終末商店街のおやじ

オヤジとセーラー少女のくそったれな週末
ハラアイ
ハラアイ

1 ナンデモ屋と金髪ゴーグル女子高生

公開日時: 2021年2月11日(木) 18:38
文字数:3,219

 このくそったれな商店街の夜明けは罵声から始まる。

 もしくは吐瀉物が地面を叩く音か、ガラスの割れる音、または女の下品な笑い声、その他諸々のいずれかだ。

 今日はというと、お馴染みの罵声から始まった。家の窓がガンガンと叩かれたと思えば(ガラスはとうの昔に割れてるから、厳密には窓を塞いでいる木の板だ)「******ひでえ猥雑な言葉!」という怒鳴り声が、現実と夢を彷徨う幼子のような俺の脳天に無慈悲にぶち込まれた。夢の中、美女と戯れていた俺は一気に自分の生きている最低な現実商店街に引き戻されたと同時に「******めっちゃ悪口!」と怒鳴り返す。声の主は俺の家のドアを蹴り飛ばすと去っていったようだ。バギャッという音と共に飛んできたドアの木片を首をかしげて避け、俺はボリボリと肩をかく。ドアにはぽっかりと穴が空いていたが、修理はしない。したところで、明日にはきっと別の穴が空くに決まってやがる。

 テレビをつけると、派手に胸元を開けたニュースキャスターが本日の天気と近所でおきた殺人事件をざっくりと紹介していた。こんな世界になったってのに、未だクソマジメに働いている人間はそれなりにいる。政府は崩壊、秩序も法もなにもかも「パラダイス」に持ってかれ、俺達のこの世界はゴミ溜め同然だってのに、「こうなる前」に就いていた役職にしがみついている人間の気がしれない。

 それでもこうしてテレビやラジオが未だに楽しめるのも、その酔狂な奴らのおかげなのだ。いただけるものはありがたく享受する。今日は週末、久々に家に籠もって新作ビデオでも見ようとソファに寝転がったその瞬間だった。


「おい! いるんだろ、このクズ野郎!」


 甲高い子供の声が聞こえて、俺はソファから転げ落ちそうになった。

 そろそろと扉に近づくと、確かに扉の外に人の気配を感じる。しかし、ありゃ、子供の声だった。

 子供? この商店街に? まさか。

 おそるおそる扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは――……


「……なんだ、お前」

「お前こそ何なんだよ」


 妙ちきりんな少女だった。

 一番目立つのは、顔につけたゴツいゴーグルだ。バイク用だろうか? 目元を保護するプラスチックは黒く、少女の顔上半分の表情は全く見えない。肩まで伸びた透き通るような金髪と、陶器のような滑らかな肌とは全く相容れない、ネットでたまに見かける趣味の悪いクソコラのようだった。

 着ている洋服はというと、赤いスカーフに変な形の襟がついた上着、そしてヒダがやたら多い短いスカート……

 これは旧時代の「ジェイケー」とかいう女学生の制服だ。たしかセーラー服とかいう。

 俺がジロジロ観察しているのに気づいているのか否か、彼女はズカズカと土足で俺の家に入り込み、あたりをぐるりと見渡した。


「『デモヤ』って奴に用事があってきたんだけどさ」

「デモヤは俺だ」

「……はっ?」

「なんだよその顔は」


 ゴーグルで目元が確認出来ずとも、馬鹿にされたような表情をされたのは分かる。少女はずいっとこちらに近づき、俺の顔を見上げた。


「デモヤって……あんたが、『ナンデモ屋』のデモヤ?」

「いかにも」

「血も涙もない、近づく者の首を片っ端からへし折ったっていう?」

「そんな噂もあるな。やってねえけど」

「嘘じゃん……こんなけちくさいしみったれたオヤジがあの伝説の『デモヤ』だなんて」


 確かに寝起きだし髭は剃ってないし寝癖はぼさぼさだが、それなりに色男として生きてきた俺にとってその言葉のショックは大きかった。しかし、そうだ、この年頃の娘にとって45歳という年齢の男はすべからくオヤジなのだ。子供と接する機会がなくて忘れていた。


「……子供ガキがなんでこんなところにいるんだ」

「子供じゃねー。てか子供だったら悪いのかよ?」

「悪くねえけど……お前の親、こんな世界でよく子供を作れたな。あと15年でこの世界は滅ぶのに」

「作る? 子供って作るもんなの?」

「え、あ、まあ……」

「どうやって」

「それはだな、ええっと」

「バーカ知ってるよ*****卑猥卑猥だろ」

「大人をからかうんじゃねえよ」

「なーんか拍子抜けだ。もっと怖い人間だと思ってワクワクしてたのに」

「子供には優しいんだよ、俺は」

「とかいって、実は仕事で殺した死体を隠してたりするんじゃねーの? たとえばこのクローゼットの中とか……」


 そう言いながら少女は俺の脇をするりとすり抜けて、ボロボロのクローゼットの扉を勢いよくあけた。

 制止する暇などなかった。途端にガサリと透明な袋がこぼれ落ちる。

 そこに入っていたのは、変色した血で赤黒く汚れた、俺の仕事用のツナギだった。

 俺のため息とともに、少女は「わっ」と腰を抜かしてこちらを振り向き叫ぶ。


「この人殺し!」

「違うって。シェルぬけがらの後始末をしたんだよ。ほら、最近多いだろ」


 そう言って俺はテレビを親指で指す。ニュースキャスターが、昨夜起きた『シェル殺し』について告げていた。あれの死体を片付けたのが俺だ。

 シェルの見た目は確かに人間だ。いや、人間だったもの、というべきか。しかしシェルは人間ではない。もう。絶対に。


「俺は、人は殺さない」

「……だったらいいけどさ」

「お前、勝手に人の家に入ったと思えば人殺し呼ばわりで、何なんだよ」

「ああ、そうだった。あたし、仕事を頼みに来たんだよ。ナンデモ屋の『デモヤ』ってやつは、金さえ払えば何でもしてくれるって」

「まあ、俺が許せる範囲だけどな。……って、仕事?」

「そーだよ」

「金はあんのか」

「ない」

「帰れ」

「まてまて、オイ、ひっぱるな、これから手に入るんだって。そりゃもう、大金が。ざくざく」

「お前、鏡で自分の姿みたことあるか? だいぶ胡散臭いぞ。俺はひっかからねぇからな」

「そう言っていられるのは今のうちだぜ、オヤジ。これはな、『ニノミヤ邸』にかかわる案件なんだ」


 俺は少女を引きずる手をとめた。


「……ニノミヤ邸?」

「そうだ。興味あるだろ?」

「ニノミヤ邸の人間が、お前みたいなガキを雇って俺に派遣するか?」

「派遣されたんじゃない。まあ、あの、いろいろあったんだよ。後で説明するから」


 俺の手を払いのけて取って立ち上がり、少女はぴょんと飛ぶように扉へと向かう。そして俺を振り返って、親指で乱暴に「ついてこい」というジェスチャーをした。俺はため息を一つつき、テーブルに置いたタバコと愛用ジッポをコートのポケットに突っ込んで少女を追う。

 こんな胡散臭い案件、いつもだったら依頼者を叩き出して終わりだ。しかも今日は週末、定休日なのだ。それなのにどうして、いつの間にコイツにほだされているのだろう。子供がこの世界で珍しい存在だからだろうか。

 それとも、成長しきらない少女のその声色に、過去を、幸せな日々を、思い出すからか。


「そうだ……おまえ名前は?」

「ハナコ、ムラカミ、ローラ、スズキ。チルチル、M、キングダム、アレクサンドレア、ヒル……」

「長くね?」

「決まった名前はないんだよ。その時その時で名前を変えてる。あんたも好きに呼んでいいよ」

「じゃあ、ジェイだ」

「ジェイ?」

「その服、昔のジェイケーという女学生の服だろ」

「へえ、そうなんだ。変態にもらって気に入ってたから着てたけど」

「そういうサービス的な仕事でもしてんのか?」

「バーカ、***アレ***アレして金だけ盗んでトンズラしてやったよ」

「したたかなガキだ。お前ならこの街で生きて生けそうだな」

「まーな」


 そう言いながら少女はドアノブをあけ、ふと手を止めた。ゴーグルのせいで分かりづらいが、その視線は、戸棚の上に置かれた小さな写真立てに注がれてるようだった。

 美しい女性と、小さな少女が笑っている写真だ。


「これ、あんたの家族?」

「ああ」

「一緒に住んでるの?」

「いや。手の届かない場所にいっちまった。二人ともな」

「ふーん」


 ジェイは興味なさそうに外へ歩き出す。俺は写真に一瞥をくれてから、セーラー服姿のその背中を追う。

 あの子は、こんな服を着れるまで……ここまで大きくなることはできなかった。

 そう考え出すと、二度と会えない娘に、無性に会いたくなった。

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