「蓮見くん!どういうこと?」
ある日の昼休み、1年A組の教室に3年生の女子数名が勢いよく入ってきた。そして、次の授業への予習をしていた淳人の机の周りを囲んでいる。教室内は一体何事かとざわついていた。菜緒たちも少し離れた場所からその様子を見ている。クラスメイトたちは落ち着かない様子だが、当の本人はいつもと変わらぬ表情をしていた。
「何ですか?」
興奮した様子の3年女子たちとは対照的に、淳人は相変わらず冷静だ。
「何って……」
「僕、先輩たちに何かしましたっけ?そもそも初めましてですよね?」
怖いくらいマイペースな淳人を周りはハラハラしながら見ている。菜緒は心配ではあるものの、淳人らしい反応に思わず笑みをこぼれてしまう。
「そうだけど……わたしたちにじゃなくて!」
「遥のことよ!」
遥、とは小田遥《おだはるか》のことである。学校1の美女と言われ、勉強もスポーツもナンバーワンで、男女問わず人気があり憧れの存在だ。恋の噂も絶えなくていつでも彼氏がいて、振られたことがないと言われている。その遥のことで、淳人は何か訴えられているようだ。
「遥のこと振るなんてどういうこと!?」
1人の女子から発せられた言葉にクラスはさらにざわついた。あの遥を振る人間がいるのかと、信じられない様子だった。そもそも遥の方から告白をすること自体が驚きでもある。皆が噂で知っている限り、これまで遥が付き合った彼氏たちは全員自ら告白をしているはずだ。
「いや、どういうことって……小田先輩のこと振っちゃいけない決まりとかあるんですか?」
3年女子たちの問いかけに対して顔色ひとつ変えずに淳人は返事をした。
「いや、ないけど……あの遥だよ?振る理由なんてないでしょ?」
「ありますよ」
淳人はあっさりと答える。
「ないでしょ!遥の何が不満なの!?」
「あ、先輩がどうのこうのってことじゃないです。僕の気持ちの問題なんで」
「なによ、それ」
クラスメイトたちは、始めのうちは淳人の態度にハラハラし遥を振ったことを信じられないという気持ちでいっぱいだったが、3年女子たちから淳人に浴びせられる問いかけを聞くにつれて、淳人の方が至極まっとうなことを言っていることに気づき始める。なんであの人たちは小田先輩を振ることを絶対悪のように話しているのだろう、よ。
「言わないとダメですか?」
「言えないような理由なわけ?っていうか、なんでそれをちゃんと遥に言わないの?」
「聞かれなかったんで……」
「で、理由は何?」
すんなり理由を言おうとしない淳人に対して、3年女子たちは大した理由などないのだろうと、何故か高をくくって強気な態度になった。周りで見ていたものたちの中には、そんな態度に腹を立てているものもいて、何とかあの人たちを言い負かしてほしいと本題からズレた応援を心の中でしていた。
「……好きな人がいるんで。それだけです」
淳人はキッパリと言い切ると、3年女子たちは一瞬言葉を失った。しかしすぐに勢いを取り戻して淳人を問い詰める。
「誰よ、それ!」
「いや、さすがにそれは言いません。本人にだけ伝えればいいことなんで……」
さすがの淳人も困った表情を浮かべ始めた。すると、遥が慌てて教室に入ってきた。
「ちょっと、みんな、何してんの!?」
「遥!だって……」
「遥が可哀想で……」
「こんなことされてもわたし困るし、何より蓮見くんに迷惑だから」
遥は厳しい口調で女子たちに言った。そして、淳人の方を向き頭を下げた。
「ごめんね、蓮見くん、迷惑かけて……」
「いや、別に大丈夫です……」
「クラスのみんなもごめんね、せっかくの昼休みに……」
遥がそう言ってクラスに呼び掛けると、友人である女子たちも申し訳なさそうに頭を下げた。そして、遥に連れられそそくさと教室を出て行った。
一瞬だけ教室に静寂が走ったあと、クラスは大騒ぎになった。何人かの男子が淳人の元へ駆け寄る。
「蓮見、お前何で小田先輩振っちゃったんだよ!」
「もったいねえよ。美人で性格も良くて何でもできて……」
「だとしても、俺には関係ないし、俺の好きな人は別の人だから」
盛り上がる男子たちをよそに淳人はそれだけ言い切って、再び授業の予習を始めた。そんな淳人の態度に、盛り上がって話し掛けた男子たちは「蓮見らしいな」と苦笑いしながら自分の席へと戻っていった。菜緒は淳人の様子を呆然と見つめていた。
――好きな人、いるんだ……
ハッキリと言った淳人を素直にかっこいいと思うと同時に、淳人に好きな人がいると思うと何とも複雑な気持ちになってしまった。
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