本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

011頁

公開日時: 2024年12月21日(土) 10:00
文字数:4,308

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 まさか優也ゆうやから海に誘われるとは思わなかった。

 出来たら兄弟仲良くして欲しい、なんて思って優也に拓矢たくやさんと話してみないかと切っ掛けを作ってみたのだが、いつの間にか親父さんとも和解していたらしい。

 この前遊びに行ったら、自分の目と同じ色の石が入った鍵を自慢げに見せてくれた。石は親父さんが選んだのだそう。

 優也はまだ、10歳の男の子だということを改めて感じた。

 

 出かける前に仏壇に手を合わせた。

 写真の中の千隼ちはやは笑顔だ。

 先日キラーなる『契約者』と優也が話していた『人型の迷魂として現れたチハヤ』が俺の弟である千隼なら、かなり苦しんで、怖い思いをして、何かを想い残して死んだのだろう。

 話の流れから優也が回収したらしいので『心残りを消す』ことで回収したのだと思う。少しだけ心が救われた気がする。

 千隼の写真を見ていると、優也から連絡が来…たと思ったらすぐに呼び鈴が鳴る。早くね?

 玄関に移動し、扉を開ける。

 優也が俺の顔を見て、何か安堵したような不思議な反応を見せる。どうしたのだろうか。

 「理久、おはよ」

 「おう」

 いつもすぐ抱きついてくるが、優也はゆっくり近寄って、いつもより少し強い力で抱きついてきた。

 いつもより念入りに匂いを嗅がれている気がする。なんか怖い本の中に入ってしまったとかだろうか?

 頭を撫でていると、拓矢さんが車から降りてきた。

 「おはよう理久君。いつも優也をありがとう。ただ今日は、理久君の席は父さんの隣。俺の席は優也の隣。そこは譲らないから」

 ……そ、そっすか。

 「俺はどこでも大丈夫ですよ」

 「そう言ってくれると思っていたよ」

 肩をバンバン叩かれる。拓矢さん、優也と和解出来たきっかけが俺だからと、やたら絡んでくるんだよな。

 一昨日だって出かけないかと誘われた。同日に親父さんからも誘いを受けており、ふたりの話を聞いたら両方超高級レストランでの食事だったから丁重に断りを入れた。昼と晩で高級レストランをはしごなんて、どこのセレブだよ。

 運転手は羽瀬川はせがわさんだ。軽く挨拶をする。

 元々羽瀬川さんは優也の親父さんの秘書だったとは聞いているが、本当に何でも出来る人なんだよな。

 羽瀬川さんは優也が家政婦から虐待を受けていたことが発覚した後、ひとりでは何もできない優也の面倒を見るために執事となったらしいが、漫画やアニメといった創作のように執事は何でもできると言われても多分疑えないくらいに色々出来る人だ。

 今回、優也本人の口からききたいと伝えたため詳細は聞いていないが、水に沈められ息が出来ない状態を繰り返すといった拷問に近い虐待もされていたようで、もしかするとトラウマがよみがえってしまう可能性もあるからと気を付けるように言われた。


 車に乗り込むと、親父さんは俺に色んな話をしてくれる。将来何を考えているのかとか、何か困ったことは無いかとかも聞いてくる。優也のことが可愛すぎるとか、そういったことも話してくれる。

 俺は今のところ、有難いことに悩みという悩みはない。あ、でもそういえば、親父さんに伝えた方がいいかもしれない事があるな。優也にもしものことがあって、頼られると困るし。

 「俺、実は泳げないんですよね……」

 「それなら拓矢に習えばいい。あいつは水泳を一時期やっていたからね。教えるのも上手いぞ」

 「文武両道は…ちょっと憧れますね」

 自慢の息子なんだよ、と親父さんが笑った。やっぱりいい人じゃん。優也を見ると、たまに振り返っていたのもあって目が合った。

 ぱあっと優也の顔が明るくなり、幸せそうに前を向く。出来たら隣の拓矢さんを見てあげて欲しいが。

 暫く親父さんと話していると海が見えてきた。

 そういえば優也は産まれて初めて海を見ると聞いていたのだが、関心は薄そうだ。優也だしそんなもんと言われたら納得出来るところがまた、なんというか。


 駐車場についた。車の中で水着に着替える。少し憂鬱。

 ふと思う。何となく優也に訊ねた。

 「優也ってもしかして泳げたりすんの?」

 ずっと病院で暮らしていたらしいから泳げないと思っていたが、まさか泳げるのだろうか。

 優也が一瞬驚いたような顔をして「え?あ、いや、泳いだことないよ」すぐに笑顔になった。なんだったんだろう。


 優也は楽しそうにサンダルで砂浜を歩いている。上半身裸には少し抵抗があるらしく上に薄いシャツを着てはいるが、濡れることは気にしていないらしい。時折膝上くらいの深さまで歩いては俺に水をかけてくる。

 お返しに波を両手で作り、優也にぶっかけた。

 凄く嬉しそうに遊ぶ優也を見て、少しだけ胸が苦しくなった。

 千隼を生き返らせたら、絶対また来よう。優也と千隼が一緒に遊んでいる光景は多分、素晴らしいものだと思う。

 千隼と優也が並んでくれたら、凄く可愛いだろうな。


 そんな優也は『迷魂狩り』のベテランで、環境もあるのだろうが、俺がひとりで狩っていた頃とは明らかに貯まり具合が違う。

 恐ろしい数の蔵書の中身を全て暗記し、状況を整理し、判断ができる頭があってこその回収速度。

 優也と活動した短期間でひとりの時とはくらべものにならない量が貯まった。


 ずぶ濡れになった優也は少し何かを考えたあと、今度は腰くらいの深さまで歩いていった。

 「あんまり行くと危ないぞ」

 「泳ぐって、どうすればいいのかなって」

 真剣そうな顔で考えていたことが、まさか泳げないという事だったとは。気持ちは分かる。

 「理久は泳げる?」

 「無理無理、俺カナヅチなんだよ」

 「そっかぁ……」

 優也がふと、小さい子が持っていた浮き輪を見て「そうだ!浮き輪使ってみよ!」親父さんの所へ駆けて行こうとしてすっ転んで全身海水に浸かった。

 すぐに起き上がり何かを考え始めた。いや、何かを確認しているといった方が正しいか?

 多分凄く難しいこと考えてそうだと思わなくもないが、多分どうでもいいことのような気もする。そして、くるりと振り返り俺を見た。

 「………理久。午後からは別荘いこ」

 何をどう考えたらその結論になったのか。着替えたいのか?シャツの替えはあったはずだが。

 「俺はいいけど…親父さんと拓矢さんにも聞かないと」

 「そうだね」

 優也は先程までの無邪気さが嘘のように真剣な顔をしている。まるで、いつもの『迷魂狩り』のよう。

 「優也、どうした?」

 「なんでもない」

 浮き輪を取りに行こうとした優也は俺の傍に戻ってきて、腕に抱きついた。

 「さっきからお前変だぞ」

 「そうかも」

 熱でもあるのかと額を触るが、濡れているせいもあってあまり分からない。

 とりあえず、海から上がるか。

 「親父さんとこ戻るか?」

 「うん」

 明らかに元気がない優也。どうしたのだろう。

 羽瀬川さんが用意してくれた陣地はパラソルで日陰が作られ、休むには丁度いい場所となっていた。本当に凄い人である。

 タオルで身体を拭いているとシャツを着替えた優也が近付いてきた。

 そして、服の中からペンダントを取り出すと「理久が持ってて」俺の首にかけてきた。

 「えっ、これって………」

 優也が囁く。

 「有効範囲は凄く狭い。だから絶対外さないで」

 「いや、何を……」

 このペンダントは優也が『起きている間』を普通の10歳の男の子として暮らすのに必要なものであるはず。

 これがないと『起きたばかり』であれば歩くことも難しいと言っていた。今は『起きてから』しばらく経っているから平気なのだろうか?


 昼食は海の家でとることになった。

 羽瀬川さんは既に焼きそばをいつの間にか持ち帰りで買っていた。荷物を見ていてくれるらしい。

 本当に羽瀬川さんはデキる人だと思う。なんか焼きそば食べたくなったかも。

 店の中に入って、本棚に『迷魂』が中に居る本を見つけた。回収をすべきなのだろうが、流石に人目がありすぎる。同じ話であれば別の本からも入れるから、無理に回収する必要は無いが優也はどうするのだろう。

 優也は本を見て、見なかったことにしていた。なるほど『他の扉』から入った『契約者』に任せるのか。流石だなあ。


 拓矢さんが大盛りカレーを普通に頼んで来るものだから少しだけ対抗して頼んでみた。実際に見ると、大盛りというより爆盛りカレーと言い表すようなものだったが、なかなかに美味い。

 あっという間に平らげた。

 親父さんに並ではなくハーフサイズの焼きそばを注文するように促していて、自身はハーフサイズの炒飯の小盛なんてものを注文していたから、この店のことを知っていたらしい。

 ハーフサイズの焼きそばでも量がそれなりにあったらしく、親父さんは一割ほど残して、もう食べられないと唸っていた。残りは優也が食べていた。

 そういえば優也の親父さん、若く見えるが自虐的に70近いジジイ、なんて言っていたから、それなりの歳のはずなんだよな。

 

 あまりにも優也が別荘へ向かおうとするので、少し早めに向かうことになった。

 羽瀬川さんが荷物をてきぱきと片付けているので、それを少し手伝う。

 優也は珍しく本を持ってきていないのか、俺のすぐ近くで砂山を作って遊んでいた。こういうところを見ると本当に10歳なんだなと感じる。

 普段は俺と同じくらいの歳を相手していると思っても全然違和感がない言動も多いが、時々見せる子どもらしさはなんか可愛い。

 しばらく手伝いをして、ふと優也をみた。動きが止まって──あれ?今船を漕いだ?

 親父さんがスマホを見て慌てて近寄り、携帯用の酸素マスクを優也の顔にマスクをあてるが、本人にすぐに外されてしまった。

 マスクと繋がった缶の栓が抜かれているから、外しても外さなくても、予備の缶を出しておいた方がいいだろうな。羽瀬川さんに伝えると、すぐに3本用意してくれた。俺のバッグにもひとつ入れておく事にしよう。

 心配そうな親父さんは何かのケースから細長いカードキーのようなものを取り出し、優也のチョーカーに押し当てる。

 星型の飾りのような場所から何か小さなチップを取り出し、差し替えるとチョーカーはまた優也の首に戻る。

 チップは何やら高そうな機械の中に嵌められる。大量の数字とグラフが表示された。

 数値上は問題ないらしいが、やはり少し優也の顔色が悪い。ペンダント、返したほうが良いかな?

 「お、俺は平気だよ。大丈夫!」

 優也が俺の方へ歩いてきた。腕にしがみつく。やはり少し歩き方がぎこちないんだよな。この短距離の移動で息も上がっているし。

 親父さんはしばらく画面を見ていたが電源を落とし「優也、あまり理久君に甘え過ぎても理久君が困るだろう?」優也を離そうとする。

 「俺は平気です。優也は親友ではありますけど、弟みたいな存在でもありますから」

 「理久君……ありがとう。それなら君は息子みたいなものになるな」

 頭を撫でられた。ちょっと恥ずかしいけど、誰かに頭を撫でられるのって悪くないかも。







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