目を開ける。寝ていたのは4時間ほどのようだ。
「おはよ、優也」
琹音が本から視線を移し、微笑んでくれた。
「起きるの、待っててくれたの?」
「うん。待ってるって約束したから」
「ありがとう。外、暗くなってるね。ごめんなさい。遅くまで……」
「平気だよ。優也が、私が撫でたら寝ちゃったの、お母さんが知ったらね、今日は優也のところにお泊まりしていいって。お母さんもお仕事で、下の階に居るから」
「そ、そうなんだ……」
「ごはん、食べれそう?」
「食欲はないから……あ、琹音がお腹すいたなら、キッチン好きに使って平気だよ」
琹音は暫く唸ったあと「じゃ、私の得意料理作ってあげる」部屋から出ていった。どうしよう、食べれるかな。
程なくして、琹音が黄色い塊をふたつ持ってきた。
「じゃーん!私の得意料理、オムライスです!どう?綺麗かな」
「うん。琹音って料理上手なんだね」
「えっへん!!」
琹音は片方のオムライスにお星様、もう片方にハートマークをケチャップで描いた。
「はい、これは優也の分。私の分はこっち」
お星様が描かれたオムライスが差し出される。
オムライスの香りを嗅いだら、全くなかった食欲がどんどん湧き出てくる。とても不思議だ。
「ありがとう、いただきます」
あつあつのごはんで火傷しそうになるが、同時に笑顔になったのが自分でもわかった。
「美味しい」
「えへへ、良かった!」
琹音が食べる半分くらいの速度で、ゆっくりとオムライスを食べる。体調がどうとかではなく、俺にとってこれが普通の速さなので許して欲しい。
とても時間がかかったが、全部食べきってしまった。
何かを食べたらすぐにやってくる嗚咽も現れない。それに、なんだか眠くなってきちゃった。
「ねえ琹音。俺、また寝そう」
「ちゃんとマスクして。しっかりと風邪ひかないように布団に入って寝て。風邪ひいたら、みんな心配しちゃうよ」
「うん」
琹音がまた、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「おやすみ、優也」
「うん…」
また、意識が遠くなった。
目を開けると、朝だった。
琹音の姿は無い。畳まれた布団が部屋の隅にあるので、この部屋で寝ていたのだと思うけど。
機械の電源を切る。琹音を探しに行きたいけれど、両脚が繋がれているからそれもできない。
暫く座っていると、琹音がいい匂いと一緒に部屋に入ってきた。
「おはよ、優也。ご飯できたよ。食べよ?」
「おはよ。……琹音が作ってくれたの?」
「うん!お母さんと一緒に!」
「そっか。でもほら、俺はベッドから動けないから……」
「じゃあ、持ってくるね!」
琹音はお盆に乗せて、炊きたての白ご飯と一緒におかずを持ってきてくれた。
ベーコンと野菜となんだろう、ポテト?が混ざりあったものと味噌汁、それから卵焼き。凄く豪華だ。
味噌汁は鍋ごと、琹音のお母さんが持ってきてくれた。
琹音のお母さんは苦笑しながら「優也君は料理人さんから作ってもらってると思うから、やめなさいって言ったんだけど……お口に合わなかったら、無理しないでね」味噌汁をついでくれている。
「……あのね、琹音のお母さん。琹音が昨日、晩御飯にオムライスを作ってくれたんだ。すごく美味しくて、久しぶりに戻さず食べれたの。だから俺、琹音の料理、好きなんだと思う。口に合わないなんて、ないと思うの」
琹音が顔を真っ赤にして、白ご飯を突き出してきた。
琹音のお母さんがくすりと笑う。
「あら。これは優也君の胃袋掴んじゃった?」
「胃袋を掴む?」
俺、何も掴まれてないけどな。首を傾げる。
「優也君はイケメンさんになるから競争率高いわよ。あら、もう既に高いんだっけ?琹音、頑張りなさい」
「そんなんじゃ、ないもん……」
顔をさらに真っ赤にした琹音が、俺をちらりと見てきた。
「それに、私なんかが傍にいたら、優也の迷惑だよ」
琹音が傍にいると俺の迷惑になる?誰がそんなこと決めたのだろうか。
「俺は琹音が傍にいてくれるのは嬉しいよ。凄く安心できるから、ずっと一緒に居たいもん」
「と、突然何いってるの…?」
琹音の顔が、更に赤くなった。
琹音のお母さんがとてもにこにこと笑いながら「さあ、ご飯が冷める前に食べちゃいましょう」お箸を渡してくれた。
いただきますと手を合わせて、口に入れた。
全部食べても、吐き戻すことは無かった。
それからというもの、お母さんの夜勤に合わせて、琹音がお泊まりに来るようになった。
2週間もすれば琹音がいなくても眠れるようになったし、ご飯も食べられるようになった。
まだ体調は万全では無いけれど、落ち込んでばかりも居られないよね。
俺には、やることがあるんだから。
ハセガワはまだ様子を見た方が良いと言っていたけれど、もう、大丈夫。
7階から外の世界に連れ出してくれたのは理久だ。だから、雛鳥が親鳥の後ろをついてゆくように、俺はずっと理久の後ろをついて歩いていた。
突然ではなくても、理久は俺の前から居なくなってしまった。
覚悟していて、頭で理解していても、心がついていかなかった。ただそれだけだから。
俺の中には『理久と出会った記憶』と、理久の願いで作られた『理久と出会わなかった記憶』のふたつがある。
『理久と出会わなかった記憶』が一気に襲ってきて、少し苦しかっただけだから、もう大丈夫。
そして、今日は久しぶりに登校する。
癖っ毛の髪をといて、鞄の中の教科書を確認する。
泊まりに来ていた琹音から、そんなではダメだと髪の毛を梳かれた。いてて、絡まってるって。
洋服もきちんと着たはずなのだけど、リボンが曲がっているとかで結び直された。
忘れ物はないかと時間ぎりぎりまで確認し、琹音に手を引かれ久しぶりにエレベーターに乗った。
ハセガワの運転で学校に向かう。一緒に登校したから、クラスメイトから質問攻めに遭った。
付き合ってるのか、なんて聞かれてしまった。
琹音を見ると、そんな関係ではないと否定している。
「親の職場が同じだから一緒に居るだけだよ。琹音はすごく優しいから……俺と付き合ってるとかおかしいよ」
ぽこん、と頭を叩かれた。
振り向くと流成が呆れた顔で丸めた教科書を持っている。
「なーに女子口説いてんの?」
「何が?」
「今、琹音ちゃんのこと!口説いてただろ!」
「素直な意見を言ったまでなのですが?」
突然、背後から強く押された。突き飛ばされたともいう。
床に手をついた。痛たた……
突き飛ばした犯人、見覚えのない茶髪の男子生徒は腕組みをして立っていた。
「はぁーー、やっぱりクッソ生意気!」
見覚えはないが、俺はこの男子生徒を知っている。
『新しく作られた記憶』と共に、どんな関係であるかも合わせて彼の存在は作られていた。
流成が俺と男子生徒の間に庇うように立つ。
「千隼!また優也に乱暴しやがって!!」
「そいつがジャマな所に立ってるから。視界から消えてくんない?この不登校野郎」
「優也だって、体が弱いから学校に来られないだけなんだぞ!!」
「ほんとにそう?僕にはただ、仮病で休んでるようにしか感じないんだけど」
「お前なぁ!!優也が去年、倒れた日のこと覚えてないのかよ!」
「知らなーい」
顔を真っ赤にして怒る流成の袖を軽く引っ張った。
「…流成、大丈夫だよ。ありがとう」
「でも……」
「それに、教室で固まって、邪魔になってたのは俺達の方だから。斉藤君もごめんね」
男子生徒──斉藤千隼はそっぽを向いて、自席へと戻って行った。
流成が頬を膨らませながら、斉藤君を睨みつけている。
恐らく、願いの小瓶によるもので『斉藤理久』と出会えないようにする力が働いているのだと思う。
『峰岸優也』と『斉藤千隼』は非常に仲が悪い。というか、斉藤千隼から一方的に嫌われており、先程のようなちょっとした暴力を振るわれたり、嫌がらせを受けることが多い、らしい。
仲良く出来たら『弟の友達』として理久に会えたかもしれないけれど、それはかなり難しそうである。
未だに怒りの収まらない流成に、今年の目標を伝えることにした。
「俺、斉藤君と仲良くなることにする」
「はぁ?」
さっきまで暴力をふるって、暴言を吐いてきた人間に対して仲良くしたいだなんて言っている人間がいるのだから、流成の反応は正しいと思う。おかしいのは俺。
だけど、小瓶が理久と出会わせないようにしてくるなら、少しくらい俺が無茶な行動しないとダメだと思うの。
「卒業までに、すっごく仲良くなる。決めた!」
「お前…さっきので頭打った?」
「失礼な」
まずは、どう話しかけようかな。
理久の好きな物と、同じものが好きだと良いんだけど。
7冊目ラストでございますヾ(*´∀`*)ノ
やっと千隼君が出てくれましたー!!
8冊目 次回の更新は明日!4月30日となります!
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