理久は今日、お泊まりの日。つまりは夜遅くまで本を読んでいられる。
あまり来られないからという理由で、お泊まりが可能なら夜遅くまで本を読めるようにと考えてくれたようだ。
夕食は使用人さんが作ってくれるし、お風呂はまだ時間がある。
それなら何をするか。もう決まってるよね、本を読もう。
書庫を歩いていると、いつものモヤが出ている本を見つけた。少し高い位置にあったので、理久に取ってもらう。
早速俺の部屋に持っていき『迷魂狩り』の準備をする。
「さて、理久さんのお手並み拝見と行きましょうか」
「おう、だいぶ様になってきたと思うぞ」
俺が『寝ていた』間に、1割も砂を増やせたのだから、少し楽しみである。
『器』となる登場人物を選んでもらうが、理久が選んだのはいつもの名前の無い登場人物ではなく、それなりに出番や能力のある登場人物だった。
「理久らしくない」
「え、あ、ああ……優也が『寝ている間』に、『他の契約者』に会ってさ、ちゃんと名前のある登場人物を選んだ方がいいっての、教えもらったんだよな」
「それって『器の持つ補正』のこと?」
「そ。能力とかそういったものが全部使えるから、かなり楽に立ち回れるって教えてもらったんだ」
「そ、そっか、そんなに違うんだ……」
「ああ。『戦闘向きの能力』じゃないならまずこっちを選べってさ」
そうなるよなぁ、と感心する。が、理久は今なんて言った?
「……まさか、俺以外の『契約者』に、能力のことを?」
『契約者としての能力』は、単純なものほど対策されやすい。理久の能力は非戦闘系の能力だから、姿が変わらない以上、どんな能力なのか知られてしまえば危険でもある。
俺は戦闘そのものは本人の技量が必要となる補佐系の能力。しかし中には完全なる戦闘系の能力を持つ『契約者』も居るのだ。
理久は慌てて俺の心配を消そうとしてくれる。
「教えてくれたのは『守護者』と『時計塔』と『調理師』って人達なんだよ。そこまで危険じゃないと思うんだけど」
名前を知ってるか聞かれた。
「『守護者』は、理久も知ってる通り会ったことないから名前だけ。『時計塔』と『調理師』なら知り合いだよ。何年も会ってないけどね」
良かったと笑う理久。本当に危ないことするなぁ。俺の知り合いを騙ることなんて、簡単に出来ちゃうんだよ?
注意すると、ごもっともだと言われたが、彼らは俺が『峰岸優也』という名前であることを知っていて、更には病気の事も知っていたので信じたらしい。
確かに、俺の病気のことまで知っている『契約者』は非常に少ない。それこそ俺が『契約者になりたて』だった頃の知り合いくらいだ。
「どうも外国にいるらしくって、優也は日本の本ばっか読むだろ?元気してるかって言ってたぜ」
「外国…そっか、だから会えなかったんだ」
ある日から突然いなくなってしまったから『契約者を辞めた』か、もしくはこの世いないかと思っていたが、まだあのふたりは活動していたのか。
「偶然、帰国してたらしいぜ。特異体質の人間なのかって聞かれてさ、特異体質の奴とペアを組んだらこうなった、って話したら、もしかして剣を持って周りも振り回す、ちっちゃい生意気小僧じゃないかって言われてさぁ……なんていうか、いい人達で」
思わず笑みがこぼれた。あのふたりらしい世話焼きである。もっと彼らの話を聞きたい。
けれど、まずは『迷魂狩り』である。
「ねえ理久。『迷魂狩り』の後、いっぱいお話して?」
「おっけー!」
理久の姿が消えたのを確認して、ベッドに横になった。
ちょっとだけ、おやすみなさい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を開けると、森の中だった。
理久が借りていた『器』は、森の狩人として名高い『レイシェ』という青年。
ファンタジーでよく居る『エルフ』と呼称されることの多い種族の青年である。
とりあえず合流しなくては。
気を付けて森の中を歩いていたのだが、思いっきり『エルフ』の仕掛けたであろう罠にかかってしまった。
うーん、狩猟民族、素晴らしい罠の隠蔽力です。
とりあえず逆さ吊りにされてしまったから、脚に巻きついているロープをどうにかしたい。
しかし、ロープを切ってしまうとそれはそれでなんというか。罠、壊したら怒られるだろうなぁ。
ものすごく嫌だけど、仕方ないかなぁ。
聖剣を持って、自分の脚を片方斬り落とした。
激痛と共に血が全身にかかるが、痛みに悶える暇は無い。身体を打ち付ける前に片方だけの脚で着地した。
幼い頃に受けた虐待で、痛みにはそれなりに強い方だと思うが、やっぱり嫌なものは嫌。
灼けるような痛みを堪えながら暫く待っていると『斬られたという事実』そのものが無くなって、靴を含め見事に元通りとなった。血も出ていないことになっているし、ロープに捕まっていた脚は綺麗に消えている。
とりあえずこれでいいか。
痛みは少し残るので、近くにあった大きな岩に座ることにした。
どうやって理久と合流しよう。
とりあえず、足の痛みが引いてから考えようかな?
自己治癒能力を引き上げて、少し待つ。うん、痛みは無くなった。
立ち上がり、また再度森の中を歩いて、今度は網のようなもので吊り下げる系の罠にかかる。
……ここ、罠多すぎじゃない?
さすがにこれは破壊しないといけなさそう。網目を通れるくらいに自分の体を斬るとか嫌だし、無理だし。
聖剣を出そうとした、その時だった。
「貴様!人間か!!」
恐らく『エルフ』と思われる登場人物に見つかった。
「はい、人間です。間違って引っかかったので、助けてください」
「良いだろう!!」
網が降ろされ、地面に足が着いた。
助かったー、なんて思っていたら、両手と両脚を捕縛される。あれぇ?
他の『エルフ』たちも寄ってきた。あの、これどういう状況なのでしょうか。
「子どもの人間とは…これはご馳走だな!見た目も整っていて美味そうだ」
顔や体をぺたぺた触られる。気持ち悪い。
何となく嫌な予感しかしません、うん、よし逃げよう。
「あの、あなた達は、俺を食べようとしてる?」
「勿論。美味しく食べてやるから待ってな?」
「ひとつ聞くけど、俺がこのまま逃げ出しても正当防衛だよね?」
逃げ出せるものなら~なんて笑われた。
よし、言質は取った。逃げ出そう。
身体強化能力を最大まで引き上げて、両手脚の縄を引きちぎった。
「はい、それじゃさよなら」
上空に思いっきり飛び上がり、木を伝って逃げる。
口をあけて、ぽかんとする『エルフ』達に別れを告げた。
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