目を開ける。
場所は昨日の草原ではなく、街の中だった。
石造りと木造が入り交じったお洒落な街。陽が落ちて街灯が美しく街を照らしている。
理久は何処にいるだろう。
『契約者』は、ペアと呼ばれる特殊な協力関係を築くことが出来る。
ペアを組めば色々と利点があり、通常『契約者同士』は認識できないお互いの『テラー』を認識できるようになることはもちろん、お互いの能力を一部使うことが出来る。
例えば、理久の場合は俺の聖剣の身体強化が近くにいる間適用されるし、なんなら聖剣を使うことも出来る。俺の場合は理久の能力である『周囲の意識を感じ取る』ことが出来る。
理久の能力は表面上は笑顔でも内面的に悪意を持っていた場合でも見抜けるから、凄く助かる。
そして、これは嬉しい誤算。
俺は物語に入った時の初期位置ともいうべきか、最初に目をあける場所が今までランダムだった。
理久とペアを組んでからは、理久が先に物語の中へ入れば近くに現れる事が出来ることに気付いた。
通常の『契約者』であれば、物語へ入るための『器として借りた登場人物』の行動でだいたいアタリをつけれるから、俺の体質と『テラー』の能力の違いかもしれない。
だから今回も、きっとすぐ近くに理久がいる。はやく見つけなきゃ。理久は『契約者』になったばかりなのだから、俺が居ないと。
名前は分からないが、『器の登場人物』は覚えている。居そうな場所を探す。
暫く歩き回って、酒場にいる理久を見つけた。
高校生が酒場にいていいのかとは思うが『器』は成人していたはずなので問題は無いと思う。
理久は俺とペアを組んだことにより、外見や体格などが理久そのもので『存在だけを器として』借りることが出来るようになったらしい。
身体的特徴が変わらないというのは非常に動きやすいもので、戦闘が必要になると重宝するのだとか。
服や装備は理久に合うサイズに変化し、周りは登場人物だと認識するが顔や体格は全て理久のもの。ちなみに匂いも理久だった。
理久は『器の人物』だから良いけれど、酒場に俺のような子どもが入るのは流石に難しい。
理久の能力を使って意識をうまく掻い潜れば近づけないことも無いが、このまま酒場の近くで待つことにする。
腰を下ろして理久の声を聞いていた、その時だった。
「っあ………」
突き刺されるような、あの悪寒がした。声になりそこなった音が漏れた。
思わずうずくまる。好き勝手に冷たい何かで全身を触られているような、気持ちが悪い感覚に襲われる。
理久の能力を使わせてもらうと、悪意の塊のようなものが全身にまとわりついていた。
ペンダントを握る。
このペンダントは聖剣そのもので、意識すればすぐに大きくして戦える。
傍に理久はいる。大丈夫。いま俺が理久に助けを求めたら、理久が『借りている器』にヒビが入る可能性だってある。
冷たく感じていた感覚が次第に痛みに変わっていく。悪意の塊が濃く大きくなっていく。
少し理久から離れてしまうけれど、仕方ないか。
聖剣で強化された身体能力に任せ、通りの反対側にある建物上空へ跳躍した。
屋根の上に着地すると同時に悪意の塊と冷たくまとわりついていた悪寒が外れた。
煙突に背を預ける。
先程まで俺がいた場所に人影がふたつあるように見えたが、すぐに消えた。
理久が『借りた器』はビレーという冒険者をしている剣士の青年。
ここは彼、ビレーの家というか、借りている宿。
ホットミルクを飲みながら、理久の集めてくれた情報を確認する。
あの後『ビレー』が酒場から出てきて、合流するまで悪寒も悪意も感じなかった。
理久との約束で、危険を感じたら全部報告するというものがある。
一応悪寒を感じたことについて伝えたら、何故助けを求めなかったのかと怒られた。
ビレーと俺は面識がない訳だし『理久が借りている器』にヒビが入ったら嫌だからと伝えると、更に怒られた。
別にこの世界で死んだところで実際に死ぬ訳では無いし、まだ安全な部類だと思ったのに。
理久は少し過保護なところがある。
残っていた気持ち悪い感覚は、ホットミルクを飲みきる頃には落ち着いた。
理久が白紙の本を召喚し、この物語の進行を確認する。滞りなく進んでいるようで主人公の描写が行われていた。
先に物語に入っていた理久でさえ『迷魂』が何処にいるのかといった情報はまだ掴んでいなかった。暫くは情報収集に力を入れるべきだろう。
少しでも情報は多い方がいい。
「明日は二手に別れて情報収集、夜に落ち合うってことでどう?」
コップを片付けながら提案したら、却下された。
「優也、お前気づいてるか?」
「なにを?」
「お前が感じる悪寒っての、現実でも、この世界でも、周りに人が少なくて、ひとりでいる時に感じてるぞ」
「気づいてない訳じゃないけど……現実ならともかく、この世界で俺を誘拐なりなんなり、攻撃するのは難しいんじゃない?」
聖剣で身体能力は上がっているし、なんなら理久より戦えるし、自分で言うのはアレだけど、俺って結構強いし。
それに、今まで魔物とかが出た世界は戦闘が必要な時、主に俺が倒してきた訳だし。
「理久は心配性なんだよ。俺は平気だから──」
突然抱きしめられた。
「絶対駄目。優也まで居なくならないでくれ」
「り、く…?」
たまに、理久は俺を誰かと重ねて見ている気がする。決まってそういう時の理久の声は少し震えている。
それでも俺を心配しているのは本心だと思うから、悪い気はしないのだけど。
「……わかった。じゃあ、俺は剣士さんにくっ付いて離れない街の男の子って感じかな?」
「それで頼む」
『明日の予定』が決まった。
本を確認すると書き換えもなく、そのまま話が進んでいた。
まあ、本の書き換えなんて砂の消費がかなり多いから最終手段なんだけども。
もうすぐで翌日へ場面が移動すると思う。
「さて、そろそろビレーって呼んだ方がいいかな?」
「そうしてくれるか、ユウヤ」
「はーい」
しばらくすると、俺と理久──ビレーの本が光り始めた。ビレーの手を握る。
場面の移動は、登場人物を話に都合の良い場所や時間へ転送する。
俺は『器を借りていない』から、転送されることはない。しかし、こうして手を繋いでいれば一緒に転送される。
主人公が街に着いた地点へ、物語を移動した。
ビレーは主人公から道を聞かれて答えるだけの名前の無い登場人物。の、はずだった。
「あら、可愛い子が居るわね」
主人公と共に行動していた僧侶が俺を見た。
原作にこんな会話は存在しない。俺の存在自体が存在しないのだから、時々こういうイレギュラーは起きる。
ビレーの影に隠れた。
「ふふ、恥ずかしがり屋さんなのかしら?」
しがみつくように、ビレーの背後で小さくなる。ボクシラナイヒトコワイヨーって感じで。
「嫌われちゃったかしら?」
「おいアンナ、子どもをいじめんなよ」
「いじめてないわよ!」
主人公達が会話を始めた。
とりあえずこれで、これ以上関わっては来ないだろう。
モブもといいビレーは俺の頭を撫でながら他愛ない会話をし、道を教えて役割は終了。今後もうシナリオとして登場する場所は無い。
そういえば僧侶アンナって子どもが大好きって設定あったな。この街で悪党に斬りかかられた子どもを庇って大怪我を負うんだよな。
良い人もといい、良い登場人物として描かれているひとりだから少し好きな登場人物だった。
これくらいのサービスはしよう。彼らの去り際に小さく手を振ってあげると、僧侶アンナは歓喜の声を上げていた。
彼らの姿が見えなくなると、ビレーに話しかけられる。
「あのアンナっての『契約者』だと思うか?」
多分、原作に無い反応をしていたから怪しいと思ったのだろう。あまりに掛け離れた行動であればシナリオの強制力によって阻止されるが、有り得そうな言動であればメインの筋書きであっても若干は『器として借りた場合』変えることができるのだ。
「100面ダイスで100が出るくらいの確率だけど、本物でも原作と違う言動をする事はあるよ」
「それって稀によくあるんじゃね?」
かなり低確率の例えで言ったのだけれど、なにか間違ったかな。
「とにかく先入観は持たないこと。『器が死ぬ』時、瓶に影響が出るんだから命は大事に!」
「わ、わかった……俺、ユウヤが居なかったら速攻で瓶割れてる気がする……」
「かもしれないね。俺が割らせないけど」
伊達に何年も『契約者』をやっていない。契約したばかりの人間ひとりくらい、守ってみせる。
何度も繰り返し『借りた器』を壊していると、瓶にヒビが入ったり欠けたりする。
しばらく死なずに砂を集めていれば欠けていても元通りにはなるが、割れなくても見える砂の量に応じて現実世界での不運な事故であったり、必然的なものであったり、そういった面での死亡率が上がる。
俺は相当な量を貯めていると思うが、見える砂の量は少ないから、今の所そういった事象には遭遇していない。
もしかすると寝る時に機械を使わなければ死ぬからという所で釣り合いが取れているのかもしれない。
あれ。そういえば誘拐されることって、結構危なかったりしますっけ?まあいいや。
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