「とんだ茶番だったぜ」
ジェイが隣ではぁ〜と深いため息をつく。ヨシダに見送られて、俺たちは再び商店街へと戻ってきた。夕暮れに染まった道路に、様々な瓦礫がランダムに影を落としている。
「最初から犯人わかってたのに、あたしに擦りつけやがって……犯人探しの提案を受けたのも、『おぼっちゃまと二人きりで向き合うのが怖かったから』って! いい年こいて情けねー」
「へえ、ジェイ、じゃあお前は両親と面と向かって会話ができるってわけだな?」
「それは……」
ジェイは口ごもり、居心地が悪そうにスカートのポケットに手を突っ込む。そこにはヨシダから取り戻した手鏡が入っている。やはりコイツもコイツで、両親とは何かしらがあるらしい。問題のない親子なんてきっとこの世にいないだろう。
ジェイは「ま、いっか」と跳ねるように縁石に飛び乗った。
「金はもらえたことだしな。これでしばらく食いっぱぐれない! 最高だ」
「そうだ、金が全てだよ。こんな世界じゃな」
「……なあ、おっさん」
「ん?」
「あんた、その金、何に使うの」
「ああ、そうそう」
俺はそう言いながら立ち止まった。コンクリート打ちっ放しの古びたビルだ。ひどく錆びついた扉を軋ませながら開き、俺は振り返る。
「ここで使う」
「は? ここで? てか、何ここ」
「逢引屋」
「は?」
「まあ、その名の通りだよ」
「え、何、怖い、怖いんだけど」
俺はジェイの言葉を無視して、非常階段を登った。前にここに来たのはいつのことだっただろう? 一歩一歩、最上階へと近くたびに胸が高鳴った。
7階についたところで鉄製の重い扉を開く。その瞬間、ひどく甘ったるい香水の匂いが俺の鼻腔いっぱいに充満した。咳き込みながら目をこらすと、いつも通り、ニノミヤ邸に引けを取らない豪奢な部屋がそこに広がっていた。
「あらぁ、デモヤじゃないかい」
豪華なソファーに寝そべって、携帯端末を見ていた女が顔を上げた。かつてあった東洋の国の……確かこれはチャイナ服とかいう民族衣装を着ているが、その胸元は不自然に大きく開いていた。俺が知る限り、一番でかい。何が、とは言わないが。
「久しぶりだな、イミナ」
「今回も会いに来たのかい?」
「ああ、頼むよ」
「うふふ、特別な時間を過ごしていってくれよ」
「もちろんだ、俺はこのために生きてるからな」
イミナは嬉しそうに俺の首筋を撫でて、「ふふ」と嬉しそうに笑う。
「準備するから待っておいで」
そう言って、部屋の奥にある、これまた豪華な天蓋付きベッドの中へと消えていった。
ゴクリ、と背後でツバを飲み込む音がして、俺は振り返る。すると、ジリジリと後ずさりしてやがるジェイの姿があった。
「あ、あたし、帰る」
「どうしたジェイ? 見てかないのか?」
「はあ!? あんた、狂ってるんじゃ、」
「はい、準備できたよぉ」
イミナがベットから顔を出し、天蓋を大きく開く。その枕の上には、小さなモニターが据えられていた。画面は白く、薄暗い部屋で宝石のように煌々と輝いている。
やがてゆら、と画面が揺れ。
愛しい声が、部屋に響き渡った。
<お父さん! 会いに着てくれたんだね>
「ただいま、アイ」
愛しい我が子……アイと、俺の妻の笑顔が、画面いっぱいに広がった。
* * *
「おい、なんだよ、あれ!」
逢引屋のビルから出た瞬間、ジェイの喚き声が夕暮れの街に響き渡った。
「何って、何が?」
「あんたの子供と妻、生きてるじゃん!」
「はあ? いつ死んだって言った?」
俺はきょとりとしてジェイを見返す。
「二人はパラダイスに居るだけだ」
あそこは逢引屋……それ相応の金を積めば、こことパラダイスを繋げてくれる裏の店。かつてミライ・キラキラテックの重鎮だったイミナが、趣味でやっている店だった。彼女はパラダイスに行ける金がありながらもこのゴミ溜めに残ることを選んだ、酔狂な人間だ。
「死んだっぽいこと言ってただろ! 手の届かない所にいっちまった、とか……」
「文字通りそうだろ、二度と現実で会えないんだから。当時、俺が稼いだ金じゃあ、二人分しか楽園行きの切符は取れなかったんだ」
「で、でも、『殺された娘』って言ってただろ! この仕事してんのも、てっきり復讐のためだと……!」
「フクシュー? 俺が金を稼いでるのは、あの店に通って、毎月二人の顔を見るためだよ。一緒にいてあげられない、せめてもの罪滅ぼしで……」
「紛らわしいんだよ! なぁにが『殺された娘にしてやれることは……』とか顔に影落として暗い過去臭わせやがって! こいつも過去に色々あったんだ……とか、無駄にしんみりしたじゃんか!」
「いいじゃねえか、辛い過去を持ってる男は魅力が増す。それに、あの子は」
『俺が殺したようなもんだ』……喉まで出かかった、その言葉を嚥下する。あの日、あの時の光景が、今でも瞼の裏に焼き付いていた。『パパと離れたくない』、そういって泣きじゃくり、最後まで俺の手を離そうとしなかったあの小さな手。
それを俺は静かに振りほどいた。お前のためだから、お前に生きていて欲しいからと、一方的に、あの子の言葉を聞こうともせず。
あれから数年、顔を見せに行けば、あの子は笑って出迎えてくれる。しかし、心のどこかでは、思っているんだろう。「大人は勝手だ」と。
後悔なんざしちゃいねえ。しかし、もうあんな思いはもう、まっぴらだ。
「……なんだよおっさん、急に黙って」
ゴーグルの向こう、うっすらとグレーがかったジェイの瞳がじっとこちらを見つめている。
「いや。もうこれ以上、大切なものは増やしたくねぇって思っただけだ」
「はぁ? 何言ってんの?」
「ま、お前と俺は今日でこれっきりだしな。二度と会うこともないだろ」
「なんだよ急に、まあ、ふん、そうだね、清々する」
ぷすんと顔を背けたジェイの頭を見て、ほとんど無意識に、俺は彼女の綺麗な金髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。「おい、何すんだ!」という言葉を無視して笑う。耐えきれなくなったジェイは、体を捻らせて俺の腕を掴みあげた。
「なんなんだよ、一体! 気持ちわりーんだよ!」
「お前があんまり寂しそうな顔するから慰めてやったんだよ」
「はあ? 何言ってんの? 寂しいのはあんただろ、このボケ老人!」
「老人って……俺まだ45歳だぞ」
「……まじ?」
「おい、何歳だと思ってたんだよ」
「……………………」
「おいおいおい黙るんじゃねぇよ」
ぎゃあぎゃあ喚いていると、どこからともなく酒瓶が飛んできた。そりゃそうだ、ここは終末の商店街。泥棒ギャングに人殺し、人間のクズの吹き溜まり。
酒瓶が俺たちの足元で割れて、すえた匂いの液体が俺たちの靴をバシャリと濡らした。俺とジェイは顔を見合わせる。そして同時に前を向き、酒瓶を投げたクソ野郎に向かって暴言を吐きながら走り出す。
「**********!!!!!」
後日、なんやかんや色々とあって、ジェイは正式に「ナンデモ屋」の助手となるのだが……
この話はまた、別の機会に。
<おわり>
読み終わったら、ポイントを付けましょう!