この世界の『エルフ』が人肉を喰うような人達だったとは。
エルフってこう、もっと草食系のイメージあるんだけど。ヴィーガンっていうの?動物由来は全く口にしません、的な。
なんかイメージを崩された気がしなくもないが、それ以前にこれは理久に会えるのだろうか。
というか、理久は『凄腕狩人の器』を借りていた訳だから、狩られる可能性があるのでは?
暫く考える。
うん、わかんない。
白紙の本を確認するが『レイシェ』はまだ出番がなさそう。
とりあえず周りを警戒しながら動くしか──、剣を構えて飛んできた矢を弾き返した。
「さっすが『聖剣士』だねぇ」
声のする方を見ると、理久の姿があった。
「何も攻撃することないじゃない」
「別に当たっても、すぐに治るだろ?」
「……え、うん、そうだけど」
とん、と目の前に理久が降りてきた。
「おいで」
理久が笑顔で手を広げてくれた。
いつもなら飛び付いて匂いを嗅いでいるところなのだけど、何だか変な感じ。
「……」
「どうした?早くおいで」
「お前、理久を何処にやった?」
「何処にやったも何も、俺が斉藤理久だけど?」
数歩下がって身構える。剣を召喚した。
「違う。あんたは理久じゃない。理久は俺の事『聖剣士』とは呼ばないし、匂いが違うもん」
理久だったものが大きなため息をついて、別の姿をとる。
「やぁ~、流石。匂いでバレるとはねぇ。性質は残るのか。実に興味深い」
「……なんのこと?」
「さあ?それよりも、愛しの理久君が何処にいるのか聞かなくていいの?」
「どうせ罠だろ」
「そう。罠だけど、本当のこと。森のあっちに食虫植物をモデルにした生き物がうじゃうじゃ居るから、運が良ければ生きてる状態で会えるだろう」
また、理久だったものが形を変える。今度は俺の姿になった。
「それにしても簡単だったよ。きみの姿になって呼び寄せれば、すぐについてきてくれたからね」
「卑怯者」
「それならこちらも言わせてもらおう。裏切り者」
「……は?」
「さあさあ時間が無いよ」
俺の声で笑うと、姿をころころ変えた謎の人物は一瞬で姿を消した。
とりあえず食虫植物的なものがいるらしい場所へ、急いで移動する。
移動しながら考える。
最後に言われた裏切り者という言葉が引っかかる。俺は今まで誰かと組んで活動したこと等はほとんど無いので裏切りようがないし、稀に誰かと協力することがあっても、裏切るような行為はしたことが無い。
姿を真似るという能力を持った『契約者』にも心当たりは無いし。
思考の堂々巡りを繰り返していると、食虫植物をイメージしたであろう植物たちが群生している地点へ到達した。酷い腐敗臭がする。
ここから理久を探すのは難しそう。
声をかけるが、返事は無い。
どうしよう。このままじゃ、理久を守れないかも。
何か、何か理久を探せる手段はないだろうか。
考えて、考えて、食虫植物の放つ腐敗臭の中に、ふわりといい匂いが混ざっていることに気づいた。
匂いが見えるような、不思議な感覚。理久の匂いがきらきらと細く流れている。
空気の中に漂う微かな理久の匂いをたどって移動する。
たどり着いた先には、食虫植物と戦う理久の姿があった。
どうやら、矢を使い切って短剣で戦っているようだけれど、怪我をしているみたい。
慌てて自己治癒能力を理久に振り分ける。
「理久!1段階!!」
すぐに、身体強化能力も振り分けた。
「さんきゅー!!」
周囲の食虫植物を全て切り伏せるにはそう時間はかからなかった。
何故偽物についていったのか問い詰めると、理久は偽物だと分かっていたようである。
「いつもの優也はさ、どこか憎めねぇ可愛さがあるんだよ」
「えっ…」
可愛いとか、綺麗だとか、そういう事はいろんな人から言われ慣れているけれど、理久から言われると少し照れてしまう。
「じゃあ何、そいつは俺より可愛かったの?」
「いや、単純にクソ生意気だった」
「おい」
「でも、優也の顔で、姿で、危なっかしいことされると、どうしても放っておけなくて」
理久は優しい。優しいから、付け込まれてしまう。
「もう。ちゃんと本物の俺を見て。俺だけを見て。つぎ偽物についていったら、怒るから」
「悪かったよ」
ぎゅっと背後から抱きしめられた。
そんなことしても騙されないんですけど!今回だけだからね、全く!!
理久の匂い、やっぱりいい匂い。
でもちょっと、ぎゅっとしすぎかな。ちょっと首も締まってる。
「ねえ理久、少し苦しいんだけど」
少しだけ文句を言うと、理久の息が少しだけ荒いことに気がついた。
「理久?」
「悪い。優也見てたら、すごく美味そうに見えて……少し齧りたくて仕方ないんだ」
「ほう」
そういえば、理久が借りている『レイシェ』も、あの人肉大好物エルフさんなんだよなぁ。
本の中に入ってみて初めて知る設定なんてものは時々あるが、今回はまさにそれである。
理久は今『器の持つ特性』に引き寄せられて、俺を美味しそうだと感じてしまっている。
愛情表現のひとつとして、自身の肉体を噛んで貰うというものがあるらしいが、俺はそういう趣味は無いからなんとも。
軽く教わっている護身術も、体格差があるから使うのは難しそうだし、治せるからといって理久を剣で斬りたくないし。
「やばい、優也の匂いがホントに美味そう……優也、ごめん。痛いかもしれない。……良いか?」
……まあ、理久も辛いだろうし、仕方ないか。
自己治癒能力を引き上げる。
「少しならいいよ。あんまり痛くしないでね」
「………ごめん」
次の瞬間、覚悟していた痛みとは別の痛みが、ごつんという音と共に後頭部を襲った。
「ふぎゃ!?」
理久の拘束から解放される。頭を押さえた。
な、な、何したの?あ、理久も額を押さえてる?
「やっと正気に戻ったぜ…」
そんな半泣きの顔で言われても。
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