本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

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公開日時: 2025年5月3日(土) 10:00
文字数:2,600

 学校は大きめのタオルと着替えを持ってきてくれたハセガワの判断で早退となった。

 突き落とされたという誤情報を耳にして大激怒の父さんに事情を説明するのが1番大変だった。

 もとはといえば俺が千隼君の腹筋を触ろうとしたことが原因。

 落ちたこともふざけ合っていたせいだと説明すると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 父さん的には俺の身体を髪の毛1本でさえ他人に触らせたくは無いらしい。学校に行きたいと言った時、それなりに反対された記憶が作られているくらいだし、もしかすると理久に抱きしめられて寝てたのって、父さん的にはかなり思うところがあったのかもしれないな。

 溺れた訳だから、世界が少しだけ変わった後の過保護度合いが増した父さんはすぐに精密検査をすると言い出し、兄貴も立ち会うとかなんとか大袈裟すぎる反応をする。

 少し疲れただけだから平気だとは伝えたけれど、精密検査と血液検査と、あとは感染症の検査を念入りにされた。

 慣れているとはいっても、検査は疲れる。

 本当に7階でいいのか、集中治療室に行かなくていいのかと不安になる父さんに大丈夫だと伝え一緒にエレベーターに乗ろうとした、その時だった。

 足が身体を支えきれず、床に座り込んでしまった。

 あれ?なんていうか……凄く、眠い?

 急激に座ってもいられなくなる。

 父さんが支えてくれたが、目を開けるのも厳しい。

 なんとか無理やり呼吸をするが、上手く吸えない。

 本当に俺の体、おかしいのかも。

 今までは2年に1度くらいだった『深く眠る期間』が、頻繁に訪れている気がする。

 「父さ……ごめ…ね」

 世界が真っ暗になった。




 目を開ける。

 どれくらい『寝ていた』のかな。

 拘束されて管に繋がれたままでは何も出来ないから、誰かが来てくれるまで待とう。

 目を瞑っていたら、機械の音で最初は分からなかったけれど遠くで蝉の鳴く音が聞こえる気がした。

 季節が変わっている可能性も考えたけれど、聞き間違いでなければ、そこまで長い間を『寝ていた』訳では無いのかも。

 それよりも『寝てしまう前』に、千隼君から言われたことを考える。


 俺って、千隼君に嫌われてたんじゃなかったの?


 確かに昔出会った『人型の迷魂』として現れた『チハヤ』は、俺の事を何処か特別視していたが、あくまでそれは『迷魂としてのチハヤ』であり『斉藤千隼』ではない。

 殺された魂は『迷魂』となる際に殺した人間の魂を一部記憶してしまうし、喰らった『言霊』の影響を受けていくから『生前の斉藤千隼』とは別物であるはずというか、別物であるべきなのだ。

 実際、小瓶が死んだ人間を生き返らせる際は過去から生き返らせたい対象の魂を少し削り取り、願った者の魂も少し混ぜて新しい魂を作り上げるらしい。

 だからこそ『生前の斉藤千隼』と『現在の斉藤千隼』は全く別人という訳では無いが、同一人物という訳でもない。

 千隼君の魂に理久の魂が少し使われているなら、それが好感度的な意味合いで補助した可能性が無いとは言いきれないが、何となく、とある可能性に辿り着く。

 そういった経験のない俺だって、色んな本を読んできたから千隼君の言葉の意味を理解くらいはしている。


 『斉藤千隼』は、生前から同性愛者の可能性がある。

 

 その特性を引き継いだまま、理久の魂が混ぜられたなら俺に特別な感情を抱いていてもおかしくは無いのかも。

 俺、どうすればいいんだろう。

 そもそも俺にとって恋愛とかは本の中のモノであって、俺自身はあまり意識したことがない。

 確かに千隼君と仲良くなりたいとは思っていたけれど、そういう意味で仲良くなりたいとは全く考えていなかった。

 もし、千隼君と恋仲になれば理久とまた出会うことは出来る。

 でもそれは、なんか嫌。

 それは俺が理久と付き合いたいとかそういうことではなくて、いくら理久に会えるからといって、千隼君が俺の事を好きだと思ってくれている気持ちを利用して会いたいとは思わないから。

 理久と同じように、千隼君とも親友になれたらいいと思っていたのだから。

 上手くいかないな、なんて思う。

 本当に、どうすればいいんだろう。

 

 また眠くなってきちゃった。もう少しだけ寝ようかな。

 『起きた』ことがわかるように、指で少しだけシーツを手繰り寄せて目を瞑る。

 もう一度、おやすみなさい。




 『起きた』ことに気付いた兄貴に夕方、優しく起こされた。

 すぐに拘束は外して貰え、どれくらい『深く寝ていた』のか確認すると今回は2週間らしい。

 短い方でよかった、なんて思う。

 精密検査の結果が出るまでの間、登校日がいつくらいになるかを考えていた。

 カレンダーをよく見ると「あれ、夏休みに入ってる?」夏休みと記入のある範囲に被っていた。

 兄貴から説明を受けた。どうやら夏休みの宿題なんてものも一応受け取ってはいるらしいが、俺はやらなくてもいいのだとか。

 また流成からボヤかれる様な気がしたので、立体物の制作や自由研究以外は済ませることにした。

 夏休みは砂集めに専念しようと思う。

 千隼君の告白の返事、その間に考えなきゃ。

 断るつもりではあるけれど、断り方、どうしよう。

 友達として仲良くなりたいこと、ちゃんと伝えようか。

 兄貴が持ってきてくれた本を読もうとしたのだが、落としてしまった。

 「……あれ?」

 隣にいた兄貴が慌てて酸素マスクをつけてくれた。

 眠い訳では無いけれど、体に力が入らない。

 ぼんやりしていると、兄貴と看護師さんから胸に冷たい器具をいくつも付けられ、心臓の動きなんかを機械で確認される。

 苦しくはないかと聞かれたが、体に力が入らないだけで他は何か辛い事はないと伝えた。

 暫く兄貴はそばにいてくれたが、それ以上何か起きる訳でもないので何かあったら呼ぶようにとナースコール用の端末を握らされた。

 身体がおかしい。それくらい解ってる。けど、どうすればいいか、わかんない。

 おかしいな。元々俺はひとりでなんでも出来たはずなのに。

 『迷魂』だってひとりで回収していたはずなのに、理久が居なくなった途端何も出来なくなっちゃった。

 沢山、沢山回収しなきゃいけないのに上手くいかない。


 俺が理久のために出来ることは限られている。

 小瓶を召喚した。かなり頑張って貯めたから、小瓶の1割程の砂が貯まっている。

 もっと、頑張らなきゃ。もっと、もっと。

 俺には、たくさんの砂が必要だから。

 ベッドから降りる。すぐに倒れてしまった。

 大丈夫。これくらい、小さい頃の地獄に比べたら辛くもなんともないんだから。

 何とか立ち上がった。


 






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