話はどんどん進んでゆく。
『黒田棗という少女の器』を借りたことで、キャラクター紹介などでは記述されていなかったある事実を知る。この女の子、この病院がまだ現役だった頃に長期入院していた患者らしい。
元気な同い歳の子達を見て悲しみに昏れる日々を経験し、物事への関心が薄くなってしまったようである。
優也も似たようなこと経験してたりしないかな、なんて心配になっていると病院から出られなくなってしまった事に気付いたヒロイン、奈川椛が半ばパニックになりながら病院の硝子で出来た扉を叩き、椛にちょっといい所を見せたい矢敷錦が近くにあった道具を使って硝子の扉を叩き割ろうとしていた。なかなかワイルドである。
しかし、硝子のはずの扉にはヒビも入らず、道具の方が壊れてしまった。
『黒田棗』は霧で見えない窓の外を見ながら「そとは…何も見えない。もしかしたら……無いのかも」恐らく決まっている台詞を口にする。
ダウナー系かつ不思議ちゃんのルックス美少女が言うから許されるような気がする台詞。
俺のような褐色男子高校生の外見で言うべきものでは無い気がします。はい。
それでもまぁ、彼らには『黒田棗』という美少女に見えている訳で、話は進んでゆく。俺のメンタルが持ちません……
「どうして!どうして私達がこんなところに閉じ込められなきゃいけないのよ!!」
ヒロインちゃん大発狂。だったらこんなところに来るなよ。
咲良秀峰はヒロインちゃんを宥めながら、それぞれにてきぱきと指示を出す。流石イケメン主人公。こんなところに来る事を提案したりしなければ多分デキる男。
各々が出られる場所がないか探し始め、黒田棗と咲良秀峰だけになった、その時だった。
「棗、何か閃いたりしていないか?」
「たとえば?」
「いつから霧が出ていたか……とか、お前なら見ていそうだと思って。お前の洞察力ってすげえから」
この少女、主人公から絶大な支持を得ているらしい。少しだけ主人公の頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。
台詞は全く知らないので『物語の持つ強制力』に任せて『少女の器そのもの』に話をしてもらう。が、凄まじい誤算が生じた。
「秀峰、きづいてる?杏子のなかみ、杏子じゃない。私の中身も私じゃない」
「それはどういうことだ?」
「さあ?私にも、分からない。けど、霧が出たのは椛が人形を動かしてから。これはすぐ椛が気付く。今は椛に目がある。だから私は言う。私の中身、お願い。秀峰を守って」
少女はふらふらと、混乱状態の咲良秀峰を置き去りにし、その場を離れてゆく。どういう意味ですか棗さん。
優也が以前たまに登場人物も原作にない動きをすると言っていたが、まさか『器を借りている存在』すら気づけるものなのだろうか?
それであれば八重杏子の中身が杏子ではないという話とその後の自分の中身も違うという話からすると、八重杏子の中身は『契約者』だと推測できる。
優也に早く伝えなくては。
体の自由が利くようになるとすぐに白紙の本を開いた。すると『黒田棗の右脚』が丁度発見されたところだった。
……しばらく俺は段取り通り隠れておこう。
発見された身体の部位は両脚、両腕、そして胴体。
頭だけが無いが、恐怖を煽るのには充分すぎるものだった。
発狂ヒロインの声が聞こえる。そっと隠れ場所から出て優也との合流地点へ向かった。
「蘇りましたか、棗さん」
「化けて出ました」
にんまりと笑う優也。何かを持っていたようだが、静かに床に置いた。
「なあ、優也。こんな台詞はないよな?『黒田棗』が勝手に喋ったんだ。『八重杏子の中身』が違うってのと『自分の中身が違う』ってのを咲良秀峰に伝えてた。そして、秀峰を守れって『俺』に言ってきた。こんなことってあるのか?」
「……これ、かなり厄介な状況かもしれない」
「それってどういう?」
「理久はさ、登場人物が少なくて、殺されていくような話だったから『死ぬ描写がない登場人物の死を偽装する』方法で物語から降りたでしょう?」
「え?ああ……」
「でも死の偽装はペアを組んでいる『契約者』でないと、かなり難易度が高い。まず準備が難しいから」
優也が聖剣を手にするとほぼ同時に、突然部屋の入口にツギハギの身体をした大男が現れる。
「話は無事に進んだけれど『黒田棗』は実際、何故殺されたのか、どうやって殺されたのかは謎だよね?」
ツギハギ男は持っていたナタのようなもので優也に襲いかかるが、ひらりひらりとかわされていく。
「物語は歯車で出来ている。見えない歯車がいくつも重なって表面の歯車、表面の物語が動いている様子を見ることが出来る」
大男のナタを優也が剣で弾いた。
「この物語の見えない歯車の動き。『死の偽装』で、少し狂った歪み。そこに物語の登場人物が歪みを正す動きをした可能性はある。もしくは作者の何らかの想いか」
男は優也に敵わないと悟ったのか唸りながら逃げていった。
「あの、さらっとなんかやばいもん撃退しませんでした?」
「元々『黒田棗』を殺した犯人だと思うよ。原作より少し早いタイミングで死を偽装したから、原作で殺されるのが今だったのかも。ちゃんと俺の傍に理久が来てくれて良かった」
なんかもう、心臓に悪いな…
「ってことは、俺は殺される可能性はもうない?」
「うん。無いけど、登場人物と鉢合わせないようにだけは気を付けて」
「確かに死んでるわけだしな」
優也がフード付きポンチョにもなるブランケットを出してくれた。これ、寝具扱いなのか…
ないよりマシかと思い、被ってみる。
猫耳フードポンチョだった。何だろうこの場違い感。
「理久かわいい~」
優也は嬉しそうに俺を見ている。
「おい優也、『黒田棗』の外見で見えてたりないよな?」
「理久は理久だけど?」
意味がわからない。俺は可愛い系の男では無いと思うが。
「それじゃあ、今回のように登場人物が少ない場合によく取られる他の方法。出番が少ない登場人物を選ぶ、または死ぬ順番を入れ替える」
「死ぬ順番を入れ替える?」
「例えば、最初の死は『黒田棗』じゃなくても良かったと思わない?」
「た、確かに……」
「そうなると当然、成り代わった相手の役目を果たす必要が出てくるけど、その役目もあまり少ない登場人物なら負担は少ない」
なるほど、と納得してから気がついた。
「成り代わる前に、最初からそのキャラになってりゃ良いんじゃね?」
優也はにこりと笑う。
「死ぬ順番を入れ替えるメリットはね、役割は発生しても原作では居ないものだから基本的に自由に動けるんだよ」
「物語の強制力が働かない…?」
「そういうこと。シナリオの強制力は働かないし、しかも役割自体は他の登場人物に再分配される場合もあるから、更に自由に動ける」
優也が再度、本を開いた。
「さて、この階にお客様が来るよ。逃げようか『棗』さん」
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