本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

007頁

公開日時: 2025年3月15日(土) 10:00
文字数:3,506

 どうやら俺が監禁されたのは、今は使われていない精神病院の隔離病棟だったらしい。

 その建物はうちの病院とはあまり協力関係とはいえない病院のものだが、当然ながら勝手に使われたと主張しているのだとか。

 空気をくれていた機械はかなり古いもので壊れかけ。更には改造されており、動いているのが奇跡的だったらしいが、どうやら俺が昔使っていたものであることが発覚した。


 俺の周りでは機械製品は壊れないように願いをかけているから髪の毛1本でも挟まっている場合、意図的に壊しさえしなければ、まず壊れない。

 だから、そんな非科学的な『願いの恩恵』は外側から見れば『奇跡』なのである。

 それよりも、フィルターとか大丈夫かな。何かしら変なもの吸ってないかな……?

 眠らされて監禁されただけではあるが『眠ることが死に繋がる』俺にとっては殺されかけたのも同義。

 それに酸素量をものすごく少なく調節されていたので、下手すれば死んでいるか、後遺症が出てしまう可能性もあった。

 誘拐事件でもあるので慎重に色んな調査が行われるらしい。

 父さんから聞いたのはそれだけ。

 何かしらあるのだろうが、多分俺が知ることは無いと思う。

 父さんも結構、無理矢理というかほぼ不法侵入で病棟に押し入ったらしいし、面倒なことになりそうである。

 沢山検査してもらって、酷い酸欠状態が続いていたせいで心配された脳を含め身体には特に異常はなく、乱暴されたあともないことを確認してもらった。

 足は治療してもらって、辛うじて立てるようになったが、痛みが引くまでは移動は車椅子を使うことになる。


 やっと、家に帰りついたのは真夜中だった。父さんと兄貴が暮らす方の家。辛い記憶もあるけれど、やっぱりこっちがいい。使用人をつけるという話はどうやら流れたらしいし。

 もうへとへと。兄貴がお風呂を手伝ってくれて、自室のベッドの上に座らされたので、そのまま本を読んでいた時だった。

 軽く扉が叩かれる。

 返事をすると、入ってきたのはハセガワだった。

 「優也君、あのお手紙は一体なんでしょうか」

 「魔法のレターセットだよ。何処にでも届くよって昔、夢の中で貰ったもの。本当に届いたんだね」

 わざとらしく笑顔をつくる。

 ちょっと幻想めいているけれど、これで押し通せそうな気がする。というか『テラー』だの『契約者』だの、そういったものがそもそも幻想めいている訳ですし。

 「夢の中のレターセットですか……いいものを頂きました」

 ハセガワ、少し嬉しそう。


 よく目の前に突然現れる不可思議な手紙を信じたなとは思うが、俺が『寝ている間に予知夢でも見ているのではないか』なんて思っているくらいには想像力豊かであるので、ちょっとだけ賭けてみた。

 賭けは勝ちだったというわけだ。

 「それにしても優也君。危険な行動は本当にやめてくださいね。今回はそのお手紙があったから助かりましたが、常に助かるとは限りません」

 「わかってるよ」

 「それから、これは私からですが」

 手のひらサイズの小さい箱を渡された。

 「なあに、これ」

 「私からのクリスマスプレゼントですよ」

 なんか嫌な予感がするような、しないような。とりあえずリボンを取る。

 「ひゃあ?!」

 思わず箱を投げ飛ばした。

 びょいいいんと、おどけた顔のサンタクロースが飛び出してきたのだ。何この箱!!

 ハセガワにめちゃくちゃ笑われる。そんなに笑わなくていいじゃない、もう。

 暫く笑い転げたあと真面目な顔になった。

 「さて。優也君にはしばらく私が傍につくことになりました。これはまだ誘拐犯が捕まっていないことも理由にあります」

 「また狙われるかも、ってこと?」

 「はい。ですからこれを付けます」

 チョーカーを首に付けられた。今回外れてしまったのは、ぎりぎりの隙間を通った時に引っ張られ、首が締まらないようにという安全を考慮した設計が働いたからというものと、俺の体が少しだけ大きくなっていたから、そのせいでサイズがあっていなかったのだという。

 今日、首回りをやたら調べられたのはそういう事か。

 ぴったりと張り付いたチョーカーを触る。これがあれば、とりあえず俺は大丈夫なはず。

 「……ねえ、ハセガワ。お願いがあるの」

 「はい、なんでしょう」

 「安全だってわかってるんだけど、でもね」

 ハセガワに抱き着いた。軽く頭を撫でて貰いながら、少しだけワガママを言った。

 「今日、もう寝たくないの。怖いの。だから、朝まで一緒にいて?」

 ハセガワは分かりましたとだけ言って、また頭を撫でてくれて、酷く安心したのは覚えている。


 いつの間にか寝てしまっていて、起きたのは昼過ぎ。せっかく理久が遊びに来てくれていたのに、一緒に居られる時間の半分以上を寝てしまっていただなんて。

 昨日誘拐されていたことを知ると理久はかなり心配してくれた。よくあることだから心配しなくていいというと、それはどうなのかと言われてしまう。

 何かして欲しいことがないか、なんて言われたから膝の上に乗せてほしいという甘えを言ってみる。

 そんなことでいいのかと言われたが、俺にとっては至福であり、おやつのミルクプリンよりも価値がある。ミルクプリンもちゃんと食べるけどね。

 理久から頭を撫でられた。俺はよく色んな人に撫でられるなぁと思いつつ、しばらく理久のぬくもりを堪能したあと勉強を手伝う。

 ふと、思ったことを聞いた。

 「ねえ。理久は今、高校生なんだよね?」

 「え?あ、うん」

 「兄貴は、高校を卒業したら大学に進学したけど、理久も進学するの?」

 理久が少し微妙な顔をした。どうしたんだろう。

 「……笑ったりしないか?」

 「なになに?真面目な話でしょ?」

 「えっと俺、管理栄養士になりたくて……」

 「料理好きだもんね。理久ならできるんじゃない?」

 「意外とか、らしくないとか言わねぇんだな」

 「言わないよ。理久が好きなことのひとつでしょ?」

 ぱあっと理久の顔が明るくなったが、すぐに暗くなる。

 「なにか不都合でもあった?」

 「行きたい学校、家から簡単に通える距離じゃないから……」

 何が言いたいのか、よくわかった。

 理久のほっぺたを両手でつまむ。むにむに。

 「俺のこと気にして、学校が遠いから諦めようとかしてない?」

 「ぅ………れも…」

 成績が上がったのは俺のおかげだとか前に言っていたから、俺を置いてひとりにするのを気にしているのだろう。

 そんな、無駄な心配、しないで欲しい。

 「いい?俺が勉強を手伝うのは理久と一緒にいたいから。理久の力になりたいから。でも、それで、そのせいで理久のやりたい事を制限する事になるのは絶対に嫌」

 両手を離す。理久のほっぺた、少し赤くなっちゃったけど、あまりにおバカなことをいうんだもの、仕方ないよね。

 「何処の学校行きたいの?そこに合わせて勉強するよ!もし何か、俺に返したいって思うなら、管理栄養士になって、うちにきて。それくらいの間は待てるから!!」

 帰ってくると分かっているなら、何年でも待てると思う。そう、何年でも。

 少しだけ、胸が痛む。

 「……わかった」

 「分かればよろしい!」

 パチンと音が立つように、理久のほっぺたを軽く叩いた。


 ……でもね、理久。俺のほうが理久には沢山のものを貰ってて、お返し出来てないんだよ?

 理久がいなければ父さんや兄貴と和解なんて、できなかったと思うから。


 「理久はやりたい事、俺の事を気にせず挑戦してね」

 理久の頭を撫でた。いつもは撫でられる側だけど今回は逆。たまにはいいでしょ。

 「理久は、凄く頑張り屋さんだから大丈夫だよ。それとも俺がいないと不安?」

 冗談のつもりで言ったのに「ちょっと不安」凄く真面目な顔で返された。

 「優也と出会う前と、今はまるで生活が違う。学校での扱いも。仲良くしてくれる奴は居たけど、それでも、物を盗られたりとかはあったし」

 何それ、初めて聞いたんですけど。

 そういえば蓮が文化祭の時に何か言ってた気がするし、会ったばかりの頃はよく筆記用具を無くしたとかで貸してはいたけれど、まさか盗られていたなんて。

 「それ、だれがやってた?ちゃんと制裁を」

 「えっ、あっ、今はそいつら大人しいしから大丈夫だぞ!!ほら、蓮みたいに味方をしてくれる奴も増えたからな」

 俺的には大丈夫では無いんですが?

 理久をぎゅっと抱きしめた。いつも抱きついてはいるけれど、今回は俺が抱きしめる。

 「俺、理久の親友なのに。ごめんね」

 「大丈夫。お前が、いつも7階で待っててくれたから。いつも好きだと言ってくれて、それだけで辛い時は救われたから」

 「俺は、いつでも待つよ」

 理久の頭をまた撫でた。


 この頑張り屋さんの努力が報われますように。


 その為に俺は、できる限りの事をやろうと思う。

 チハヤと理久が安心して過ごせるように。

 俺に任せて。頑張るから。

 絶対、俺が守るから。

 

 

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