本の中の聖剣士

旦夜治樹
旦夜治樹

3冊目:現実世界の契約者

001頁

公開日時: 2024年12月8日(日) 10:00
文字数:4,108

 朝ごはん。この時期は1階にあるレストランのデザートにスイカが並ぶ。

 水分が多くて、甘くて、美味しい。

 俺は1年の殆どを病院の中で過ごすから四季にとても疎いけれど、向日葵やスイカ、昆虫といった飾りをよく見るようになるとそういう時期なんだなぁと思う。


 この時期は父さんから、抜け出せば今月の本を用意しないという脅しをかけられ、左手首には勝手に外せばすぐにバレるバイタルチェックを兼ねた発信機をつけられていて、更には常に誰かが俺の様子を見ているといった、かなり厳重な監視体制を敷かれる。

 ちなみに首には発信機とセンサーを兼ねたチョーカーがつけられている。

 このふたつは父さんが外してくれるまで自分では外せない。防水性はバッチリだから風呂でも外す必要がない。

 発信機なら靴に仕込まれたものがあるはずなのだけど、どうしてそうなるかなぁ。


 外から来る人が汗を流しているから、多分暑いのだと思うが、室内じゃあまりよくわからない。

 そういえば、家では凄く暑いお仕置部屋に閉じ込められた事もあった気がする。今の時期だったのだろうか。

 今年は理久りくと一緒に出掛けたいし、時々は兄貴とも遊んであげないといけないと思う。

 服は涼しいものを用意するとして、こんなに俺を病院の外へ出す事を阻止しようとする父さんをどう説得すればいいのか。

 勝手に出たら理久が怒られそうだし。というか、理久が許さないだろうし。

 ハセガワでは無い、傍でずっと俺を監視する男性に声をかけた。名前なんていったっけこの人。

 「ねえ、父さんと話をしたいんだけど」

 「本日医院長は不在です」

 「じゃ、何処にいるの?俺もそっちに」

 「いけません。優也ゆうや様を外に出さないようにと言われていますから」

 「どうして?」

 「危険なのです。拓矢たくや様へ会われた日は本来、端末を付けるべき日でした。『寝ている間』でも端末を付けるべきでしたし、拓矢様からお越しいただく必要がありました。羽瀬川はいい加減なことばかりします」

 あの時どうしても兄貴の学校へ行くと言ったのは俺だ。

 手首についている端末は本を読む時に邪魔で嫌っているのもハセガワは知っていた。

 それに最近は小言や嫌味は言うが、端末を付けたら外に出られなくなることがわかっていたからこそ、付ける前に俺を兄貴のもとに連れていってくれたのだと思う。

 「……ハセガワをバカにすんな」

 思わず監視役を睨みつけてしまった。

 「申し訳ありません」

 彼は頭を下げた。俺の気分を害したからといった形ばかりの謝罪。ハセガワとはまるで違う。

 「俺、お前のこと嫌い」

 食器を返却口に持っていき7階に戻る。

 男性は監視役だから7階でもずっと俺の事を監視する。それが仕事だから。

 エレベーターが7階に到着した。

 読書室に向かいながら、監視役に訊ねる。

 「ねえ、父さんはいつ、病院に戻ってくるの?」

 「お答えできません」

 「明日は居る?」

 「お答えできません」

 「じゃあ、俺はいつになったら──」

 監視役は表情を変えず、俺を見ている。

 「もういい」

 読書室の椅子に座る。ポケットからお守り代わりに持ち歩いている家の鍵を取り出した。

 鍵に嵌め込まれている出雲石という石は、魔除けの意味を持つ石らしい。

 兄貴の話を信じるなら、俺の鍵は父さんが時間をかけて選んでくれたらしい。

 石の色や意味を調べ、同じ石でも俺の目とほぼ同じ色のものを探してくれたのだ。

 こんなの渡されたら、直接話さなくてもわかってしまう。そう、分かってしまうのだ。


 本当は、俺の認識が間違っていることに。

 本当は、父さんと話すべきなのは端末や発信機を外して欲しいという話ではないということに。


 この鍵がなければ、いつものように俺を閉じ込めておきたいだけだと認識していたと思う。

 左手首の端末は恐らく熱中症を心配して付けられているし、水遊びをすれば高確率で靴は脱いでしまうだろう。もしくは通気性の良い軽めの靴に変えてしまう可能性もあるから、どんな衣服でも良いようにチョーカーもついているのだと思う。

 一年中、気候や温度変化の乏しい室内で外気にほぼ触れること無く暮らしているのだから、ふらりといつも通り外に出たら危ないということだとは思うが、それなら外出を想定して付けられている事になる。


 言葉というのは厄介で、とても誤解を招きやすい。同じ意味でも全く別の意味になってしまう。

 鍵を貰うまで気づけなかった。


 父さんは抜け出すなと言っていた。

 それは今まで俺が思っていた『閉じ込めておきたい』という意味ではなく『きちんと出かける支度をして、誰かと一緒に安全に出かけなさい』という意味なのだろう。

 監視役は俺がどれだけ連絡を取りたいと言っても出来ないと言うはずだから、兄貴かハセガワが来たら父さんに会えないか聞いてみようか。

 行ったことがないし、海とかお祭りとか色々行ってみたいな。

 7階は花火がすごくよく見えるけれど、その場でしか分からない空気とかあると思う。

 理久と一緒にまわれたら。思い出が沢山あれば、きっと俺は大丈夫。

 まずは理久の予定を聞かないと。理久と連絡するために新しく携帯電話を買って貰ったから、この中のメッセージ機能で…えっと、これはどうすればいいんだろう?ありゃりゃ、変なことになっちゃった。

 俺が板状の携帯電話に悪戦苦闘していると、監視役の人が見かねて「ここを軽く触って、画面が変わったらメッセージを送る相手を選ぶんですよ」使い方を教えてくれた。どうも俺にはこういう電子機器は難しい。

 設定やら色んなものは全部ハセガワと理久に任せてしまったので初めて扱うことになる。説明書でも用意してくれたら読むんだけどな。

 メッセージ相手を選ぶ画面で、不思議なものが見えた。

 「俺、父さんと兄貴と友達なの?」

 家族だと思うけど、と首を傾げる。監視役は吹き出して笑い始めた。なにか変なこと言ったかな俺。

 「ちが、違うんですごめんなさい、優也様…いや、優也君可愛いなって……登録している相手のことを、このアプリは友達って表示するんです。確かに医院長と拓矢様は家族ですもんね、あはは」

 「そういう仕様なんだ。ふーん」

 とりあえず理久の予定を聞きながら、兄貴かハセガワが来たら父さんに連絡を………連絡…

 「これ、父さんに直接連絡出来るんじゃね?」

 「お気づきになられましたか?」

 「はい……」

 「羽瀬川はそういうところが抜けてるんです。連絡をとって欲しいと言われたら、優也君のためになんでも自分が動いてしまう。これでは羽瀬川がいない時は優也君が困ります。本当にいい加減なことばかりしてくれ………あっ…大変申し訳ありません」

 監視役が頭を下げた。ハセガワの悪口を言ったら俺の機嫌をまた損ねると思ったのだろう。

 やはり、言葉は難しい。

 「大丈夫。俺の方こそ、ごめんなさい。ハセガワは…俺のこと、小さい時から大切にしてくれた人だから、頭に来ちゃって」

 監視役が俺の頭をわしゃわしゃ掻き回すように撫でてきた。

 「わかっていますよ。まったく、生意気な小学生かと思ったら、ただの可愛い男の子じゃないですか」

 「生意気て………」

 確かに可愛げはないと思うけど、本人に言うことではなくない?

 少なくともハセガワの代理とはいえ7階に入ることを父さんから許可されている時点で変な人では無い筈だけれど、別の意味で変な人だな。名前、思い出せないけど。

 「とっても生意気な小学生だと思っていました……って、小学生では無いんでしたっけ?」

 来月から始まる新学期に合わせ、俺は転校生という形で学校に通うことになった。しかし、まだ入学といえばいいのか、通ってはいないから……「今月までは海外の…なに学生だろ?」首を傾げた。

 そういえば、俺が通信で通う海外の学校は学力に合わせて個別の教育課程が組まれるから小学生とか中学生とか、そういった区切りが存在しない。

 理久の勉強を問題なく教えることが出来る時点で、多分高校生以上ではあると思うけど。

 教育は受けているし、一応学籍としては存在しているが、籍という籍ではないから、飛び級が存在するちゃんとした学校の学籍を一度取得してみるのも面白いかもしれない。設問が外国語でもマイナーな言語でなければ、まあ何とか読めるか。

 とりあえず、これで父さんに直接連絡が出来ることは理解した。文字…どうやって入れるんだろ。

 触っていると、変なボタンを押してしまったらしい。えっ、発信中?まずくない?

 どうやって止めるのか分からず戸惑っていると、父さんの声のようなものが聞こえた。

 「どうした優也!何かあったか?!」

 めちゃくちゃ息が上がっていて、慌てている?

 「えっと、父さん……なの?」

 「もしかして何か危険な目に?今すぐ向かう!場所は…院内?………何があった?」

 「いや、その、文字の入れ方が分からなくて、触ってたら電話かけちゃったみたい………」

 「そうか、何も無かったなら良かった」

  父さんの声が一瞬にして落ち着いた。今まで何の連絡もしてこなかったのに急に電話なんてかかってきたら、そりゃ驚くよね。

  父さんは大病院の医院長であり、大学の理事長かつ名誉教授だ。恐らく何か大事な用事の最中に俺が電話をかけてしまったから慌てて場所を離れたのだろう。

 「い、忙しかったよね、ごめんなさい……電話、切り方もよくわかんない…ごめんなさい…そっちから………」

 「優也、待ちなさい」

 数年ぶりに聞く、父さんの優しい声に「はい…」泣きながら返事をする。

 「何か用事があったんだろう?言ってみなさい」

 「でも……」

 「優也が伝えるのを躊躇う、緊急ではない事か。……何となく予想がついた。何処かに遊びに行きたいのかい?それなら理久君か、拓矢か、羽瀬川か、今日の担当は実桜みざくらだったな。誰か大人と一緒に必ず行くこと。良いね?」

 「出かけていいの?」

 「もちろん。それから、チョーカーと手首の端末は外さないように」

 「うん、わかった」 

 「それじゃ。必ず取れるとは約束出来ないけれど、また電話かけておいで」

 電話が切れた。

 やった!外出の許可、貰えた!!

 監視役の実桜が俺の携帯端末を取り上げた。

 「とりあえず優也君。使い方を勉強しましょうか」

 「……はーい」

 文字の入力方法と、電話のかけ方、切り方を教わった。

 これで間違えて突然電話をかける心配は無いはず。多分。

















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