球技会まであと2週間となり、どのクラスも休み時間や放課後などの時間を利用しての練習に余念がない。菜緒たちのクラスもそれぞれが時間の合う時に練習に参加しながら、少しずつ結束を強めていった。
今年の種目は男子はサッカーとバスケ、女子はバレーとソフトボールだ。バスケとバレーに関しては各クラスごとにAチームとBチームがある。中には種目を掛け持ちをしている生徒もいる。
そんな中、バスケのBチームはある問題を抱えていた。メンバーの1人である匠が一度も練習に参加していないのだ。ホームルームでの一件を余程根に持っているのか、球技会には非協力的な態度を貫いている。一部の生徒が担任の向井に訴え、向井も匠を説得したが、あまり効果はなかった。
そんな中、菜緒たちの1年A組がホームルームの時間に体育館とグラウンドを使って練習できる日がやって来た。案の定、匠はサボって屋上に逃げていた。
「全くあいつは……」
担任の向井は匠がいないのを確認すると、探しに行こうと体育館を出ようとした。すると、淳人が向井を呼び止める。
「俺、行きますよ。実行委員だし」
淳人が実行委員になった経緯から、向井は淳人がそんな申し出をするとは思わず驚く。
「そうか……でも大丈夫か?」
「吉川は嫌がるかもしれないし、連れて来られる保証はないですけど、話に行く分には別に大丈夫ですよ。先生はクラスを見てた方がいいと思いますし」
淳人は特に気負う様子もなく涼しい顔をしている。向井は少し心配ではあったが、クラスに馴染めていない淳人がクラスのために何かしようとしてくれている心意気を買って、匠の説得を託すことにした。
「じゃあ、悪いけど頼むな」
淳人は「はい」と返事をして匠がいるであろう屋上へと向かった。
匠は屋上のベンチに寝そべっていた。グラウンドでサッカーとソフトボールの練習をするクラスメートたちの声が微かに聞こえてくる。
「……くだらねえ」
そう呟いた時、屋上の扉が開いた。俺以外にも誰かサボるやつがいるのかと特に気にも止めずにいると、予想していなかった人物の声が自分の名前を呼ぶのが聞こえた。
――なんで、あいつが……
そう思いながら、匠は返事をせず寝そべったままだった。すると、その人物はこちらに近づいてきてもう一度自分の名前を呼ぶ。匠は少し苛立ちながら、返事はせずに起き上がった。
「聞こえてたんだな」
分かってはいたが、やはりそこにいたのは淳人だった。
「……何しに来たんだよ」
「練習来いよ」
「……行かねえよ」
「だろうな」
自分が何と答えるかはお見通しだったかのように、さらりと返事をした淳人の態度に匠は腹が立った。
「何なんだよ、バカにしてんのかよ」
「……俺、なんかバカにするようなこと言った?」
表情を変えずに飄々と聞き返してくる淳人の問いには答えず、匠は舌打ちをした。
「本当お前ムカつくな」
「……俺のこと嫌いなのは分かったけど、それを練習サボる理由にすんなよ。関係ないやつを巻き込んで楽しいか?」
相変わらずクールな顔をして匠の言葉に何も動じていない様子の淳人に匠は呆れたように笑う。
「途中で見捨てて迷惑かけるくらいなら最初からいない方がいいだろ」
何か意味を持たせて放たれた匠の言葉に淳人は何も言い返さなかった。そんな淳人を見て匠は意地悪く微笑む。
「ま、こっちはたった1日の球技会だからな。見捨てるっつっても、例えば、練習はずっと来てたのに本番だけサボるとか、そんなもんだけどな」
何も言わずにじっと自分の話を聞いている淳人に対して、匠はさらに続けた。
「……ずっと部活の中心にいたくせに自分のミスで負けてみんなの夢潰しておいて逃げ出すような見捨て方とは全然違うよな」
そこまで言った時、匠は初めて淳人の表情が変わったのを感じた。
「……練習も本番も来たくないなら来なくて構わないよ」
球技会とは別の方向に話を持っていこうとする匠の態度に淳人は完全に説得を諦め、少し投げやりに言い放った。向井を止めてまで説得に来たのに却って匠の気持ちをかたくなにしてしまったという自分の力不足を感じ、淳人はため息をついた。そして、匠に背を向けドアの方へと歩き出した。まるで自分の話などなかったかのような淳人の反応に匠は苛立ち、叫ぶように言葉を投げつけた。
「お前、よく野球続けられるな」
ドアの取っ手に手をかけようとした淳人の動きが止まる。
「お前のせいで大事な試合負けて先輩たちの夢潰して、夢を引き継ごうと頑張ってる仲間を見捨てて野球部辞めて、チームを弱くしておいて……自分だけ強豪校にスカウトされてのうのうと野球続けてるなんて卑怯だよな」
匠はそこまで言い切って満足そうな顔をしている。淳人は振り向くことなく立ち止まったままだ。何も言い返してこない淳人に、さらに匠は言葉を続ける。
「……この話を知らないやつらが聞いたら、ますますお前ひとりぼっちだな」
バカにしたような表情をしながら、匠はからかうように言った。
「それで?」
匠に背を向けたままずっと黙っていた淳人は一言そう言って、いつも冷静な顔で匠の方に振り向く。なにも動じていないような淳人の態度が自分をバカにしてるような気がして、匠はついムキになった。
「何強がってんだよ!本当は1人で惨めなくせに!」
「何が惨めなのかよく分からないけど……さっき吉川が言ってたことは何も間違ってないし、それを隠す気も無い。言いたいなら言いふらしてもらっても構わないから」
淳人は落ち着いたトーンでそう言うと再び匠に背を向けて屋上を出ようとする。どこまでもクールな淳人に匠は腹が立って仕方なかった。どうしても淳人にダメージを与えることを言いたくなった。
「間宮さんに言ってもいいのかよ」
「……なんで間宮さん限定なのか分かんないけど、別にいいよ。それを言う言わないを決めるのはお前だし、それ聞いてどう思うか決めるのは間宮さんだし」
淳人は「じゃ」とだけ言い残して、屋上を出て行く。自分だけが空回りしていたのを感じて匠はどうしようもなく苛立ちベンチを蹴った。
「なんなんだよ……あいつ!」
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