――面倒なことになったな……
菜緒は野球部の練習試合を観に来ていた。そして、今数人の他校の生徒に絡まれている。自動販売機で飲み物を選んでるところに、明らかにチャラくて厄介そうな男子たちに話しかけられて逃げられなくなってしまった。あいにく、今日は1人で来ているため助けを求める相手もいない。
「ねえ、俺らと遊ぼうよ」
「もし、友達も一緒なら呼んできてよ」
「野球なんか見るより、俺らといた方が何千倍も楽しいから」
菜緒はひたすら黙って耐えていた。口を開けばいくらでも言葉は出てくるだろうが、それすらも面倒な相手だと思った。なので、その男子たちが飽きて去ってくれるのを待っていた。しかし、なかなかしつこい。
「高校はどこ?家はどの辺?」
「名前教えてよ」
一向に話そうとしない菜緒の態度に腹を立てたのか、1人の男子が自動販売機を背にしている菜緒の前に立ちはだかり、自動販売機に思いっきり手をついて菜緒を追い詰める姿勢になった。
「調子に乗ってんじゃねえよ」
へらへらした感じだったその男子が急に態度を変えたので、さすがに菜緒は恐怖を感じた。だが、怯んだら負けだと思い黙ったまま相手を睨みつけた。周りの人々が異変に気づき始めて他の2人はまずいと思ったのか、慌てて止めに入る。
「やり過ぎだって」
「やめろよ、矢田部」
菜緒はその名前に聞き覚えがあった。矢田部……矢田部涼太、中学時代の淳人を苦しめる原因を作った人物だ。それに気づいた瞬間、菜緒はどうしようもない感情に襲われた。何か言ってやろうと思ったが、自分が感情的に動くことで、後々淳人に迷惑がかかる可能性を考えた。万が一、淳人と涼太が鉢合わせたら……そんなことを菜緒が考えていた時、菜緒に絡んでいる男子たちとは別の声がした。
「お久しぶりです。矢田部先輩」
涼太の陰に隠れて姿は見えなかったが、菜緒にはそれが誰なのかハッキリわかった。菜緒の方を見ていた涼太もその人物が誰なのか気づいたようで、悪意のこもった笑顔で振り向いた。
「蓮見か、久しぶりだな。元気してたか?」
「……その子、離してもらっていいですか?」
淳人は質問に答えず、涼太を睨みつけながらこちらに近づいてきた。
「は?……何?お前の女か?」
涼太はからかうように言った。淳人は質問を無視し続けている。
「何も喋んなくてさ、つまんねえし、かわいくねえ女だな……まあ、ハブられてたようなお前にはピッタリだよ」
自分はどう言われても構わなかったが、淳人をバカにするような涼太の言葉に菜緒はカチンと来てさすがに何か言ってやろうと思ったが、淳人に目で制された。
「そうですね。先輩にはそう見えるんでしょうね。それでいいと思います」
挑発に乗らない淳人の言葉に涼太は眉間にシワを寄せた。自分に反抗的な態度の淳人に明らかに苛立っている。しかし、淳人はそんなのお構いなしだ。
「……ただ、俺にとっては大切な人なんで」
淳人はまっすぐ涼太を見ていた。涼太は予想外の淳人の態度に呆気に取られている。淳人はそんな涼太に構うことなく、菜緒の手を取った。
「先輩は他にいい人探してください。……試合があるんで失礼します」
そう言って淳人は菜緒の手を握ったまま帽子を取って涼太にお辞儀をした。そして、そのまま菜緒と2人で去っていった。残された涼太はただ立ち尽くすだけだった。他の2人の視線に気がつき強がるのが精一杯だった。
「何だあれ、ダッセー」
淳人と菜緒は自動販売機からだいぶ離れた池がある場所に来た。淳人は必死に冷静さを装っていたが、実際はそうではなかった。菜緒をどうにか助け出すことに夢中で、気がついたらここまで来ていた。菜緒の手を握ったまま。
「蓮見くん?」
菜緒に呼び止められて、淳人はハッとした。そして、自分の手元を見て我に返った。
「あ、ごめん!」
淳人は慌てて手を離したが、顔の温度の上昇は止まらなかった。それは、菜緒も同じだった。ほてる顔を押さえながら菜緒は淳人の方をチラッと見た。
「ありがとね……」
「いや、空き時間でさ、軽くランニングしてたら、たまたま間宮さんと先輩が見えてさ……正直そっからはよく覚えてない……とにかく助けないとと思って」
淳人は赤くなっている顔を隠すように手で口を押さえながら話している。そして、心配そうにチラリと菜緒の方に視線を送った。
「怪我とかはしてない?」
「うん、平気」
一向に恥ずかしさが抜けない2人の間に沈黙の空気が流れる。淳人は1つ息を吐いた。
「勝手に手握って、こんなところまで連れて来ちゃってごめん……」
「ううん、謝らないで……むしろ、わたしの方こそ迷惑かけちゃって……試合前なのに……」
申し訳なさそうにする菜緒に淳人は笑顔で首を横に振った。
「それは気にしないで。……それにほら、前約束したじゃん。もし間宮さんに何かあったら、俺が守るって……」
ようやく顔の熱さが引いてきたところだった淳人の顔は再び熱さを増した。それは、言われた菜緒の方も同じだった。その後、淳人の空き時間が戻るまで、2人は自分のドキドキが相手に伝わらないように途切れ途切れの会話をするので精いっぱいだった。
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