ーーーーーー第0話 現実ーーーーーー
ギィィィィン!!
激しい剣と剣とつばぜり合いが発生している。
右へ左へと、その動きは人間では決して出来ない動きだった。
「っく!」
「どうした? お前の想いはこんなものか?」
「俺は…」
片方の男は傷つき、もう片方の男はさらに追い討ちをかけている。
「お前は変われない。いつもみたいに諦めるんだな。そっちの方がお似合いだ」
ビュン!!
風を切るような剣技の嵐。
その剣技に耐えきれず壁に激突し、手から剣が離れる。それを見ると地面を蹴りダッシュする。
次の一撃で最後と言わんばかりに手に力を込め振りかぶった。
「《前を向いて》あの時、誓ったあの想いはどうした? お前は逃げてばかりか? お前の本当の気持ちは何だ!」
分かってるよ……俺は……
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人生なんてつまらない。そう思ったことはないだろうか。
自分だけ不公平だ。そう思ったことはないだろうか。
もう疲れた…死のう…そう思ったことはないだろうか。
世界は平等なんかじゃない。幸せな人も居れば、不幸な人も居る。
あなたはどちら側の人間ですか?
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カチカチカチ
薄暗い部屋の中でゲーム機のボタンを押す音だけが聞こえる。
やっているゲームはなんだろうか? RPG? シューティング? それともアドベンチャー?
そんなことは、この青年にとってはどうでもよかった。ただゲームができればいい。そう思っている青年にはゲームの内容に楽しいやつまんないといった感情が無かった。
カチ……
ボタンを押す音が止まる。ゲームをクリアをしたのだろうか。
青年はヘッドホンとコントローラーを床に置きジャンパーを羽織ると、財布をポケットに入れ外に出た。
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外に出るや否や冷たい風が青年の頬にあたる。地面には雪が積もっていた。もう12月も後半。もうすぐで新年が始まる。
(さっさと買って帰ろう。次にやるゲームは…………いや、そんなのはどうでもいいか)
向かうはゲームショップ。幸いにも徒歩で少し歩いた距離にある。すぐに買って帰れる距離だ。
何かを買うのは少なからずワクワクするものだが、この青年は違った。1歩1歩が重りを着けたような足取りだった。
(俺はいつまでこんなことを続けるんだろうな……)
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20分ほどが経ち、ゲームショップにたどり着く。
平日ということもあって店内は人が少なかった。店内では、ゲームで流れてそうなBGMが再生されている。
青年はゲームのパッケージが並んでいる棚に行き並んでいるそれらをまじまじと見ていた。
適当なゲームでも良いと言っても、つまんないゲームをやるのは流石に勘弁といった感じだろう。
(とりあえず3本くらい買っておけば当分は持つだろう。
これとこれとこれでいいか。あとはレジか……)
数分が経ち、ようやく買うゲームが決まる。
そして、そのソフトを3本を持ち立ち上がろうとした時、あるゲームに目が止まる。
(ん? さっきまで、こんなのあったか……端から端まで見たのに……)
パッケージを手に取り裏を見る。
普通そのゲームの詳細が少なからず記載されているはずだが、このパッケージには何も記載されていなかった。
表紙はというと、何もない平野のイラストだけ。
ただ、1つこのパッケージに関して分かることがあった。それはタイトルだ。
【ライフストライク】
青年はそのソフトに惹かれたのか、手に持っていた3本のパッケージを元あった場所に戻した。
そしてタイトルのみのパッケージを片手にレジに持っていく。
「○○○○円になります。カードはお持ちでしょうか?」
「いえ……」
「でしたら、今お作り出来ますが……」
このゲームショップに行く度に思う。何故同じことを何度も聞いてくるのか。過去何度もここに来たが1度もカードなんて作ったことなんてない。
飽き飽きするこのやり取りにイライラする。
「別にいいんで」
その言葉を発するとソフトが入った袋を奪うように手に取り早々に店を出た。
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早く帰ってゲームをやりたい青年はつい冷たい言い方をしてしまった。
(あんな態度取らなくてよかった……なにしてんだ俺……)
足取りが重いまま家に着きドアを開ける。すると、
「おかえり凉。寒かったでしょ。温かいスープあるんだけど飲む?」
そこには青年の母と思わしき人物が立っていた。
「いやいい……」
「そう……」
「ごめん……」
青年の突然の謝罪に驚く顔を一瞬見せる。
だが、すぐに笑顔になり、優しい声で言った。
「いいのよ。少しずつ良くなればいいわ」
その言葉と空気に耐えきれなくなり部屋に駆け込んでしまう。母のあんな顔を見るのが辛かったからだ。
小さい時に父を交通事故で亡くし、今現在2人で暮らしている。母子家庭……辛かっただろう。女手1つで子供1人を育てるのは……
それに比べて自分はなにをしているのだろうか。
働きもせず、ゲーム三昧の毎日。
母を少しでも楽にしてあげようと思う気持ちはあっても身体はそれを拒否する。
今ある現実。それを受け入れなくてはいけない。
しかし、受け入れられない。
そして青年に残されたのはゲームの世界だけだった。
ヘッドホンをし、カーテンを閉め部屋を暗くする。
手に持っている袋からゲームのパッケージを取り出すと、ゲーム機にセットしテレビを点ける。
少しでもいい。この現実の苦しみから解放されるならと、ボタンを押し起動する。
起動してすぐに異変に気付く。開始前に表示されるゲーム会社の名前が表示されない。パッケージの表と裏のどこを見ても記載されていなかった。
opも流れず、そのままタイトル画面が表示される。
その画面はパッケージに表示されている空と緑色の平地があるだけだった。そして選べる項目は【はじめから】のみ。
少し疑問を持ちつつもボタンを押した。
ブルブルブルブル!
手に持っていたコントローラーが突然震えだす。
それは、徐々に強くなっていき、その振動はコントローラーを持てなくなるほどに大きくなる。
「なんだよこれ!」
もう、コントローラーを持ってないにも関わらず、身体が揺れだす。いや、揺れたのは身体ではなかった。
ガタガタガタガタガタ!!!
まるで地震が起こったかのように部屋全体がガタガタと揺れだしたのだ。
このままでは駄目だと部屋から出ようとドアノブに手を掛けようとした時、テレビから黒い塊のような物が飛び出てくる。
それは左に回り始め、近くにあった物を引っ張り始めた。それは青年も例外ではない。
徐々にテレビに吸い込まれる。
そこから逃げ出そうと何かに掴まろうとしたが、遅かった。
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
青年を吸い込んだ黒い塊は、役目を終えたように、その場から消えた。その光景は嵐が過ぎ去った後のようだった。
誰も居ない部屋。点けっぱなしのテレビが、
壊れた信号のように点滅していた。
そしてその画面にテキストが1つ表示されていた。
それは……
【ゲームスタート】
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水原涼。歳は20歳で大学や専門学校には通ってない。
となれば、社会に出て働く年だが、毎日ゲームをやって、クリアしたら別のゲームを買いにいく。
いわゆるニートというやつだ。
バイトで稼いだ金が尽きる。もしくは家から追い出されるまでこんな生活が続いていくと思っていた。
あなたは自分が好きですか?
自信を持てていますか?
全てを投げ出し、部屋に籠っていませんか?
これはそんな青年がゲームの世界に入り、変わっていく物語。
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