なんで、分かりにくい『迷魂』だったのに『ほかの契約者』が居るんだろうとは思っていた。
『気配を消していた迷魂』と『それに隠れていた迷魂』が居たのだろう。恐らく植物は後者。
動物の姿が取れるほどにまで成長した『迷魂』である。恐らくもう少しすれば厄介なまでの戦闘能力を持つようになる可能性は高い。
本を召喚し、シナリオの進行を確認すると明らかな変化があった。
カモメ亭へ入ったアンナと男の子。食事をしている描写の横に、手書きの文字が浮かび上がったのだ。
《アンナが口にした料理には毒が入っていた。》
あれだけ話の進行を遅らせようとしているアンナだ。『契約者』と気づかれてもおかしくは無い。
どうやらカモメ亭の様子が変わったこともあり『迷魂狩り』が終わったのだと思った『ほかの契約者』がアンナを殺しに来たのだろう。
ここでアンナが死ぬと物語が耐えられなくなる可能性もある。
崩壊しはじめた物語はどう動くか分からないものとなり、最悪の場合『扉が壊れる』可能性がある。
毒消しポーションは念の為飲むように伝えていたから、ここはこうしてあげればいいはず。
羽根ペンを取り出し《アンナは毒が盛られることを想定し、事前に毒消しのポーションを飲んでいた。念の為少年の食事も確認すると、少年の食事には想定通り睡眠薬が仕込まれているだけだった。》書き加えた。
多分、さっき回収した『迷魂』の半分くらいを使った気がする。
「とりあえず窓からでいいや。アンナに鉢合わせないように、外に出よう」
路に面していない2階の窓から飛び降りた。
あれ、そういえば会計しましたっけ?まあいいか。
路地で白紙の本を確認する。
書き換えはそれ以上発生せず、アンナは無事に話を進めることが出来たようだ。カモメ亭でのシナリオがおわる。
アンナもといい『倉敷蓮』の持っていた砂の量は正直無いに等しく、書き換えで使う砂の方が多い。
けれど書き換えた人間はそんなことを知らないはず。
「アンナを俺のペアと間違えて殺そうとした『契約者』がいる…と、思う」
「えっ、それはどういう……」
「今回はアンナが協力者だったから時間稼ぎまでしてくれてた。話を見ている人にとっては『アンナの中身は契約者』ということがバレバレだった。明らかにペアを組んでる人の動きだよね」
「俺が『アンナ』でユウヤが時間稼ぎの間にカモメ亭の『迷魂』を回収したように見える……?」
「そういうこと。今回攻撃的な相手は、こちらが二人組だとわかっていながら攻撃してきた事になるけど……話を進行させたから、少なくとも『まだ迷魂がある』っていうことは相手に伝わったと思う」
「その間はアンナは殺されることは無いってことで大丈夫か?」
「うん。おバカな『契約者』がいなければね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アンナが止まっている宿はそこそこ豪華な宿だった。
どうやら描写は無かったものの、アンナは街で見かけたお気に入りの子どもを自分の泊まっている宿へ連れ込むことがあるらしい。
アンナから問題ないと言われてはいた。不安になりながらも宿へ向かうと、主人公達は見ない振りをしているようだった。
アンナは俺を部屋に入れた瞬間、待ってましたと笑顔で服を脱ぎ始めた。いや、待って待って。
「ストーップ。アンナ、何してるの?」
「アンナの記憶確認したら、この街に来てすぐにユウヤ君に会ってたんだよな。物凄く好みだから、次に会えたら絶対メシ誘うつもりで街を歩いてたみたいなんだ」
「それと服を脱ぐのはどんな関係が?」
「アンナの楽しみを俺が横取りする訳だし、せっかくだしでお洒落してちょっといい感じの飯屋に行こうかと」
とりあえず、いかがわしい事じゃなくて良かった。
「一応さ、アンナって女性の登場人物だから羞恥心くらいは持ってあげて欲しいかも」
「あ、それもそっか」
この人『女性の登場人物の器』を借りちゃいけない人だと思う。
「じゃあ、その店にビレーを呼べばいい?」
「そのとおり!」
アンナが着替えを再開した。
俺は、とりあえずカーテンを閉めた。
アンナオススメのお店にビレーが到着する。
折れた剣の代わりを探すと言っていたが、様子を見る限りでは見つかったようだ。
アンナが選んだお店は、量はあまり無いが見た目がお洒落で味も上品だった。ちなみに俺には丁度いい量である。
「斉藤はさすがにこの量じゃ足りないよな?」
アンナ、またビレーを本名で呼んでる。
「まぁ………男子高校生の胃には物足りないな」
「やっぱりそうだよな。俺も足んねぇ」
アンナの姿で俺とか言わないで欲しい。ほんとにやめて欲しい。
「ユウヤ君、口開けてくれるか?」
アンナからフォークで突き刺した何かよくわからないものの塊を差し出された。これ、もしかして"あーん"なるものでしょうか。
今回アンナは功労者でもあるし、 少しくらい思い通りに動いてあげてもいいか。
差し出されたフォークに突き刺さった謎の塊を口に入れた。
「ふぉおお!!美少年に!!あーん!!」
舞い上がるアンナを横目に謎物体を咀嚼する。あ、これ味も食感もプチトマトだ。
アンナの服をつんつんと引っ張って、もう一度口を開ける。
「もしやおかわりですかユウヤ君!」
「同じものをね」
「えっと…これだっけ?」
プチトマト味の塊が再度口の中に入ってきた。美味しい。
数回繰り返していると「幸せそうに食べてるところ悪いが、お前らちゃんと作戦会議する気ある?」ビレーに突っ込まれた。
大変申し訳ありません。プチトマト味の塊がいけないんです。
「どうせそれ、トマトの味だったんだろ?」
「なんで分かるの?」
「今朝トマト食ってる時と同じ顔してた」
俺、食べてるとき表情変わってたんだ……
とりあえず、実際に食べている訳では無いから意味の無い食事より作戦会議の方が重要。
あれ、普通の『契約者』の場合って実際の身体も本の中に入っているけれど、その辺はどうなるんだろう?後で聞こ。
本を確認すると今は、主人公達が男同士の会話なるもので騒ぎながら盛りあがっているところだった。
喧騒を嫌うアンナが別所で食事をしてきてもおかしくは無い。というか、街中で主人公達と一緒に食事をする描写ってそういえばかなり少なかったな、なんて思う。まさかね?
謎のプチトマトモドキを堪能するのは程々にして、書き換えの話をする。
自分が殺されかかっていたことにアンナは初めて気づいたようだった。それ以前に、白紙の本と羽根ペン、書き換えについて知らなかったらしい。
『テラー』は、あくまで聞かれるまで黙っているし、向こうから干渉してくることは無い。知らずに『迷魂狩り』をしている『契約者』は少なくない。
殺されかけたことを知ったアンナから凄く感謝された。いや、あのまま死なれても物語が壊れて予想がつかなくなるから阻止したに過ぎないんだけど、勘違いして感謝してくれるなら使いようはあるか?
俺は考えていた事を話す。
「問題は『鳥の形をした迷魂』がどこへ行ったかなんだけど、多分『東の森』に行ったんじゃないかなって」
流石に一度直接見た『迷魂』が近くにいればどんなに気配を消すのが上手くても『テラー』は気づける。
鳥などの動物の形をとるものは、物語の中にある森などを目指す事が多い。『東の森』は、ほかにも色々と条件が揃っている。
あの『迷魂』は『契約者』を危険視出来るほどの知能は持っていた。
ビレーが「かなり後半の話で出てくる森だっけ?確か、神様がいるっていう」眉間を押さえながら概要を思い出そうとしている。
そんな事しなくても、俺が全部教えてあげるのに。
アンナは「そんなんあるんだー」ぽりぽりと頭を掻いていた。多分この本読んでないんだろうな。
物語を触れれば一気に『言霊』を喰える利点があるが、その前に狩られる危険性があがる。
「かなり後半だから『器』によっては近づけないし、物語の進行中の地点に居る事が多い『契約者』から逃れることが出来る。かなり知能が高い『迷魂』だと思うよ」
「へえ。『迷魂』にも色々居るんだな……俺とユウヤは『東の森』に向かうから、アンナ、お前は話の進行を原作通り進めろ」
「俺もユウヤ君と一緒に行きたい……」
アンナが拗ねている。残念ながらアンナはこれから主人公達と別の街へ行き、そこでまた物語を進める必要がある。
ちらちらと俺を見ながらアンナは「ユウヤ君から応援されたら……俺、頑張れるのに」ボソボソとなにか呟いていた。この人めんどくさいなぁ。
折角数少ない『協力関係を築ける契約者』だし、まあいいか。
アンナの手を握って「俺、応援してるね」笑顔を作った。
「ユウヤ君、俺頑張るねぇぇぇぇ!!!」
アンナがやる気になってくれて良かったです。でもやっぱり、アンナの口から俺とか言うのはやめて欲しいなぁ。
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