とりあえず俺を食べたいという衝動は収まったらしい。
痛い思いはできるだけしたくないので、まあ良かったといえば良かったか。頭は痛いけど。
白紙の本を確認すると丁度よく場面転移が起こり、理久もといい『レイシェ』の出番がやってきた。
主人公が人肉大好きエルフ達と戦闘をしているシーンが繰り広げられているのを遠くから眺める。近づいたらまた捕まるしね。
エルフ達にとっては単なる狩りだが、主人公達にとっては侵入を拒む森の人たちとして映る。
……凄い認識の相違である。
きっと、強い人間であれば客人として迎え入れ、弱い人間であればそのまま狩ってしまうのだろう。
主人公とレイシェが互いの技量を認め合い、主人公が村に招待されるのを見て、なんだかもやもやした気持ちになっているところに追い打ちがかかる。
魔法使いの女の人が理久……じゃなかったレイシェの腕に抱きついた。
「ねえ、レイシェさん。私、貴方の腕に惚れ惚れしてしまいまして~」
甘い声を出す魔法使い。シナリオ通りではあるが、実際に理久の隣に女の人が仲良さげに立っているのを見ると、何かこう、くるものがある。
白紙の本に文字が浮かんでシナリオ通り物語が進んでいくのを見守る。
それにしても魔法使い、ちょっと後で斬っていいかな。シナリオ外なら再配置されるよね?
……って、そういうのは良くないな。
もやもやする気持ちを抑えながら、レイシェの出番が終わるのを待った。
帰ってきたレイシェ。なんか元気そう。
元気がないよりはあった方がいいけれど、何故か気持ちが落ち着かない。
とりあえず白紙の本を確認しながら『迷魂』の回収方法を考えよう。
今回は森の中だ。『植物系の迷魂』の場合は、かなり厄介である。
近くに居るかクリスに尋ねると、どうやら今回は複数の『迷魂』がいるらしい。何体もいる場合、『強い迷魂』に引き寄せられて集まっていることが多いため、長丁場となることが予想される。
だいぶ動けるようになったにしても、俺は3ヶ月も『寝ていた』わけで、かなり体力が落ちている。全部、回収できるかな。
理久の足手まといにならないか心配になっていると、頭をぽんと撫でられる。
「そう不安そうな顔すんなよ。今回は、どれかひとつを回収したら降りよう。病み上がりだろ?」
「俺は大丈夫だよ。ちゃんと動けるよ。だから、ちゃんと回収を」
レイシェはじっと俺を見ると中指で額を弾いてきた。痛い。
「3ヶ月も寝てて、激しい動きして平気なわけねえじゃん」
「でも、ホントの体じゃないし、身体強化使えば…」
頭に手刀を入れられた。痛い。
「駄目なものは駄目。お前はすぐ無理しようとする」
「そんなことないもん」
レイシェはしばらく唸っていたが、名案とばかりに笑うと囁いてきた。
「ちゃんと言うこと聞いて、早めに切り上げてくれれば、今日は添い寝してやってもいいんだけどなぁ」
「よし帰ろ、今から帰ろ」
「いや『迷魂狩り』はどうすんの?」
「『理久』との添い寝以上に大事な用事ってある?」
「それなりにあると思うぞ」
「俺にとってはないんだけど」
白紙の本を取り出そうとした時だった。
ふわりと目の前を『迷魂』特有のモヤを纏った虫が通り過ぎてゆく。
ぱちん。両手で叩いた。
「……なんか虫、潰しちゃった」
手を開くと少量の砂だけが遺されており、それもすぐ瓶に回収されて消えた。
「もしかして『迷魂』の虫だった?」
「そうみたい。この前のクラゲみたいに、分身みたいなのをいっぱい出してくるタイプかも?」
今まで何年も『契約者』として活動していて、この前の擬人化クラゲのような『迷魂』は初めてだった。
クリスに聞いてもよく分からないという答えしか貰えていない。
クラゲだったからまだ若干幻想的な光景にならなくもなかったが、虫が大量に湧く光景は、出来れば見たくない。
やっぱり、理久との添い寝が待ってるから面倒なことになる前に帰りたい。けれど理久の成長具合も眺めたい。
俺が葛藤していると、突然レイシェに抱きかかえられる。どうしたのかと驚いていると、頭上からモヤを纏ったカマキリのようなものが降ってきた。
鋭い鎌が地面に突き刺さる。こいつ、俺の頭を狙ってきた?
俺の自己治癒能力は、最大まで引き上げて使えば仮に手足を切り落とされても再生出来るくらいのものではあるが、即死すれば治せない。
「……逃げるぞ」
レイシェに小脇に抱えられ『カマキリ型迷魂』から逃げる。
身体強化能力を引き上げれば走れるが、体力が酷く落ちているから運んでもらえるのはありがたい。
しばらく逃げると、少し開けた場所にたどり着いた。
カマキリ型から逃げていると思っていたのだが、どうやら誘い出されたらしい。
そこには、とても大きな『虫の姿の迷魂』が居た。
「──ふふ。ようこそ、お肉さんたち」
黒と黄色をベースに、ところどころ赤の混じった体を持つ八本足の虫の体。頭には人間の上半身が刺さったような姿をしている。
アラクネと呼称されることの多い、ファンタジー世界定番の怪物が微笑んでいた。
俺たちを取り囲むように、様々な虫を模した怪物や、通常の虫のような大きさの『迷魂』が現れる。
虫がベースになっているのであれば、もしかしたらと思っていたが、やっぱりかぁ。
動揺すれば会話が成立する程の『知能がある迷魂』ならば俺が恐怖を感じている事に気付いてしまうだろう。必ず利用してくるはずである。
まだファンタジーめいた外見をしてくれているから少し平気だけど、もう少しリアルなものが出てきたら、まともに動ける自信はない。
レイシェが下ろしてくれた。戦うつもりらしい。『レイシェ』は遠距離戦闘を得意とする狩りの名手である。
弓を使っての戦闘になるだろうと思っていたら「剣と3段階、借りれるか」どうやら剣で戦うらしい。
「わかった」
聖剣と3段階分の身体強化を貸す。
代わりに受け取ったレイシェの短剣を握って、残りの3段階分の身体強化能力を自分に使った。
レイシェが『アラクネ型の迷魂』と戦っている間、俺は周囲の虫達の相手。
殆どの取り巻きは簡単に砂へ変えることが出来たが、流石捕食者を模しているだけのことはあり『カマキリ型の迷魂』は簡単にはいかないようだ。
振り下ろされた鎌に肩を少し削られた。すぐに自己治癒能力を最大に引き上げ傷口を塞ぐ。
レイシェから借りた短剣で受けることも出来たが、この短剣は俺の聖剣と違って絶対に折れない魔法の剣のような代物ではないから、恐らく剣で攻撃を受け止めれば砕けてしまう。
武器を失うより、少しくらいなら自分の体を削られる方がまだ対処出来る。すごく痛いけど。
カマキリの目に深く短剣を突き刺し、斬り裂いたのとほぼ同時にレイシェがアラクネの足を切り落とす。
頭が痛くなるような、両者の悲鳴が聞こえた。
カマキリは砂となって消えたが、アラクネは足だけを砂に変えながら、周辺に大量の糸を吐き出した。
どうやら敵味方見境なしで糸を吐いているらしい。
激昂したアラクネが吐き出す糸にどんな効果があるのか分からない。木の陰でやり過ごしているとレイシェが俺に近づいてきて、体をひょいと抱えられた。
「どうし」たの?
言葉は最後まで言わせて貰えなかった。目の前が真っ白になり、周囲の様子が変わる。
場面転移である。
転移先は恐らく人肉大好きなエルフさんの集落の中と思われる場所だった。
すぐ近くにいるエルフのひとりが俺をじっと見つめて、何処から連れてきたのか、なんて聞いている。
「森で見つけたから、うちで飼おうと思って」
レイシェさんのアドリブには感心いたしますが、俺ペット枠なの?
ちゃんと躾をして目印付けておけよ、なんて言われていた。目印?
主人公達がやってきた。
レイシェにぴったりとくっ付いて『レイシェに懐いた、人見知りが激しい男の子』を演じる。
何を尋ねられても、レイシェの服に顔を埋めるだけ。何も答えない。
主人公達はしばらく顔を見合わせたあと、シナリオ通りにことを進め始めた。
レイシェの自宅。
服は例え血だらけでぼろぼろであったとしても勝手に都合の良い服に周りからは見える筈なのだが、レイシェが用意してくれた着替えを着ることにした。
ついでに目印なるものをつけられた。
「これが、目印ねぇ……」
植物のツルを使った花冠のようなものが頭に付けられ、首にはネックレスのようなものが下げられ、手にはブレスレットのようなものを付けられた。
装飾具にも見える目印には、それぞれ彫刻の施されたボタンのような木片が付いている。
「どれかひとつで良いみたいになんだけどな。一つだけなら所有者がいるぞっていう警告だけだけど、全部つけたらお気に入りだから絶対誰も手を出すなっていう意味になるらしい」
「なるほど。それぞれについてる木のボタンで誰のものかを区別するって感じかぁ」
「そんな感じ」
レイシェの話では、このボタンを使えるのは限られた者だけであり、使える個数も決まっているのだという。
狩人として名高いレイシェの持つボタンは5個。複数使える地位の高い者が背後にいるぞという警告にもなり、3つ使っていれば誰も手を出さないだろうという話。
つまり俺は『レイシェ』に所有権を主張されているわけで、なんだかもんやりした気持ちになる。
俺は『理久』にプレゼントしたと思うんだけど。
どことなく感じる不愉快さはさておき、集落の中を移動したとしても襲われて食われる心配が無くなったので良しとしよう。
『アラクネ型の迷魂』の対処方法を考える。
「あの糸って燃やせねぇの?こう、俺が火矢を撃ち込んでさ」
レイシェが羽が少し赤い矢を持った。恐らく魔力を通すと火が出る様に造られた矢だろう。
「通常、蜘蛛の糸はタンパク質で出来てるから燃やせるよ。けどね、ここでもその常識が通用するとは限らないし、通用したとしても凄い森林火災になると思う」
「そっか……」
現実と、本の世界は異なる。
現実世界の常識では動物や虫は火を怖がるものだが、この世界では火に耐性を持つ生物はごろごろいるし、上位種であればほぼ確実に火耐性は持っている。
アラクネの糸が火に強いかまではわからないが、燃えない可能性はすごく高い。
粘着性の高い糸さえどうにか出来れば、恐らく『アラクネ型の迷魂』を回収するのは難しくないだろう。
くっ付かなくする為には……「砂でも撒いてみる?」何となく提案してみる。
「まさか小瓶の砂をぶちまけようとしてないか?」
「流石にそんな勿体ないことはしないよ。お願いで、たくさんの砂か粉を出せばいいかなって思っただけ」
レイシェはしばらく考えた後、何かを閃いたようだった。
「なあ、砂じゃなくて布団出すのって枚数とか制限はあるか?」
「召喚時に聖剣がペンダントの状態になっていれば良いだけで、ほぼ無限に出せるけ……あっ」
「決まりだな。蜘蛛の糸の上に大量に布団出してベッドにしてやろうぜ」
レイシェがにんまりと笑う。
「うん。俺、頑張るね」
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