そして数日後、俺は頭を抱えていた。
まず、今日は優也が気に入りそうな草花図鑑を持って『寝ている』優也に会いに来た。
ちゃんと寝ていることを確認したら、手に持っている読みながら寝落ちしたであろう本からモヤが出ていることに気がついた。
いや、完全に『迷魂』が入り込んだ本読んでますやん……。滅多にないって話じゃなかったのか。
偶然にも、その本は俺が読んだことがある本だった。
ドラゴンと共に戦う竜騎士達の物語。
優也の手から本を没収すると、近くにあった椅子に腰掛ける。
さて、どの『器』を借りるべきか。
名前が無い『騎士見習いの器』を借りた。
目を開ければ、ファンタジーな世界が広がっていた。カラフルな髪や瞳の人間達と、空を飛び交う竜達。
俺がいる場所は騎士を育成する学園。身体強化能力が使えるから、近くに優也は居るようだ。
しかし、何処にいるのかは分からない。
幸運なことに、今日の講義が終わったばかりで自由に歩き回れそう。
探していくうちに、とてもお洒落な庭園まで来てしまった。
この作品たしかボーイズラブ的な要素があって、庭園は絶好のトキメキポイントとして使われていたような気がする。
間違ったところに入ってしまった……なんて思っていたら、俺ではなく『器の人物が知っている人物』が何か大きなものを抱えているのが見えた。
この学園の学園長、だと思う。
咄嗟に柱の影に隠れる。意識は向いていない。
よく見ると、運んでいるのは人間のような──あれ、あの靴見覚えがあるんですが。
毛布のようなものに包まれてはいるものの、あれは多分人の形をしている。まるで、子どもの大きさ。
学園長は微笑みながら、毛布のようなものに包んだ人間を俗にいうお姫様抱っこで運んでゆく。
意識の方向を確認しながら、見つからないように学園長の後をつけた。
到着したのは学園長室ではなく、学園長の自室だった。
どうしよう。多分運ばれていたのは優也だと思う。なら、運んでいたのは『契約者』か?もしくは、ここの学園長が物凄くいい人で、迷って寝ている子どもを介抱している?
優也ならすぐに答えを出してくれると思うが、俺はそこまで考えることが出来ない。
もし『悪意ある契約者』が、優也を狙ったのだとしたらまずい。
優也本人は自覚していないが、体目当てで狙われる可能性も高い容姿をしているのだ。
学園長の自室の扉をノックなしであけるのは流石にやめて、軽くノックして中から返事があるまで待った。
これで優也の存在を隠すようなら『契約者』と見ていいと思う。
中から返事があり、入室の許可が降りる。
中に入ると、人の気も知らずに優也はふかふかのソファーに気持ちよさそうな顔をしながら寝ていた。
丁寧に、暖かそうなブランケットまでかけてもらっているようだ。
学園長はどうしたのか訊ねてくる。
「学園長に幼児趣味があるのかと不安になりまして」
学園長、飲みかけのコーヒー的なものを吹き出して噎せていた。おっといけない、本音が。
「いや、待って、理久君!それは無いんじゃないかなぁ!それに優也君は幼児という年齢でもないと思う!!」
「俺、名前言いましたっけ?」
学園長が明後日の方向を向いた。
この人絶対ポンコツなほうの『契約者』だ!
「あんた、この前の矢敷錦だろ?」
「な、なんの事だか……」
学園長はコーヒーを拭いている。
「友好的な相手であれば、俺も剣を抜くつもりは無いし、優也を起こそうとも思わない」
学園長は立ち上がり、別のコーヒーカップ的なものを手に取った。
「優也君は起きないよ。俺の『契約者としての能力』を使って眠らせてるから、絶対に起きない。けれど安心して欲しい。少なくとも俺は理久君と優也君の味方のつもり」
自身の『契約者としての能力』を教えてしまう時点で少なくともポンコツか、本当に敵対心がないものと推測はできる。が、教えたところで自分の優位性は傾かないという奢りの可能性も否定できない。
「寝てる間に変なことしようとか企んでた訳じゃなく?」
「優也君のことを考えたら、そんなことは出来ないかな。この子は、辛い思いをし過ぎてる」
学園長が酷く悲しそうな顔をした。
少し意外な反応だった。もっとこう、怒るか慌てるかと思ったのに。
「俺はさ『契約者としての能力』が、周囲の生き物を眠らせるようなものなんだよね。勿論起こすことも出来る。今こうして話をしているけれど、理久君きみをすぐに寝かしつけてあげることも出来る」
「つまり、俺が何か行動するより先に無力化出来るってことか?」
学園長は慌てながら違うと否定した。
あと、ついでに俺のコーヒーを淹れてくれた。砂糖の数まで聞かれた。それじゃ3つで。
「なるほど、別の能力があるけれど、これに何か盛って信憑性を…」
「もー、なんでそんなに疑い深いかなぁ……」
学園長の落胆ぶりを見ていると少し申し訳なく思えてきたので、優也から借りている身体能力強化の度合いを少し下げ、コーヒーに絡んだ意識を見る。ただの親切心しか見えなかった。
……普通に珈琲淹れてくれただけでしたか。
念の為優也の方を見て、驚いた。
「え、なんで…?」
優也に絡みついていた『学園長の器を借りた契約者』の意識は、慈愛と守護が混ざったもので、攻撃の意思が外側に向けられている。
恐らく近寄る者には問答無用で牙を向いてくるように何か能力が使われているのだろう。
コーヒーを思いっきり飲み干した。ちょっと甘すぎたかも。
「俺、あんたのこと信じる。俺の『契約者としての能力』は『他人の意識を見るもの』だ。少なくとも今、あんたは優也や俺に対して敵意なんて向けていない」
わかってもらえて嬉しいと笑顔になる学園長。それなりにごつい顔をしているので、何となく不釣り合いな表情である。
ついでに何となく思ったことを聞いてみる。
「あんたも何か優也みたいに通り名的なもん持ってんの?」
学園長は暫く考えたあと「そういえば『守護者』なんて呼ばれているようだね」恥ずかしそうに笑った。
え、何その名前かっこいい。聖剣士だの守護者だの、こいつらずるくね?
「なるべく早く保護するようにはしているけれど、間に合わなくて居合わせた登場人物や『契約者』を片っ端から眠らせていたら、なんかそういう……」
たしかにどんな『契約者』でも、近づいたら眠らされるんじゃ何されるか分かんないし、手を出したく無いよなぁ。
守護者様は再度コーヒーを飲みながら「優也君が守れれば俺は満足なので、理久君は好きに『迷魂狩り』をするといいよ」驚くべきことを言う。
「えっ『迷魂』探さねぇの?」
「興味はないなぁ。なんせ、俺の瓶はほら」
見せてもらった小瓶は空っぽである。少しヒビが入っているのは、あの『人型の迷魂』に殺されたからだろうか。
「願いを叶える気がない『契約者』って、よくいるもんなの?」
学園長は首を振る。優也に近づき「俺の願いは優也君が笑って過ごせるように、というものだ。でもそれは砂で叶えては意味が無い願いだろ?」優也の頭を撫でながら、慈愛の感情で優しく包んでいた。
「それに、理久君が遊びに来るようになって、優也君はとても楽しそうだ」
「優也が言ってた。今まで寝ている間に狩られたことは殆どないって。あんたが守ってたんだな」
『守護者』は内緒にしていてくれるかい?と、苦笑していた。
俺も今回は『迷魂狩り』をする気にはならない。元々優也を守る為だけに入ったつもりだったし。
部屋の書物を読んでいいと言われたので開いてみると、全く何を書いているのか理解できないものだった。どうやら俺が借りた『器』の生徒はあまり優秀では無いらしい。残念。
仕方が無いので白紙の本を眺めていると、どうやら複数の『契約者』が入り込んでいるようだった。よし、今回の『迷魂狩り』は彼らに任せるとしよう。
時間を潰していると、優也の身体が少し薄くなっている気がした。
大丈夫なのかと訊ねると、問題ないと言われた。
優也は寝ると本の世界に入れる。
つまりそれは、起きれば本の世界から強制的に追い出されるということ。
優也の身体が薄く薄く透明に近くなって、最後には何も無かったかのように消えた。
ぱさりと落ちたブランケットを手に取りながら、学園長は白紙の本を取り出した。
「さあ、俺の『守護者』としての仕事はもう終わり。理久君も現実世界に帰ってあげるといい。『寝ている』かもしれないが、優也君が待っているよ」
彼も本の世界から現実世界へと戻って行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
現実世界へ戻ると、ぼんやりとした優也がベッドに腰掛けていた。
「優也、おはよう」
返事はない。
『寝ている期間』に起きるのは1日1回らしいが、たまに2回以上起きるとのこと。
しかし、2回目の起床は殆ど寝ている状態で、すぐに寝てしまう。
現に、起きたらすぐに外そうとする酸素マスクも外す気配がない。
優也はじっと俺を見たあと「…………り、く?」にこりと笑った。そしてそのままベッドの上で倒れた。
慌てて近寄ると、寝ているだけだった。
身体をちゃんとベッドに寝かせると、小さく俺の名前を呼んで少し笑っている。すごく可愛い。
頭を撫でながらふと、あることに気がついた。
何故『守護者』は、優也の病気のことを知っていたのだろう?
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