今日は23日。ハセガワと兄貴がついてきてくれた。
俺が昨日突然予定変更を頼んだのに、もう設置が終わっているようだ。凄い。
家は洋館のようではあるものの、ちゃんと土足禁止。スリッパに履き替えているのでそのまま座っても問題は無い筈なのだけど、このまま横になれそうなくらいにふかふかした新品のカーペットが敷かれていた。
どうやら、俺がこの家に帰ってくる可能性が高くなったからという理由で、元々家具の類は買い換えが少しずつ行われていたらしい。
興味本位で自室に向かったが、そこには新品の天蓋付きのベッドがあった。何も見なかったことにした。
料理を確認して欲しいと言われ厨房に入ったが、厨房もかなり広い。
調理担当の使用人さん達に挨拶をしつつ、料理を味見させてもらうと、どれも温かくて凄く美味しかった。
普段は冷凍食品で暮らしてる俺にはグルメ的表現は出来ない。多分他の人なら色んな表現をするだろうな。
色んな料理があるから、味見だけでおなかいっぱいになりそう。
俺が2個目のミルクプリンを堪能している間、兄貴が料理について使用人さんと話をしている。
7階で暮らすようになる前は殆どの期間を家政婦から虐待されていたから、食べられるものは全部美味しいと感じていた。
その食べられるというものも、実際は腐ったものや傷んだものも結構あって、体をよく壊していた気はする。
今となっては甘いとかしょっぱいとか苦いとか、それくらいの認識は出来て、冷凍食品か病院の1階にあるレストランでの食事をずっと食べていたから、美味しいか美味しくないかくらいの判別がついている程度だと思う。
どちらかというと好みか好みでないか、という枠かもしれないが。
味に関しては断然兄貴の方が感じられる幅が広いので、全部おまかせすると調理担当の使用人にも伝えている。
それにしてもこのプリン、すごく美味しい。
手が空いた調理担当がさらなるおかわりを用意してくれた。堪能しているとハセガワから「4個目はやめておきましょうね」食べ過ぎだと釘を刺された。ちぇ。
ハセガワが時間を見て薬包紙を取り出し、可食フィルムで包んでくれる。
「この薬は、これが最後になります。明日からは軽いものに変わって、もうぼんやりしなくなりますよ。よく頑張りましたね」
「うん」
薬を飲んだ。
ぼんやりとした頭で厨房の隅から兄貴とハセガワの様子を眺めた。
こっそり4個目のミルクプリンを食べた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして迎えた24日。
最初にやってきたのは流成だった。
流成にはクリスマス会の会場で顔を合わせた瞬間、肩を掴まれた。
「お前これ、なんなの?ここ、どこなの?家の前にデカい車が来て、連れてこられて、マジここどこ?」
「俺の家…だけど?」
「お前ん家知ってるからな?別の家とかそういうやつ?」
どう説明したら良いのだろう?前に流成が遊びに来た家も俺の家だし、この家も俺の家だし。
返答に困っていると、今日1日、ずっと俺のそばに居てくれるらしい執事の高月さんが助け舟を出してくれた。
「この御屋敷は優也様が所有されているものになります。以前お越しになられたと伺っている御屋敷は、優也様のお父様が所有されているものになります」
「あ、うん、それそれ」
流成が口を大きく開けた。
「流成?どうしたの?」
頬を軽く叩いてあげると、何処かに飛んでいた意識が戻ってきたようだ。良かった。
「お前さ、何者なの…?」
「それは俺にもよくわかんない。けど、産まれたばかりの赤ん坊にこんな家プレゼントするお爺ちゃんがいるのって、普通じゃないことくらいは分かるよ」
「いや、居なくてもフツーじゃねぇよ」
確かに大病院の息子なんてそんなに普通では無いか?
あれやこれやと話していたら、琹音がやってきた。
駆け寄って出迎える。扱いの差が酷いとか流成がボヤいているけれど気にしない。流成だもん。
「琹音!久しぶり!!」
「うん」
学校の時より少しだけ雰囲気の違う琹音。お洋服も少し違うけど、なんだろう。えっと、えっと……
「髪型変えた?」
「うん。優也君のお家って聞いたけど、招待状の場所がちがうから、お母さんが変な頭じゃダメだって。お洋服もね、買ってくれたの」
「すっごく似合ってる!」
「ありがとう」
琹音がふんわりと笑った。自分の中で何かがこう、動くような変な感覚。途端に暑く感じてしまう。また熱でもでてきた?
なんだか身体が火照って仕方ない。どうしたのだろうと思っていたら、琹音のお姉さん…じゃなかったお母さんと、本当のお姉さんが会場に入ってきた。
挨拶をすると、琹音のお姉さんが俺の顔をじっと見てくる。
「目が、本当に緑色してる……」
「え?あ、はい。母からの遺伝みたいで」
「琹音から凄く可愛くて綺麗な子って聞いてたけど、ほんとに可愛くて綺麗な子じゃん!!それに豪邸持ってる男の子とか…琹音凄い子捕まえ──もがが」
「お姉ちゃん、やめて……」
琹音が顔を赤くしながらお姉さんの口を塞いでいた。
琹音、俺の事どう説明してたんだろう。可愛くて綺麗?あんまり実感は湧かないし、言われ慣れてはいる。けれど、琹音から言われたと考えると何故か頭の中がぐるぐるする。
やっぱ熱がぶり返してるのかも。
「今日はゆっくりしていってね」
火照りを何とか冷まそうと外に出る。凄く寒い。やっぱ戻ろかな。
玄関前のツリーの前に座った。ここなら暖房の暖かい空気が外と繋がる扉で冷やされて火照った体には調度良くなっている。
俺はどうやら体温調節が苦手らしく、自分で体温を確認できるものに手首の端末を変えてもらった。
今熱がないことはわかっているが、やはり少し暑い気がする。
箱のひとつを手に取った。少し重いけど小さい箱。何が入っているのかな。
少し振って音を聞いたりと遊んでいると、頭をぽん、と優しく撫でられた。
振り返ると、そこには理久がいた。
「理久ー!!いらっしゃい!!!」
抱きついて匂いを嗅ぐ。すー、はー。いつもなら理久が近くにいたら気付くのに、なんで気付かなかったんだろ。風上だったりした?
それよりそれより、数日ぶりの理久の匂い、ちゃんと嗅がなきゃ。
「いい匂い……」
「俺は香水じゃねえんだけど」
「いい匂いするよ、だって理久だもん」
「はいはい。結構高い熱出てたって聞いたけど、もう平気なのか?」
「うん。元々お薬の副作用で熱が出ることはわかってたから」
「そっか」
理久がぽんぽんと頭を撫でてくれる。気持ちがいい。この温かさがあったから、あの日は乗り切れたようなもので──あ、そうだ、言わなきゃいけないことがあったんだ。
「理久、クッションありがとう。誕生日プレゼントってね、初めて貰ったの」
「えっ、マジ?あの親父さんとか拓矢さんならめちゃくちゃ祝いそうじゃん」
「俺の場合は、お母さんの命日でもあるから」
「あっ…そうか……」
理久の顔がくもった。そんな顔しないで欲しい。
「ずっとね、ずっと、誕生日って事を忘れてたけど、今年は兄貴にも祝ってもらったの。凄く嬉しくて、泣いちゃった。嬉しいことのきっかけ、くれるのはいつも理久だよ。ありがとう」
理久の匂いを嗅ぐ。凄く、やっぱり凄くいい匂い。
「…………なんか俺、挨拶出来なくない?」
蓮の声が聞こえた気がしたけどほっとこ。
それからしばらくして、同じ図書係の小室苺花さんと西貝乙葉さんも来てくれた。
ふたりとも、凄く驚いた、なんて言っていた。やっぱり玄関の大きいクリスマスツリーはびっくりしちゃうよね。うんうん。
父さんと兄貴、ハセガワは後から合流する予定だから、とりあえず全員到着したのを合図に料理が運ばれてきた。
流成は、食い尽くすぞ、なんて言いながら料理の並ぶテーブルを右往左往している。
琹音は運ばれてきたスイーツに目移りしながら、最初はローストビーフを口に含んで幸せそうな顔をして、それからエビフライを食べて更に幸せそうな顔をしていた。
やっぱり琹音と俺の好みって本以外も似てると思うんだよな。
「……琹音、これ、美味しいよ」
海老と魚のすり身を四角く切ったパンを付けて油でさっくりと揚げた団子を取り皿に取って渡した。
「ありがとう」
受け取って、半分に割って口に含む琹音。女の子だし仕方ないか。齧り付くのも美味しいんだけどな。
どうかな、なんて思っていると「お、美味しい…!!」ふにゃりと柔らかく笑ってくれた。
やっぱり琹音の笑顔、直視できない。なんだかまた暑くなってきちゃった。
他の好みのもの、えっとあ、あれ美味しいんだよな。
料理を取ってこようとして、西貝さんに腕を掴まれた。
「ねえ優也君、私にもおすすめの料理、教えてよ~」
「え?うん、いいよ」
もう片方の腕を小室さんに掴まれる。
「ずるい乙葉!ヌケガケしないで!」
両腕をふたりに掴まれて、なんだか捕獲された宇宙人の気分。
いつもなら流成に茶化されると思うが、当の本人は取り皿いっぱいの料理を忙しそうに食べながら俺を見ているだけだった。
俺だったら、あの半分の量でおなかいっぱいになっちゃう。
やっぱりハセガワが言ってた通り、俺は少食なんだろうなと思いながら見てないで助けて欲しいなとも思った。
何とか解放してもらい、自分の分の料理を口に運ぶ。お腹も空いてたし、お肉にかかった果物の風味がするソースが身体にしみていく。冷たいのに、とってもおいしい…
理久と琹音のお姉さんとのやり取りをずっと気にしていたけれど、どうやら琹音のお姉さんは理久のことを知っているようだった。
同じ学校なのだから面識があるのは当然かとも思うが、理久の方は琹音のお姉さんのことを知らないようだった。
中等部と高等部という違いにもなるし、何故琹音のお姉さんは理久のことを知っているのかという疑問は、案外すぐに解決した。
琹音のお姉さんが「高等部の黒王子と一緒にクリスマスを過ごせるなんて!!琹音ありがとう!!」部屋の隅で話している内容を聞いてしまった。
勉強も出来るし気が回るし、優しいし、よく本を読んでいて物静か、更には後輩の面倒をよく見るという理久は中等部の女子から黒王子と呼ばれているらしい。
好かれる要素満点の理久だから当然といえば当然。
それに関してはやっと学校の皆さん気付いたのかとしか思わないが、理久は以前、生まれつきらしい褐色の肌を少し気にしているように見えたけど大丈夫かな。
心配していると、蓮が「黒王子様は良いねぇモテて」茶化しているのが聞こえた。
理久、嫌がってないかな?ちょっとだけ盗み聞き。
「その王子ってのやめろって……俺はそんな柄じゃねぇよ」
「それだと黒になるぞ」
「俺は犬か猫か?」
あれ、あんまり嫌がってない?むしろ王子の方嫌がってる?
近づいて、理久の服の裾をちょいちょいと引っ張る。
「ん?優也、どうした?」
「理久、その、嫌じゃないのかなって」
「何が?」
「夏、着物、嫌がってたでしょ?」
理久は暫く唸ったあと「あー!そういう事か!」合点がいったのか、笑いだした。
「いやぁ、別に色黒とかそういうのは気にしてねえよ。実際黒いもんを白く言えって方が無理あるじゃん?」
「じゃ、じゃあ、なんで着物、嫌だったの?」
理久の顔が少し赤くなった。すごく可愛いけど、何か恥ずかしい理由なのかな。
「ねえ、どうして?」
「………から」
声が小さくて聞こえなかった。もう一度尋ねると「上手く着れねぇからだよ」顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。えっ、何それ可愛い!!
何この理久!写真撮りたい!!
携帯電話、どこやったっけ?ああもう、カメラカメラ!!
「高月さん、携帯電話持ってきて!理久、撮るから、こっち向いてもう1回お願い!!」
「ぜってー嫌!!!」
高月さんから携帯電話を渡される。
「こっち向いてー!はい!」
「やめろこの野郎!!」
携帯電話を向けると、理久にめちゃくちゃ逃げられた。
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