離れたくないと駄々をこねる女の子から、逃げるように別れの挨拶を済ませる。
周りに誰も居ないことを確認し『鳥の姿の迷魂』が近くに居ないかクリスに訊ねた。
「ユウヤの勘は正しかった。この近くに居る」
いくつか理由はあったから別に勘という訳では無いけれど、間違えていなかったならそれで良いか。
「それじゃ、早速鳥を探しに行こう」
今物語の時刻は午前中。
暫くは時間の絡む場面転移は発生しない。あくまで森なのだから『東の森』を捜索するなら今が絶好の機会だろう。
森の方角を確認し、歩き始めた瞬間ビレーに止められた。
「ユウヤ、お前ずっと寝てないだろ」
「実際は寝ておりますが」
「そういう事じゃねぇよ」
今回『複数の迷魂』が絡んでいるから体感的にはそこそこの時間がかかっている。そういえば『理久』とペアを組んで、ここまで長いのは初めてじゃないかな。『理久』にとっては初めてなのかもしれない。
今回のように『複数の迷魂狩り』は体感時間的に徹夜もありうる。以前交流のあった『契約者』の言葉を借りれば『契約者泣かせ』らしい。
俺は慣れたし『契約者としての能力』もそれに対策できるものだからまだ良いけれど、そうでない上に慣れない人にとっては辛いだろう。
「俺は平気。これくらいはよくある事だし。それよりも逃げられる前に回収ちゃおう」
「無理はすんなよ」
「分かってるって」
小一時間程歩いて到着した 『東の森』の中は薄暗く、ここで寝れるなら丁度いい光量でした──って、そんな描写は要りませんね、はい。
ビレーが目を擦っている。
「どうしたの?」
「うーん……俺、昔から暗いところが苦手というか……見えないんだよな」
そういえば現実世界で、俺の家で『理久』は携帯のライトを頻繁に使っていた。
それを見て、遊びに来てくれる時は廊下にも灯りを付けるようにしていたが、もしかすると『理久』は夜盲症なのもしれない。
眼科は南棟の三階だったかな。後で父さんに紹介状を書いて貰おう。治せなくても少しは楽になるはずだ。
「とりあえず身体能力強化を使ってみて。見やすくはなるんじゃないかな」
「え?あぁ……ほんとだ。よく見える」
辺りを見回すビレー。そしてまた、それを見つけた。
「あ、あれ『迷魂』だよな?」
指さす先では、モヤを纏った鳥が俺たちを見ていた。
「うん、間違いなく『迷魂』だね」
「なんか…デカくなってね?」
「恐らく『言霊』を結構吸収したんだと思う。時間が無いから一気に終わらせるね」
深呼吸して聖剣を持つ。
身体能力強化を最大まで引き上げ、跳躍する。
『迷魂』は俺の剣をひらりと避けたが、振った勢いのまま空中で繰り出された蹴りは避けられず、そのまま地面に叩き落とされた。
周囲の木を足場にして、地面に落ちた鳥に剣を突き刺そうとしたが避けられる。
距離を取られ、羽根のようなものを飛ばして攻撃してきた。
剣で弾くが、数が多すぎる。
少しくらい当たるのを覚悟で鳥との距離を詰めた。
剣で弾き切れなかった羽根が腹と左脚に数本突き刺さる。ものすごく痛い。
けれど、お陰で剣が届く距離まで近づけた。
身体能力強化に任せて剣を振るう。鳥の胴体を切り裂いた。
奇声を放ちながら『鳥の形をした迷魂』は砂へと変わってゆく。
地面に崩れるように座り込むと、ビレーが優しく頭を撫でてくれた。
「ユウヤ、お疲れ様」
「うん、疲れた」
砂を回収しながら身体能力強化を全て切り、ビレーに体を預ける。
体に刺さった羽根は、本体が消えた事により砂になって瓶へ回収されたゆく。
羽根が消えたことにより、傷口から血があふれ出してきた。聖剣の能力を全て自己治癒に回した。
ビレーの腕の中で目を瞑る。ああ、『理久』の匂いだ。いい匂い。
柔軟剤と、お日様とが混ざった柔らかくて暖かい、好きな匂い。
身体能力強化を切ったせいで、耐えていた眠気が一気に襲ってきた。
多分、暫くは『他の契約者』も来ないはず。
「少し寝ていい?」
「分かった。おやすみ」
「ありがとう、おやすみ」
ペンダントの形に戻した聖剣を握る。
ビレーもといい『理久』の顔を少し見てから、また目を瞑った。
暖かな、優しい香りに包まれながら、今日もおやすみなさい。
意識を手放しかけた、その時だった。
「おやぁ?俺の愛しのユウヤ君じゃーあーりませんか!」
声自体に聞き覚えは無い。しかし身体強化を再度有効にして、眠気を無理矢理吹き飛ばした。
剣を片手に持ちながら、声の主とビレーの間に立つ。
「ビレー、背後に注意して!」
「えっ、え?あれ?」
状況が飲み込めていないビレー。そりゃそうか。『理久』と『彼ら』が出逢うのは恐らく初めてだろう。
何処からともなく男が現れ、ビレーに剣を振り下ろす。
「うぉぉ?!」
ひらりとかわしたビレーは自身の剣を抜き、突然襲ってきた男の剣を受け止めた。
「おいユウヤ!これ、なんのイベント?!」
「イベントでは無いよ。こいつらふたりとも『契約者』なんだ。でも、こいつらが狩るのは『迷魂』じゃなくて『契約者』の方だけど」
「それって超ヤバくない?!」
「面倒くさいね」
俺が苦笑いしたと同時に、最初に話しかけてきた『契約者』は微笑んだ。
「なるほど?キミは『契約者を狩る契約者』に会うのは初めてなのかな?はじめまして。俺は『キラー』と名乗らせてもらっている契約者さ。そこの『聖剣士の勇者』様に用があるだけだから、大人しく殺されてくれると嬉しいんだけど」
「『聖剣士』……?」
ビレーが俺を見た。
「二つ名って言えば通じるかな?『契約者』ってほら、普通は姿も何もかも、全部毎回変わるだろう?だからこそ、固定化できる名前が必要だけれど、本名はトップシークレット!そこで俺は『キラー』、キミと剣を交えている相方は『ヘル』と名乗らせてもらっている。長くやっている者は皆、通り名や二つ名を持っているのさ。彼は『勇者』をもじって『ユウヤ』なんて可愛い名前で名乗ることが多いけれど『聖剣士』、『聖剣士の勇者』が有名な子だよ」
「…………」
ビレーが俺を再度見た。
そんな目で見ないで欲しいというか、いや、確かにユウヤは本名そのものです。知ってるでしょ貴方。色々とあるんです。
「さあ、お喋りはここまでにして……『無銘の契約者』は退場願おうかな」
キラーがビレーに剣を向けた。
ヘルが借りている器は多分、特徴的に『近衛兵団の若き天才』と呼ばれる登場人物のもので、キラーが借りているのは『団長レレム』だろうか。
身体能力強化を最大まで引き上げる。
「ビレーは殺させない」
『主要人物の器を借りた契約者』ともなれば、山賊のように即決着とはならない。単純な身体能力強化だけでは『器の持つ能力による補正』で差を埋められてしまう。
先程の『鳥型の迷魂』との戦闘での怪我も治っていない俺では『理久』を守れないかもしれない。
何度も『団長レレムを借りたキラー』と剣を打ち合う。
恐らく血を流しすぎていたのだと思う。脚元がふらついた。その瞬間を、キラーは見逃さない。
反応が、遅れた。
キラーの蹴りが腹部に当たる。
数メートルほど飛ばされ、地面に叩きつけられた。
急いで、自己治癒も引き上げないと…
キラーは回復の隙を与えないよう、追撃を仕掛けてくる。
キラーは俺を無力化する方法を知っている、数少ない『契約者』である。
何とか時間を稼がないと。
通常の『契約者』であれば、白紙の本のページを破りとって飲み込めば外の世界に出られる。
『理久』を本の世界から外に逃がせればそれでいい。俺は殺されても瓶に影響は無いから──少し、痛い事をされるだけだと思うから。
折れているかもしれない腕で剣を握り、キラーの追撃を受け止めようとした。が、受け止める事は出来なかった。
「………ど、して?」
目の前には、ビレーの姿があった。
ビレーは俺の代わりにキラーの剣を弾くと、一太刀浴びせたが鎧に阻まれた。キラーは後ずさる。
「へ、ヘルはどうした?!」
「あんたの相棒ならさっき斬り殺したよ。文句ある?」
「『無名キャラの無銘』なんだよな?お前」
「二つ名の存在自体さっき聞いたくらいだ」
「まったく……前にもこんな状況あったな…『人型の迷魂』が、あの時ユウヤ君の前に立って邪魔しやがったんだよなぁ」
キラーが剣を構える。
ビレーが稼いでくれた時間のおかげで何とか怪我を治せた。
剣を支えにしながら立ち上がり「お前はただ、子どもを誘拐して殺してるだけだろ!チハヤ以外に何人殺した!!」キラーに向かって叫んだ。
キラーは首を傾げ「チハヤ?チハヤって、誰だっけ?ユウヤ君以外の子の名前、もう思い出せないんだよね」にんまりと笑った。
身体能力強化に任せキラーへ跳躍、剣を振る。当然それは薙ぎ払われる。
跳躍した勢いのまま、蹴りを入れ──「ユウヤ君ってさ、飛んだ後剣を振ったら蹴るって動きをセットにしてるでしょ」足を掴まれると同時に、キラーが持っていた剣の柄で鳩尾を殴られた。
息が出来ない。剣を取り落とす。
「身体能力強化に任せての力押し。それでも充分強いけど……『器の補正』があれば、勝てちゃうんだよねぇ。『聖剣士』さん、もとのカラダ、強くないでしょ」
掴まれていないほうの足でキラーの顔面を蹴り飛ばす。
出来た隙で地面に落ちた剣を拾い上げ、ビレーの隣まで距離をとった。
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