本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

007頁

公開日時: 2024年11月9日(土) 10:00
文字数:3,706

 離れたくないと駄々をこねる女の子から、逃げるように別れの挨拶を済ませる。

 周りに誰も居ないことを確認し『鳥の姿の迷魂』が近くに居ないかクリスに訊ねた。

 「ユウヤの勘は正しかった。この近くに居る」

 いくつか理由はあったから別に勘という訳では無いけれど、間違えていなかったならそれで良いか。

 「それじゃ、早速鳥を探しに行こう」

 今物語の時刻は午前中。

 暫くは時間の絡む場面転移は発生しない。あくまで森なのだから『東の森』を捜索するなら今が絶好の機会だろう。

 森の方角を確認し、歩き始めた瞬間ビレーに止められた。

 「ユウヤ、お前ずっと寝てないだろ」

 「実際は寝ておりますが」

 「そういう事じゃねぇよ」

 今回『複数の迷魂』が絡んでいるから体感的にはそこそこの時間がかかっている。そういえば『理久』とペアを組んで、ここまで長いのは初めてじゃないかな。『理久』にとっては初めてなのかもしれない。

 今回のように『複数の迷魂狩り』は体感時間的に徹夜もありうる。以前交流のあった『契約者』の言葉を借りれば『契約者泣かせ』らしい。

 俺は慣れたし『契約者としての能力』もそれに対策できるものだからまだ良いけれど、そうでない上に慣れない人にとっては辛いだろう。

 「俺は平気。これくらいはよくある事だし。それよりも逃げられる前に回収ちゃおう」

 「無理はすんなよ」

 「分かってるって」

 小一時間程歩いて到着した 『東の森』の中は薄暗く、ここで寝れるなら丁度いい光量でした──って、そんな描写は要りませんね、はい。

 ビレーが目を擦っている。

 「どうしたの?」

 「うーん……俺、昔から暗いところが苦手というか……見えないんだよな」

 そういえば現実世界で、俺の家で『理久』は携帯のライトを頻繁に使っていた。

 それを見て、遊びに来てくれる時は廊下にも灯りを付けるようにしていたが、もしかすると『理久』は夜盲症なのもしれない。

 眼科は南棟の三階だったかな。後で父さんに紹介状を書いて貰おう。治せなくても少しは楽になるはずだ。

 「とりあえず身体能力強化を使ってみて。見やすくはなるんじゃないかな」

 「え?あぁ……ほんとだ。よく見える」

 辺りを見回すビレー。そしてまた、それを見つけた。

 「あ、あれ『迷魂』だよな?」

 指さす先では、モヤを纏った鳥が俺たちを見ていた。

 「うん、間違いなく『迷魂』だね」

 「なんか…デカくなってね?」

 「恐らく『言霊』を結構吸収したんだと思う。時間が無いから一気に終わらせるね」

 深呼吸して聖剣を持つ。

 身体能力強化を最大まで引き上げ、跳躍する。

 『迷魂』は俺の剣をひらりと避けたが、振った勢いのまま空中で繰り出された蹴りは避けられず、そのまま地面に叩き落とされた。

 周囲の木を足場にして、地面に落ちた鳥に剣を突き刺そうとしたが避けられる。

 距離を取られ、羽根のようなものを飛ばして攻撃してきた。

 剣で弾くが、数が多すぎる。

 少しくらい当たるのを覚悟で鳥との距離を詰めた。

 剣で弾き切れなかった羽根が腹と左脚に数本突き刺さる。ものすごく痛い。

 けれど、お陰で剣が届く距離まで近づけた。

 身体能力強化に任せて剣を振るう。鳥の胴体を切り裂いた。

 奇声を放ちながら『鳥の形をした迷魂』は砂へと変わってゆく。

 地面に崩れるように座り込むと、ビレーが優しく頭を撫でてくれた。

 「ユウヤ、お疲れ様」

 「うん、疲れた」

 砂を回収しながら身体能力強化を全て切り、ビレーに体を預ける。

 体に刺さった羽根は、本体が消えた事により砂になって瓶へ回収されたゆく。

 羽根が消えたことにより、傷口から血があふれ出してきた。聖剣の能力を全て自己治癒に回した。

 ビレーの腕の中で目を瞑る。ああ、『理久』の匂いだ。いい匂い。

 柔軟剤と、お日様とが混ざった柔らかくて暖かい、好きな匂い。

 身体能力強化を切ったせいで、耐えていた眠気が一気に襲ってきた。

 多分、暫くは『他の契約者』も来ないはず。

 「少し寝ていい?」

 「分かった。おやすみ」

 「ありがとう、おやすみ」

 ペンダントの形に戻した聖剣を握る。

 ビレーもといい『理久』の顔を少し見てから、また目を瞑った。

 暖かな、優しい香りに包まれながら、今日もおやすみなさい。


 意識を手放しかけた、その時だった。

 「おやぁ?俺の愛しのユウヤ君じゃーあーりませんか!」

 声自体に聞き覚えは無い。しかし身体強化を再度有効にして、眠気を無理矢理吹き飛ばした。

 剣を片手に持ちながら、声の主とビレーの間に立つ。

 「ビレー、背後に注意して!」

 「えっ、え?あれ?」

 状況が飲み込めていないビレー。そりゃそうか。『理久』と『彼ら』が出逢うのは恐らく初めてだろう。

 何処からともなく男が現れ、ビレーに剣を振り下ろす。

 「うぉぉ?!」

 ひらりとかわしたビレーは自身の剣を抜き、突然襲ってきた男の剣を受け止めた。

 「おいユウヤ!これ、なんのイベント?!」

 「イベントでは無いよ。こいつらふたりとも『契約者』なんだ。でも、こいつらが狩るのは『迷魂』じゃなくて『契約者』の方だけど」

 「それって超ヤバくない?!」

 「面倒くさいね」

 俺が苦笑いしたと同時に、最初に話しかけてきた『契約者』は微笑んだ。

 「なるほど?キミは『契約者を狩る契約者』に会うのは初めてなのかな?はじめまして。俺は『キラー』と名乗らせてもらっている契約者さ。そこの『聖剣士の勇者』様に用があるだけだから、大人しく殺されてくれると嬉しいんだけど」

 「『聖剣士』……?」

 ビレーが俺を見た。

 「二つ名って言えば通じるかな?『契約者』ってほら、普通は姿も何もかも、全部毎回変わるだろう?だからこそ、固定化できる名前が必要だけれど、本名はトップシークレット!そこで俺は『キラー』、キミと剣を交えている相方は『ヘル』と名乗らせてもらっている。長くやっている者は皆、通り名や二つ名を持っているのさ。彼は『勇者』をもじって『ユウヤ』なんて可愛い名前で名乗ることが多いけれど『聖剣士』、『聖剣士の勇者』が有名な子だよ」

 「…………」

 ビレーが俺を再度見た。

 そんな目で見ないで欲しいというか、いや、確かにユウヤは本名そのものです。知ってるでしょ貴方。色々とあるんです。

 「さあ、お喋りはここまでにして……『無銘の契約者』は退場願おうかな」

 キラーがビレーに剣を向けた。

 ヘルが借りている器は多分、特徴的に『近衛兵団の若き天才』と呼ばれる登場人物のもので、キラーが借りているのは『団長レレム』だろうか。

 身体能力強化を最大まで引き上げる。

 「ビレーは殺させない」

 『主要人物の器を借りた契約者』ともなれば、山賊のように即決着とはならない。単純な身体能力強化だけでは『器の持つ能力による補正』で差を埋められてしまう。

 先程の『鳥型の迷魂』との戦闘での怪我も治っていない俺では『理久』を守れないかもしれない。

 何度も『団長レレムを借りたキラー』と剣を打ち合う。

 恐らく血を流しすぎていたのだと思う。脚元がふらついた。その瞬間を、キラーは見逃さない。

 反応が、遅れた。

 キラーの蹴りが腹部に当たる。

 数メートルほど飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 急いで、自己治癒も引き上げないと…

 キラーは回復の隙を与えないよう、追撃を仕掛けてくる。

 キラーは俺を無力化する方法を知っている、数少ない『契約者』である。

 何とか時間を稼がないと。

 通常の『契約者』であれば、白紙の本のページを破りとって飲み込めば外の世界に出られる。

 『理久』を本の世界から外に逃がせればそれでいい。俺は殺されても瓶に影響は無いから──少し、痛い事をされるだけだと思うから。

 折れているかもしれない腕で剣を握り、キラーの追撃を受け止めようとした。が、受け止める事は出来なかった。

 「………ど、して?」

 目の前には、ビレーの姿があった。

 ビレーは俺の代わりにキラーの剣を弾くと、一太刀浴びせたが鎧に阻まれた。キラーは後ずさる。

 「へ、ヘルはどうした?!」

 「あんたの相棒ならさっき斬り殺したよ。文句ある?」

 「『無名キャラの無銘』なんだよな?お前」

 「二つ名の存在自体さっき聞いたくらいだ」

 「まったく……前にもこんな状況あったな…『人型の迷魂』が、あの時ユウヤ君の前に立って邪魔しやがったんだよなぁ」

 キラーが剣を構える。

 ビレーが稼いでくれた時間のおかげで何とか怪我を治せた。

 剣を支えにしながら立ち上がり「お前はただ、子どもを誘拐して殺してるだけだろ!チハヤ以外に何人殺した!!」キラーに向かって叫んだ。

 キラーは首を傾げ「チハヤ?チハヤって、誰だっけ?ユウヤ君以外の子の名前、もう思い出せないんだよね」にんまりと笑った。

 身体能力強化に任せキラーへ跳躍、剣を振る。当然それは薙ぎ払われる。

 跳躍した勢いのまま、蹴りを入れ──「ユウヤ君ってさ、飛んだ後剣を振ったら蹴るって動きをセットにしてるでしょ」足を掴まれると同時に、キラーが持っていた剣の柄で鳩尾を殴られた。

 息が出来ない。剣を取り落とす。

 「身体能力強化に任せての力押し。それでも充分強いけど……『器の補正』があれば、勝てちゃうんだよねぇ。『聖剣士』さん、もとのカラダ、強くないでしょ」

 掴まれていないほうの足でキラーの顔面を蹴り飛ばす。

 出来た隙で地面に落ちた剣を拾い上げ、ビレーの隣まで距離をとった。







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