◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
のんびりと冷たいオレンジジュースを飲みながら、理久と兄貴がゲームに熱中する姿を眺める。
父さんは俺の隣で寝ていて、ハセガワは色々あった花火の後、阿麻華恋を送って片付けの最中。
のんびりとした時間が進んでゆく。
俺は、今日を何回繰り返しただろうか。
理久が『迷魂』に取り憑かれる度に時間を戻し、何回も繰り返したせいで砂もかなり減ってしまった。
残りの量が少なくて、もう戻せないと悟った。代わりに取り憑かれて、そのまま寝てしまえば『迷魂ごと契約破棄の代償』で消せると思ったのに。
理久は俺ですら知らなかった俺の能力の仕様を見抜いて、助けてくれた。
本来であれば助からない。それを助けてくれた。不可能なことを可能にしてくれた。
取り憑かれる人間が変わったからか、阿麻華恋という別の『契約者』が関わったからか、原因は分からないが、理久が取り憑かれて瓶が割られる未来を消せた。
阿麻華恋は貸しだと言って、俺にあることを聞いてきた。
ひとつめは『願いを叶えたあと理久に出会って、また好きになったら告白してもいいか』というものだった。
理久も願いを叶えた後なら俺は邪魔する気は無いことを伝えた。
ふたつめは『峰岸優也の瓶にかけた願いを教えて欲しい』というものだった。
俺は『他の契約者』との関わりは殆ど無かったから、そんな話はしたことが無い。
瓶にかけた願いというのは聞きづらいところがあるのかな?
正直に答えた。
阿麻華恋は酷く驚いたようだった。嘘では無いことを伝えると何故『迷魂狩り』をするのか聞かれた。
俺は納得出来る答えが用意できないと伝えた。
対戦ゲームで惨敗して燃え尽きた兄貴と、ぐっすり眠る父さんをリビングに置いて、別荘の中にあった俺の部屋で本を読む。もちろん理久も一緒。
客用の部屋もあったが、俺が我儘を言って理久と一緒に使うことにしたのだ。機械音くらいじゃ、この人起きないだろうし。
少しだけ眠い。
欠伸をすると、そろそろ寝るかと提案される。
「同じベッドで寝てくれるなら」
「それは流石に狭いだろ」
「冗談だよ」
もう少しだけ起きていたいと話すと、理久は本を閉じた。
「なあ優也、正直に話して欲しい。優也はなんで『契約者の頂点』に居るんだ?」
真剣な顔でそんなこと聞かれましても。
「俺って頂点なの?」
「そうらしい。『華恋さんのテラー』も優也のことを知っていたし、『俺のテラー』も初めてクリスを見た時驚いてた。そして、序列1位だと言ってた」
理久が『理久のテラー』を見ている。なるほど。
クリスはよく色んなことを教えてくれるが、そういった話は今までしてもらったことがなかった。というか俺が気にしたことがなかった。
それってリアルタイムで変動していくものなのだろうか。
「ねえ『理久のテラー』、契約者の順位ってどういうものなの?」
くるくると空中を浮遊しながら『理久のテラー』は答える。
「砂ノ量、願イ、魂ノ質」
砂の量は今回だいぶ使ってしまった。順位とかそんなものはどうでもいいけれど、下がってそう。
他の要素は願いと魂の質……?
「もしかして、願いと魂って、小瓶のこと?」
「ソウダ。願イニ見合ウ魂デナイト、瓶ハ造ラレナイ。優也ノ願イ、凄ク大キイ。瓶ニカケラレタ願イ、沢山ノ『テラー』謎ニ思ウ」
どうやら『テラー』からも不思議に思われる程の瓶を俺は持っているらしい。はて、昔の俺はどんな願いをしたんだろう。
阿麻華恋も俺の願いは気になっていたんだっけ。
「ごめん。俺、契約した時の記憶がないから、せっかく教えてくれたから俺も教えたいけど……その謎を解くのは難しいかも。クリスも知らないってさ」
ちなみに砂を使って記憶を蘇らせようとしたことはあるのだが、自身の瓶に関する願い事は受け付けられないものとなるらしく、何も起きなかった。
他者の瓶に干渉する願いは、少なくとも瓶の大きさが干渉先よりも大きくないといけないらしい。俺が干渉をする事は出来ても、俺に干渉できる人は少ない事になる。何かしら抜け道があるかもしれないが、もう諦めている。
『理久のテラー』は少し残念そうにくるくると中を浮遊して消えた。
理久を見ると少し怖い顔をしていた。やっぱりか。
今日を繰り返していく中で、契約した時の話を聞いた理久は怒っていた。
「お前は願い事が分からないのに、願い事を叶えようとしてるのか…?」
ほら、また言ってくれた。
義務のように『契約者』として『迷魂狩り』をしていた俺を心配して、怒ってくれたのは何回目の理久だったかな。
「そうなるよ。でもね、理久。それが俺に出来ることなんだ。だから──」
理久が小瓶を召喚した。今日の『迷魂』でかなり貯まったらしい。4割と少し?
「優也。お前の小瓶見せてくれないか」
「どうして?」
「華恋さんが言ってた。取り憑かれた者は瓶を使えないって。最初、本の中に入れないって意味だと思ってたけど、実は本の書き換え以外にも使う方法があるんじゃないのか?」
おっと。あの人そんなことまで伝えたのか。
「お前が『他の契約者』が出来ない願いまで叶える魂の持ち主で、もし砂を使って他の願いも叶えられる方法があるなら、時間を巻き戻すことも出来るんじゃないかって思ったんだ」
「……そう、だよ」
流石に隠し続けるのは難しいと思ったし、理久には嘘をつきたくない。使い方さえ教えなければまあいいか。
小瓶を召喚した。取り憑かれ、削られていたせいで少しだけ欠けていて、沢山傷が入っている。
砂の量はほんの少し。『取り憑いていた迷魂』のおかげで少し増えたような気もする。
よく考えたら頻繁に見ている理久の目をごまかせる量の変化ではなかったな。
「小瓶にかけられた願いよりも少ない量で叶えられる願いなら、砂を使って叶えられる。俺が本の世界で布団とかを呼び出せる能力も、それで願ったものだよ」
「それでお前は、時間を戻したのか?」
頷いた。
嫌われてしまっただろうか?恐る恐る理久を見ると「俺の砂、ぜんぶあげても…多分、戻らないよな」栓を抜いていた。
理久の両手を掴んで、すぐに栓をさせる。
「要らない。要らないよ理久」
「でも、俺を助けるために大量に砂を使ってくれてたんだろ?」
これだから理久は優しすぎる。だから、瓶の使い方もあまり教えたくないし『理久のテラー』にも、教えないように言っているのに。
「も、もし何か、申し訳ないと思ったりするなら……今日、俺を抱いて寝てくれれば、それでいいから」
言ってから、なんて大胆なことを言ったのだと思った。
小さい頃も誰かに添い寝をしてもらったことなんてないし、俺くらいの歳の子が添い寝なんて望むものではないと思う。理久も少し困惑している様子だし、あわわわわ、恥ずかしすぎる!!
理久の顔をちらりと見た。理久は顔を真っ赤にして「あ、あのさ、俺、そういう経験ないというか、考えたこと無かったというか、いや、普通なほうも無いんだけど。それに優也は、親友だし、弟みたいな存在だし…」顔を逸らした。
………ん?なんか、思ってた反応と違う?やっぱり子どもっぽいお願いだったかな?
「ぎゅーって、抱いて……寝てくれたらいいんだけど…だめ?」
理久がさらに顔を赤くした。
「あっ、あーー!そういうことー!はいはい!!良いぜ!!ぎゅっとな、ぎゅーっと!」
いきなり抱きしめられる。ああ、理久のいい匂い。
嗅ぐのを我慢しろと言う方が無理。本当にいい匂い。もっと、もっと嗅ぎたい。
「理久やっぱりいい匂い……すごく、美味しそう?」
「ん?……げっ、服にバーベキューのソース付いてた」
「ありゃ」
向かい合って寝ると酸素マスクがとても邪魔だった。理久の顔が見れない事はとても残念だけど仕方ない。
ぎゅっと抱きしめて貰っている感じがしないと満足出来ないこともあり、最終的に背中から抱きしめて貰う形で落ち着いた。
ふたりで入る布団は少し狭いけれど、ひとりよりも安心する。
「おやすみ、理久」
「おやすみ、優也」
理久の体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じる。
暖かな気持ちの中で、おやすみなさい。
……ちょっとだけ、暑かった。
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