di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~

『記憶の保存』と『肉体の再生』で死者は蘇り、仕組まれた出逢いが運命の輪環を廻す
月ノ瀬 静流
月ノ瀬 静流

1.暗礁の日々-2

公開日時: 2021年1月22日(金) 22:22
文字数:7,307

ムスカ〉は何故、メイシアを捕らえようとしているのだろうか――?




 タオロンとの接触のあと、そのことがずっと、頭から離れなかった。


 ルイフォンは癖のある前髪を乱暴に掻き上げ、深い溜め息をつく。


 メイシアは、以前にも〈ムスカ〉とタオロンに狙われている。イーレオに『貴族シャトーア令嬢誘拐』の濡れ衣を着せるために、彼女の身柄が必要だったからだ。


 彼女の扱いは、あくまでも『イーレオを逮捕するための駒』であり、生死は問わないとされていた。


 貧民街で対峙した際、メイシアは駆け引きの中で、派手に〈ムスカ〉を挑発した。そして、生意気な小娘だと激怒した〈ムスカ〉は、本気の殺意を見せた。


 あのときの〈ムスカ〉にとって、メイシアは死んでも構わない存在だった。


 それが今度は、生きたまま捕らえようとしている……。


「状況が、変わったんだ……」


 今の〈ムスカ〉は、メイシアに価値を見出している。


 何かを、知ったのだ。


 ――いったい、何を?


「…………」


 ルイフォンは、じっと虚空を見据えた。


 記憶にないけれど、異父姉セレイエはルイフォンに会いに来た。そのとき、彼女はこう言ったらしい。




『遠くない将来に、ルイフォンはひとりの女の子と出逢うわ。その子は、私に選ばれてしまった可哀相な子』




 その言葉によって、ふたりが出逢った事件の『目的』と『手段』がくるりと入れ替わった。


『イーレオを陥れるため』に、メイシアが鷹刀一族の屋敷に誘い込まれて、ルイフォンと出逢った――のではない。


『ふたりが巡り逢うため』に、メイシアが鷹刀一族の屋敷へと導かれるような事件が企てられたのだ。


 ――そう。


 このことは、もっとずっと前に、セレイエの〈影〉と思しき〈天使〉、ホンシュアが告白していた。




『あの子……メイシア。私の選んだあの子を、ルイフォンは……どう思った?』


『ごめんね……。私が仕組んだの』




 はっきりと、そう言っていた。


 なのに今まで、考えても仕方ないと放置していた。深い謎に包まれているから、分かるわけないと。勝手に思い込んで、重く受け止めていなかった。


 この出逢いは偶然ではないと、教えられていた。


 必然だと、知っていた。


 出逢えたことに浮かれるばかりで、ホンシュアの言葉が警告であることに――。


「俺は馬鹿だ。なんで、気づかなかったんだよ……」


 女王の婚約を開始条件トリガーに、すべては動き出す。その計画プログラムに、メイシアは深く組み込まれている。




 メイシアは、『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の核――。




 計画プログラムに関わる者は、彼女の身を渇望する。


 おのれの欲のための『駒』として……。




「いったい、メイシアに何が隠されているっていうんだ……」


ムスカ〉は、その『何か』を知ったのだ。だから、彼女を捕らえようとしている。


 そうとしか考えられない


 だから、なんとしてでも〈ムスカ〉を捕らえ、情報を吐かさなければならない。


 これ以上、彼女を危険に晒さないために……。


 …………。


 ……。






「……」


「…………」


 温かな気配に、ルイフォンは、はっと目を開けた。


「え? あれ? 俺……」


 見上げた先に、今にも泣き出しそうなメイシアの顔があった。仕事中なのか、メイド服を着たままである。


 彼女の後ろには、見慣れた天井。――ルイフォンは、自室のベッドに寝かされていることを理解した。


「ルイフォン、仕事部屋で倒れていたの」


 メイシアの白い頬を、つうっと涙が伝う。跳ねるような息遣いと共に、彼女は慌てて目頭を押さえた。


「ご、ごめんなさい。気が抜けたら、つい……」


「メイシア……」


 ルイフォンは手を伸ばし、彼女の黒絹の髪をくしゃりと撫でた。指先を抜ける、細く滑らかな感触。いとおしさがこみ上げ、そのまま肩に手を回して、ぐっと彼女を引き寄せる。


「きゃっ」


 スカートの裾がふわりと広がり、メイシアがベッドに倒れ込む。


 彼女の重みと温もりと匂い。確かな存在感。ルイフォンは、彼女を強く抱きしめる。


「……守るから。…………必ず」


「ルイフォン?」


 不安げなメイシアの声。ほんの一瞬だけ、彼女の目線が背後を気にしたが、すぐにルイフォンだけを見つめ直す。


 気づけば、一歩離れたところにミンウェイがいた。医者である彼女は、倒れたルイフォンを看てくれていたのだろう。彼が目覚めたことに、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「……すまん」


 随分と心配をかけたらしい。


 いつものメイシアなら、ミンウェイの前でこんなふうに抱きしめられたら真っ赤になっている。ミンウェイだって、『相変わらず、仲がいいわねぇ』と冷やかしのひとことくらい言うだろう。


「大丈夫、ただの寝不足よ」


 力強い美声が、深刻な雰囲気を吹き飛ばした。それから、つんと口を尖らせ、ミンウェイは両手を腰に当てる。


「まったく。倒れるまで作業し続けるなんて、自己管理がなってないわ」


「……返す言葉もないな」


 ここは素直に怒られるしかないだろう。何しろ、メイシアを泣かせたのだから。


「ドクターストップよ。今日はこのまま安静。薬を処方するわ」


「!? 薬までは要らないだろ」


 ルイフォンの顔が引きつった。


 ミンウェイの処方する薬は、多くが彼女のオリジナルだ。効果は保証する。一般に出回っている薬より、遥かに質が良いと思う。


 だが、無茶をして倒れたルイフォンに出す薬となると――。


 絶対安静のために明日の朝まで目覚めない睡眠薬とか、体が痺れて起き上がりたくても起き上がれなくなる筋弛緩剤とか……何か裏がありそうで怖い。


「あら? 要らないの? せっかくメイシアが、メイド長にお休みを貰ってきたのに」


「は? 薬って、メイシアのことか?」


 狼狽するルイフォンに、ミンウェイの綺麗に紅の引かれた唇がすっと上がる。


「そうよ。今のルイフォンには勿論、体の休息が必要だけれど、それ以上に心の休息が大切、ってことだったんだけど――」


 そう言いながら、彼女は視線をメイシアへと移す。


「残念だけど、ルイフォンはひとりで休みたいようね。メイシア、仕方ないから一緒にお茶でも飲みましょうか」


「ちょっと、待て!」


 ルイフォンの慌てたテノールに、メイシアの細い声が重なる。


「あ、あの、ミンウェイさん。そのっ……」


 腕の中の彼女は、うっすらと顔を赤らめながら、ぎゅっとルイフォンの服を握った。


「す、すみませんっ。ルイフォンをからかわないであげてください。彼はっ……、……いいえ、私が、そのっ……、ルイフォンと一緒に居たい……ので……!」


 いっぱいいっぱいの叫びのあと、彼女の頬が急速に染まる。


 ルイフォンとミンウェイは、きょとんと顔を見合わせた。互いに瞳を瞬かせ、どちらともなく笑みを浮かべる。


「メイシア、可愛いわぁ」


 半ば、うっとりと。ミンウェイが感嘆の声を上げた。


「待て待て。それは俺が言う台詞だ」


「別にいいじゃないの。ルイフォンたら、愛されまくっちゃって、この果報者」


 ミンウェイはやたらと楽しそうで、ルイフォンがベッドで寝ているのでなければ、肘で小突き回していたに違いない。


「それじゃ、お邪魔虫は消えるわね」


 波打つ髪を翻し、ささっときびすを返す。ひと呼吸おいてから、柔らかな草の香が届いた。


「あ、ミンウェイ」


 ルイフォンは呼び止め、……そこでためらう。


 ――リュイセンに、返事をしてやれよ。


 口元まで、言葉が出かかった。しかし、呑み込んだ。


「――……迷惑をかけた。ありがとな」


 リュイセンとミンウェイのことは、他人が口を出す問題ではない。


 ルイフォンとしては、ふたりがうまくいってくれれば嬉しいと思う。リュイセンにとっても、一族にとっても、そのほうがいいはずだ。


 けれど、ミンウェイにとっては? そう思ったとき、何も言えなくなる。


 ミンウェイは、ルイフォンとメイシアの仲を、誰よりも早く祝福してくれた。野次馬根性丸出しではあったが、我が事のように、心からふたりの幸せを願ってくれた。


 それはまるで、自分自身の幸せは諦めたから、代わりにルイフォンたちの幸福に憧れを託す――とでもいうように……。


 そんな気がするのは、考えすぎだろうか……?


「どういたしまして。――ご馳走様」


 ミンウェイは、ふふっと笑いながら、ご機嫌な足取りで部屋を出ていく。漂ってきた草の香は、いつも通りに優しい香りであるはずなのに、吸い込むと妙に息苦しかった。






「ルイフォン。私のことは心配しなくて大丈夫だから」


 ミンウェイの背中が消えたあと、ふたりきりになった部屋でメイシアが囁いた。


 抱きしめた手をルイフォンが離さなかったため、彼女はそのままおとなしく添い寝してくれた。彼女の吐息が、喉元に甘く掛かる。白いシーツに流れる、長い黒絹の髪がなまめかしい。


 ――なのに。こんなに近くに彼女はいるのに、ふとした瞬間に、心が鉛のように重くなる。彼女を何者かに奪われてしまう。そんな幻影に囚われる。


「私は外に出ないようにしているし、いつも誰かが一緒にいてくれる。危険なことなんて何もないの」


 澄んだ声が、懸命に訴える。先ほどルイフォンが切羽詰った顔で、『守るから』と言ったのを受けてのことなのだろう。


 メイシアには『〈ムスカ〉が捕まるまで、屋敷の敷地内から出ないように』と言ってある。


 継母のお見舞いや、花嫁衣装を依頼しているユイランとの約束が、先送りになって可哀想なのだが、彼女は嫌な顔ひとつせずに従ってくれている。


 しかし、メイシアが『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の核なら、〈ムスカ〉を捕らえたところで、別の誰かに狙われないとも限らない。


 すべての謎を解き明かすまで、彼女の身はおびやかされ続けるのだ……。


「そんな顔しちゃ駄目」


 黒曜石の瞳が、凛と覗き込んできた。睨まれたわけではないのに、むしろいとおしげな眼差しなのに、ルイフォンの心に鋭く突き刺さる。


「すまん」


「ううん、謝らないで。ルイフォンが、そんな辛そうな顔をする必要はない、ってだけだから」


 腕の中で、メイシアが首を振る。けれど、ルイフォンは深い溜め息を落とした。


「『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』を作ったのは、セレイエだ。――セレイエが、お前を『核』に何かを企んでいる」


 セレイエと、セレイエの〈影〉であるらしいホンシュアの弁から、断言できる。


『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』は、緻密で巧妙トリッキー。読み解くことが難しい。まるで、セレイエの組んだコンピュータプログラムの命令コードそのものだ。


「俺の異父姉が、お前を巻き込んだ。〈影〉のホンシュアを差し向けて、お前に何かを仕掛け、ペンダントを渡して、その記憶を消した。……すまない」


「ルイフォン」


 メイシアの指先が、彼の前髪をくしゃりと撫でる。


「私が『核』なら、ルイフォンも『核』。――『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』は、『私たちが出逢う』ように仕組まれた。私だけでも、あなただけでもないの」


「……」


「セレイエさんは、ルイフォンにも何かを仕掛けていた」


「……ああ」


 四年前、母を亡くしたすぐあとに、異父姉はルイフォンを訪ねてきた。〈天使〉の羽を広げ、冷却剤が必要になるほどの何かをしたと、少女娼婦スーリンが証言している。


 ――セレイエは今、何処にいるのだろうか。


 彼女が生粋の〈天使〉だと知ったあと、隠しごとばかりする年寄り連中を問い詰めてみれば、『自分のことを知りたいの』と言って、自ら〈七つの大罪〉に飛び込んでいったと教えられた。


 一方、死んだ母によれば、異父姉は貴族シャトーアと駆け落ちしたことになっている。


 だが、セレイエの駆け落ち相手に該当しそうな人物は見つからなかった。ここ数年で姿を消した貴族シャトーアの男といえば、老衰で死んだ爺さんばかりなのだ。そもそも、駆け落ちというのは嘘か、冗談か、あるいはたとえだったのかもしれない。


 ただ――。


 少なくとも、〈ムスカ〉が潜伏している庭園には『セレイエはいない』と断言できる。


 何故なら、ルイフォンが難なく、監視カメラを支配下に置けたからだ。クラッキングの姉弟子あねでしであるセレイエが敵に回っていれば、そう簡単にはいかなかったはずだ。


「ルイフォン。私、セレイエさんは、ルイフォンに助けを求めているんだと思うの」


「……助け?」


 思ってもみなかった発想に、ルイフォンは問い返す。


「うん。〈天使〉の力は、命を削るもの。セレイエさんは、自分自身を代償に何かをしようとしている。――必死なの。すがる思いで、ルイフォンに協力を求めた……。なんとなく、そう感じる」


「……でも、俺は……セレイエを許せない」


 ちゃっかりしているくせに、どこか無慈悲になりきれない。本当は弱いセレイエ。


 ルイフォンとメイシアを巡り逢わせ、駒として利用するつもりなら、〈影〉のホンシュアは『あなたが幸せになる道を選んで』なんて遺言を、タオロンに託すべきではなかった。


 ――身勝手で、卑怯だ。


『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』は、メイシアの父を死に追いやった。快方に向かっているものの継母は正気を失い、異母弟ハオリュウは足に一生残る傷を負った。


「あいつのせいで、メイシアの家族は滅茶苦茶になった……。俺は、お前を不幸に――」


 そう言いかけた瞬間、ルイフォンの唇は柔らかなものでふさがれた。


「!」


 ふわりと優しく、触れるように口づけて、メイシアはルイフォンの胸元に頭をうずめる。顔を隠そうとする彼女の細い髪が、さわさわと顎をかすめた。


 けれど、そのくすぐったさよりも、唇に残る衝撃のほうがずっと大きい。彼女から口づけたことなんて、数えるほどしかないのだから。


「メイシア!?」


「ルイフォンは、私を幸せにすることはあっても、不幸にすることはない。私が不幸になるのなら、それは私自身の責任なの。不幸に流されるままの、無力な自分が悪いだけ」


 静かに紡がれた強い言葉が、熱く胸に掛かる。


「……!」


 忘れていた。彼女は、彼のための戦乙女なのだ。


 守られるだけの存在ではない。


 たおやかな外見からは想像できないほどに強く、彼を守ってくれる――。


 ルイフォンは『すまん』と言いかけて、途中でやめた。


 これでは、屋敷に来たばかりのころのメイシアと同じだ。あのころの彼女は、何かにつけては謝ってばかりだった。だから彼は、『そういうときはな……』と、ふさわしい言葉を教えたのだ。


「ありがとう、メイシア」


 ――これこそが、彼女に捧げるべき言葉。


 彼女は少し驚いたように、「ううん」と応える。


「ルイフォンこそ、いつも私のことを心配してくれて、ありがとう」


 顔は伏せたままだったが、彼に触れる彼女の指先に力が入る。


「……ルイフォン。私だって聖人じゃない。私も……セレイエさんがしたことを、許すことはできない。けど、タオロンさんが、ホンシュアの言葉を伝えてくれた――」




『計画では、藤咲メイシアの父親が死ぬことはなかったそうだ』


『それが、自分の考えの甘さから、〈ムスカ〉を暴走させ、〈天使〉を悪用させてしまった。なんと詫びたらよいか分からない、と』




「私は、セレイエさんを許すことはできない。――でも、彼女が必死の思いを抱えていることだけは、分かってあげられる自分でありたいの」


「メイシア……」


 ルイフォンは、メイシアを強く抱きしめる。


 彼女を絶対に離さない。誰にも奪わせない。


「そうだな。お前の言う通りだな……」


 ――ふと。ルイフォンは胸元に硬い感触を覚えた。


 それが何かに思い当たり、はっとする。


「忘れていた。お前のペンダント――!」


「え?」


「それは危険だ。俺が預かる」


 スーリンに話を聞いたとき、すぐに取り上げようと思っていたのに、タオロンの襲撃ですっかり忘れていた。


『ルイフォンと出逢う少女の手に、ペンダントは渡る』――セレイエはそう言った。


 つまり――。


「ペンダントは、お前が『デヴァイン・シンフォニア計画プログラム』の核だという『目印』だ」


 メイシアは『お守り』と思い込んで、大切にしていた。いつも身につけ、やたらと触る癖まであった。まるで、ペンダントの存在を知らしめるかのように――。


 いったい、『誰』への『目印』か。


 スーリンにとっても目印になっていたが、彼女は偶然、〈天使〉のセレイエを目撃してしまっただけの予想外イレギュラーだ。


 だから、このペンダントを『目印』に、何者かがメイシアを狙ってくる……。


「あ……! うん、分かった」


 メイシアは半身を起こし、ペンダントを外す。ルイフォンもまた体を起こして、それを受け取った。


 掌の上に載せられた、石の質感。さらさらと流れる鎖の感触。


 金属の響き合う高い音。


 そして――。


『ライシェン』……。


 ホンシュアの声が蘇る。彼女と会ったとき、呼びかけられた名前だ。


 その声は、セレイエの声と重なり、ルイフォンの中で木霊こだまする。セレイエもまた、この名前を口にした。そんな記憶が、体の内部から湧き出てくる。


「……メイシア。俺、たぶん、四年前に、このペンダントをセレイエに見せられている。忘れているのに、どこかで覚えている。『ライシェン』という奴と繋がる、何か――だと思う」


 メイシアは、こくり頷いた。


 その首元が、何か淋しげに感じられた。ずっとそこにあったものが、なくなったからだろう。


「お前に、ペンダントを贈りたいな」


「え?」


「――あ、違うか。指輪か」


「えっ、ええっ!?」


「だって、お前は俺のものだし」


「っ! ――!」


 慌てふためくメイシアが可愛らしい。


 どうやら指輪というのは、思った以上の名案のようだ。ルイフォンは猫のような瞳を輝かせ、きっぱりと宣言する。


「よし、決めた。お前に指輪を贈る」


 今は、メイシアを外の店に連れて行くことはできないから、専門の者を呼びつけよう。そういう貴族シャトーアっぽいことを彼女は嫌がるかもしれないが、今回は特別だ。


 心を踊らせ、そう言おうと思ったとき、メイシアが必死な顔をこちらに向けた。


「あっ、あのね、私もっ……。ええと、メイド見習いの初月給、全部使っちゃったけど、また貯めるから。だから、ルイフォンと――」




 指輪の交換をしたい。




 心臓が跳ねた。


 否、止まるかと思った。


「そうだよな……」


 第一声は、情けなくもかすれてしまった。だから、きちんと言い直す。


「それが、俺たちらしいな」


 そして、ルイフォンは、抜けるような青空の笑顔を浮かべる。


 ゆっくりと手を伸ばし、傍らにいるメイシアを引き寄せた。彼女の頭が自然に彼に預けられると、触れ合った箇所から強い生命の力が行き交うのを感じた。


 ――ミンウェイの処方する薬は、本当によく効く薬だ。


 ルイフォンはそう思い、大切に大切にメイシアを抱きしめた……。


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