『野球部が蓮見を見捨てたんだ』
菜緒は徹の言葉を心の中で繰り返していた。
「それってどういうこと?」
「実は俺の友達に蓮見と同じ野球部だったやつがいて、そいつが色々話してくれたんだけど……」
徹は南中の野球部で淳人に起こっていたことをかいつまんで話した。
「……そんな、ひどい!」
菜緒は思わず大きな声を出してしまう。周りにいる他の実行委員たちの視線が気になり、徹は人差し指を口に当てて「シーっ」と言った。
「ごめん……でも、そんなのイジメじゃん」
「うん、ホントそうだよね。その俺の友達もそう思ってたけど、俺と同じで気の弱いやつでさ、周りに流されて蓮見のこと無視してたって……」
徹がその友達から聞いたところによると、大半はその友達と同じように気の弱さから周り流されるまま淳人を無視していて、それ以外の部員たちは少なからず淳人を元々妬んでいたこともあり楽しんで無視をしていたようだ。
「あとは、3年生が学校を卒業するまではその矢田部先輩の目が怖くてっていうのもあったらしい……」
矢田部……涼太たちは引退しても時々野球部に顔を出していた。涼太が引退してもなお淳人を目の敵にしていたことを知っていた部員たちは、迂闊に淳人と仲良くすることはできなかったのだ。
「だから、蓮見が中2の二学期の終わりに野球部辞めてからも、先輩が卒業するまでは野球部の部員たちは校内でも蓮見には話しかけなかったらしいよ……まあ、ひどいことしておいて今さらどんな顔して蓮見に話しかければいいのか分からないってのもあったらしいけど……」
「……そうなんだ」
菜緒は何ともやり切れない気持ちになった。そして、ふと疑問が湧いた。
「今の話で野球部が蓮見くんを見捨てたってのは分かったんだけど、でも何でそれが逆の話になって広まっちゃったの?」
「ああ、それもひどいというか、正直くだらないんだけど」
徹は吐き捨てるように言った。
「蓮見が辞めてさ、案の定、野球部は勝てなくなっちゃったわけ。それで一部から“やっぱり蓮見が必要だ”って話になったらしいんだ。で、先輩の卒業を待って、3年生になってすぐに蓮見に“野球部に戻ってきてくれ”ってお願いしたらしいんだけど……」
なんて虫のいい話だ、と菜緒は心底怒りを覚えた。言葉には出さないものの雰囲気から察した徹は苦笑いをする。
「すごく虫のいい話だよね……当然、蓮見は断るんだわけど、なぜかそれに逆ギレして“俺たちを見捨てるのか”って。で、蓮見を取り戻せなかった野球部はどんどん弱くなって試合も勝てずに当然地区大会もボロ負け……それでさらに“あいつが俺たちを見捨てたからだ”なんてこと言い出して」
そんな理由であんな噂が広まってしまうなんて理解できない菜緒はあまりの勝手さに呆れて何も言えずにいる。
「で、極め付けは……」
「まだあるの!?」
南中の野球部はどれだけ淳人に辛い思いをさせたんだ、と菜緒は怒りを通して笑いが込み上げてくる。
「あ、これで終わりだから」
菜緒の怒りをヒシヒシと感じて徹は少し慌てる。
「蓮見のことをずっと買ってたこの学校の野球部の顧問の上田先生が、直々に蓮見をスカウトに来たんだよ。それが一部の生徒に知れて、それを聞いた野球部員たちが“ずるい”って大騒ぎ。“俺たちを裏切っておいて”とか言って」
「ええ……」
もうなんて言っていいのか菜緒は分からなかった。
「でも、ずるいも何もさ、蓮見の実力なわけだし、何よりあいつはあえて推薦断って一般でこの学校入ったんだよ。“他の推薦者と違って自分は部活をしてない時期があるから”って……」
それを言ったときの蓮見くんはどんな気持ちだったんだろう、と菜緒は胸を痛めた。
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