di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~

『記憶の保存』と『肉体の再生』で死者は蘇り、仕組まれた出逢いが運命の輪環を廻す
月ノ瀬 静流
月ノ瀬 静流

9.猛き狼の啼哭-1

公開日時: 2022年4月22日(金) 22:22
文字数:7,249


 反省房を脱走したリュイセンは、武器庫を制圧し、愛用の双刀を取り戻した。腰に掛かる愛刀の重みは心地よく、まるで本来の自分へと返ったかのような気分になる。


 彼はそのまま、紺碧の夜が支配する館の外へと身を躍らせた。この季節らしい生ぬるい風が、ふわりと髪を巻き上げる。


 空を見上げれば、燦然と輝く、真円にほど近い月。


 目線より、やや高い位置から注がれる白い光が、彼に時を告げていた。〈ムスカ〉が研究室から出てくる頃合いまで、あと少し。それまでに、速やかに準備を整えろ――と。




 今宵、〈ムスカ〉を殺す。




 昼間に決意した。


 そのあとで、〈ムスカ〉に捕らえられた。


 メイシアの昼食のワゴンを下げに行った厨房で、私兵を率いた〈ムスカ〉が待ち構えていた。非常ベルを鳴らして騒ぎを起こした罰だと言われ、反省房に入れられた。


 抵抗はしなかった。する意味がなかった。行動を起こすのは夜だと決めていたから、それまでの数時間を過ごす場所がてがわれた自室ではなく、反省房に変わっただけだ。


 何も問題はない。


 何故なら『反省房』などと呼ばれているが、そこはただの部屋なのだ。内鍵だから、いつでも外に出られる。見張りはつくであろうが、そんなものは倒せばよい。〈ムスカ〉の雇った私兵ごときが束でかかってきたところで、リュイセンに敵うよしもない。


 それよりも下手に〈ムスカ〉を怒らせて、薬物を投与されることが怖かった。いくら鍛え上げた肉体でも、思うように動かなければ価値を失うのだから。


 ――そう考え、おとなしくしていた甲斐があってか、リュイセンは難なく反省房を脱し、こうして愛刀をいている。


 あとは〈ムスカ〉を討つだけ……だがその前に、斑目タオロンに会って、あとを託す必要があった。


ムスカ〉が死ねば、脳波でスイッチが入るというファンルゥの腕輪の毒針は無効になる。だから、メイシアを連れてこの庭園を脱出し、彼女を鷹刀一族の屋敷に送り届けてほしい。タオロンとファンルゥの今後なら、警備会社を経営しているリュイセンの兄夫婦のところに行けば、必ず受け入れてもらえるから。どうか頼む――と。


 リュイセンは、館の影に隠れながら移動する。非常階段の近くで立ち止まり、タオロンの部屋の窓を探した。


 脱走中の身としては、館内をうろついて夜回りに見つかるのは厄介であるため、館の内部からではなく、外からの訪問を目指すのだ。そもそもタオロンの部屋は、常に監視のついているファンルゥの部屋の隣だ。中から行けば、必ず私兵に見つかってしまうだろう。


「俺の見張りの中に、タオロンがいればよかったんだがな」


 夜闇に溶けるような声で、低くぼやく。


 タオロンは、この館で唯一、リュイセンに匹敵する猛者だ。見張りには、うってつけのはずなのだが、リュイセンにタオロンを近づけるのは危険だと、〈ムスカ〉は警戒したのだろう。


 事実、リュイセンの手には、双刀と共に武器庫から持ち出したタオロンの大刀が握られており、これから彼は、それを持ち主に返して頼みごとをしようとしている。〈ムスカ〉の読みは正しかったといえよう。


 月光を浴びておぼろに浮かび上がる館を仰ぎ、端から窓の数を数えていたリュイセンは、ふと首をかしげた。


 角部屋がファンルゥで、その隣がタオロンの部屋のはずだった。


 けれど、ファンルゥの部屋にだけ明かりが灯っていて、タオロンの部屋が暗い。小さな子供はとっくに寝ている時間だと思うのだが、元気なファンルゥが遊び足りないと、タオロンを困らせているのだろうか。


 できればファンルゥのいないところで『〈ムスカ〉暗殺』を口にしたかったのだが……。


 リュイセンは眉を寄せ、美麗な顔をしかめる。


「仕方ねぇよな」


 彼は溜め息をつきつつ、非常階段を登る。


 ファンルゥは雨どいを伝って非常階段と窓を行き来していたようだが、体重の重いリュイセンに同じことはできない。だから、武器庫から失敬してきたナイフを壁に刺し、それを手掛かりにして、窓まで移動するはらだ。さすがにタオロンの大刀を持ったままでは動きが制限されるので、それは草むらに隠していった。


 ファンルゥの部屋がある階に上がり、窓までの目算を立てる。たいした距離はない。リュイセンは懐からナイフを取り出し、壁の目地を狙って思い切り突き刺した。


 ――どすん。


 思うようには深く刺さらない。


 だから再び、更に力を込めて打ち込み直す。


 ――どすん。


 ファンルゥの部屋の窓硝子が、共鳴するように揺れた。


 そして……。


「なんの音?」


 舌足らずな高い声。ファンルゥだ。


 ガタガタと椅子を引きずる音が響き、がらりと窓が開けられる。続いて、ふわふわとした毛玉のような影がひょっこりと現れた。


「リュイ……!」


 叫び声の途中で、ファンルゥは自分の口を小さな両手でしっかりと押さえ込んだ。くりっとした目を見開いて、ぶるぶると激しく首を振る。


『ファンルゥ、大きな声なんか出してないもん。うるさくしたら駄目だって、ちゃんと知っているもん』と訴えているのだが、リュイセンには伝わらない。だが窓が開いたことで、ナイフに頼らずとも手を伸ばせば窓枠に指を掛けられると判断した彼は、「ファンルゥ、ちょっと下がってくれ」と小声で叫んだ。


 ファンルゥは大きく頷き、部屋の中に姿を消す。それを見届けると、リュイセンは、あたかも月夜を駆ける若き狼が如く、非常階段から軽やかに跳び立った。


 ほとんど物音を立てず、危なげなく窓から飛来したリュイセンを迎えたのは、全身で喜びを示す、小さな抱擁だった。


「リュイセン、無事だったぁ!」


 声は潜めているものの、細い腕が力いっぱい、しがみついてきた。すりすりと嬉しそうに頬を寄せてくるファンルゥに、リュイセンは面食らう。


 部屋を見渡せば、そこにいると思っていたタオロンの姿がない。


 どういうことだ?


 リュイセンは眉を寄せる。


 タオロンは、こんな時間に幼い娘を放置するような輩ではないはずだ。なのに、ベッドは綺麗なままで、ファンルゥは寝間着にすらなっていない。


 明かりの消えていた隣のタオロンの部屋は、やはり無人だ。非常階段からではさすがに判別できなかったが、こうして壁一枚の距離まで近づけば、気配にさといリュイセンには断言できる。


 では、タオロンは、どこに行ったのだろう。


 そう考えて、リュイセンはある可能性を思いつく。


 何かのきっかけで、早くもリュイセンの脱走がばれてしまったのだ。そして彼を捕獲するため、タオロンは〈ムスカ〉に呼び出された……。


「リュイセン? パパは一緒じゃないの?」


 深刻な顔で押し黙ったままの彼を、ファンルゥが不思議そうに見上げる。


「え?」


「パパは、〈ムスカ〉のおじさんに捕まっちゃったリュイセンを助けに行ったの……」


 言いながら、ファンルゥも何かがおかしいと感じたのだろう。言葉尻が、ごにょごにょと崩れていく。


「なるほど。タオロンが俺を助けに、か」


 だから、部屋を空けていたのだ。


「俺は、自力で反省房を脱してきた。どうやら、タオロンとはすれ違ったようだな」


 リュイセンの言葉に、ファンルゥはしばらく考えるような仕草を見せ、それから、やっと、こくんと頷く。少し言い方が難しかったらしい。理解するのに時間が掛かったようだ。


 ともかく、タオロンの不在には納得した。しかし、今まで〈ムスカ〉の従順な部下であった彼が、どうして急に裏切るような真似をするのだろう。


 彼にとって、リュイセンを助けることは、たいして重要なことではないはずだ。それに、ファンルゥの腕輪の毒針がある以上、彼は決して〈ムスカ〉に逆らうことはできないはず……。


 リュイセンは、ちらりとファンルゥの手首に目をやり、はっと息を呑む。


「ファンルゥ! 腕輪は!?」


 細い手首を飾る、模造石の煌めきが消えていた。子供の持ち物としては優美すぎて、それ故に、ファンルゥのお気に入りだった品だ。


「かゆいから、外しちゃった」


「なっ!? タオロンは何も言わなかったのか!?」


「初めはパパには内緒だったけど、かゆいならいいって。……〈ムスカ〉のおじさんにばれるのは駄目だけど」


 ファンルゥは、いたずらな子供そのものの顔で、可愛らしく答える。見れば、彼女の手首は確かに赤い。ずっと付けっぱなしにしていれば当然だった。


 しかし、かぶれ以外には、ファンルゥの皮膚に異常はない。つまり、無理に腕輪を外したら毒針が出るというのは、真っ赤な嘘。


 またしても、〈ムスカ〉の虚言に踊らされていただけだったのだ。


 リュイセンは歯噛みする。だが、父親であるタオロンの憤りは、彼の比ではなかったことであろう。


 ――そのとき。


「リュイセン!」


 ファンルゥが大真面目な顔で彼の名を呼び、そばにあった椅子にぴょんと飛び乗った。先ほど、彼女が窓を開けるのに使った椅子で、今度は長身の彼の耳元で囁くために使うらしい。口元に手で筒を作りながら、彼に寄ってくる。


「えっとね、今日は、凄く大事な日なの!」


 扉の外にいる見張りを警戒しての内緒話のつもりなのだろう。そのわりには弾んだ声が大きい。


 リュイセンは美麗な顔をしかめた。だがそれは、ファンルゥの声量のせいではなく、リュイセンの都合のためだ。彼は迅速にタオロンと話をつけ、寝床に戻る〈ムスカ〉を待ち構え、討たねばならぬのだ。可哀想だが、ファンルゥの話に付き合っている場合ではない。


 このまま、ファンルゥの部屋で待っていれば、タオロンはいずれ戻ってくる。だが、それより置き手紙をして、さっさとこの場を立ち去るほうが賢明だろう。


 そんなことを考えていると、ファンルゥの細い指がリュイセンの頭を捕まえた。椅子を使っても身長の足りない彼女が、彼にしがみつくようにして背伸びをしたのだ。


 そして、今度は正しく小さな囁きが、耳の中に吹き込まれる。


「これから皆で、ここを出るの!」


「!?」


 衝撃に、リュイセンは言葉を発せなかった。


 それは、これから彼がタオロンに持ちかける予定の計画で、間違っても、小さなファンルゥから聞く話ではないはずだ。


「リュイセン、パパに会ってないから、知らないの。でも、今日なの!」


 無理な背伸びをやめたファンルゥが、嬉しそうに告げる。


「リュイセンは〈ムスカ〉のおじさんから逃げてきたあと、パパのところに隠れようと思って来たんでしょ! リュイセンと『すれ違い』しないで、本当によかった!」


 ひとりで、こくこく頷きながら納得し、ご機嫌な様子で癖っ毛を跳ねかせるファンルゥに、リュイセンは焦る。彼の知らないところで、物ごとが激しく動いていた。


「おい、そんなことを言われても、俺は知らな……」


「だから、リュイセンは知らないから、今、ファンルゥが教えてあげたの! メイシアがずっと言っていたでしょ! 皆で、ここを出よう、って!」


「――!」


 ファンルゥの言葉で思い出した。


 そういえば、メイシアが囚われてすぐのとき、ファンルゥは彼女に会いに行ったと報告してきた。体の小さなファンルゥなら、展望塔の小窓から忍び込めるのだと言っていた。




『リュイセン……、メイシアがね、皆でこの庭園を出よう、って言っているの……。ファンルゥやパパも一緒。勿論、リュイセンもだよぅ……』




 リュイセンの部屋に侵入し、寝ぼけまなこで待っていたファンルゥは、寝言のように呟いた。


 あのとき既に、メイシアは、ファンルゥの腕輪が無害なものだと見抜いていたのだろう。脱出するだけなら、すぐにも可能だったのだ。


 けれど、メイシアは、リュイセンが彼女の手を取るのを待っていた。


 そして、彼の協力で、『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の詳細を知る〈ムスカ〉を捕らえた上で、皆で庭園を出たいと考えていた。


 だが、今日の昼、メイシアは〈ムスカ〉に生命を脅かされ、リュイセンは反省房に囚われた。これ以上、この庭園にいるのは危険だと判断した彼女は、急遽、脱出へと舵を切ったのだろう。そう考えれば、タオロンの行動も納得できる。


「……なるほど」


 メイシアの判断は正しい。


 だがリュイセンは、彼女の手を取るわけにはいかない。




 ミンウェイを脅かす〈ムスカ〉を滅することなく、この庭園を離れることはできない。


 そして奴の息の根を止めたのちは、ミンウェイの『秘密』を知る彼もまた姿を消し、彼女の心の安寧を永遠に守るのだ。




 彼は祈るように胸に手を当てる。


 純粋な想いと引き換えに、彼はその身をくらい闇に堕とす。


「リュイセン?」


 遠い目をした彼に、不安を感じたのだろうか。緊張を帯びた丸い目が、じっと彼を見上げていた。


「ファンルゥ」


 彼女を安心させるよう、リュイセンは優しく呼びかける。


 波長の長い低音は、特に声量を抑えなくとも聞こえにくく、けれど緩やかに広がり、回析してファンルゥを包み込んだ。


「反省房に俺がいないのを知れば、タオロンはファンルゥのところに戻ってくるだろう。そしたら、この部屋の真下の草むらに大刀を隠してあると、彼に伝えてくれないか」


「?」


「そして、メイシアとファンルゥを連れて、この庭園を脱出してほしい。メイシアを鷹刀の屋敷に送り届ければ、タオロンは俺の兄の会社で雇ってもらえるはずだ」


「……」


 元気に跳ねた癖っ毛を揺らし、ファンルゥの頭がきょとんと傾く。


 子供に不慣れな彼は、また難しい言い方をしてしまったらしい。いったい、どうしたら伝わるのだろう。


 リュイセンは戸惑い、必死に言葉を探す。


 そのときだった。


「――リュイセンは?」


 細く高い声だった。


 なのに、リュイセンは、そのひとことに恐ろしいほどの威圧を感じた。


「リュイセンは、どうするの?」


「俺は……」


「皆で、ここを出るの。ファンルゥは、そう言ったの」


 リュイセンの喉が、ひくりと動いた。けれど、声が出ない。


 ……嘘をつけばいいのだ。


 やらなければならないことがあるから、別行動を取るのだと。


 あとで追いつくから、庭園の外で会おう――。


 頭では分かっていたのに、とっさに言うことができなかった。


「リュイセン!」


 椅子に乗っていても、リュイセンよりもずっと低い位置に頭のあるファンルゥは、だから、顎をぐっと上げることで彼に詰め寄った。


「〈ムスカ〉のおじさんの手下になって、メイシアをさらってきたことを気にしているんでしょ!? 大丈夫! メイシア、怒ってないもん!」


 彼が言葉を濁す理由を、彼女なりに考えてくれたらしい。


 思い込みの激しい、けれど優しい気遣いに、リュイセンは、ほんの少しだけ口元を緩めながら首を振る。


「合わせる顔がない。――俺は一族も、ルイフォンも裏切った。だから、帰ることはできないんだ」


 素直な気持ちが、思わずこぼれた。


 それは、口にする必要のない言葉だった。――否、口にしてはならない言葉だった。


「それで?」


「え?」


 ファンルゥのまとう気配が変わった。


 強い意思を持つ太い眉と、その下のくりっとした大きな瞳が、リュイセンに鋭く攻め入る。


「『さよなら』なの?」


「……っ」


「そういうことでしょ? だって、リュイセン、『ごめんなさい』できなくて、どっか行っちゃうって、言ってるんだもん」


「……なっ!?」


 言われた瞬間、リュイセンの顔が憤怒に歪んだ。


 そんな子供の喧嘩のような問題ではない。


 リュイセンは激昂しそうになり……その寸前で思いとどまる。


 子供が、子供なりの解釈で口をきいただけだ。それに対して、目くじらを立てて声を荒らげるのは、あまりにも大人げないだろう。


「そういうことになる……かな」


 不本意だが、曖昧な言葉でファンルゥを肯定した。逆らわないほうが、こじれなくていいだろうと思った、それだけのことだった。そして今度こそ、嘘の口約束で……。


「駄目!」


「……っ」


 舌打ちのような息が、リュイセンの口から漏れる。ファンルゥから解放されたいとの思いからか、無意識に体が一歩、下がる。


 すると、小さな手が伸びてきて、彼の服を掴んで引き寄せた。


 まるで睨みつけるような双眸にリュイセンは捕らえられ、動きを封じられる。




「『さよなら』には、ふたつあるの」




「『また会える、さよなら』と、『二度と会えない、さよなら』」




「ファンルゥは、『二度と会えない、さよなら』をたくさん知っている」




 畳み掛けるようにそこまで言ったとき、不意にファンルゥの体が大きく震えた。


 リュイセンは息を呑んだ。


 彼女が次に口にするであろう言葉に気づいてしまったのだ。


 耳をふさぎたかった。けれど、そこまで言わせてしまった彼に、その資格はなかった。


 そして――。




「ファンルゥは、ママには会えない! どんなに会いたくても、絶対に会うことはできない!」




 可愛らしい、舌足らずな声が、氷を弾いたように冷たく響き渡る。


 ファンルゥは知っている。


 画用紙に描いた世界では母親に会えても、現実の世界では決して会うことはできないと。


「ママは死んじゃったから、会えない。でも、生きていても会えない『さよなら』だって、ファンルゥは知っているよ」


 くりっとした瞳が、ひときわ大きく見開かれた。


「お世話係のキツネのおばちゃんも! 『天使の国』に帰っちゃったホンシュアも! もう会うことはできない。ファンルゥの力じゃ、どうにもならない、って、ファンルゥは知っている! どんなに、ファンルゥが会いたいと思っていても――!」


 どんっ、と。


 小さな体が、まるごとリュイセンに飛び込んできた。突然のぬくもりに、彼は戸惑い、呆然と立ち尽くす。


「リュイセン! どっか行っちゃ、嫌ぁ!」


 薄手のシャツを通して、熱い涙がリュイセンの胸に掛かった。


 錯覚だと分かっていても、皮膚をかれている気がした。


 焦がれるようなファンルゥの思いに、呑み込まれそうになる。




『二度と会えない、さよなら』


 ――果たしてリュイセンは、その『さよなら』を知っているだろうか……。




「ファンルゥ、すまん!」


 リュイセンは、手荒にならないように注意しながらも、ファンルゥの体を勢いよく引きはがした。


「リュイセン!?」


「俺には、やるべきことがあるんだ」


 そう言い放ち、リュイセンは床を蹴る。開け放したままであった窓へと、ひらりと身を翻す。


 下は草原だ。このくらいの高さなら、怪我などしない。






 ――ミンウェイを守るのだ……。






 彫像めいた美貌が、月を仰ぐ。


 その仕草は、まるで月に吠える狼のよう。


 肩でそろえられた髪が流れ、無音のき声が響いていた。



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