本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

009頁

公開日時: 2025年3月22日(土) 10:00
文字数:3,191

 ゆっくり目を開けた。

 体を起こして背伸びをしようとし、体を縮める。痛い。

 恐らく宙吊りにされた時に体を強く打ち付けたせいだろう。

 背伸びはやめて、部屋を見渡す。真っ暗で誰もいない。

 電気をつけると、テーブルの上に置き手紙があることに気づいた。理久からのものらしい。

 一度起きたけれどすぐに寝たから、また遊びに来るという簡単な置き手紙。

 薬を使って寝ていたのだから、薬の影響が強くある状態では起きてもすぐに寝てしまう。見送りできなくてごめんね。

 ゆっくり車椅子に座った。痛いなぁ、もう。

 自室の扉を開けると、高月さんが壁にもたれて立っていた。

 まさか、ずっと待っててくれたの?

 「お目覚めですか?」

 「え、あ、はい…」

 罪悪感に苛まれる。

 理久と一緒にいる時、外に出ていてもらうのであれば高月さん専用というか、俺の面倒を見てくれる執事さん専用のお部屋とか用意できないかな……?

 部屋は父さんに聞いてみることにして、そろそろ夕食の時間だと告げられた。

 寝起きでご飯はきついなぁと思っていたが、どうやら理久が作ってくれたシチューと聞いて意見をころりと変える。食べる!食べますとも!

 テーブルで待っていると兄貴がやってきた。何やらぐったりしている。

 クリスマスが終わったら年末の挨拶、その後は年始の挨拶。長男は大変そうだなぁ。次男になれてよかった、うんうん。


 「今日は理久が作ってくれたシチューなんだって」

 「うん、楽しみにしてた」

 兄貴が凄く嬉しそうな顔をする。

 分かるよその気持ち。理久のご飯、美味しいもん。

 今までのご飯は理久が作ってくれたものか、兄貴が作ってくれたものだった。俺が作れば殆ど野菜炒めとパスタ。父さんが作ると謎の物体が仕上がる。

 消去法で兄貴がつくっているので、理久が兄貴に連絡して、ご飯を代わりに作ると聞いてからはかなり楽しみにしていたらしい。

 ほんのちょっとだけ心の奥でむずむずとした感情が居座る。一番楽しみなのは俺なのに。

 明日から俺の家から料理担当の使用人も数名、父さんと兄貴から選ばれた人が来ることになっているから、しばらく兄貴のご飯もお預け。

 ずっとそばに居る執事さんの選出ほど条件は厳しく無いようだが、子どもがいることは条件にされているようだと高月さんは話してくれた。


 「じゃ、俺はパンとサラダ用意してくるなー」

 兄貴がキッチンへ向かう。しばらく、俺と高月さんのふたりきりになった。

 ずっと背後に立たれるのって少し気まずいような気がする。

 「高月さんも、一緒に食べよ?」

 隣の椅子を引いた。

 「いえ、使用人はあとから頂きますので」

 「だーめ!」

 「いえ…使用人が一緒に食事など……」

 俺と高月さんが揉めていると、父さんがやってきた。

 話を聞いた父さんは「優也が気にするので一緒に食べてください」苦笑しながら椅子に座るよう促した。

 そうだよ、俺、すっごく気にしちゃうんだから!

 兄貴がシチューのお皿を持ちながら「それなら、高月さん、料理運ぶの手伝って貰える?そのお礼に食べちゃえ。羽瀬川さんもそうしてるしな」にんまりと笑っていた。

 

 軽く焼かれたほかほかの柔らかいパン。理久の作ってくれた温かいシチュー。

 口にふくめば、しゃくしゃくと音を立てる、ちょっとだけプチトマト多めのサラダ。

 美味しくて幸せ。

 小さい頃は、こんなご飯殆ど食べられなかったし、こんな風に誰かと食べることは出来なかった。

 いや、違う。

 理久が居なかったら今でも俺は7階でひとり、ずっと兄貴と父さんから距離を置いて暮らしていたと思う。

 これは理久がくれた幸せなのだ。

 父さんに高月さんの部屋を提案すると高月さん本人は少し微妙な顔をしていたが、執事さんの休憩部屋を設けるという建前であれば執事長も何も言わないだろうということで納得してくれた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 年越しの準備を慌ただしく行う父さんと兄貴を眺めながら、ゆったりと朝食を摂る。俺も何かすべきだろうか?

 足は歩けるくらいまで回復したので、ある程度のことは出来るのだけど。

 なにか手伝えないかと聞いたら、年末というのは大掃除をやるものらしい。

 自分の部屋の掃除くらいはちゃんとやってはいたが、そういえば7階の掃除をしていないことに気づく。父さんに7階の掃除をしたいと伝えると、高月さんかハセガワが一緒なら良いという話だった。


 高月さんに同行をお願いし、久しぶりの7階へ向かう。関係者用の出入口の前にジャージを着た背の高い男性が立っていた。

 彼は高月樹来という名前で、高月さんの息子とのこと。今回人手が足りないかもしれないならと呼ばれたらしい。

 来年中学生らしいが、すごく身長が高い。多分理久と同じかそれ以上。

 まあ、理久はそこまで大きい方では無いみたいなんだけど。

 じいっと学生の方の高月さんを見る。

 「何この子!!すっげぇ綺麗な子じゃん!!」

 じいっと見つめ返され、数秒で抱きしめられた。あわわ。

 失礼になるからやめなさいと止められつつも、さらに抱きしめてくる。

 「この子、弟にしたい!!やばい可愛すぎる!!」

 「残念ながら俺は既に兄がおります」

 「そんなぁー!!」

 ちょっとだけ愉快な人である。なんと呼べばいいのか聞いたら、樹来じゅらいと名前で呼んで欲しいと言われた。

 樹来さんと呼ぶと、お兄ちゃんと読んで欲しいと言われたので、樹来お兄さんと呼ぶことにした。

 

 エレベーターの修理はまだ出来ていないから、6階から非常階段で入る。

 網膜認証に樹来お兄さんは興味津々のようだ。

 自分も開けたい、なんて言うから登録してないと無理だと伝えた。

 7階は何かしら劇的な変化があるという訳ではなさそうで安心する。強いて言えば、普段俺が『寝てしまった』後に似ているというか。

 配電盤を操作して、電気を全部点けた。

 うっすらと埃が積もっているのを確認し、掃除の段取りを決めていく。

 高月さん達は、俺の指示通りきちんと動いてくれた。

 

 7階の掃除がざっくりと終わった頃には昼になっていた。昼食は1階にあるレストランで摂ることにする。

 家に帰ってもいいけど、出来れば早く掃除したいし、あと、レストランの知り合いとだいぶ会ってなかったし。

 久しぶりに顔を見せたので、恐らく『寝ていた』と勘違いしたのであろう顔見知りから、おはようと挨拶された。

 コーンスープとパンにするかと聞かれて、流石に『寝ていた』から来られなかった訳では無いことを伝える。実家に帰っていたんですよ?

 でも、来週か再来週には『寝てしまう期間』がくる。

 その時にまたお願いと伝えて、オムライスを頼んだ。



 ご飯を食べながら、午後の掃除の予定を組んでいく。

 カーペットとカーテンは明日の朝からやらないとダメかな、なんて話をしていたら知らない人から声をかけられた。

 清掃員のお兄さんである。

 「カーテンの洗濯って聞こえたけど、どこの病室?良かったら手伝おうか?」

 優しそうなお兄さん。ただ、病院の関係者であっても7階には誘えない。

 入れるのは、一部の看護師さんか医師、あとは父さんが手配した7階にある機材のメンテナンスをしてくれる人だけである。

 7階という場所は俺を守ってくれるものでもあるから、入れる人はかなり限定されるのだ。

 「ううん。自分でやらないと怒られちゃうから。気持ちだけ貰っておくね」

 お礼を言って、清掃員さんにさようならをする。

 何故手伝って貰わないのかと樹来お兄さんから聞かれたので、本来7階は誰も入れない場所なのだと伝えた。

 樹来お兄さんは、高月さんの家族だし俺と歳が近いから俺が入れてもいいかなと思っただけだと伝える。

 高月さんは父さんに応援を呼んでいいか尋ねたところ、他の使用人を連れてくることは禁止され、樹来お兄さんを連れてくる事だけは許可されたので不思議に思っていたらしい。


 ……そういえばあの清掃員さん、なんで病室のカーテンだと思ったんだろう?

 病室のカーテンなんて、業者が掃除するんだから、普通は家のカーテンだと思わない?

 しばらく考えたが、答えは出なかった。





 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート