本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

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公開日時: 2025年1月7日(火) 10:00
文字数:5,611

 夏休みが開けたらしい。

 確かに、俺の編入先の学校は流成の言っていた小学校、蓬莱小学校である。うちの病院の名前を貰った小学校なのだとか。

 クラスメイトの前で、名前と病院で暮らしながら通信教育を受けていたことや多分もう少ししたら暫く休んでしまうこと、学校に通うのは初めてであること等とりあえず思いつくことを並べて自己紹介を行った。


 俺の自己紹介が終わると各々夏休みの宿題というものを出していて、全員が出し終わった後は席替えとなった。

 くじ引きで決まった俺の席は流成の隣。

 流成は俺の荷物の少なさを見て「優也ってさ、夏休みの宿題とか出されなかったの?」いいなぁとボヤいていた。

 夏休みの専用の宿題の存在を初めて知ったくらいなんですが?

 二学期の予定などが書かれた紙が配られる。保護者への連絡にもなるため、無くさず渡すように言われたけれど、俺の場合父さんに渡すべきなのだろうか?貰っても困ると思うのだけど。特にこの、授業参観とか。

 家庭訪問についての案内もあるけれど、俺の場合は誰とどこでやるのかな。父さんは都合つかないと思うし。後で聞いてみよ。


 係決めの最中、女子生徒がちらちらと俺を見ている気がした。

 「お前、めっちゃどの係になるか気にされてんぞ」

 一応俺は病弱な男子生徒なのだから、うっかり休まれてしまえば負担は大きい。どの係になるのか気になるのだろう。

 「ねえ流成、これって必ず誰かがなにかの役割を持たないといけないのかな」

 「そりゃそうだろ。だって係決めなんだし」

 「そっか、それなら、俺は人の配分が多い所がいいね。きっとすぐにまた、出席出来なくなるから」

 さっき黒板に書き足された図書係っていうのは魅力的だけど、どうやら最初から通年の図書委員がやるように決まっているらしい。ちょっと残念。

 何処を選ぼうか悩んでいると、流成が手を挙げた。

 先生がくすりと笑い「流成君、まだやりたい係で手を挙げるのはもう少し待ってね」降ろすように促した。

 流成はクラスメイトから笑われながらも手を降ろさず「先生、優也がやりたいところ先に決めさせてやってよ。こいつ入院したらメーワクかけるからって人数多いところにしようとしてんだよ」真っ直ぐにはっきりと言った。

 「り、流成……?」

 流成が、してやったりという顔で俺を見た。

 先生は少し唸ってから「そうだね。優也君は常にいられるわけでは無いので、優也君が希望した所はひとり多く決めておく。みんな、いいかな?」流成の意見を取り入れる、

 クラスメイトはざわつきながらも、誰も反対はしなかった。なんかすみません。

 先生から、どの役割がいいか訊ねられた。

 「あの、俺は…どこでも……」

 「人数がいっぱいの場所でも大丈夫だから、言ってみなさい」

 「図書係…が、いいです」

 先生は俺の名前を図書係の希望枠に書いた。


 同じ図書係になった小室苺花さんと西貝乙葉さん、ふたりの女子生徒と軽く挨拶をかわす。ご迷惑おかけしないよう気を付けます。絶対かけちゃうけど。

 回ってきた名簿表の、ふたりの名前の下に俺の名前を書く。

 乙葉さんが俺の字を見て「わぁ!!優也君すごくキレイな字だね!」褒めてくれる。

 素直にありがとうと返す。あれ、乙葉さん顔が赤い?

 「乙葉さん、熱でもある…?」

 額をちょっと失礼して、手で温度を計ってみる。少し熱い気がする。

 「あ、あの、優也君、あの!!!」

 慌てる乙葉さん。急に額を触られたら、そりゃびっくりするよね。

 「あ、ごめんね。熱あるっぽいなら、どうしよう……薬を飲んで寝る?それとも病院?…うち、来る?」

 ぽこん、後ろから頭を叩かれた。

 振り返ると丸めた教科書を持った流成が呆れた顔で「そこは保健室だろ」腕組みをしている。

 「そっか、保健室に行けばいいんだね。俺も何かあれば行けって言われてるよ。行こっか」

 乙葉さんの手を握る。

 「だ、大丈夫だよ優也君…!」

 「無理はしちゃいけないと思うけど」

 流成からまた頭を叩かれた。痛く無いのにいい音がするなぁ。でも、あんまり本をそんなに丸めない方がいいと思う。

 「お前はちょっとじっとしてろ、それからだまってろ」

 「なんで?」

 「なんででも!お前今日初めて会う女子を家にさそうとかなんなの?」

 「俺がいつ家に誘った…?」

 「さっき!さそってたろ!!」

 首を傾げる。はて、家にお誘いのような事はしていないのですが。

 乙葉さんがもじもじしながら「わ、私は…行くよ?」俺を見ている。

 ずっと傍観していた苺花さんが「乙葉ばっかずるい!あたしも優也君の家行きたい!」身を乗り出してくる。

 とりあえず、何故俺の家に行こうとしているのかは分からないが「配布物を父さんに渡さないといけないし家に行ってもいいけど、その前に乙葉さんは"うちの病院"に来た方がいいと思うよ」思ったことを伝える。

 「「「うちの病院…?」」」

 3人が声を揃え、首を傾げた。

 「あ、でもうちは紹介状が無いと……でも、発熱外来の先生なら俺が一緒なら要らないか。学校終わったら行こっか」

 流成が待ったをかける。何か病気だったらどうするつもりなんだろう。

 「優也、ねんのために聞く。お前は何者だ?」

 「峰岸優也ですが」

 「違う、そうじゃなくて……お前の家ってどこ?」

 「それは必要な情報?」

 「おう」

 よく分からないけれど「病院のすぐ近くに建ってるよ。学校の隣かな」携帯を取り出して地図を見せた。

 苺花さんと乙葉さんが声を揃えた。

 「「もしかして、あの大きなおうち?!」」

 うーん、確かに大きい気はするけど、比較対象がないから分からないや。

 流成が地図と俺を見比べながら「もしかして優也って、めちゃくちゃヤバい家の子だったりする…?」聞いてきた。

 「やばい家って何……?」特に変な家では無いのですが?

 首を傾げていると、ひょいと携帯電話を先生に取られてしまう。あ、返してください。

 「優也君、授業中に携帯は仕舞いましょうね」

 「そういうものなの?」

 「そういうものです。放課後まで預かっておきますからね」

 「無くさないでね。それ大事なものだから」

 何だか学校って窮屈だなぁ。

 

 今日は授業という授業は無いらしい。

 移動教室と聞いていたから、何かと思えば行先は図書室だった。俺もうこの教室から動きたくない。

 司書の先生に挨拶をした。どうやら先生も俺の病気の事は知っているらしい。

 のんびりと図書室を眺めて、眺めて、眺めて幸せに浸る。俺の持っていない資料的な本まである。あれ読めるかな、なんて思っていると若干自由時間も兼ねていたせいかクラスメイトに囲まれてしまった。本読みたいのにな。

 家が大きいという話は本当なのかとか、今までどんなことをやっていたのかとか、割とプライバシーな問題を聞かれる。

 最近は時々理久の家に遊びに行くことはあるから、あの辺の家の大きさと比べれば大きいとは思うし、何をやっていたかと言われると本を読んでいたくらいだと思う。時々父さんの仕事を手伝ったりはしてたけど、特に面白いものでは無いような。

 返答に困っていると流成が「図書室はしずかにするもんだろ!」クラスメイトを散らした。ありがとう、助かります。

 小声でお礼を伝えると、流成はにかっと笑った。

 やっと本が読める。

 書架の間を歩きながら色んな本を眺めていく。図書室の端っこ、奥まった場所で本を読んでいる女子生徒を見つけた。

 「何読んでるの?」

 声をかけると、女子生徒はちらりと俺を見て「………話しかけないで」そっぽを向いてしまった。

 なんか俺、気に障るようなことしたのかな。

 気落ちしながら本を選ぶ。借りたら返せなくなる可能性があるから、本は借りない事にして、この場で読んでしまおう。


 今日は午前中で学校はおしまい。乙葉さんは病院は行かなくて良いと言っていたけれど、何かあればちゃんと病院にいくように注意した。

 帰りのホームルームが終わった後、職員室へ向かう。

 流成から以前没収された生徒が保護者を呼び出しされた話を聞いていたから、保護者の呼び出しともなれば父さんのスケジュール的に数日は携帯が返ってこないことを覚悟していたのだが杞憂だった。

 先生はすんなりと返してくれた。どうやら登下校にハセガワを呼ばなければいけないことは聞いていたらしい。

 他の先生から声をかけられた。

 「きみが優也君かい。身体は辛くないかい」

 声の主は学年主任だったかな、筋肉がよく鍛えられた先生だった。

 「ずっと寝ていたせいで体力はないけど、ある程度は動けるよ」

 「そうかそうか!」

 頭をわしゃわしゃと撫でて、先生は職員室から出ていった。

 手ぐしで髪を整えながら俺も職員室を後にする。廊下に流成が立っていた。

 「お、返してもらった?良かったじゃん」

 「うん。初犯だからって」

 携帯で、ハセガワに電話をかける。

 今日は早く終わる日だったことを伝えると、実は知っていたようで駐車場で待っているのだそう。

 「じゃ、俺ハセガワが待ってるから帰るね」

 ランドセルなる鞄を背負い、下駄箱へ歩き始めた時だった。

 流成に鞄を引っ張られた。

 「どうしたの?」

 「なあ、ついてってもいい?」

 「どこに?」

 「優也の家!あのゴーテーだろ?すっげぇオシャレじゃん!!中、気になんだよ!!」

 「別にいいけど……」

 それならハセガワに家を経由することを伝えないとな。帰るより先に配布物を父さんの書斎に置いてこよう。

 靴を履いて、車へと向かう。

 ハセガワに流成を紹介し、家に一旦帰ることを伝えた。

 驚いているようだったが俺も連絡物があることを伝えると、わかりましたとだけ言って車のドアを開けてくれた。

 そのまま乗り込む。流成が「本物のヒツジ…?」目を輝かせている。ハセガワはヤギでもヒツジでも無いんだけど。

 「どうぞ、ご案内致します」

 ハセガワに促され、流成が車に乗り込んできた。

 「なあ優也、マジでお前何者なの?」

 「そう言われても……峰岸優也です、としか」

 ハセガワが運転席で「優也君、わかって言っていますね?」苦笑している。

 「うん。でも、これでいいよ。俺は俺」

 しばらく車に揺られたあと、家に着いた。

 玄関前に停められた車から降りる。

 ハセガワは車庫に置いてくるからとそのまま走り去ってしまった。

 玄関の鍵を開けようとして、流成が扉に張り付いていることに気がついた。

 「…………何やってるの?」

 「やっべえゴーテーに来ちまった…」

 「とりあえず退いてもらっていい?鍵開けれないんだけど」

 出雲石の鍵を取り出し、解錠する。

 「何そのオシャレなカギ!やべぇ!!!」

 「いいでしょ。俺の目と同じ色の石が入ってるんだよ。さあ、どうぞ」

 扉を開けた。

 流成が玄関ホールにある置き物を口を開けながらみている。その辺にかけられてる絵画も高いものらしいということを伝えると震えていた。

 とりあえず父さんの書斎に配布物を置いてこよう。えっと、確かこっちだったかな。

 居ないと思いながらも、部屋の扉をノックした。

 「どうぞ」

 部屋の中から声がして驚いた。ゆっくり扉を開けると、部屋の主も俺が来たことに驚いているようだった。

 「父さん、なんでいるの?」

 「いや……それは……今日は偶然家で出来る仕事ばかりだったからな、こっちで仕事をしてたんだ」

 父さんは俺に近づくと頭を撫でてくれた。

 「学校はどうだったかい?無理そうなら行かなくて良いからな?」

 「なんとか大丈夫。はいこれあげる」

 配布物入れを渡す。配られた書類は全部入っている。とても便利。

 父さんは受け取って暫く中身を見たあと「こ、これが……連絡帳に連絡袋!!」凄く嬉しそうな顔をした。

 中の書類を確認しつつ「絶対行く!絶対授業参観行くからな!!」とても興奮している。

 「あまり面白くないと思うけど」

 父さんが首を振った。

 「優也の学校行事は最優先で参加するからな。ちゃんと教えてくれ」

 「無理しないでいいよ。忙しいでしょ」

 「いいや行く!」

 父さん、どうしちゃったんだろう。

 「そっか……なるべく伝えるけど、無理はしないでね」

 勿論だと笑ってくれた。


 父さんに流成を紹介する。祭りで助けてもらったこと、クラスメイトであること、それから多分友達であること。

 多分とはなんだと流成から小突かれたが、友達がなんなのか分からないからと伝えると、それなら仕方ないかと納得して貰えた。

 父さんは俺が友達を連れてきたと感動しながら「優也のことを末永くよろしく頼むよ」流成の手を握っている。結婚かなにかの挨拶ですか?

 流成もふざけて「息子さんは俺が幸せにします」変なこと言ってるし。

 「結婚するなら理久がいいんだけど」

 父さんが苦笑する。冗談だと言うとほっとしたようにため息をついているが、冗談じゃなかったらどうするつもりなんだろう。


 流成が帰ったあと、父さんに真剣な顔で理久の事をどれくらい好きなのか聞かれた。俺が他人をどれくらい好きかなんて、人と関わってこなかったのだから難しい質問ではある。

 「分からない。でも、また抱いて欲しいとは思うかな」

 父さんの顔から笑顔が消えた。

 「優也、正直に答えなさい。理久君に……抱かれたのかい?いつ?どこで?」

 「うん。この前海に行った時だよ」

 「優也から、頼んだのかい?」

 「そう。理久も初めてって言ってたから凄く緊張したけど、凄く気持ちよかったよ」

 父さんが慌てて俺の体を触る。どうしたんだろう。

 「体は…体は大丈夫か?その後具合が悪くなったりは………」

 「うん。後ろから、ぎゅーって抱いてもらったから、マスクも取れなかった」

 父さんは一瞬動きを止めた。少し何かを考えたあと「優也は理久君に抱きしめてもらいながら添い寝をしてもらったのかい?どんな風に?」変な質問をされた。さっきからそう言ってるじゃないの。

 「えっと……ぎゅーって、こんな風に。頭も撫でてもらったよ。今度、父さんとも寝たいんだけど…だめ?」

 身長差があるから上手く抱きつけないけれど、父さんを理久がしてくれたように抱きしめる。

 父さんは安堵と歓喜が混ざったようなため息をつくと「勿論いいに決まってるだろう!!腕枕でもなんでもしてあげよう!」俺の頭を撫でてくれた。なんだったんだろう。






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