本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

8冊目:守りたいもの

001頁

公開日時: 2025年4月30日(水) 10:00
更新日時: 2025年4月30日(水) 22:22
文字数:3,508


 斉藤千隼という人間と、どうすれば仲良くなれるかを考える。

 彼と仲良くならなければ、兄である斉藤理久にも出会うことは難しくなるし、険悪な関係であれば理久から病院に来てくれなくなる可能性すらある。

 理久が好きそうな話の本を見せたのだが、残念ながら読書自体が好きではないらしい。

 他に好きそうなもの……料理とか?

 でも、理久の場合は料理を作るのが好きなのであって、交友関係をこれから結ぼうという状況で使えるものでは無い。

 理久と別れてもうすぐ2ヶ月が経つというのに、進展したといえばお互い名前呼びになったくらい。

 友達って難しい。流成や琹音と仲良くなれたのは、奇跡なのかもしれない。


 今日もまた、学校から帰って沢山の『迷魂』を回収した。

 寝て、起きてを繰り返すので少しだけ寝不足気味。

 あまり寝不足になると琹音が心配してお泊まりを強行するので、睡眠時間の確保も考えると、あと1つ回収したらきちんと寝ようと思う。

 ペンダントを外し、少し遠くに置く。

 書架から取り出してきた普通の本を持つと、他の扉から俺の魂に惹き寄せられて『迷魂』が迷い込むのを確認できた。

 最近はこの方法で誘い出す事にしている。

 本を軽く読んだらペンダントを再度首にかけ、横になって眠るだけ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 目を開ければ、一面銀世界の空間が広がっていた。吹雪も吹き荒れている。

 というか、ものすごく寒い!!

 現実世界が暑くなっていただけに、これはかなり辛いものがある。

 とりあえず断熱性の高いシートと、着る毛布を召喚して羽織る。それでも寒い。寒いものは寒い。

 この本の舞台、こんなに寒いものではないはずなんだけど。

 やっぱり、理久が居ないと何処に自分が現れるのか分からないんだよね。

 とりあえず、吹雪を凌げるところで温まらなきゃ。

 歩き初めて数分で、その異常は現れた。

 上手く歩けなくなって、雪の上に倒れてしまった。

 体を起こそうとしても、力が入らない。

 身体強化能力と、自己治癒能力を引き上げる。

 何とか起き上がるが、すぐに倒れてしまった。

 最大まで能力を引き上げるが結果は同じ。

 体の感覚が、殆ど無い。今回は凍死かな。

 諦めて能力を全て無効化し、目を瞑った。

 眠気に襲われ、抗わずに眠ることにした。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 目が覚めると、自室のベッドの上だった。外は明るくなりかけている。

 寝る前に読んだ本に雪山や吹雪などが出てきたかを真剣に考える。

 確か主人公がふたつの道を選択するように言われ、ひとつは距離は短くいが魔物が溢れる危険な谷、もうひとつは遠回りになるが比較的安全な雪山という内容で出てきた程度だったはずだ。

 まさかその、比較的安全な雪山で死のうとは。

 吹雪の中、いつものシャツと丈の短いズボンで放り出されれば凍えてしまうのは当然か。

 この体質、もう少し何とかならないかな。せめて洋服を気候に合わせたものに変えるとか。

 昔は色んな服を来ていたのだけど、どうもある時から同じ格好になってしまうようになった。

 何かしらの能力という訳では無いから、どうしようもない。

 どうやら『迷魂』の回収は『他の契約者』が滞りなく行ったようで、本のモヤは消えていた。

 小瓶を召喚する。まだ必要な量には足りていない。なるべくはやく、もっと、もっと集めなきゃいけないのに。

 理久がいないと、うまくいかない。おかしいな。俺ってこんなだったっけ?

 「りく、あいたいよぉ……」

 涙が流れて止まらない。

 誕生日に理久から貰ったクッションに顔を埋める。寝具に関してはとにかく沢山持っているから、あってもおかしくないものは基本的に手元に残る。

 ずっと嗅いでるからなのかな?理久の匂い、あんまりしなくなっちゃった。

 暫く匂いを嗅いだ後、ベッドから降りようとして倒れてしまった。

 「い、いたた……」

 最近よくあるのだ。急に身体から力が抜けてしまうというか、力が入らないというか。

 もうすぐ『寝てしまう期間』だから不安ではあるが、今のところ体温や脈は正常。

 お陰で父さんは、それはそれはもう心配して毎日注射を打ってくるし血液検査もしてくる。

 やりすぎのような気はするが、あまり体調が良くないのは事実。

 前からこんなだったかなぁ。覚えてないや。

 少し擦りむいちゃった。絆創膏を貼っていれば大丈夫かな。



 今日はとにかく暑い。この前まで雨ばかりでじとじとな空気だったのに、一気にからりと晴れて溶けそうな暑さになるこの国は一体どうなっているのか。

 そういえば、理久と海に行ったのは去年の今くらいだったかも?

 体育の授業は絶対に見学と決められているから俺はプールに入れない。体調もあまり良くないし、ぐったりとしながら泳いでいるクラスメイトを眺めた。

 時々女子が見学していることがあるが、今日の見学は俺1人。先生の手伝いは今のところ無いから凄く暇。少しだけ、足をつけて涼んでいても良いだろうか。

 海に行ったあとから沢山水がある所も平気になった様に思う。そっとプールの水に足をつけた。冷たくて気持ちいい。

 「このサボり魔」

 すぐ後ろで声がした。

 振り返ると、プールから上がったばかりの千隼君が腕組みをして立っていた。

 すぐに足を引き上げ、隣に立つ。

 あれ?そういえば千隼君のお腹、少し理久に似てきてる?うっすらとではあるが、腹筋のようなものが見える気がする。

 「千隼君、もしかして鍛えてるの?触ってもいい?」

 千隼君が少し頬を赤らめて、もじもじしながら交換条件を提示してきた。

 「へ?!…優也のを触らせてくれるなら」

 「俺のお腹?良いけど、別に鍛えてる訳じゃないから……」

 「じゃ、触らせてあげない」

 まあ、俺だけ触らせて貰って、千隼君には何も無いのは確かに平等じゃないな。少し服をめくった。

 「はいどーぞ」

 ひたりと冷たい手がお腹に触れる。小さな声ではあったけれど、思わず悲鳴のようなものが出てしまった。千隼君に聞かれてないかな?

 千隼君は俺の様子を見て、両手でぺたぺた遠慮なく触ってくる。あまり脇腹は触らないで欲しいんだけど。

 「ち、ちは、千隼、くん……その、く、くすぐったい…」

 にんまりと笑う千隼君。

 「優也のお腹……ふふっ」

 「ぅ……千隼君、そろそろ…」

 「もう少し、だめ?」

 耐えきれなくなって、そのまま後ろに下がる。もう、追いかけて触らないでよ。

 更にもう一歩、彼の手から逃れようとした時だった。

 突然、見えている景色が変わって、息が出来なくなった。

 何が起こったか一瞬、理解できなかった。

 慌てて両手と両足をバタバタ動かすと、なんとか空気が吸えるが、また水に襲われる。


 息ができない、助けて、水が沢山、怖い。

 誰かの叫び声。怒鳴る声。

 自分の手足が、感覚が、分からなくなる。

 腕を掴まれた。やめて、俺に触らないで!

 叫びながら、必死で腕を振りほどこうとする。


 殴らないで蹴らないで、叩かないで触らないで。

 怖い。怖いよ。痛いのはもう嫌だよ、苦しいのも嫌だ。

 ごめんなさい、許して。ごめんなさい、俺は、俺は──


 突然、柔らかいものに包まれた。

 優しい声がする。

 「優也、大丈夫だよ。落ち着いて。ちゃんと足はつくから」

 目を開けると、水着の琹音が抱きしめてくれていた。琹音、なんか、凄く柔らかい?

 落ち着いて立つと、きちんと足がついた。

 「大丈夫?」

 「うん」

 「じゃ、プールサイド、上がろ?」

 「うん」


 熱々のプールサイドは、濡れた状態ではそこまで熱いと感じなかった。

 琹音は優しく、俺の頭を撫でてくれる。

 「もう怖くない?」

 「うん」

 「何処か痛くない?」

 「うん」

 「お水沢山飲んじゃった?」

 「うん」

 「落ち着いた?」

 「うん」

 小さなくしゃみをした、その時だった。

 流成の怒鳴り声が聞こえた。

 「千隼がつき飛ばしたんだろ!」

 「ぼ、僕そんなことしてない……」

 そういえば、千隼君にお腹を触られていた時に落ちたんだっけ。

 「すぐ優也に暴力するやつが、何言ってんだよ!」

 「そ、それは……」

 「優也に謝れよ!」

 「僕は何も悪いことしてないもん!!」

 あ、これちょっとまずいかも。

 先生が仲裁に入るが、ふたりの口喧嘩は止まらない。

 これ、俺が勝手に落ちたって今更言っても信じてくれるかな。でも言わないと千隼君が冤罪を──立ち上がろうとして、千隼君の大声に驚いた。

 「だって、優也はキレイで可愛くて、僕好みの男の子なんだもん!!好きだから本当に危ないことなんてしたくないよ!!」

 ………はぃ?

 あれ、俺って千隼君に嫌われてたんじゃないの?

 千隼君が我に返って、それから覚悟を決めた顔をして俺に近づいてきた。

 「こ、この際だから言うよ。優也のこと大好き!ずっと僕のことだけ考えて欲しいくらいに大好きなの!付き合って!!!」

 「…………ど、どういう…こと?」

 なんだか、頭がくらくらする。

 理解が追いつかなくて、倒れそうになった。

 琹音が支えてくれた。

 

 

 


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