学年が変わっても涼太たちの淳人に対する嫌がらせは続いていた。淳人は変わらず笑顔でそれらに耐えていて、周りは何も言えずに見ているだけ、そんな状況も変わっていなかった。
淳人がエースになってから南中の野球部はぼぼ負け知らずだった。強いチームになっていた……わけではなく、淳人のピッチングのおかげで結果的に勝つ試合が増えていただけだった。
だが、野球部以外の生徒たちや教師、保護者たちは「たくさん勝っている」という結果だけで「南中野球部が強くなっている」と勘違いしていた。それに関しては野球をよく知らない者も多いので仕方ないことだったのだが、あろうことか野球部の部員たちのほとんど、さらには顧問の伊野までもそんな勘違いをするようになってしまっていた。
実際は、淳人が少ない失点で抑えて打線が何とか点を取って勝つ、例えば1-0、2-1みたいなスコアで勝つことが多かった。あるいは0-0の引き分けで負けなかったとか、そんな試合ばかりだ。大量得点して勝つことは稀で、淳人が投げない試合は大量失点して負けることも少なくはなかった。
そう、淳人の実力がズバ抜けていただけで、チームは何一つ強くなっているわけではなかった。「皆で強くなったチーム」ではなく「1人の強いものに頼りきったチーム」だったのだ。
「今年はうちの野球部、全国大会行けるかもしれないな」
「なんなら全国で優勝もできるかもって」
「何人くらい強豪校にスカウトされるんだろうね」
「去年の秋からほぼ負けなしの勝率9割だもんな」
夏の大会が近づくにつれて、南中野球部に対する期待はどんどんと高まっていた。誰もが南中野球部が始まって以来の快挙を信じて疑わなかった。
ところが、その夢はもろくも崩れ去ってしまう。なんと、南中野球部は地区大会の1試合目であっさりと負けてしまうのだった。
スコアは0‐1。敗戦投手は蓮見淳人。
「なんだよ、負けちったよ」
「期待させておいてひでぇな」
「いくら今まで勝ってても、こういう大事な試合で負けてたら意味ねえよな」
スタンドで応援していた者たちは口々に野球部への不満をぶつける。皆それぞれに勝手なことを言いながら。
試合後のミーティング。雰囲気は最悪だった。自分たちは強いと思っていた部員たちの落ち込みは酷く、誰も何も言えないままだった。顧問の伊野も自分が作り上げた強いと思っていたチームがこんなところで負ける現実を受けいれられずにいた。
「っていうか、蓮見のせいじゃね?」
しばらく続いた沈黙を破ったのは涼太の言葉だった。淳人は黙って涼太の方を見る。
「そうだろ?お前があのファールボールを取ってれば、あの1点防げただろ」
涼太が言っているのは9回表の相手の攻撃の時のことだ。その回、4番と5番を抑えて2アウトまで取っていた淳人だったが、6番打者ファウルを打たれる。そのバッターが打ち上げたボールは1塁線側のファウルゾーンに飛んだ。追いかけて飛び込めば取れたボールだったが、怪我の怖さがあり取ることを躊躇してしまったのだった。そして、その後に投げたボールをスタンドに運ばれてしまう。結果、それが試合を決める1点となった。
「そうですね……」
淳人は色々と思うこともあったが、涼太の言っていることも間違いではないのでグッと堪えて、そう返事をするしかなかった。
「野球っていうのはさ、ピッチャーが点取られなければ負けないスポーツなんだよ。エースのお前がそれをできなくてどうするんだよ!」
涼太はわざとらしく大声を出し周りの同意を求めるように、もっともらしいことを言いながら、淳人を反論できないようにしていった。すると、普段から涼太と一緒に淳人に嫌がらせをしていた部員たちも次々と声を上げる。
「もしかして怪我が怖くてボール追いかけなかったのか?」
「怪我してる間にエースの座を取られるのが怖くてか?」
「お前は負けてもいいよな。来年があるから」
「今年で終わりの俺たちみたいな必死さが足りなかったんじゃねえの?」
どんどんと浴びせられる心無い言葉を淳人は黙って聞いていた。他の部員たちは下を向いている。普段淳人と仲良くしている2年生たちも3年生たちには逆らえない。もちろん今年入部したばかりの1年生たちも何も言えない。
「……その辺にしろ、お前ら」
これ以上は良くないと思った伊野はやっと口を開いた。さすがの矢田部たちも伊野を押し切ってまで続けることはしなかった。伊野は呆れながら一つため息をついて淳人の方を見た。
「蓮見」
伊野に呼ばれて淳人は返事をする。少しの沈黙が続き、淳人は黙って伊野の方を見ていた。すると、次の瞬間、耳を疑うような言葉が伊野から発せられた。
「……みんなに謝れ」
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