夏祭りの翌日、菜緒の部屋にはかおりが遊びに来ていた。家に入った瞬間から、かおりはずっと緊張した面持ちだった。部屋に入っても正座をしたままだ。
「かおり、足崩して……」
ジュースとお菓子を持って部屋に戻ってきた菜緒は、姿勢が変わらないままのかおりを見て苦笑いする。
「う、うん」
そう返事をしながらもかおりは微動だにしなかった。菜緒は笑いながらジュースとお菓子をテーブルに置いて、かおりの向かい側に座る。いつもなら自分からどんどん話してくるかおりが黙ったままだ。そのまましばらく沈黙が続いた。一向にかおりが喋りそうにないので、菜緒の方から口を開いた。
「マサくんと付き合うことになったんだって?」
かおりは目を見開いて驚く。
「何で分かったの!?エスパー!?」
「いや、マサくんが……」
「え!?木村、もう言ったの!?」
菜緒は大きく首を縦に振る。昨日菜緒が家に着いて1時間後くらいしてから、ウキウキの正紀が家にやってた。そして、かおりへの告白の成功と協力への感謝を伝えに来ていたのだ。
「てっきり、かおりはそのこと知ってて今日来たのかと……」
「いや、知らないし!菜緒が知ってるって分かってたら、こんな緊張してないよ」
「うん、だからなんでそんなに固くなってるのかなーって思って」
一気に脱力したかおりを見て菜緒は笑った。
「あの、多分、口止めしないと情報は全部わたしに筒抜けになると思って方がいいよ。特にマサくんにとって嬉しいことは」
正紀は昔からそうだ。恋愛に限らずだが、嬉しいことがあると誰かに話さずにはいられない性分なのだ。特に菜緒には事あるごとに報告するのが当たり前になっている。
「あいつ……」
かおりはガックリとうなだれた。確かに、部活でも何か嬉しいことがあると、聞かれてもいないのに他の部員たちに話している場面を何度も見たことがある。マネージャーである自分もその相手になったことがあった。
「あの、安心して。わたしから他に漏らすことはしないから」
肩を落としているかおりをフォローするように菜緒は言葉を加えた。
「ありがとう……」
かおりは大きなため息をついた。
「まあ、でも、とにかく良かったね」
菜緒がそう言って笑顔を見せると、かおりはテレくさそうに「うん」と頷いた。その姿がなんだかとても可愛らしくて、菜緒は微笑ましい気持ちになった。と同時にあることに気がついた。
「っていうか、かおりってマサくんのこと好きだったの?」
いずれ聞かれるだろうと覚悟していたかおりは気まずそうに笑って小さく頷いた。そんな反応を見て、菜緒は興味津々の顔になる。
「いつから?なんで?どんなところが?」
「ちょっと……菜緒、落ち着いて」
質問攻めの菜緒をかおりは手で制した。逆の立場だったら自分がそうするであろうことをされて、かおりは戸惑っている。
「ハッキリとしたきっかけはないんだけど、なんか気づいたら気になってて……一緒にいると楽しくて……で、あいつが他の女子と話してるとちょっと妬けて……」
かおりの話を菜緒は嬉しそうに聞いている。かおりは段々と恥ずかしくなり顔を真っ赤にして、テーブルに顔を伏せてしまった。
「これ以上は勘弁して!」
その様子を見て菜緒はさらに嬉しそうに笑う。
「本当に大好きなんだね、マサくんのこと」
かおりは少し顔を上げてチラリと菜緒を見る。
「……うん」
「そっか、そっか……でも、本当に良かった。蓮見くんとも心配してたんだ」
菜緒の言葉を聞いてかおりはハッとして顔を上げた。
「そうだよ!それ!わたしてっきり蓮見と菜緒をくっつけるための計画かと思ってたのに!」
「あ、やっぱり?だから、余計に心配だったんだよね。ちょっと計画とは違う形でマサくんとかおりが2人きりになっちゃったから……まあ、結果オーライだね」
昨日のことを振り返りながら笑う菜緒をかおりは真剣な顔で見つめる。かおりの表情の変化に菜緒は戸惑った。
「で?そっちはどうだったの?進展は?実は付き合ってるとか?」
すっかりいつものかおりの調子に戻ったのか、グイグイと質問攻めをしてきた。
「いや、こっちはそういうつもりじゃないから別に何も……」
「そうなの?」
残念そうな、でもまだ何かを探りたそうな雰囲気を出しながらかおりは菜緒を見つめる。このままじゃ納得してくれなさそうなので、とりあえず昨日のことを簡単に話した。話を聞いたかおりはニコニコと菜緒を見ている。
「なんか良い雰囲気じゃん!」
「そうかな?……うん、でもすごく楽しくて幸せだった」
そう言って菜緒はテレくさそうに笑った。
「告白してみたら?」
その言葉を聞いて菜緒は急に顔をこわばらせた。“告白”という単語を聞いた瞬間に菜緒の表情が変わったのを見て、かおりは疑問に思ってることを思い切って聞いてみることにした。
「菜緒、何かトラウマでもあるの?」
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