舞台は数日後になっていた。
この日僧侶アンナと男の子が出会い、紆余曲折あったあとカモメ亭潜入作戦が実行される。
ビレーと一緒に道具屋へ急いで向かうが、そこに僧侶アンナが居た。
まだ話の進行度ではアンナと男の子は出会っていないはず。なのに、アンナが道具屋で買おうとしているのは睡眠耐性のポーション。誰に飲ませるのか。
アンナは俺を見たあとビレーを見て「えっ、斉藤?」アンナらしからぬ発言をする。
ビレーが首を傾げると「あっ、いえ、なんでもありませんわ。知り合いに似ておりまして……」取り繕おうとしている。
じっとアンナを見ていたビレーが声をかけた。
「お前、『僧侶アンナの器を借りた契約者』だろ。俺の知り合いなの?」
アンナは「やっぱり斉藤じゃん!」とても嬉しそうにビレーに近寄っていた。
「俺だよ!俺!!倉敷蓮!クラスメイトの倉敷蓮です!!」
「は?お前倉敷?お前が倉敷???女キャラになったの?」
「そう!!!ちょーっとやりたいことがあったっていうか」
ふたりの会話を聴きながら『理久』の能力なら大丈夫だと思うけれど、きちんと話しておこうと思う。
俺と『理久』は初めて会った本の中で現実世界で会う約束をしたけれど、本来どこの誰か分かる状況って危険なことでしかない。
いつから器を借りていたのだろう、なんて考えるとアンナが俺に近づいてきた。
なんか、嫌な予感。こう、なんだろう、ちょっと鳥肌が立つような。
「ちょーっとだけ、いい?」
「へ?」
声や顔、その他もろもろは全部僧侶アンナ。中身が違うだけ。
思いっきり抱き締められれば、その豊満なお胸が俺に押し付けられる訳で。
「あーー!ちっちゃい子、こうやってみたかったんだ~~!」
アンナがすごく幸せそうである。
「俺は倉敷に対する認識がガラッと変わったよ」
ビレーが頭を抱えている。そんなことしてないで助けてほしい。
「だってだってだってだって!!男子高校生が、小さい子をこんな!抱擁して許される状況ってあるか?ないよな!しかもこんな綺麗で可愛い美少年を!!もー、いつも女子生徒ばっか寄ってきて、キャーキャー言うだけだし。ああ最高…」
とりあえず悪意はないみたいだし、なんなら協力できそうな相手で良かったと思うことにしよう。ちょっと苦しいけど。
暫く頭を撫でたり頬を触られたりした後解放された。悪い人では、無いはず。だよね?ソウデスヨネ?
何故睡眠耐性のポーションを買っていたのか訊ねると、先に持っておけば少し物語の進行を早められるかと思ったらしい。
それは『契約者』である事を『ほかの契約者』に教えるような行為だからやめた方がいいと注意すると、アンナはそうなのかと驚いていた。
どうやら『ほかの契約者』に会ったのは初めてで、契約もまだ一か月くらいなのだとか。
さして珍しいことでは無いけれど、知識がないというのは非常に危険なことが多い。
基本的に『テラー』は必要な情報を自分から伝えることも無ければ、干渉することは無い。傍観するだけ。
聞かれたことに簡単に答えることはあるが、それ以上は話さない。
俺の『テラー』であるクリスが少し変わっていて、契約したばかりの頃にあれやこれやと教えてくれただけ。
「とりあえずアンナはシナリオ通り登場人物と協力して、シナリオに『迷魂』が触れないようにしてもらう。俺とビレーは『迷魂』を探すって事にはなるかな?」
後で砂を分配するという話もちゃんと添えておく。なんなら『テラー』同士に契約を使って貰ってもいいし。
クリスを見ると少し不機嫌に見える気がする。どうしたのだろう。
アンナが首を振った。
「ユウヤ君みたいな可愛くて綺麗な子のNPCならともかく!俺はユウヤ君と組みたい!斉藤、お前そのポジ代わってくれよ」
「それだと話が変わってくるだろ…?」
「ユウヤ君がアンナのことが大好きな男の子として振舞ってくれれば完璧じゃね?」
ビレーが説得しようとするが、一切首を縦に振らない。というか、アンナが俺とか言うのはあんまり聞きたくないな。どうしようかこの人。協力出来そうなのにできなさそう。
「でも、お前のこと大好きで寄ってくる子が居るんだぞ?」
「俺もうユウヤ君にゾッコン!浮気はしねぇの!」
悪い人では無さそうだし『理久』の知り合いだから大丈夫かな。
こういう交渉はやりたくないけれど仕方あるまい。アンナの手を握る。少しだけ目を伏せて恥じらうように、っと。
「出来たら登場人物の名前で呼ぼう、アンナ。終われば現実世界で会ってあげるから。少しなら…ぎゅっとしてあげる。……それなら、いい?」
「よっしゃ!ストーリー進行任せろユウヤ君!」
「うん、お願い」
………この人めんどくさい。
けど、扱いやすいことはわかった。
シナリオの進行をアンナに任せ、俺とビレーはカモメ亭へ向かう。
前回の薬のまわりかたから計算して、いつ眠くなる演技をすればいいかは把握している。
相変わらずビレーは、これが美味いと言いつつ謎のビーフシチュー味のハンバーガー的なものを食べていた。
ビレーにも念の為睡眠耐性のポーションは飲んで貰ているが……なんていうか…それ以前に、よく入るなぁ。
少し分けてもらうと、やはり味はビーフシチュー。美味しいというよりは不思議なものだ。
俺自身のご飯は何も注文していないが、前回と同じで子どもへのサービスがあった。
『理久の能力』で周囲を見ると悪意の塊のようなものが蔓延しているから、多分これは眠くなるほうのサービス。
聖剣の自己治癒能力のレベルを身体強化と同等まで引き上げる。
聖剣の能力を引き上げれば引き上げるほど俺の『現実の身体』に影響があるようで、高いレベルを維持するのは難しい。
自己治癒と身体強化のレベルを同時にかなり高く引き上げれば『現実の身体』にかかる負荷も高まるが、毒などはある程度無効化できる。
出来るだけ負荷は抑えたい、というか抑えないと『理久』に怒られるのでポーションで睡眠耐性を上げた訳だけど。
焼けたアイスクリームのような謎物体は口に含むとやっぱり不思議な味がする。
最初は気づかなかったけれどヨーグルトを凍らせて焼いて焦がせればこんな感じになりそう。そういえば焼きカキ氷ってのもあるんだっけ?
暫くして、眠くなった演技をすると店員さんが2階で休むように促してくる。
前は断ってしまったからと今度は好意に甘える振りをし、潜入した。アンナ達が来るまでに『迷魂』を回収しなければ。
ビレーに運んでもらいながら周囲を確認する。2階はつる植物が空間を埋め尽くすように茂っていた。
どうやら1階へは移動せず、2階を埋め尽くすと外へ出て、あのお洒落に見える外観になったらしい。
物語の登場人物たちは、この異変を認識しながらも対処しようとしない特徴がある。
異変の状態が当然であり、何もおかしいことではないと認識してしまうのだ。
俺を寝かせるように言われた部屋は2階の一番奥の部屋。簡単には外に出られない位置を計算されていそう。
店員さんが部屋から立ち去り、人の気配がなくなったところで体を起こした。
恐らく、今獲物が罠にかかった事を仲間で共有しているところなのだろう。誰も近くに居ないようだ。
「大丈夫か?」
「へいき。『迷魂』探し、しないとね」
ベッドから降りる。少しふらついてビレーに心配されてしまう。
「やっぱ薬の影響が……」
聖剣を大きくして、つる植物を斬った。
斬った所が砂というか塵のように崩れて消えた。瓶で塵のような砂を回収する。
「平気。それよりほら、やっぱりコレ『迷魂』の一部みたい。このまま植物が多い方に進んでいこう」
「無理すんなよ?」
「わかってるって」
ビレーが剣を構えた。植物は塵をまき散らして消えてゆく。
部屋から出る。廊下の殆どを埋め尽くす植物を剣で薙ぎ払う。少しだけ空間が出来た。
植物が多い部屋を探す。どうやら今いる場所から遠くはなさそう。
通された部屋と向かい合った部屋の殆どは少しだけ開いていた。
しかし、自由に隙間を移動した植物が扉を飲み込んで固定している。
植物の向きを見ていくが、どれも中に入ったり出たりと縦横無尽に駆け巡り、判断がつかない。
とりあえず正面の部屋が開くよう、絡み合ったつるを斬ってゆく。
外開きの造りだったおかげで簡単に開くことはできたが、部屋の中は植物の壁で何も見えなかった。
これ、全部の部屋でこうなのかなぁ………
とりあえず聖剣を突き刺す。隙間から部屋の中が少し見えた。
核になりそうなものはなにもない。よく見ると壁が一部破壊されているようで、隣の部屋から植物があふれている。
次の部屋は剣を突き刺しても壁が続いていた。
部屋の中に少し入って、壁のような植物の塊を切り伏せてゆくと突然金属音がした。振り返ると、斬るのに苦労してるなとは思っていたがビレーの剣が折れてしまっていた。
今使えるのは俺の聖剣だけになった。これでは時間が足りなくなってしまう。
──すごく怖いけれど。こちらの方がいいかもしれない。
「……ビレー。俺の剣使って」
聖剣を手渡した。
聖剣を使えるのは基本的に所有者の俺だけだが『峰岸優也とペアを組んでいる斉藤理久』なら、例外的に同じように扱うことが出来る。
「でも、それだとユウヤは……」
俺が永く『契約者』として活動出来た理由がこの剣にある。
昔、聖剣を奪われた事があった。
その時は『ほかの契約者』から『迷魂』の回収が終わった後も物語の中で数日間酷く嬲られ、殺された。
手放してしまうのは凄く怖い。ある程度距離があくと身体強化も自己治癒も、何も効果がなくなってしまうのだ。
何もできない、身体もさほど丈夫ではない10歳になるのだ。
けれど『理久』が傍にいてくれるなら、大丈夫。
「俺、ただの子どもになる。だから、守ってね」
「………絶対俺から離れんなよ?」
粘土に刃物を突き立てるかの如く、俺の剣であれば植物を斬ってゆける。
やはり体格差だろう。貸してよかった。俺が斬るよりずっと速く切り刻まれた植物の壁に、とうとう終わりが訪れた。
その空間を見て、ビレーが目を丸くする。
「なん……だ、これ」
黒い水晶のようなものが宙に浮き、それを植物が台座のような形をとって祀りあげていた。
「『迷魂が作り上げた空間』だと思う。真ん中の水晶みたいなのを斬っちゃえばいいよ」
「えっ、石に剣当てて平気か?」
「俺の剣が欠けるわけない」
ビレーが頷いて、水晶に剣をあてる。
水晶が砕け散る。破片は周辺の植物と一緒に砂に変わってゆく。
砂が瓶に回収されてゆく。とりあえずこれで、この話が急激に喰われる可能性はひとつ減った。
あとは他にも入り込んだ『迷魂』が居ないか確認して、この世界から出ればいい。
砂を回収しながら、白紙の本を召喚する。
物語は無事に協力者となる男の子と作戦会議をしている場面になるようだ。少し過去を覗くと、どうやらアンナが時間を稼いでくれていた様子。
多分アンナが頑張ってくれなければ、すぐに主人公たちがカモメ亭へ訪れていただろう。陰ながらの功労者とはこの事……いや、俺たちが陰の方か?まあいいか。
「ユウヤ。剣ありがとな」
「うん、どういたしまして」
ペンダントに変わった聖剣を首にかけてもらった。やっぱり手元にあると落ち着くなぁ。
他に『迷魂』が残っていなければ、回収し終わったあとは出来る限り早くこの世界から出た方が良い。
砂を狙った『契約者同士』の殺し合いが始まってしまうことが非常に多い。
俺はそんなものに関わり合いたいとは思わないから、なるべく早く撤退したい。したかった。
「なあユウヤ。あれって『迷魂』か?」
ビレーが窓を指さした。
大きめの鷲だろうか?鳥がこちらを見ている。
それだけであれば別におかしなことでは無いが、その鳥は本が纏っていたモヤと同じものを纏っていた。
動物の姿をとる『迷魂』の特徴である。
急がないと、もうすぐアンナがやってきてしまう。
剣を握る。すると、飛べない俺らを嘲笑うかのように鳥はふわりと飛び立ち、どこかへ消えた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!