本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

006頁

公開日時: 2024年11月5日(火) 00:00
更新日時: 2024年11月24日(日) 12:47
文字数:2,677

 場面が切り替わる前に、街を離れる支度をする。

 切り替わっても差程問題では無いが、なるべく早く移動した方がいい。

 原作をそもそも読んでいないことが発覚したアンナには、これからは可能な限り主人公達と一緒に行動する時は『アンナという器』そのものの行動に任せるように伝えた。

 大体はシナリオの強制力で『器自身』が勝手に動いてくれるものを人間が無理やり変化させているだけ。

 下手に動こうとしなければ『器を借りられたアンナ』は描写されていない間に殺されて、本物に戻ったアンナに見せかけることは出来る。

 他にも『迷魂』が居ることを気付いていない『契約者』が居たとしても、先程のように書換えまで使って物語の進行を妨害するような殺され方はしないと思う。

 別行動になることを十分に伝えた。

 認識できていない『迷魂』が隠れていた場合に対処して欲しいと伝えると、大変そうだからご褒美が欲しいとねだるアンナから本名でお兄ちゃんと試しに呼んでみて欲しいなんて要求された。

 めんどくさいけど扱いやすい人だと思った。

 

 場面転移が起こり、日付が恐らく変わった。

 そろそろ、この街を離れる。

 「忘れ物は無い…って、ないよな」

 「無いよ」

 ビレー自身も荷物という荷物はない。

 宿は数ヶ月分を前払いされていて、すぐに引き払う必要は無いようだから実質気軽に街へ出かけるくらいの荷物でいい。

 街を離れる前にカモメ亭のハンバーガーを食べたいなんて言っていたが、当然ながらカモメ亭自体が営業停止もといい営業出来ない状態になっていた。今度裏技を教えてあげようかな。

 乗合馬車で『東の森』の近くの街までは2日ほどかかるらしい。場面転移に数回巻き込まれることを想定すると、体感は半日くらいで着けると思う。しかし、その半日というのは本の世界に入る前に起きていた時間から考えると深夜ほどになる。

 俺はカモメ亭で盛られたこともあって多少寝ているけれど、ビレーもといい『理久』は俺より早起きしていたはずだし、ずっと起きている訳で。

 ビレーではなく『理久』に訊ねる。

 「これから半日近く…起きてられる?」

 「……馬車ん中で寝ててい?」

 流石に無理らしい。

 乗合馬車って乗ってる間に寝られるものでは無いと思うから、クッションになりそうな厚手の毛布を用意して数枚ビレーに渡す。

 喜んで半分を使ってくれた。

 もう半分は俺も寝るべきだと言われて受け取って貰えなかった。いくらでも出せるのに。

 乗合馬車に乗る頃には、明らかにビレーが眠そうだった。だいぶ無理をしてたのかも。

 毛布を敷いて座るだけでも振動はマシになる。痛くないだけ素晴らしい。

 ただし、流石に俺は眠れない。

 揺れが酷くて眠れないというのも勿論あるけれど、二人とも寝てしまった場合『他の契約者』からの襲撃がないとも限らないし、今は物語では描写されない場所にいるから何が起きるか分からない。

 隣を見ると『ビレーの器を借りた理久』はぐっすりと寝ていた。なんていうか、凄いなこの人。

 一緒に乗り合わせた人達は俺達のことを兄弟だと認識したらしく、起きていた俺に色々と世話を妬いてくれた。

 俺と同い歳くらいの女の子にやたら話しかけられて少し困った。お父さんの目がすごく怖いのだ。

 流石に「恋人になってくださいません?」なんて言われた時には驚いた。慌ててお母さんが俺と女の子を引き剥がし、女の子を叱っていた。

 お父さんの目はすごく怖かった。


 少しだけ眠い。寝ている『理久』に寄りかかって目を瞑った。

 現実世界で同じように寄りかかって、ついうっかり寝ると俺は死んでしまうから、まずこんなことは出来ない。とても幸せ。

 そんな幸せな時間は馬車が急に止まってぶち壊される。一気に眠気が吹き飛んだ。

 どうやら山賊の類が襲ってきたようだ。商人の馬車でもないのに珍しいな、なんて思ったがある可能性に気づく。一見すると家族連れに見えた女の子、やんごとなきお家の御令嬢じゃなかろうか。

 お母さんとお父さんだと思っていた人達が、山賊の類と闘い始めたのだ。

 相手の数は多いが、それでもふたりでよく持ち堪えている。

 あのふたり以外に戦える人は居なさそう。

 白紙の本を確認すると乗合馬車の話だとか、御令嬢の話は無さそう。というかアンナは原作通りなのかよく分からない範囲に己の欲望に任せて子どもを愛でている気がする。

 特にこの先にも馬車が襲われた話だとか、そういったものはなかったし、場面転移のタイミングにもまだ時間の余裕はある。加勢しても大丈夫だろう。

 馬車から飛び降りて聖剣を右手に持つ。手始めに男性と女性の護衛と剣を合わせている山賊の腹をふたつに分けた。

 山賊たちは『迷魂』ではないから、赤い液体を周囲に撒き散らしながら地面に崩れ落ちる。

 他の山賊が体勢を整える前に、近くにいた山賊の胴体の数を増やす。

 男性の護衛が「き、きみは一体……」なにか言葉をかけている気がしたが、それよりも目の前の山賊を斬り裂くほうを優先する。

 身体強化を最大まで引き上げた。一気に終わらせよう。

 少し地位が高そうな山賊は片脚と両手首を切り落とすだけに留め、それ以外は全て胴体をふたつに増やすか頭と胴体を切り離した。

 唖然とする護衛のふたりに声をかける。

 「あいつ、止血しないと死んじゃうよ。全部殺しちゃ不味いでしょ?」

 「あ、ああ……」

 男性の護衛が山賊を縛り上げながら止血する。

 女性の護衛が俺を見て「あなたは何者なの?」至極当然の疑問をぶつけてきた。

 「何者でもない。あんたらも同じでしょ?」

 女性は深々と頭を下げた。

 自分に返り血が付いていないことを確認し馬車に戻る。俺のペア相手は騒ぎの中でもぐっすりと寝ていたようだ。あれ、もしかして寝たらなかなか起きないタイプだったりするのかな?

 しばらくすると馬車は動き出す。

 乗り込んできたのは女性の護衛だけだった。男性の護衛はその場で山賊と残ることになったらしい。

 大変困ったことに、再度馬車が動き始めてからは女の子のアプローチが少し過激になり、護衛は何度女の子が俺に告白しようと止めることが無くなった。むしろもっとやれと言わんばかりである。

 体感時間半日の馬車の旅がようやく終わりを迎え始めた頃、眠り姫(登場人物達からの呼び名を拝借する)が目を覚ました。

 寝ていた間に山賊に襲われたことを知ると、なぜ起こさなかったのかと怒られた。起きないとは思わなかったんです。はい。

 怒られながら少しだけ眠気を感じた。前の街で寝たといっても短時間だから、徹夜に近いのかもしれない。

 自己治癒と身体強化の能力を自己治癒主体で少し上げる。これでだいぶ楽になる。

 乗合馬車は無事に『東の森』に一番近い街へたどり着いた。












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