ペンダントのお陰もあって『起きてから』1週間程度で歩くのに支えは要らなくなった。
ご飯もちゃんと口から食べられるようになった。
もう少し様子を見て、問題が無さそうであれば学校にも行っても良いと父さんの許可も下りている。
そんな矢先、理久が高校に遊びに来ないかと誘ってきた。どうやら文化祭なんてものがあるらしい。
関係者用の金券を渡された。金額を見ると500円として使えるものらしい。焼きそば、買えるかな?
兄貴が「そーいうのって家族に渡すもんじゃないの?」余計なことを言うから、理久が苦笑しながら「これ、下の兄弟が居る人に渡されるものなんだ……」金券の端っこを指さした。
確かに、小学生以下と書いてある。
「倉敷は優也も知ってるだろ?この前怖がらせたからって生徒会の奴巻き込んで手に入れたみたいでさ」
「そうなんだ」
あのちょっと変な人、そんなに俺の事考えてくれてたの?
日付を確認する。土曜日と日曜日で行われるらしい。なるほど、それで来週の土日は遊びに来れないって言ってたのか。
「父さんに、行ってもいいか聞いてみるよ」
携帯電話、持ってこなきゃ。
席を立とうとしたら、兄貴が「行っていいってさ」既に父さんと連絡を取っていた。
ただし、すぐに条件が提示される。ハセガワか兄貴が必ず傍にいるならいいという話だった。
兄貴が申し訳なさそうな顔をしている。どうしたのか尋ねると、丁度その2日間は外せない実習が朝から夕方まで続くらしい。
ハセガワは休日になっていたはずだから、呼び出すのは可哀想。
それを聞いた理久が代案を出した。
「俺が、ずっと傍にいるのはダメですか?」
兄貴はすぐ、父さんに確認してくれる。
しかし、父さんからの返事は変わらなかった。
多少動けるようになったといっても体調が急変する可能性もあるから、ある程度の対応が出来ないと難しいらしい。
やっぱり出かけられないのかと落ち込んでいると、兄貴が携帯の画面を見せてきた。
内容を確認すると「父さんが一緒に行ってくれるの?!」予想外に嬉しいことが書いてあった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
文化祭の当日。父さんが7階まで来てくれた。
理久と兄貴に選んでもらった洋服は可愛いと褒めて貰えた。あんまり着ないタイプの服だから、よくわからない。
今日はハセガワが居ないので車は出せない。
父さんに手を引かれ、バスに乗った。
手の中にある切符の様なものを眺めていると、父さんから頭を撫でられる。
「優也はバスに乗るの初めてだよな」
「うん。そもそも公共交通機関を使うのが初めてかな」
「お前は抜け出すことはあっても、どこかに出掛けようとはしなかったからな」
「そうだね」
何となく外を眺めていたら、父さんに訊ねられた。
「……そういや、なんで今まで乗らなかった?」
確かに、聞かれれば不思議に思う。
逃げ出して、遠くに行きたいのなら電車やバスを使った方が逃げ切れる。お金も毎月、食費としてだけど貰っていたから無い訳ではない。
しばらく考えて、考えて、ひとつだけ結論を出す。
多分俺、構って欲しかったんだ。
抜け出したら必ずハセガワが迎えに来て、父さんにも連絡が行く。
認識できなくても、寂しいという気持ちはあったのだろう。
「何でだろうね。分かんないや」
笑みがこぼれた。
バスから電車、それからもう一度バスに運んでもらって、少し歩くと理久の学校に着いた。
風に運ばれ、美味しい匂いが漂っている。
受付と書かれたテントに入ると、理久から渡された入場券を取り出し父さんに渡した。
父さんが受付を済ませてくれている間に、美味しそうな匂いのもとを探す。色々と混じっててよく分からないや。
受付が終わったらしく首にかける名前札をふたつ受け取った。ひとつは俺の首に、もうひとつは父さんの首にかけられる。
受付も済んだことだし、お祭りを楽しまなきゃね。
まずは何処に行くかと聞かれ、当然最初は理久のクラスへ行くと伝える。
父さんが受付で貰ったらしい地図を開いた。くるくると回している。
「もしかして父さん、地図読めなかったりする?」
「まあ、うん。昔から苦手なんだよな」
「代わりに俺が見てさしあげよー!」
父さんから地図を受け取る。
理久は3年生。喫茶店をやると言っていたから、3年生の出し物を探す。多分南棟の2階にある喫茶店、3年C組だと思う。
今いる場所から、どう行けばいいか確認。うん、遠くない。良かった。
「こっちみたい。はやく行こっ!」
父さんの手を引いて走る。教室についたら、倉敷蓮が居た。
「理久はどこ?」
「開口一番それなの?」
「だって、倉敷蓮に用事は無いし」
ぽん、と父さんが頭の上に手を置いてきた。なんだろ?
見上げると、父さんは真面目な顔で「優也を特殊な環境で育ててしまったから……倉敷君でいいかな?本当に申し訳ない」倉敷蓮に頭を下げた。………どうして?
倉敷蓮は気にしないで欲しいと笑いつつ、頭を上げるように言っている。
俺、何か悪いことしちゃったのかな。
話を聞いていると、俺がフルネームで呼んでいたことに対しての謝罪だと気づく。悪いこと、だったのかな……?
落ち込んでいると、なんと呼べばいいか分からない倉敷蓮という固有名詞を持つ人間に声をかけられた。
「優也君、気にしなくていいから。もし気になるなら、俺のことは斉藤と同じように下の名前で呼んでくれるか?」
「…………れん?」
「そう!!お兄ちゃんとか言ってくれたら最高なんだけど」
「それは嫌」
「嫌かぁ………」
倉敷蓮改め、蓮が肩を落とした。無理言わないで欲しい。
蓮がテーブルに案内してくれる。端っこの落ち着いた席に連れてきてもらった。多分いい席なんだろうけど、理久の姿が見えない。
「蓮、理久はどこ?」
「斉藤なら厨房。料理出来るやつは奥だよ。行くか?」
「いく!」
父さんに声をかけると、蓮は俺の手を引いてベランダを通して隣の部屋に案内してくれる。
いい匂いが強くなってきた。隣の部屋は厨房になっているみたい。
覗き込むと、理久が料理を作っている様子が見えた。
クラスメイトと思われる女子生徒や男子生徒に何かしら声をかけられて、話をしている。
「斉藤って3年生になってからは勉強が凄いできる様になって変わったんだよな」
「そうなの?」
「2年まで本の虫とか言われてたから気に食わねぇのはいるみたいだけど、かなり人気なんだぜ、あいつ」
「そうなんだ」
今年度からなら、俺と出会ってからになる。
俺が勉強を手伝うようになって成績が上がった話は聞いていたけど、そんなに変わってたんだ。
俺が影響を受けたように理久にも日常での影響があったこと、少し嬉しい。
けれど、同時に理久が遠くに行ってしまった様にも感じる。少し寂しい。
声をかけようとして、やめた。
理久、色んな人に頼られて忙しそう。今もフライパンを持って何か作ってるし。
「邪魔になっちゃうから、やっぱいいや」
席に戻ろうとした、その時だった。
「おい斉藤!お客様だぞー!」
蓮に部屋の中へ押し込まれる。えっ、ちょっとなにするの?
理久がこちらを見た。エプロン姿はよく見るけれど学生服にエプロン姿は少し新鮮で可愛いなぁ。って、そうじゃない!!!
蓮にぐいぐい押されて、理久の前まで連れていかれてしまう。
優しく理久が微笑んでくれた。
「いらっしゃい」
「うん、きたよ」
ゆっくり近づいて理久に抱きついた。いい匂いがする。フライパンの中には真っ赤なご飯が入っていた。
「………オムライス?」
「そっ。一応喫茶店だから簡単な料理と、デザート出してんの」
「俺もオムライス頼もうかな…」
「お前焼きそば食うって言ってただろ。食えなくなるぞ」
「そっか」
オムライスならまた今度作るからと宥められる。焼きそばもいいけど、理久のご飯の方が食べたいんだけどな。
テーブルに戻り、ミニパンケーキを頼んだ。パンケーキにはチョコソースで星が描いてあり、冷たいアイスが添えられていた。
このお星様理久が描いてくれたんじゃないかな?理久、お星様を変な所から描き始める癖があるんだよね。
コーヒーを飲む父さんにひとくちお裾分け。残りは俺が食べる。
バナナと生クリームとチョコレート。あまくて、とっても美味しい。
「ご馳走様でした!」
全部、食べきった。
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