本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

005頁

公開日時: 2024年11月26日(火) 10:00
文字数:2,786

 優也に連れられ、別の部屋に移動した。

 白紙の本を確認すると、先程まで居た部屋に、咲良秀峰さくら ひでみね八重杏子やえ きょうこ矢敷錦やしき にしき奈川椛ながわ かえでの全員が現れ、話をしているようだ。

 どうやら奈川椛が動かした日本人形が引き金だろうということになり、オカルトマニア矢敷錦が人形を調べることを提案した、といった流れらしい。

 なるほど。部屋に入った時に優也が持っていたものは人形だったのか。あれ、でも壊れてるって言ってる?

 優也をみると目を逸らされた。こいつ、人形壊したな?!

 問いただすと、どうやら部屋に入った瞬間動いたらしく、条件反射的に身体能力を最大まで引き上げ聖剣で叩いてしまったらしい。

 斬るのではなく叩いたのかとツッコミどころはあるのだが、そのせいで鋭利な切断面ではなく衝撃による破砕を受けた人形は、より一層謎の残るキーアイテムとなってしまっている。

 これ、どうするんだろう。

 ……優也は普段、かなり頼りになる『契約者』なのだが、たまにキーアイテムとかそういったものをぶっ壊すんだよなぁ。

 何か策があって壊すのではなくて、本当にうっかり壊してくるからマジで危なっかしい奴だと思う。

 白紙の本を眺めていた優也は、首を傾げた。

 「ねえ理久、これ、本当に杏子は『契約者』なのかな」

 「どうして?」

 「さっき、登場人物が少ない時の『器の選び方』を話したけど……何も該当しないんだ」

 「というと?」

 「まず、杏子はほぼずっと椛か秀峰と一緒にいるから、他の登場人物よりも出番は多い。そして、俺が読んだ範囲ではあるんだけど……次に死ぬのは矢敷錦なんだ」

 「つまり、それなりに後で殺されるのか?」

 「うん…順番の入れ替えが発生したところで、もうメリットがないくらいになってると思う。だから、本当に『契約者』なのか分からなくて」

 「知らずに『器を借りてしまった』って可能性は?」

 「その程度の『契約者』なら理久に対して何かしらの反応をすると思うんだけど」

 「その程度て……」

 確かに俺ほぼ女装のような状態ですけども。一応ギリギリまだセーフな格好だと思いますよ?今はポンチョでだいぶアウト寄りになってますけど。

 「だからね、俺、凄く嫌な可能性に気付いたんだ」

 「嫌な可能性…?」

 「そう。この『八重杏子』って登場人物の中に『人型の迷魂』が隠れている可能性。殺される、つまり中身に触れられれば『言霊』を一気に喰らう事が出来るし、物語は終盤。かなり都合がいいと思わない?」

 「な、なるほど……じゃ、今回はどうやって回収すんの?」

 優也が酷く嫌そうな顔をする。

 「少なくとも『人型の迷魂』って、何か心残りがあった魂を核にしてるから……物語で殺される前に殺すしかないけど、殺したくは無いなって……あと、違った場合が怖いんだよね。現状『黒田棗』が教えてくれただけの情報しかない。流石にここまで上手く隠れていれば『テラー』も感知出来ない。最近厄介なの多いね。でも喜ぶといい。多分これはかなり強い『迷魂』だから、沢山砂が貯まると思う」

 「でも具体的な回収作戦は……」

 優也が羽根ペンを取り出した。

 「さて『黒田棗』さん、蘇る気はありませんか?」

 一瞬何を言っているか分からなかった。

 そして、気がついた。

 「まさか、死んでいたと見せかけて生きてました的な感じで話に戻れと?!」

 「ご名答!その間に俺は杏子と話をする。閉じ込めるなりなんなりで、物語から退場!杏子の役割を奪って、話を進めてもらえばバッチリ解決!」

 丁度白紙の本ではツギハギ男に追われ、逃げる様子が描写されている。


 浮き上がる原作の文章。

 《秀峰は二手に別れることを提案する。》


 優也がさらさらと羽根ペンで文字を書き始めた。優也の字、やっぱりすごく綺麗だと思う。

 《秀峰は椛の手を取り叫ぶ。》

 《「錦、杏子は任せた!」》

 《錦は頷き、杏子と共に別の通路へ進路を変えた。》

 《怪物は錦と杏子を追いかける。》


 すぐに元の文章と思われるが、少しだけところどころ字体の異なるものが現れる。

 《怪物に錦と杏子は追いつかれそうになる。錦は杏子に隠れるように指示すると、自身は怪物の注意を引き付けながら走り始めた。》


 無理やり分断したことによる、物語の改変。

 秀峰と杏子が一緒に逃げるはずだったが、優也が無理やり秀峰と椛の組み合わせに変えた結果、起きた変化。

 優也はその変化を見届けると、本を閉じて走り始める。

 「行くよ棗さん!錦が殺される前に杏子と話をしないと!」

 「えっ、あっ、はい!!」

 優也を追いかけた。

 

 杏子が隠れているのは、ちょっと大きめのロッカーの中。

 ここは俺が声をかけた方がいいと言われ『黒田棗』をイメージしながら声をかけた。

 「杏子、いる?私、棗…だよ」

 反応があった。

 「えっ、棗ちゃん?棗ちゃんなの?!」

 ロッカーから出てきてくれた。抱きつかれる。

 なるべく近寄らないようにとは言われていたが、仕方ないかな。だって、こんな所でひとりは怖いだろうし。

 「棗ちゃん!良かった、生きてた……でもどうして?」

 「あれ、偽物……私は生きてるよ」

 良かったと泣く杏子。

 「ねえ杏子、聞きたいことがあるの……」

 「待って、棗ちゃん。その前に」

 突然感じたことがない激痛に襲われて息が出来なくなった。見ると、杏子の腕が俺の腹に突き刺さっている。

 え、なに、これ……

 優也が杏子の首を斬ろうと跳び込んできたが避けられた。

 腕を引き抜かれ、床に叩きつけられる。

 やばい、なんだこれ、痛いどころじゃない。

 「あら『聖剣士』様。私を狩りに来たんですか?……でも、私を斬れますか?」

 杏子が優也の事を『聖剣士』と呼んだ。

 「やっとハッキリしたよ。きみは『人型の迷魂』だけど……恐らく現実世界で人を殺してる。取り憑いた対象の中に俺を知ってる『契約者』が居たんだな」

 「まあ。そんなことも解ってしまうのですね……でも貴方『人型の回収』は出来ないのではなくて?」

 「出来る限り『人型の迷魂』は心残りを無くすことで回収してるだけ。だから、今回もそのつもりだったけど」

 優也が、恐らく身体能力を最大まで強化して、杏子に襲いかかった。

 杏子が剣を手で掴み、優也の攻撃を止める。

 「な、何故です!貴方が『人型の迷魂』を斬らないことは有名なはず!!」

 「理久を傷付けたから。それ以外に理由はないよ」

 杏子が空いていた腕を優也の腹に突き刺した。

 「剣は止められ、腹は抉られ……これならどうです!苦しいでしょう!!」

 優也が笑顔を作る。

 「息ができない苦しさなんて、慣れっこだから……そんな怯えた顔しないで?」

 剣が一瞬ペンダントの大きさに戻り、すぐにまた大きくなる。

 優也は、体制を崩した杏子の身体をふたつに分けた。

 杏子が人間とは思えない悲鳴を上げながら人の形をした砂へとかわってゆく。砂は自動で瓶に回収されはじめる。

 支えを失った優也の身体が、べちゃりと嫌な音と共に床に叩きつけられた。

 手を伸ばすが、俺の胴体にも穴が空いて…空いて………あれ?

 自分の腹の穴が塞がっていた。

 

 

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