本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

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公開日時: 2025年3月1日(土) 10:00
文字数:4,238

 冬休みに入る前日。

 終業式の日に、琹音にクリスマス会の日の予定を聞いた。特にないらしいので執事長さんが作ってくれた招待状を差し出す。

 茶色い紙の封筒に不思議な紋章の封蝋で留めてある招待状で、仲の良い御学友へお渡し下さい、なんて言われたのだ。

 真っ先に琹音が思い浮かんだことは内緒。

 「お母さんに、聞いてみるね」

 「うん!」

 琹音が来てくれるの、すごく楽しみだな。

 自然と笑顔がこぼれる。やっぱりちょっと、琹音の前だと少し暑く感じることがある。なんだろこれ。

 そんな俺と琹音の様子を見ていたらしい流成が茶化しに来た。

 「なになにラブレター??」

 「招待状だよ。俺の家でやるから、流成の分もあったけどあげるのやめよかな……」

 「そりゃないぜソウルブラザー」

 「いつから兄弟になったんだよ」

 取り出した封筒をひょいひょい動かし、それを流成が掴もうとする。

 暫く遊んだ後、ちゃんと渡した。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 今日は12月20日。この日は、お母さんの命日だ。正午に飲んでいた薬は専用に調合されたものに置き換わる。

 予定通り、お母さんに近しい親戚が訪ねてきた。どうやら俺が珍しく『起きている』から急遽やってきた人も居るらしい。

 両親の結婚は政略結婚に近いとは聞いていたから、彼らにとって俺はとても価値があるのだろう。


 親戚達は、お母さんの話を沢山してくる。

 写真を見せられて顔を触られる。

 俺が、お母さんに似ているから。

 俺が、お母さんの息子だから。

 幼い頃のお母さんの写真は、今の俺とほぼ同じ顔。


 誰かが言った。生まれ変わりのようだ、と。

 その言葉で、俺は頭を抑えてうずくまる。

 息が上手く吸えない。お薬、飲んだのに。


 どうしたのかと慌てる親戚達。

 騒ぎを聞きつけた兄貴が、俺を優しく抱きしめてくれた。優しく背中を撫でてくれる。

 「大丈夫だよ、優也。大丈夫。ゆっくり息を吐いて。それからゆっくり吸って」

 言われた通り、ゆっくりと息を吐いて、ゆっくりと息を吸う。少し、楽になったかも。

 「すみません。少し具合が悪いみたいなので、休ませてきますね」

 兄貴が、お姫様抱っこで親戚達から絡まれる空間、地獄から救い出してくれる。

 運ばれた先は自室。絹のカバーに包まれた理久からのプレゼントを抱きしめた。理久の匂いがして、すごく落ち着く。

 昨日、理久が突然やってきて『普段から理久が家で使っているクッション』をくれた。それ自体はものすごく嬉しいのだけど、一体何があったのか聞くと苦笑された。

 理久が帰ったあと、一体なんのプレゼントなのかを考えたがよく分からない。

 クッションのことを知った執事長さんが絹で出来たクッションカバーを用意してくれた。そんなもの要らないんだけどな。

 カバーの端にはあの封蝋と同じ模様の刺繍が入っているが、こちらもよく分からない模様をしている。

 今日は、よく分からないものだらけだ。

 夕方には薬を飲む元気は残っていなかったが何とか飲みきって、ソファーに倒れ込でしまった。

 ハセガワが用意してくれた薬は特別に調合されたもの。ちゃんと副作用も考慮されてはいるが体への負担はすごく大きいみたい。

 クッションを抱きしめたら、それ以降は意識はあるものの体が全く動かせなかった。

 体力的なものもあるんだろうけど、動かそうという考えに至らない。

 何日も前から、精神的な発作を抑える薬をずっと飲み続けて何とか耐えたけど、もう限界。

 父さんには大きな口を叩いておきながら、俺はずっと『お母さんを殺してしまった』事に責任を感じている。

 「ぅ………ぁ、ぁ…」

 酷い頭痛に襲われた。涙が溢れて止まらない。


 ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい。

 俺、立派なお医者さんになるよ。だから許して。

 お母さんの代わりになるか分からないけど、頑張るから。沢山の人を助けるから。


 ──俺、いい子になるから。

 だから、もう少しだけ、この世界に居てもいい?


 理久のクッションの匂いを思いっきり嗅いだ。ああ、すごくいい匂い。

 少しだけ、頭痛が和らいだ。

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌日。

 可能性が高いとは言われていたが、やっぱり酷い熱が出た。

 昨日は俺の体重等から本当に絶妙に調整された限界値で調合・処方された薬を飲んでいたから、さすがに今日は解熱剤も使えないらしい。

 寝ていると、兄貴が小さく切った林檎なんてものを持ってきてくれた。

 どうやら最近理久に料理を教わっているようで、林檎の皮を途中で切れないように剥けるようになったと自慢された。料理とりんごの皮むきは関係あるのだろうか。

 しかしまあ、持ってきてくれた林檎の皮は綺麗に剥かれている。

 「ほら、昨日からなんも食ってねぇだろ?食えるか?」

 「点滴、あるから平気だよ?」

 「人間は口から食わなきゃダメだっての」

 口の中にひと欠片押し込まれた。甘くて、冷たくて、しゃりっとした気持ちいい歯応えを感じた。

 うん、確かに点滴よりはこっちがいいな。ちょっと甘えてもいいかな?熱もあるわけだし。

 「たべさせて?」

 口を開けると、もう一欠片林檎が口の中に入ってきた。美味しい。

 しゃりしゃりと音を楽しみながら咀嚼していると、兄貴が次の林檎の欠片が刺さった爪楊枝をくるくる回していた。

 「優也はトマトとか林檎とか、赤いもん好きだよな」

 飲み込んでから答える。

 「別に好きとか、嫌いとかじゃないけど」

 「はいはい。他に何が好き?」

 次の欠片を放り込まれた。咀嚼しながら考えて、飲み込んでから答える。

 「苺とか。あとは葡萄とか…蜜柑も好き」

 「可愛い味覚してんじゃん」

 また林檎の欠片を放り込まれる。しゃりしゃり、ごくん。

 「だから言いたくなかったんだよ。絶対からかうだろ?」

 「そうかな、俺にとって優也はすごく可愛いただの弟だから、想像通りって感じなんだけど」

 「なっ?!」

 熱で火照った身体が、顔が、さらに熱く感じる。

 兄貴が優しく頭を撫でてくれた。気持ちいいけど、そうじゃない!


 頬を膨らませていると、紙袋に入った何か小さいものを渡された。

 「……これ。その……いや、何でもない」

 「ど、どういうこと?」

 開けていいか聞くと、もちろん開けて欲しいと言われた。

 中身は万年筆だった。カートリッジ式になっているようで、かなりしっかりとした造りをしている。

 「これ、何?」

 「なんでもない。大切にしてくれると嬉しいんだけど」

 「大切にはするけど、やっぱり何なのかくらいは教えて欲しいんだけど」

 兄貴は暫く唸った後、俺の様子を伺いながら恐る恐る口にした。

 「……誕生日プレゼント。1日遅れでごめんな。11歳、おめでとう」

 「……誕生日」

 「そう。義母さんの命日ではあるけど、同時に優也が産まれた日なんだろ?誕生日なら、ちゃんと祝わないと…って」

 「そ、そっか……誕生日だ」

 「まさか、忘れてた?」

 「うん……そうだね。俺が産まれたから、お母さんが。でも、それなら俺の誕生日でもあるのか……そうか、すっかり忘れてた」

 ぽろぽろと涙があふれる。

 「俺、祝って貰っていいのかな。お母さんを殺したのと同じなのに」

 「いいに決まってる。亡くなったのは悲しいけど、優也が生まれたことは嬉しい事なんだから!」

 万年筆を握りしめ、声を出して泣いた。うれしくて、うれしくて泣き続けた。

 兄貴は優しく、優しく俺の頭を撫でてくれた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 夕方には酷く熱が上がったものの、翌日にはまるで嘘のように解熱していた。

 さて今日は22日。クリスマス会は明後日。時間が無い。

 執事長さんに連絡をすると、迎えの車を手配してくれるという話だった。

 ハセガワはまだ病み上がりなのだからと反対していたが、俺がどうしても行くと言うと同行する形で承諾してくれる。

 迎えの車に乗り込んで俺の家へ向かったが、想像していたものと全く違う方向に装飾が施されているのを車内から確認した。

 最早、庭を観光できるというか、どこかの展示会場というか、公園に迷い込んでしまったかのような、煌びやかな装飾が施されている。

 「おかえりなさいませ、優也様!」

 車から降りると、メイド服と執事服の使用人さん達が、家の前で出迎えてくれた。


 メイド服は全体的に白と水色を基調とした爽やかな色合いこそしているものの、アニメチックな短いスカートや肌を露出する様なものではなく、落ち着いたシルエットのものもので、可愛いといった印象を受ける。

 家の中に通されると、頭を真上に向けてもまだ天辺が見えないような、すごく大きなクリスマスツリーが正面に置かれており、美しく装飾の施された木の周りには沢山の箱が積み重なっている。

 ハセガワの顔を見る。目で訴えてみよう。俺は基準がよくわかんないんですが、これは普通なのでしょうか?

 流石に何年もの付き合いである。俺が言いたかったことを理解してくれたらしい。

 「………これはやり過ぎだと思って頂いて構いません」

 「そうなんだ」

 家の中を案内され、広い部屋に通された。

 そこでは執事長さんが何かを慌ただしく運ぶ執事さんに指示を出している。

 広い部屋にも、玄関ほどでは無いが大きめのツリーが置かれている。すごく綺麗。

 執事長さんは俺に気がつくと笑顔になるが、ハセガワに気付くと苦虫を噛み潰したような顔になった。ちょっと面白い。

 「優也様、御屋敷の飾り付けはほとんど済みまして、あとはこの会場のみとなっております。いかがでしょうか」

 「え、えっとね、あの」

 イメージしていたものと全然違うというか、なんて言えばいいんだろう。

 せっかく用意して貰ったけど俺が想像してたのはもっとこう、ゆったり出来そうなのがいいっていうか。

 俺が言葉に詰まっていると、ハセガワが鞄から写真を数枚取り出した。

 「梅原さん。提案があります。優也様の想像なされているクリスマスパーティーは『峰岸家のもの』ではなく、あくまで親しい間柄でのみの無礼講です。拓矢様が資料として渡した拓矢様が過ごされていた児童養護施設でのクリスマスパーティーが理想としては近く、この会場では優也様がかなり戸惑われていますので、ここは椅子を無くし、テーブルは少し変えて背の低いテーブルにした上で、床に座れるように会場を作られてはいかがでしょう」

 写真を受け取った執事長さんは、暫く見たあと「こんなもので良いわけが……」眉間に皺を寄せた。

 「本当にそうか、ご主人に確認してはいかがでしょう」

 ハセガワの言葉通り、執事長さんが俺に写真を見せてくれる。

 写真は、俺が想像していたものそのものだった。

 「うん、俺、こんな感じがいい!!」

 ツリーの周りに皆で座って、皆で沢山遊べるの。そう、これがいいの!

 執事長さんが、声を張り上げた。

 「予定変更です!!!!!」

 







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