本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

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公開日時: 2025年1月25日(土) 10:00
文字数:4,110

 宿から追い出されることは無くなったのは良いけれど、身体があまり動かないのは不便で仕方ない。

 あまり動けない俺の為に、クロウがフルーツジュースのような甘い香りのする飲み物を買ってきてくれた。

 何度もこの世界に出入りしているが、これは初めて見る。口に含むと、ちゃんとフルーツジュースで美味しい。

 「ユウヤは何か呪いでも受けたの?」

 クロウがベッドから動けない俺の体を服の上から触る。解呪は得意らしいので多分呪いの痕跡でも探してくれているのだろう。

 「まあ、そんな所かな。あんまり動けないから……しばらくお世話になるけど大丈夫?」

 「それはいいんだけど…僕、そこまでお金ないからキミの面倒は見れないよ」

 しばらく考える。現実世界の俺が起きるのが先か、この本のシナリオが終了するのが先か。どちらにしてもこの世界ではまだ、長い時間を過ごさないといけない。それなりに時間経過があるんだよね、この世界。

 ポケットに手を突っ込んで、魔石をひとつだけ残し取り出した。

 かさばるし一度には換金できないから、そんなに持ってないけど小さいものが数個、親指の爪程度の少し大きめのものも合わせて、ざっくり全部で銀貨8枚くらいかな。

 「クロウ、この魔石で暫く俺の面倒見てくれる?」

 「僕が君を襲うかもってのは考えないの?」

 少なくとも、そういうこと聞いちゃう人に悪い人って居ないと思う。それに、俺は理久の能力で意識を見ているから悪意を持たないことは分かっている。やっぱりクロウはいいひとみたい。

 「でも、クロウにその気は無いよね。口止めも含めるから金額としては妥当だと思う。だから渡すだけ。それに、付きっきりにはならなくていい」

 「……分かった」

 「契約成立かな。多分、用が済んだら挨拶もなく居なくなるから。もし残ったぶんがあれば全部クロウが使えばいい」

 白紙の本を取り出しシナリオを確認した。場面転移はまだ起きなさそう。

 白紙の本を見て、なんの能力かと驚きながらも、クロウは追及してこなかった。やっぱりいいひとだな。

 本を閉じたとき、クロウのお腹が鳴った。そういえば、朝食にサンドイッチを半切れ食べただけになるのかな?

 昼食にしようと声をかけると、クロウも賛同してくれた。

 また知らない何かを買ってきてくれるのかと期待していたら、期待通りの知らないものを買ってきたが、どう考えても一人分の量だった。

 俺に全て渡してきた所をみると、俺の分だけなのかな?

 「クロウの分は?」

 「あんまりお金、使いたくなくて……昼はいつも抜いてるんだ」

 クロウの額を叩いた。

 「俺の金使っていいから!クロウも食べなさい!」

 「えっ、でも…」

 「いいから!」

 「……分かった」

 とりあえず今回は俺の昼食をふたりで分けることにした。全くもう、世話がやける。

 クロウは暫く何かを考えていたが、突然真剣な顔で俺を見た。

 「ねえユウヤ。僕、魔剣士だからさ、その……ちょっとだけ補助魔法も使えるんだ。ユウヤにかけてみてもいい?」

 「補助魔法?どんな?」

 「そんなに珍しくないけど身体強化魔法だよ」

 全くもって考えた事が無かったけれど、もしかして俺の能力って代用が効く?

 「……是非お願いしようかな」

 「おっけー!」


 服をめくる。本の世界なら痣はない。

 クロウが俺の腹を触る。まだ他人に遠隔でかけられるほどの熟練度はないらしく、直接触らないとかけられないらしい。

 詠唱が終わると、数秒だけクロウの手元が明るくなった。

 「どう……かな?」

 体を動かしてみる。あ、すごく軽い。

 「クロウ、すごいよ!これなら俺、動けるよ!」

 立ち上がって、くるくると回ってみる。うん、いい感じ。聖剣の身体強化とは少し違うし、強力では無いけれど十分動ける。

 クロウがぽかんと口を開けていた。

 「解呪も出来ちゃったの…?」

 「呪いの効果を一時的に打ち消した…感じかな。うん、これなら簡単な討伐くらいなら手伝えそうだよ!」

 ありがとうとお礼を伝えると、クロウは少し照れていた。

 軽く体を動かしていると、場面転移が起きるらしく白紙の本が光った。この転移は話のタイミング的に時間経過を伴う場面転移だから、俺にとっては一瞬でもクロウは違う。

 以前理久が寝ていた時はずっと寝ていて時々短時間だけ起きた『眠り姫』なんて認識をされていたけれど、場面転移の時『契約者』は登場人物達からはうまい具合に補間されて次に繋がる。逆にこちらにも記憶が捏造される。

 「クロウ。俺は時間を跳ぶ。暫くは俺だけど俺じゃないと思うから…気を悪くしないでね」

 「ど、どういうこと?」

 クロウが首を傾げたのと、場面転移が始まったのは同時だった。


 目を開けると、多分夜中になっていた。

 部屋を見渡すと、クロウが床で布団も何も無く、ただ寝ていた。

 身体強化はまだ効果があるらしい。

 クロウのすぐ隣にマットレスを召喚した。

 クロウを転がし、マットレスの上に「あれ、ユウヤ?」移動させようとしたら起きてしまった。

 「なんで起きるの?」

 「転がされたら流石に起きるでしょ…」

 理久は起きないんだけどなぁ。

 「それよりクロウ。なんで布団で寝ないの?風邪引くよ」

 幅はそこまで広くないから狭いものの、くっ付いて寝ればいいはず。

 理久の記憶はあっても理久ではないから、添い寝して欲しいとは思わないけれど、仕方ない時は我慢くらい出来る。

 クロウが目を逸らした。

 「一緒に寝たら…その……」

 何やらモゴモゴ言っている。聞こえないんですけど。

 「とりあえず、クロウもベッドで寝る!少しなら触れててもいいから!」

 ベッドにお気に入りのマットレスを召喚する。これでふかふか。ベッドの上に乗った。

 「早くココ。風邪引くし体も傷めるよ」

 ぽんぽんとベッドを叩く。

 「だからダメなんだって!!」

 「もしかして、ひとりじゃないと寝れないタイプ?」

 クロウは首を横に振りながら顔を真っ赤にすると「ユウヤが柔らかくて、可愛くて、綺麗な子で、何もかもが『峰岸優也』に似てるからいけないんだよ?」両手首を掴んで押し倒してきた。

 身体強化の魔法をかけてもらっているといっても、流石に成人男性の手を振りほどく程の力は無い。

 クロウが少しだけ悲しそうな顔をした。

 「どうすれば、ユウヤを手に入れられる?」

 「どういうこと?」

 「ユウヤが『峰岸優也』の産まれ変わりじゃなくても、きみが欲しい。『斉藤理久』の記憶のせいだよ。もう、我慢できないんだよ」

 一瞬、目の前の登場人物が何か恐ろしいものに見えた。当然のことではあるが、彼は理久の記憶が残ってしまっただけの別人。

 あれ、なんかそう思うと凄く怖い?

 「ユウヤ、ごめんね」

 謝られた後、両手首を片手で押さえつけられた。クロウの手が俺のズボンに伸びる。

 確か、勝手に服を脱がされそうになって、少しでも怖いと感じたら、こうしろって父さんが教えてくれたのが……

 膝を思い切り曲げてクロウの股間にぶつけると、クロウが俺の手首を離して悲鳴を上げながら床に転がった。

 身体を起こす。想像するだけで俺もヒヤリとするけれど、父さんが言ってた。俺を怖い思いさせる方が悪いって。

 何やろうとしてたのかはよく分かんないけど、俺は父さんの教えに従っただけ。そう、俺は悪くない。

 「……とりあえず、同じベッドで寝たくないならベッドは俺が使う。クロウにはマットレス…布団を俺の魔法で出すから、それでいい?」

 「りょ、了解しました……」

 クロウが体を縮めたまま、返事した。


 しばらくして場面転移が起きた。いつの間にか昼間になっている。

 クロウはいない。場面転移で作られた記憶を確認すると、冒険者としての依頼をこなしに行ったらしい。

 窓から外を見た。

 そういえばクロウは『斉藤理久としての記憶』があるから俺を自分のものにしたいと思ったとか何とか言ってたな。

 暫く考える。


 理久の記憶のせいで、クロウは俺のことが欲しくなった。

 理久の記憶というものは、理久そのもののようなもので。

 ……つまり、理久は俺のことが欲しいのでは?


 そんな、欲しいって言ってくれれば俺、全部あげるのに……!

 起きたらちゃんと言ってあげよう。俺が欲しいなら遠慮しなくていいって。

 いっその事、プレゼントしちゃう?プレゼントはリボンが要るよね。あ、でも、自分自身に巻けるかな?

 そうだ、自分をプレゼントする時のリボンの巻き方を調べよう。

 最近はちゃんと携帯電話で調べ物も出来るようになったし、ちゃんと成長してるところ見せてさしあげよう。

 早く起きないかな、なんて思う。

 ペンダントは理久が現実世界に持ち出したから、学校が終わって返しに来てくれるまであまり動けないわけで。

 自分の体に巻くリボンがすぐ欲しい。ちょっと我儘言っちゃおっと。


 体感時間で丸1日が過ぎた頃、召喚しっぱなしにしていた白紙の本が場面転移とは別の光り方を始めた。

 どうやら俺が起きるよりシナリオの終焉が先だったらしい。クロウは本を見ながら何が起きているのかと困惑していた。

 「俺は元の世界に帰る。面倒見てくれてありがと」

 体が光に包まれ、感覚が無くなってゆく。

 シナリオが終わったあとに見る物は本当の俺の夢。

 よく見るのは、幼い時の記憶。

 そして最近は、理久との記憶。

 今回はどちらだろう。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 目を開ける。

 見慣れた7階の部屋。窓から朝日が漏れていた。

 夢は、俺の予想もしないものだった。

 いつもより高い視点で、今より若い父さんとふたりで街を歩く夢。

 人間というのは、脳だけではなく他の臓器にでも記憶するらしい。

 もしかしたら俺がお母さんの一部だった時に、お母さんが間違って俺に記憶したものかもしれない、なんて思っている。

 そんな、幼い頃から稀に見る夢だった。


 体を起こそうとして、起こせなかった。

 身体強化が切れていると、ここまで体が重いとは。理久も近くにいないから、弱ったそのままの機能しかない体。

 時間をかけて、やっと上半身だけ起こせた。

 ベッドの手すりを掴んで、充電中だった携帯電話に手を伸ばした。届かない。

 たったこれだけの動作で息が上がる。酸素マスクを外すのはもう少し後にしよう。

 携帯電話を諦めて、手元にあった本を抱きしめる。

 もう少ししたら頑張って起きよう。

 目から水が沢山でてきたから顔周りがぐしゃぐしゃに濡れてしまったけれど、7階は誰も来ないから、誰にも知られないよね。

 



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