本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

003頁

公開日時: 2024年11月19日(火) 10:00
文字数:3,395

 翌日。話すよりもわかりやすいからと来るように言われた。

 完全に連続して寝続けるという訳ではなく、日に2時間程度は起きるらしい。

 ただし本人は酷く寝ぼけているから、ぶつけたり転んだり、その間に怪我をしてしまうことは多いのだそう。

 言われた時間に来ると、風呂上がりだろうか?ぼんやりとした優也が少し濡れた髪をタオルで乾かしてもらっていた。

 お兄さんは丁寧に優也の髪を拭いている。

 ドライヤーはかけないのか聞いたら「ドライヤーはね、最後に軽くかける方がいいんだよ。髪が傷んでしまうから……ほら、こんなに綺麗な髪だからね。癖も強いし傷んだら大変でしょ?」うっとりしながら優也の髪を触っている。

 「へぇ………大切にしてんすね」

 このお兄さん、ちょっと怖いかも。

 ぼんやりとしている優也は、されるがままといった状態で俺とお兄さんを交互に見ていた。

 なるほど。家政婦はこの状態の優也に色々吹き込んでいたのかもしれない。

 親父さんは歳がそれなりだし、良いとこの幼い長男を上手く操れれば自分が天下を取れると思ったのか。

 暴力による痕跡は、身体をぶつけたせいで出来た痣や怪我だと説明していた可能性が高い。

 ドライヤーをかけると優也がびくりと身体を震わせた。数回瞬きした後「……おはよ?」笑顔で俺とお兄さんを見た。

 そこからはぼんやりとした様子ではなく、いつも通りの優也には見えるが何処か落ち着かない、といった様子だ。

 お兄さんが持ってきた食事は歯がなくても食べられそうに柔らかく煮込まれた、消化に良さそうなものばかり。作ったのか訊ねると、まさかと笑われてしまった。

 そういえばここ病院だからそういうの用意できるのかと感心していると、すぐ食べきった優也は何処かへ歩いてゆく。

 お兄さんは慌てて後を追っていく。ライトを使いながら俺も追いかける。到着したのは玄関もといいエレベーターの前に置かれていた段ボールだった。今朝運び込まれたものらしい。

 楽しそうに優也は箱から本を選んで──広げ始めた。

 まさか、ここで本を読もうとしてる?

 お兄さんが優也から本を取り上げようとするが、優也は全く離す気配がない。

 少し悩んで、声をかけた。サイドポーチに入れていた本を取り出して見せる。

 「優也。一緒に、読書室で読もうぜ」

 優也は一瞬ぽかんとした後、笑顔で頷いて読書室へ向かってくれた。

 暗くてよく見えないが、優也の手元にある本に『迷魂』特有のモヤがかかっている気がした。

 ここにあるということは、優也はまだ読んでいない本。

 今までは優也が読んでくれていて、場面転移のタイミングを正確に覚えてくれていたからこそうまく動けたところがある。

 お兄さんにはモヤが見えていないようだから、状況を話す訳にはいかない。

 ああ、もう、どうすればいいんだろう。


 読書室で本をみると、やはり優也が持つ本にはモヤがかかっていた。

 小一時間ほど本を読んでいると、優也が船を漕ぎ始めた。

 優也はおやすみと笑って、寝室へ向かう。

 このままだと優也は『迷魂』の居る本の中へ引きずり込まれるのではなかろうか?

 寝室に入る直前で、覚悟を決めた。

 ぼんやりと歩く優也を呼び止める。

 「なあ、その本、俺も読みたいから貸してくれないか」

 「いいよぉ」

 本を手渡すと、優也は寝室へ姿を消した。

 お兄さんは今日は終わりだとのことで、帰り支度をしている。

 俺は本を好きに読んで帰って問題ないらしい。お言葉に甘えて読書室を借りた。さて、この本を読まないと。

 開くと恐ろしく文字の細かい本だった。

 優也の挟んだ栞の位置は半分といったところか。

 いつもの優也からすれば遅い方だと思うが、常人が小一時間で読める量では無い。

 こうなったらもう伝家の宝刀、検索してしまえ!!

 あらすじを検索する。これ、廃病院に閉じ込められるホラー作品なんですか?病院で読むものじゃなくない?何であの子平気なの???

 ざっくり内容を把握すると、とりあえず『名前のない登場人物の器』を借りようとして無理なことを気づく。

 これ『器の数』がめちゃくちゃ少ない。

 ホラー作品によくあるパターンだ。数名で肝試しに来て、少しずつ消えていく話。

 「最初の死亡者は、……あ、これなら」

 ちょこっとだけ工作して、そのまま『最初の死亡者』の器を借りた。

 通常『契約者』は本の世界に何かを持ち込むことは出来ないが、そこは優也の体質が影響しているのか、手に持てるものなら持ち込めることに気がついた。

 今回ギリギリ手に持てるサイズだったから不安だったが、工作は無事に本の世界へ持ち込めたらしい。廃病院でヒロインが慌てて逃げる1ページから2ページの話の中で、回収しやすいであろう場所に作品を隠した。

 本編でもし無くなっていれば、俺は速攻で死ぬ事になる。ストーリー上決まった死は瓶に影響は無いそうなので、失敗しても、ものすごく痛いだけ……ではあるが、嫌だなぁ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 この物語は、怪奇研究部5人が廃病院を調査しようという企画から始まる。

 リーダーの咲良秀峰さくら ひでみねは、頼りがいのあるイケメン。

 ヒロインの奈川椛ながわ もみじは少しお調子者だが仲間思いの優しい女の子。

 矢敷錦やしき にしきはオカルトマニアそのもので、少し怖い所もあるがサバイバル知識なども豊富で博識。

 リーダーの幼なじみ、八重杏子やえ きょうこは密かにリーダーへ恋心を抱く女の子。

 そして今回俺が器を借りた黒田棗くろだ なつめは、いつもふらふらとどこかへ行ってしまう、そんな不思議ちゃん的な女の子。そう、女の子である。

 

 幸運なことに黒田棗という女の子はスカートよりもズボンを好み、どちらかと言えば服装はボーイッシュであったから、ギリギリ俺でも……まあ見れる格好ではある。だよな?

 これは女装では無い、断じて女装では無い。

 物語が始まり、廃病院の噂を聞きつけた咲良秀峰が夜の廃病院へ取材に行く計画を練り始める。マジでやめとけばいいのに。

 そしてその日の晩には誰も反対することなく、廃病院へ足を踏み入れた。

 俺が演じる『黒田棗』はその序盤で見せしめのように殺され、最初は足、次に手、と続いていき、胴体を入口のカウンターの上に置かれてしまう女の子。

 そう、この作品の死ぬキャラクターの中でひとりだけ『死ぬ瞬間が描写されていない』女の子になる、らしい。

 俺が用意したのは替え玉であり、拝借元は俺が7階に出入りし始めた頃に見て腰を抜かしてしまったせいで倉庫送りにされたマネキン君である。

 何故暗い廊下に触り心地も、冷たいだけで人間の肌のような質感を持つ凄まじくリアルなマネキンがあったのかは分からないが、優也から要らないものだから欲しいならあげるとまでいわれた。

 流石に俺も要らなかった。

 細部までこだわって造られていて、内臓までしっかりと存在していた。

 これに、血糊をのせればもはや本物にしか見えない。

 要はストーリーが進めばいいのだから、これで問題は無いはずである。


 各々が探索を始める。優也が近くにいるらしい。身体能力強化が使えたおかげで暗闇でも目が見えた。

 どうも『存在だけ器を借りる』と、そういった身体的なものは俺自身の方を引き継ぐらしい。

 血糊とマネキン君の回収に向かった。ちゃんと、隠した場所にあった。

 そして、探していた人物の姿もあった。

 埃と砂で汚れた廃病院の床にそのまま寝転んで寝息を立てている男の子。

 寝返りを打ったのか、粉でもまぶされたように埃まみれになってしまっている。

 そっと揺すり、名前を呼ぶ。

 「おーい、優也、おきろー」

 「う、うん?あれ、理久?」

 少しぼうっとしているようだが、ちゃんと起きてくれた。

 「優也、お前『迷魂』の居る本の世界に入ったの覚えてるか?」

 優也はぼんやりしながら周囲を確認すると「…えっ、嘘!!」慌てて身体を起こした。

 「おはよう、優也」

 優しく頭を撫でてあげた。

 混乱しているようだが、優也は俺を見て「おは…よう、理久…?」首を傾げた。

 別に、女装じゃないからな?多分。そう言い聞かせる。

 体についた砂や誇りを払い落としながら、優也はすぐにマネキン君に気付いて、どうすれば良いかアドバイスをくれる。

 マネキンの設置は優也が担当してくれることになった。俺は『無事に殺されたことにして』物語から退場、その後『迷魂』探しをする段取りを打ち合わせる。

 優也がマネキンの頭はあるかと聞いてきた。

 持ってきていないことを話すと、それで良いと言われた。

 しばらくすると、優也が開いていた本が白く光り始める。

 「………あ、場面転移…理久、頑張ってね」

 「頑張って生きるわ…」

 












読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート