闇雲に走ったせいで、元の場所には戻れそうにない。
小さい頃から、自分から触れる分には問題ないが他人から触れられるのは凄く怖い時がある。
何年経っても、家政婦から無理矢理体を触られた感覚が消えない。
他人に触れられるのが、近づかれるのが、すごく怖い。
木の根元に腰を下ろした。
ひとりになりたくて、誰ともふれあいたくなくて、7階の城を手に入れた。今更寂しくなって誰かに縋るなんて都合が良すぎる話なのだろう。
俺は、多分誰とも触れ合えない。
膝を抱えて伏せる。理久、探してるだろうな。
一応チョーカーと左手首の端末の情報は理久も見ることができるから、すぐに見つけてくれると思う。
けれど、今は会いたくない。外せるなら外して少し、隠れたい。
理久の知り合いに出会う度に思い知らされる。本の世界への扉を沢山開けてきたけれど外の世界への扉は開けてこなかったことに。
理久と出会う前、俺は寂しいなんて感情を理解できなかった。
だから、7階でずっとひとり、話し相手が居なくても全く困らなかった。
本が読めればそれでよかった。
勉強も恐らく人よりできたから、問題なかった。
俺自身の感情より本の登場人物達の感情。それが俺の感情で、俺自身は喜怒哀楽の殆どが無くなっていたのに。
全部、理久のせいだ。理久のせいで、今とても寂しい。
目を瞑る。どうして、理久のことがここまで好きになってしまったんだろう?
初めて会った時の理久の印象は、ただの契約したばかりの『契約者』だった。
少し優しい、変わった人だったけど、この人も願いを叶えられずに消えていくのだと思った。
他人がどうなろうと俺には関係なかった。甘い考えでは『契約者』として永く活動できない。
それは皆同じで、長期間活動している『契約者』であればあるほど他人を見捨てる。
そうでなくても自分の命が危機に晒されれば必然と自分自身を保守しようとする。
何かしらの利が無ければ、動かない。
けれど、理久は違った。
今まで出会った『契約者』の中には、俺の事を『人型の迷魂』だと間違う人間はそれなりにいた。斬ることに躊躇する者は度々居たが『迷魂なのだから』と、俺がどんなに否定しても武器を俺に向けた。
理久が初めてだった。
理久が初めて『人型の迷魂』と誤解したうえで殺さない方法、心残りを消すという方法で回収しようとした。
そして戦闘中に俺を庇い『アルバート』という『青年の器を借りた理久』は大怪我をした。
恐らく瓶に損傷を与える程の大怪我、このまま放っておけば死んでしまうような大怪我を負いながら、理久は俺に怪我は大丈夫かと声をかけた。
理解が出来なかった。
そして、理解が出来ないまま、この人を助けたいと思った。
俺が平気な事を確認すると安堵しながら意識を失い、地面に血を吸わせていく『アルバート』に聖剣の先を少しだけあてた後、自己治癒能力を全て付与した。
傷が癒えてゆくのを確認し、目の前に立ちはだかるドラゴンと、その背後に隠れた『宝石の姿をした迷魂』を斬って回収した。
自分でも本当に謎の行動だったと思う。
聖剣の能力を他人に付与できることは知ってはいたが使ったことがなかった。
付与した分は俺が使えないのだから俺にメリットが無いし、俺の『契約者としての能力』は永く活動してきたことで『身体強化と自己治癒』と沢山の『他の契約者』に勝手に認識されていた。別の使い方を出すリスクの方が大きかった。
他人を強化出来る能力は、下手をすれば無理矢理利用される可能性だってあるのだから。
人ひとり、傀儡として飼い慣らす方法は身をもって知っていたから。
それでも理久を助けたかったのは、俺の外見で判断せず対等に見てくれて、一緒にご飯を食べて、俺と同じく本が大好きで、少しくらい甘えても受け入れてくれた、いつの間にか出来た、初めての友達だったから。
初めての友達。唯一の友達。
だから、多分あの時助けたいと思ってしまったのだと思う。特別な感情を持ってしまったのだと思う。
だけど、理久にとっては友達のひとり。
それは理解していた。
理解していたけれど、親友だと言ってくれて、本当に会いに来てくれた理久はいつの間にか特別な存在になっていたから、俺は『契約者としてペアを組む』という方法で、理久の特別な存在になりたかった。
どうしても、理久の特別で居たかった、とても卑怯な親友なのだ。
涙を堪えていると、突然頭上から怒鳴られた。
「おい!お前、そこは流成様の場所だぞ!」
「え……」
見上げると、帽子を被った凄くラフな格好の男の子が居た。俺と同じくらいの歳か?
「どけ!!」
「ごめん、場所取りしてたなんて知らなくて。目印どれだった?」
周りを見渡すが、場所取りの目印になるようなものは見つからない。というか、ここからじゃ花火は見れない気がするけど、なんの場所取りだろう。
男の子はふんぞり返りながら「木だ!」教えてくれた。
うーん、その目印は目印とはいわないのではないだろうか。
「そ、そっか……わかった」
とりあえず面倒くさそうだから移動しよう。
立ち上がろうとして「痛っ」足首に激痛を感じ、手をついた。見ると右足首が腫れている。闇雲に走っている間、捻ったらしい。
「え、お前ケガしてんの?」
「そう…みたい。ごめん、少しここから動けそうにないや」
男の子はノータイムで「よし!俺に任せろ!手当してくれるところ連れてってやるよ!」俺の腕を引っ張った。痛い痛い。
せめて立ち上がろうとする補助として引っ張ってくれません?
何とか立ち上がると、彼は俺に肩を貸してくれた。
「少し歩くぞ。体重かけていいから、痛かったら言えよな」
「う、うん…」
「それで体重かけてる?」
「え?うん」
「軽すぎじゃね?」
「それは……そうかも」
なんだかんだ話をしながら、連れてこられたのは救護テントだった。なんだか小さい病院みたい。
テントの中で座っていると優しそうなお姉さんがやってきて、連れてきてくれた男の子の頭にゲンコツをする。
「こら流成!また喧嘩したの!?」
「ちげーよ、こいつがケガしてたから連れてきたんだよ」
「あらそうだったの…どれどれ?あら、酷い捻挫ね。少し冷やしましょう」
お姉さんはすぐに氷を持ってきてくれた。
お礼を言いながら受け取る。流成と呼ばれた男の子には何も無かった。頭、冷やさなくて大丈夫かな。
男の子が俺の隣の椅子に座る。
「俺、名守流成!お前なんて名前なん?」
「知らない人に名乗っちゃいけないって…」
ここまで連れてきてやったのに酷くね?と、いじけられた。それもそうか。苗字を言わなければ大丈夫かな。
「ごめんごめん。優也だよ」
流成は歯を出して笑う。あ、1本欠けてる。
そういえば俺も1本抜けかけてるものがあったなぁ、なんて思っていると「そっか!俺な、そこの蓬莱小の5年生なんだぜ!優也は何年?」
さて、困りました。俺何年生でしょう。
「日本の学校だと10歳って何年生…?」
「は?お前外国にいたの?」
「えっと…ちょっと違うけど、海外の学校で勉強してた、かな」
通信教育で海外の学籍があります、なんて言っても多分理解してくれない気がするので、ふんわりと伝える。
「やっべー!頭いいのかよー!頭いいんなら遊んでもおこられねぇだろ?いいなー!」
多分ちゃんとした学力はあるはずだから頷くが、海外イコール頭がいいという認識は一体どこから?
「んで、誕生日いつ?俺と同じか、1個下だと思うけど」
「12月」
「同級生じゃん!!」
「そうなんだ」
そうなると俺は、来月から5年生に編入することになるのかな?
流成は話上手で、あれやこれやと話をしてくれた。俺は聞くだけでいいから凄く楽。放っといてもずっと喋ってくれる。
暫く流成ラジオを聞いていると、聞き覚えのある声がした。
「すみません、こっちにこれくらいの身長の男の子、来てませんか?」
俺の位置から声の主は見れない。
テントで働いていたお姉さんに案内されて、やってきたのは理久だった。
「良かった。優也、無事だったか?」
「うん。少し足くじいたけど、それ以外は平気」
理久が俺の足を見ているが「うーん……俺特に怪我とか詳しくないから、親父さんか拓矢さんに聞いた方がいいかなぁ…」肩を落とす。
「大丈夫。もう痛みは引いてるから。それより、心配かけてごめんなさい」
「いや、それは良いんだけど……」
理久が隣に居た流成に声をかけた。
「きみが、優也をここに連れてきてくれたの?」
流成は何やら呆けていたが、すぐに我に返り「は、はいっ!!俺、名守流成っていいます!!」少し頬を赤らめながら自己紹介している。なんだろ、なんか腹立つ。
「そっか。流成君、ありがとう」
理久が微笑むと流成は顔を真っ赤にして微笑んだ。
うーん……?
「あの、おに、お兄さんのお名前は……!」
「俺?俺は理久だよ」
「理久おにいさん…!」
なんだかこいつ、理久に変な視線を送っているような気がする。もし理久を傷付けようとするなら許さないんだけど。
俺の気持ちも露知らず、理久は「それにしても優也、学校行く前に友達出来て良かったな」頭を撫でてきた。
「……は?」
思わず声に出た。友達?誰と、誰が?いや、この場には俺と理久と流成しか居ないんだけど。
流成と理久が、俺の理解の範疇を超えた話をしている。
えっと、いつ俺が流成と友達になったの?いやそもそも、友達ってどうやってなるもの?
理久と友達になった時は、えっと…あれ……?
なんだかもう、よく分からない。友達って、なんだ……?
理久の顔が視界いっぱいに広がって、やっと我に返った。
「大丈夫か?」
「友達という概念について考えておりました」
「なんか難しいこと考えてんなお前」
そんなにおかしなこと言ったかな、俺。
「こんな感じでさ、ちょっと変な奴だけど悪いやつじゃねえから仲良くしてやってくれよな」
理久に頭をぽんぽんと撫でられた。
「おう!クラスメイトなんだろ!よろしくな優也!」
おや?同じ学年ではあるが、学校も同じなのだろうか?
「俺、まだ編入先の学校名とかクラスとか、誰からも知らされてないんだけど」
疑問はすぐに流成が解決してくれる。
「俺のクラス、新学期に転校生が来るって話があって!体がすっげぇ弱い男って聞いてたからお前の事じゃないかって理久兄さんと話してたんだぜ?」
聞いてなかったのかと言われた。全く聞いてませんでしたとも。
どうやら夏休み中の登校日で席がひとつ増えていて、先生達から説明があったらしい。
体がすごく弱いと言われると誤解を受けそうだが、よく考えたら身体強化能力があって漸くまともに動ける体だから間違いでは無い気がしたし、病院でずっと暮らしていて、初めて学校に行くなんて聞いたら何かしらの重病人だと思うのが妥当な判断のような気はしてきた。実際は条件付きではあるけれど、間違いでは無いし。
よろしくと声をかけられた。クラスメイトということならまあ、よろしくお願いします。
流成は暫く理久と話していたがゲンコツを貰ったお姉さんに、喋る暇があれば働けと引きずられていった。話を聞いていると、どうやらお母さんらしい。若いなぁ。
理久に聞かれて気が付いた。綿あめをどこかに落としてしまったみたい。まだあまり食べてなかったんだけどな。
流石に2個目は要らない。それよりもお腹すいたかも。
理久も空腹を感じていたようで、晩御飯になるものを買おうという話になった。理久の腕を支えにしながら救護テントを出る。
丁度、夜空に大輪の火の華が咲いた。
7階から見る花火とは違って、とても大きく見切れている。
それでもやっぱり、思った通りだった。
「お祭りの場所で見る花火と、7階からの花火って、やっぱり違うんだね。来てよかった」
「そうなのか?綺麗に見えるところからが良くないか?」
「それはそうなんだけど、なんか、違うなって。理久が居るからかな?」
頭をわしわしと撫でられた。
「じゃ、来年は屋台のもの買い込んで、7階から見るか」
「そうだね、楽しそう」
多分、その未来は来ないと思う。
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