


「ま、俺の単なる勘だけどね。菜緒がどこまで意識してるかは分かんねえよ」


「そっか……確かに有り得ない話ではないかも……」


かおりは、グループで話していた時に菜緒が淳人を庇うような発言をしていたことや愛華を通して聞いた淳人から菜緒に挨拶をしたということ、その後菜緒本人から聞いた挨拶を交わすきっかけになった図書館での淳人との会話のことを思い出していた。そして、今日の菜緒の行動を振り返った上で、正紀の勘が当たっているかもしれないと思った。


「どうしよう……明日菜緒にあったらニヤニヤしちゃいそう……」


かおりは両手で頬をおさえながらワクワクした表情をしていた。正紀はかおりの表情を見て笑う。


「すげー楽しそうだな」


「えー、だって、いいじゃん。なんか友達の恋の話って」


「変に意識させるようなこと言うなよ。あくまでも俺の勘だからな」


ちょっぴり浮ついているかおりを見て正紀は心配そうに忠告する。かおりは「わかってる、わかってる」と言いながら頷いた。


「……あ、でもさ」


急にかおりは真顔になって何かを心配するような表情をする。正紀は突然表情を変えるかおりを見ながら「忙しいやつ」と心の中で思っていた。すると、かおりから思わぬ言葉が発せられる。


「木村が失恋しちゃうじゃん」


「……」


「……」


「……は?」


少しの沈黙の後、正紀はそう発するのが精一杯だった。それに対してかおりも「え?」と言うだけだった。


「……ごめん、宮下。何の話?」


「菜緒がもしかしたら蓮見のことを……っていう話」


淳人はすでに帰っていて残っている他の部員たちもそれぞれで話していてこちらの会話が耳に入っている様子はなかったが、かおりは念のため声のトーンを落とした。


「だよな。菜緒の話だよな」


正紀は考え込みながら、そう言ってかおりに確認した。かおりは、2度首を縦に振って正紀の言葉を肯定した。


「……じゃあ、何で俺が失恋とかっていう話が出てくるんだ?」


正紀は1番確認したかったことをかおりに問いかけた。


「え、だって木村は菜緒のこと好きでしょ?」


かおりは当たり前のように答えた。正紀はその答えにしばし言葉を失ったあとで全力で否定をする。


「いやいやいやいや!いつそんなこと言った?」


「違うの?」


「違うよ。いや、そりゃあ菜緒のことは人として好きだけど、恋愛感情はないから」


「そうなの?幼なじみってそういうもんじゃないの?」


否定する正紀にかおりは驚いて尋ねる。


「ドラマとか漫画のイメージで幼なじみを見ない方がいいぞ。期待に沿えなくて申し訳ないけど、俺と菜緒の間に恋愛感情が生まれたことは一回もないから」


「うそー、そうなんだ」


かおりは、ちょっぴりガッカリした表情を浮かべていた。正紀はそんなかおりを見て苦笑いする。


「なんか、ごめんな」


「最初はてっきり付き合ってるのかと思ったけど、菜緒と一緒にいるうちにそうじゃないんだって分かってきて、菜緒は木村には恋愛感情は持ってないってことも分かって……あ、これは男の子の幼なじみが実はずっと想い続けてるパターンのやつかって思ってたのに」


「なんだよ、そのパターンは」


「えー、結構あるじゃん、そういうの。それでなかなか告白できないうちに女の子の方に彼氏ができて、みたいな。だから、てっきり……」


「決めつけがすげーな」


そう言いながら正紀は笑った。かおりもそれにつられて笑って、そして安心した顔になる。


「でも、良かった。木村が失恋しなくて」


「ご心配どーも」


「これで心置きなく菜緒と蓮見を応援できるわけだ」


「そうだな」


心の底から嬉しそうに笑うかおりを見て、正紀は菜緒がいい友達を持ったことを嬉しく思うと同時に、友達の恋を全力で応援しようとするかおりのことを可愛いなと感じたのだった。正紀の中でも何かが動き出そうとしていたが、それはもう少し先の話ー。

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