di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~

『記憶の保存』と『肉体の再生』で死者は蘇り、仕組まれた出逢いが運命の輪環を廻す
月ノ瀬 静流
月ノ瀬 静流

4.絹糸の織りゆく道-2

公開日時: 2023年10月27日(金) 22:22
文字数:7,619

「なんでっ? どういうこと!? どうして、ハオリュウが〈天使〉になるのよ!?」


 クーティエは、ハオリュウに掴みかからんばかりに詰め寄った。しかし、勢いよく迫るも、不吉な予感が胸を渦巻き、その声は悲鳴に近い。


「カイウォル殿下に『ライシェン』の情報を渡さずに、シュアンを助けるためだ」


「わけが分からないわよ!」


 半狂乱の口調で、クーティエは言い放つ。平然とした顔のハオリュウが、腹立たしくすらあった。


 憤慨する彼女に、ハオリュウは困ったように眉を寄せた。


「落ち着いて聞いてほしい。荒唐無稽に感じるのは分かるけど、僕は別に自棄になっているわけじゃないよ」


「でもっ!」


王族フェイラかつ摂政であるカイウォル殿下に対しては、一介の貴族シャトーアに過ぎない僕は正面から逆らうことはできない。殿下以上の地位にある人間に、圧を掛けてほしいと願い出ることも不可能だ。何しろ、彼が、国の『最高』権力者なんだからね。――だから、エルファンさんが事情聴取のときに使ったのと、同じを使うんだ」


「何よ、それ!」


 妙に冷静すぎるハオリュウに、クーティエはまなじりを吊り上げた。反射的に言い返してから、さすがに失礼あんまりだったかと反省し、それでも顔をしかめたまま、祖父エルファンの事情聴取の顛末を思い返す。


 いつも何を考えているのかよく分からない、感情に乏しいとしか思えない氷の祖父は、何食わぬ顔で、自国の摂政をペテンに掛けた。『鷹刀一族は〈七つの大罪〉の技術を自在に扱える』と信じ込ませ、『一族には手を出すな』と牽制、脅迫したのだ。


 まったく、鋼鉄の心臓の持ち主だと、クーティエは思う。


 ……けれど、一族のために必死だったのだ、ということも知っている。守るという言葉は、強い思いの中からしか生まれないのだから――。


 クーティエの興奮が冷めてきたのを見計らい、ハオリュウが静かに続けた。


「エルファンさんが、あの作戦が成功すると踏んだのは、〈ムスカ〉が遺した記憶媒体に、『摂政殿下は、〈七つの大罪〉の技術を不可思議なものとして、恐れているふしがある』という記述があったからだ」


 ハオリュウは闇色の瞳を煌めかせ、すっと口の端を上げる。


「つまり、『〈七つの大罪〉の技術』をちらつかせれば、カイウォル殿下に対抗できる」


「――っ!」


 クーティエは息を呑んだ。


 確かに、その通りだ。


 しかし――。


「……ま、待ってよ、ハオリュウ!」


 本能的な恐怖が胸に押し寄せ、彼女は叫ぶ。


「祖父上は大嘘ハッタリをかましただけでしょ! 本当に、〈七つの大罪〉の技術を使ったわけじゃない! ハオリュウが〈天使〉になるというのは、もっと全然! まったく! 別の話のはずよ!」


〈七つの大罪〉の技術が具体的にどんなものなのか。実のところ、クーティエは詳しくは知らない。けれど、禁忌のものと聞いている。おいそれと、手にしてはいけないものであるはずだ。


 だから、技術をかたるのと、技術を得るのとでは、雲泥の差があるはず――!


 険しい顔で迫るクーティエに、ハオリュウは、ふっと口元をほころばせた。


「クーティエ。あなたが、僕を心配してくれているのは分かる。それは嬉しいよ。――でも、ただじっとしているだけじゃ、何も解決しないんだ」


「……」


「あなたには、僕の考えをきちんと話しておきたい。――聞いてくれるかな?」


 彼はそう言って、彼女をソファーへと促した。






 ふかふかの座面は、さすが貴族シャトーアの調度といった座り心地だった。クーティエは場違いを感じ、ソファーの上で落ち着きなく体を揺らす。けれど、ハオリュウが正面に座ったとき、自分は今、彼の書斎のど真ん中にいるのだ、という事実に気づき、はっとした。


 ハオリュウは、クーティエを扉の内側に入れてくれたのだ。『僕の考えをきちんと話しておきたい』という言葉まで添えて。


 ならば、クーティエも、頭ごなしに否定ばかりしていては駄目だ。それでは、ハオリュウの言う通り、何も解決しない。


 彼女は深呼吸をして、向かいのハオリュウへと、ぐっと身を乗り出す。それに応えるように、彼はゆっくりと口を開いた。


「〈ムスカ〉の遺した記憶媒体には、カイウォル殿下について、こうも書かれていたそうだ。――『特に、鷹刀セレイエの〈天使〉の力を警戒しているようでした』と」


「……っ」


「カイウォル殿下は〈天使〉の力を恐れている。――それが明確に分かっているのだから、その力を手に入れるべきだと、僕は考える」


 断言したハオリュウに、クーティエは声を荒立てないように、感情を抑えながら尋ねた。


「祖父上がやったみたいに、摂政殿下を『騙す』のじゃ駄目なの?」


「二番煎じは通じないと考えるべきだよ。下手をすれば、エルファンさんの弁が嘘だったこともばれて、鷹刀一族が窮地に陥る可能性もある。だから、ここは僕が実際に〈天使〉の力を手に入れておくべきだ」


「危険だと思うの。だって、〈天使〉の力って、まるで悪い魔法使いの魔法みたいじゃない?」


 口にしてから、随分、子供っぽい言い方をしてしまったと、クーティエは恥ずかしくなった。最近、ファンルゥに魔法使いの絵本を読んであげているので、思わず出てしまったのだ。


 だが、彼女の羞恥は杞憂で、むしろハオリュウは言い得て妙だと頷く。


「クーティエの言いたいことは分かるよ。何しろ、〈七つの大罪〉の〈悪魔〉たちが作った技術だからね。それこそ、『悪い魔法』のようなものだろう。カイウォル殿下に限らず、まともな人間なら、誰だって恐ろしいと感じるはずだ。――それに……」


 彼は、そこで一段、声を低くする。


「『悪い魔法』は、たいていの場合、諸刃の剣ということになっている。ご多分に漏れず、〈天使〉の力も、無理をすれば熱暴走を起こして死に至る――という代物だ」


「なら、なおのこと、別の手段を考えるべき……」


 クーティエは言い掛けて、途中で声が止まってしまった。ハオリュウの闇が、ふっと濃くなった気がしたのだ。


 押し黙ったクーティエに代わり、好戦的な眼差しのハオリュウが問う。


「セレイエさんが、姉様を『最強の〈天使〉の器』として選んだ理由――クーティエは覚えている?」


「え? うん。王族フェイラの血を濃く引いているから、でしょ? 普通の人が〈天使〉になったら、すぐに熱暴走で死んでしまうけど、王族フェイラの血を濃く引くメイシアなら、脳の容量キャパシティが大きいから簡単には熱暴走を起こさない、って――」


「そう。でも、ただ王族フェイラの血を引いているだけじゃ駄目だ。力は強くとも、制御しきれないために、やはり熱暴走を起こすらしい。だから、セレイエさんは、〈天使〉の力の使い方を熟知した自分の記憶を――知識を姉様に刻み込んだ」


 最愛の異母姉あねが、セレイエの身勝手に利用されたことを思い出したのか、ハオリュウの声が険を帯びた。憤りの気配にクーティエは身構えたが、彼は話のすじを見失うことはなく、唇を噛むだけにとどめて続ける。


「つまり、王族フェイラの血が濃いほうが力は強いけれども、制御を考えれば、血が濃すぎないほうが〈天使〉の器として安定している。――言い換えれば、『王族フェイラ貴族シャトーア』と『平民バイスア自由民スーイラ』の中間に位置する人間が、〈天使〉化に一番、適しているということだ」


「――!」


 ハオリュウの意図するところを理解し、クーティエは顔色を変えた。


 その次の瞬間には、ハオリュウの口から想像通りの言葉が発せられる。


「つまり、僕だ」


 父に貴族シャトーアを、母に平民バイスアを持つ彼は、ぐっと胸を張った。揺れる黒髪が風を起こし、絹地の服が冷涼とした煌めきを放つ。


「生粋の王族フェイラ貴族シャトーアほどには力は強くないのかもしれないけれど、僕ならば誰よりも安定した〈天使〉になれる。そもそも、僕は、カイウォル殿下を牽制したいだけだ。力を使うつもりはないから、背中から羽が生えてさえいれば、弱くても問題ない」


「……っ」


 反論したいのに、何を言ったらよいのか分からなかった。


「僕は、シュアンを助けたい」


 凛と響くハオリュウの声が、クーティエの耳朶を打つ。


「彼は、僕と摂政殿下との駆け引きに巻き込まれただけだ。そして、彼の罪状は、彼が僕の手となって、厳月の先代当主を撃ってくれたことに依るものだ。――僕のために、彼の命が脅かされているのなら、それは、僕自身が脅かされているのと同じことだ」


「…………」


「誰だって、自分の身が危険に晒されれば、死にものぐるいで足掻あがくだろう。それと、なんら変わるところはない。――今、こうしている間にも、シュアンがどんな目に遭っているかと思うと、はらわたが煮えくり返るよ」


 ハオリュウの闇が、ぞわりとうごめき、クーティエは「え……?」と、かすれた声を漏らす。


「緋扇シュアンが、どんな目に遭っているか――って、どういうこと……!?」


貴族シャトーアを殺害した罪人だからね、まともな扱いを受けているわけがない。裁判も行われず、尋問と称して、腐った警察隊員どもから憂さ晴らしの暴行を受けていることだろう」


「なっ……!」


「僕はシュアンから、警察隊内部の現状を聞いている。だから、間違いないよ」


 淡々と告げる声は少しの揺らぎもなく、ぴんと張られた絹糸けんしのよう。冷たく輝く眼差しからは、深い憎悪が伝わってきた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 緋扇シュアンは、摂政殿下のもとで、厳重に監視されているわけじゃないの?」


「違う」


 クーティエの問いに、ハオリュウは、きっぱりと首を振る。


「罪状が『厳月家の先代当主の暗殺』である以上、王族フェイラであるカイウォル殿下も、王族フェイラのために存在する近衛隊も、表立っては無関係を装うはずだ」


「え?」


王族フェイラは、貴族シャトーアの暗殺事件に首を突っ込んだりしない。王族フェイラであるカイウォル殿下が、自ら指揮を取り、犯人を逮捕した――なんてことになったら、殿下は厳月家を重用するつもりだという誤解を招くことになる」


「そうなんだ……」


「だからね、クーティエ」


 ハオリュウは、ぎりりと奥歯を噛み、まっすぐな視線を彼女に向けた。


「僕は、この身に代えてでも、シュアンを取り戻す!」


 腹の底から発せられた叫びは、熱く激しく。


 育ちの良さからくる上品な振舞いと、優しげな容貌からは想像しにくいが、絹の貴公子の気性は、かなり荒々しい。たとえるなら、高貴な光沢を放つ柔らかな絹布けんぷが、貴人の首をくびる凶器となり得るように――。


 クーティエは、ハオリュウの顔を見つめたまま、瞬きひとつできなかった。


 彼の気持ちが痛いほど伝わってきて、胸が苦しかった。


『守りたい』という強い思いに、彼はその身をなげうたずにはいられないのだ。


 クーティエは、『ひとり』で抱え込むハオリュウに対し、『ルイフォンたちと協力して、皆でシュアンを助けよう』と、持ちかけるつもりだった。


 ルイフォンは既に動いている。いざというときには、シュアンを脱獄させようと考えていて、そのための監獄の地図まで、もう手に入れていた。


 だから、『一緒に、草薙家うちまで来てほしい』――そう訴えるはずだった。


 なのに、クーティエの口をいて出たのは、まったく別の言葉だった。


「……なんで、ハオリュウばっかり、辛い目に遭わなきゃいけないの?」


 しゃがれた声と共に、涙がこぼれた。


「『ライシェン』のせいで、緋扇シュアンが殺されるとか、ハオリュウが自分を犠牲にするとか……、おかしいと思うの!」


 叫びと共に、心に秘めていたくらい感情が、せきを切ったようにあふれ出した。


「ハオリュウ……、『ライシェン』は、私の従弟いとこにあたるの。父上とセレイエさんが異母兄妹だから、私とは従姉弟いとこ同士になるのよ」


 唐突なクーティエの言葉に、ハオリュウは困惑を見せた。しかし、彼女のたかぶりをそのまま受け止め、「そうだね」と、先を促すように相槌を打つ。


「父上と母上は、『養父母が必要なら『ライシェン』は草薙家うちの子になるといい』って、言っている。私も、彼が草薙家うちに来るといいな、って思っている。『ライシェン』は、私の義弟おとうとも同然なの。大事な子だと思っているわ! ――でも!」


 クーティエの声が歪んだ。


「王様になるはずの子を義弟おとうとにしちゃって本当にいいのか――よく分かんないよっ……! だって、現に『ライシェン』が王宮にいないせいで、ハオリュウとシュアンが酷い目に遭っているんでしょ!」


 血族に異様なまでのこだわりを持つ、両親レイウェンとシャンリーは、異母妹セレイエの遺児である『ライシェン』に、迷うことなく手を差し伸べた。


 法に逆らい、玉座に座るはずの彼を保護すれば、どんな災いを招くやも知れぬのに。


〈神の御子〉という目立つ容姿の彼を守り育てるには、どれだけの困難が待ち受けているのかも分からぬのに。――彼らは、ためらわずに腹を決めた。


 けれど、クーティエには、そこまでの覚悟はない。


「摂政殿下の望み通りに、『ライシェン』を引き渡してもいいと思うの……」


 ぽつり、と。


 クーティエは呟いた。


 ハオリュウを苦しめている相手に従うのは不本意だけれど、誰かが傷つくよりは、よほどよい選択のはずだ、と。


「だって、摂政殿下は、『ライシェン』を王様として、王宮に迎えたいって言っているんでしょ? 愛情はないかもしれないけど、大切にされることは間違いないわ。それに、王宮には、お父さんのヤンイェン殿下がいらっしゃる。息子を保護しようと、必ず動くはずよ」


 ――それなら、『ライシェン』を引き渡してもいいはずだ。


 先ほどの呟きを繰り返そうとして、声が喉に張りつく。


 クーティエにとっても、何度も言えるほど、軽い言葉ではなかったのだ。会ったこともない従弟いとこだけれど、『ライシェン』は、彼女の義弟おとうとなのだから――。


「クーティエ。あなたに、そこまで言わせてしまって申し訳ないけれど、『ライシェン』の情報をカイウォル殿下に売るという選択肢は、僕にはないよ」


 ハオリュウの声が、低く響いた。


 思わぬ返答にクーティエは目をまたたかせる。しかし、間髪をれず、硬い声が付け加えられた。


「ただ、その理由は、あなたが考えているようなものじゃない」


「……どういう意味?」


「まず、初めに言っておく。……クーティエ、ごめん。僕は『ライシェン』に対して、よい感情を持っていない。父様を死に追いやった『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』は、セレイエさんの我儘の結晶だ。その結果、産まれる『ライシェン』も同様。たとえ、彼が死んだところで、僕の心は、髪の毛一本ほどの痛みを感じることもないだろう」


「――っ」


 それは、仕方のないことだ。


『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』のせいで、ハオリュウの家族の幸せは奪われた。そして、彼は、『ひとり』になった。


「僕が『ライシェン』の情報を売る気がないのは、『ライシェン』のためじゃない。鷹刀一族のためだ。クーティエは、現状を少し勘違いをしている」


「勘違い……?」


 首を傾げるクーティエに、ハオリュウは「そうだ」と頷く。


「カイウォル殿下は、『シュアンの命』と『『ライシェン』の身柄』を天秤に掛けて、僕に選択を迫っているわけじゃない。殿下が『ライシェン』を要求しているのは間違いないけれど、セレイエさんを匿っていると考えている『鷹刀一族』を追い詰めることにも重きを置いているはずだ」


「え? どういうこと!?」


「僕が、鷹刀一族のもとに『ライシェン』がいると証言すれば、カイウォル殿下は、鷹刀一族を『国宝級の科学者の研究』を奪った犯罪者集団として罰することができる。イーレオさんは責任者として逮捕、処刑され、組織は解体を迫られることだろう」


「そんなっ!」


「エルファンさんと交わした『互いに不干渉』の約束も無意味だ。先に、鷹刀一族のほうが反故にした、と言われるだけだ」 


 冷ややかな眼差しで言い放ち、ハオリュウは掌を握りしめた。 


「だから、何があっても、僕は『ライシェン』の居場所をカイウォル殿下に明かすわけにはいかない。そして――」


 彼は闇をまとい、凛と告げる。


貴族シャトーアの僕が、王族フェイラの殿下よりも優位に立つ唯一の手段が、殿下の恐れる〈天使〉になることだ。――僕は、シュアンの命を駒にした殿下を決して許さない! 思い知らせてやる!」


 ハオリュウは、自分の拳に目を落とした。


 彼の手はシュアンの手で、シュアンの手は彼の手だ。


「ハオリュウ……」


 クーティエにも、はっきりと分かった。


 ハオリュウは、シュアンのために腹をくくったのだ。


 ならば、彼女だって腹をくくるべきだ。身分違いを承知で好きになった、彼のために。


「分かったわ。――私、ハオリュウが〈天使〉になるという意見を支持する」


「クーティエ!?」


 驚愕に、ハオリュウの目が見開かれた。


「勿論、諸手を上げて賛成、ってわけじゃないわ。それどころか、ちっとも名案だなんて思ってない。――でも、ハオリュウが、緋扇シュアンのことも、鷹刀のことも大切にしていて、それで、どっちも守るために、ぎりぎりの方法を選んだんだって、……分かったもの」


 強気のクーティエの語尾が、少しだけ揺れる。


「ハオリュウが苦しんで、考え抜いた末の作戦なんだから、認めなくちゃ……。否定するんだったら、私がもっといい、別のを提案しなくちゃ駄目なの。でも、私には思いつかない。だから、ハオリュウに従う!」


 彼女は、きっぱりと言い切り、それから鋭く「けど!」と叫んだ。


「まずは、今の話をメイシアにもしてあげて! メイシアは、ハオリュウが『ひとり』で抱え込んでいる、って凄く心配しているの」


「……」


 沈黙したハオリュウに、クーティエは畳みかける。


「だって、〈天使〉になるためには、セレイエさんの記憶を持っているメイシアに、その方法を聞かなきゃいけないわけでしょ? どう考えてもメイシアは猛反対だと思うけど、とにかく彼女に話をしなければ始まらないわ。私も説得に協力するから、これから一緒に草薙家うちに行こう!」


 やっと、本来の目的を言えたと、クーティエは口元をほころばせた。それから、こう付け加えることも忘れない。


「でも、ルイフォンも、いろいろ画策しているから、彼のほうがいい作戦を思いついていたら、そっちに乗り換えること!」


 ルイフォンは、凄い案を思いついてみせると、豪語していた。それがもし本当なら、ハオリュウは〈天使〉にならなくてよいのだ。――クーティエとしては、やはり、そのほうがいい……。


 ともかく、善は急げと、クーティエはソファーから立ち上がった。そのとき、ハオリュウの口から、思いもよらぬ言葉が飛び出た。


「姉様には頼らない」


「えっ……!?」


 扉に向かって歩き出そうとしていたクーティエは、愕然と振り返る。


「姉様は、口が裂けても、〈天使〉になる方法なんか教えてくれないだろう。おとなしそうに見えて、頑固なんだ。――だから、別の人を頼る」


「誰よ、それ!?」


「ヤンイェン殿下」


 発せられた名前と共に、ひやりとした風が流れた。


「ヤンイェン殿下は、〈天使〉の専門家であるセレイエさんの事実上の夫であり、四年前まで〈七つの大罪〉の実質の責任者だった方だ。殿下なら、〈天使〉化の方法を知っているはずだ。僕は、彼に会いにいく」


「――!」


「それに、ヤンイェン殿下は『ライシェン』の父親だ。『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の行く末に、彼が関わらないなんて、あり得ないんだよ」



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