本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

6冊目:約束

001頁

公開日時: 2025年2月23日(日) 10:00
文字数:3,662

 7階から連れ出され2週間が経った。7階へ1度も戻れていないけれど、たまにハセガワが様子を見に行ってくれているから変なことにはなっていないと思う。

 学校の送迎くらいの限られたタイミングくらいではあるが、街全体に幻想的な装飾がちらちらと見受けられるようになった。

 俺にとって1年で1番憂鬱な時期である。

 季節の感覚が殆ど無い生活をしていても、病院の中でもその装飾は至る所に見ることがあったし、なんなら父さんが選ぶ本もそういった趣向のものが混ざってくることが多くなるせいで、嫌でも季節を感じられる。


 子どもが大好きなクリスマス。12月の上旬である。


 枕元にプレゼントを置いていくサンタクロースという人物は、どうやって7階に侵入していたのだろうといつも気になる。

 どこか侵入経路があったのではないかと父さんに相談したが、サンタクロースは機械を操れるらしく、エレベーターから侵入していたのが防犯カメラに映っていた、なんて言われてしまった。

 映像を見せて欲しいと言ったが、父さんは偶然リアルタイムで目撃しただけで、録画はプライバシーの関係で基本的に見せられないのだとか。残念。

 まさか、サンタクロースは『契約者』だったりするのだろうか?敵対しない相手だとは思うので、そちらの方向では気にしてはいないが。

 毎年俺が欲しいものを置いていくのだから、身辺調査もされていそうだし。

 そういえば今年は、せっかく『起きていられる』けどクリスマスケーキ食べられないのかな?

 上手くタイミングが合ったら24日の晩御飯に、小さなサンタのお飾りが乗ったケーキを貰えるの、すごく楽しみだったんだけどな。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 今日も家に来てくれた理久りくに勉強を教える。

 れんまでついてきたが、そろそろ受験だから藁にもすがるとはこのことなのだろうし、大目にみてあげよう。

 最近は理久とは読書の時間より勉強をしている時間の方が長いが、俺は理久と一緒に居られればそれでいいし、理久の為になるならそれがいい。

 それに、少し休憩の時には優しく抱きしめて頭を撫でてくれてる。

 魂の相性が凄くいいからなのか、理久に触れている体の部分がとても気持ちいい。もっと触って欲しいな。

 理久の匂いも沢山嗅げるし、この時間が本当に至福なのだけれど、蓮から指摘された。

 「お前らさ、付き合ってんの?」

 「むしろ結婚したいと思ってます!」なんて言ったら「馬鹿じゃないのか」撫でていた手でそのまま軽く頭を叩かれた。失礼な。

 けれどまぁ、理久に迷惑になることは避けたい。蓮には別に話してもいいかなと思ったので、伝えておこう。

 「俺ね。この時期、凄く精神的に不安定になるんだ。こうしてもらうと少し落ち着くからお願いしてて、変な事じゃないよ」

 精神的なストレスが原因だろうとは診断されていて、色んな薬を試した結果、一番効くのがこれなので自分でも驚いている。

 幼い頃から今に至るまでに、ほぼ誰にも甘えることが出来なかったから、そのせいで起きる幼児退行の一種という話だった。

 勉強部屋の戸が数回叩かれる。もう、タイミング悪いなぁ。

 返事をすると、ハセガワが水と薬包紙を持って入ってきた。

 もうそんな時間なのかと思い、時計を見ると丁度天辺で長針と短針が重なっている。

 ハセガワが半透明の可食フィルムに薬包紙から出したものをさらさらと入れていった。

 薬包紙も複数あるし、それぞれも量がそれなりにあるので、ひとつでは収まりきらず合計5つの包みが出来上がる。

 「はい、ちゃんと飲んでくださいね」

 「わかってるよ」

 全て飲み込み、再度理久に体を預けた。

 これを飲んだあとはすごく体がだるいし、ぼうっとする。何も考えられなくなるというか。まあ、そういう薬なんだけど。

 しばらくして、意識がふわふわし始める。体に力が入らない。


 「これから優也君のすごく可愛い姿が見れますよ」

 ハセガワが何かを言っているが、いまいちぼんやりとしていて聞き取れない。

 ああ、それより理久はいい匂い。

 「りく、だいすき……………」

 理久の胸に顔を埋める。ああ、すごくいい匂い。気持ちいい、すごく落ち着く。

 理久が頭を撫でてくれた。嬉しいな。もっと、もっと撫でて、触って。えへへ、気持ちいい。

 「色んな薬が入っていますから、かなり判断能力が落ちるんです。存分に甘やかしてあげてください。あ、それから今なら本音が聞けますよ」 

 「……俺にとっては平常運転なのですけど」

 ハセガワと理久の会話、よーく聞いてもわかんない。理解が追いつかないというか、頭が回らないというか。

 蓮が俺の頭を撫でてきた。何か話しかけてくれるけれど上手く聞き取れない。首を傾げる。

 蓮がもう一度、今度はゆっくりと話しかけてくれた。

 「優也君、分かるか?蓮だぞ」

 「れん、れーん!」

 手を伸ばす。ほっぺたを触った。温かくて柔らかい。

 「れーん、えへへ、だいすき!」

 「……やばい、超可愛い」

 ぺたぺたと触ったあと、理久の腕に手を戻す。

 蓮が理久と何か話してる。なんて言ってるんだろ?わかんないけど、やっぱり理久はいい匂い。

 理久がまた、優しく撫でてくれた。

 蓮から色んなことを聞かれた。



 昼食を摂ったあと、意識がしっかりしてきたのは間食をハセガワが用意してくれた頃だった。

 ぼんやりとではあるが、理久に食べさせてほしいと強請った記憶がないような、あるような。

 ケーキを食べながら、ふたりに謝る。

 「ごめんね、我を忘れてしまったといいますか……」

 むしろご褒美でした、なんて蓮は言っているが、理久は普段とあまり変わらないなんて言っていた。

 「えっ、普段あそこまで理久の匂いは嗅いでないよ?」

 「確かに嗅ぎすぎだとは思ったけどな。お前、俺に対して素の状態で既に判断能力鈍ってんの?」

 「失礼な。ちゃんと判断して理久の匂いを嗅いでるよ。今日は少し甘いなとか、ちゃんと意識してる!」

 「……ダメだこれ」

 理久に対して判断を誤るなんてそんなことしないのに。

 間食の後はまた勉強の続き。分からないところを説明してあげていると、夕方になった。

 蓮が今日の成果を見ながら「すっげぇ…超捗った………」満足そうな顔をしている。

 「そう。良かったね」

 「まじで優也君、家庭教師とか出来んじゃねえの?」

 「理久以外には興味無い」

 まあ、蓮のことは嫌いじゃないから力になれたのは嬉しい。理久と俺のふたりの時間を邪魔してきたのは許さないけどね。

 帰り支度をする理久と蓮。理久が思い出したように「なあ蓮、次の土曜日のクリスマス会、優也も誘うとか言ってなかったか?」携帯電話でスケジュール帳を開いていた。

 すこし見えた限りでは、理久の予定は殆ど埋まってるように見える。やっぱり忙しいのかな。

 「いや……ほら、クリスマス会っていいながら、わかんねぇ問題を理久に聞こうぜ会になりそうで。道理で理久が参加するって知った途端に参加者が増えたとは思ったけどさ……初めはほんとに、ちょっぴり息抜きにケーキ食って、駄弁って、愚痴ろうとは思ってたんだけどな」

 「………え、俺クリスマス会でも勉強すんの?やっぱりキャンセルしていい?」

 「駄目」

 本を読んでいたい、なんてボヤく理久。同感です。そんな勉強会開くくらいなら本を読もう。それがいい。

 理久が俺を抱き寄せて「じゃあほら、優也とクリスマス会やるから。他に用事が出来たってことで」盾にしてきた。

 「それなら俺もそっちに行きたいんですけど!」

 「幹事がいなくてどうすんだ」

 盛り上がるふたり。楽しそうだな。

 蓮が名案とばかりに「あっ、でも優也君が行くなら、勉強も速攻で終わるし、皆ガッツリ勉強するモードにはならないんじゃね?」なんて言い始める。

 理久が困った顔をしながら俺を見た。

 「それは…優也もクリスマス会、行くか?」

 普段なら理久からの誘いは二つ返事で受けるのだが、残念ながら指定された日に出かけるのは難しそうだ。

 「ううん。その日は…空いてないの。ごめんね」

 「そっか」

 安心したような、少し寂しいような顔をする理久。クリスマス会なんて今までやったことがないから、どんなものかよく分からないけれど、きっと楽しいことなのだろう。

 「後で父さんには聞くけど、代わりに別の日、うちでクリスマス会やろうよ。クリスマス直前とかになると、病院のお手伝いに行くから、空いてなくて」

 自分も誘って欲しいと、ただを捏ねる蓮。誘わなくてもついてくるんじゃないかな、この人。

 ひとりでも多い方がこういうものは楽しいと聞くし、仲良くしてくれる人はみんな呼んでもいいか。

 ずっと話を聞いているだけだったハセガワが突然会話に割り込んできた。

 「病院の手伝いには行かず、優也君はクリスマス会を楽しんではいかがでしょうか」

 「いや、それは……」

 「それに、手伝いでもお願いしないと優也君は自室もといい7階から出てきませんから、頼んでいただけですよ。今回の理由なら、むしろ医院長もお喜びになると思います」

 「………わ、わかった」

 時間が余ったら7階で少し本を読みたいな、なんて思ったんだけど難しそう。

 理久と蓮の予定も聞いて、24日にクリスマス会を行うことになった。ふたりとも予定はあいていたらしい。

 

 

 





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