di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~

『記憶の保存』と『肉体の再生』で死者は蘇り、仕組まれた出逢いが運命の輪環を廻す
月ノ瀬 静流
月ノ瀬 静流

6.蒼天を斬り裂く雷鳴-1

公開日時: 2021年6月18日(金) 22:22
文字数:7,363

 黎明の空から、最後の星がすうっと溶けて消えていく。


 次第に明るんできた初夏の朝は、清々しい空気で満たされていた。


 鷹刀一族の屋敷にて、その門を守る門衛のひとりが、大きなあくびを漏らしそうになり、慌てて口元を押さえた。天下の鷹刀の顔ともいえる場所で、だらけた態度はご法度である。総帥イーレオの面子に関わりかねない。


 ふと横を見れば、同僚が眠そうに目をこすっていた。


 ……誰しも、夜番は辛いらしい。


「もうすぐ交代の時間だ。しゃきっとせんか」


 背後から、野太い声が上がった。今晩の見張りの三人の中で、最年長のまとめ役だ。


「すんません……」


 あくびを噛み殺した門衛は、ばつが悪そうに頭を下げる。だが、同僚は変わらずに目をこすり続けていた。


「お前も、なんか言えよ」


 思わず肘でつつく。


 だが、相手は目をこすっていた手を止めただけで、ぽかんと口を開けていた。


「どうした?」


「おい、あれ! あれは、まさか……!」


 唐突に大声を上げ、同僚は遠くを指差す。


 促されて見やれば、遥か彼方に人影が見えた。


 彼我の距離があるため、正確なところは分からないが、体型からして、男。それも、均整の取れた立派な体躯をしており、颯爽と歩く姿は若き狼を思わせる。


 そのとき、地平線から、輝く朝陽が差し込んだ。


 浮かび上がった横顔に、門衛たちは息を呑む。


「リュイセン様!?」


 重症を負い、〈ムスカ〉に囚われていたリュイセンだった。


ムスカ〉の技術によって、驚くべき早さで回復したという話は聞いていたが、更に信じられないことに、自力で脱出してきたのだ。


 門衛たちの様子に気づいたのだろう。人影が、こちらに向かって大きく手を上げる。


「リュイセン様だ!」


「リュイセン様が、戻られたぞ!」


 鷹刀一族の朝は、歓喜の声で明けていった。






ムスカ〉の私兵たちから、リュイセンの無事が証言されたのは、昨晩のことである。


 私兵たちの自白が行われるのと並行して、ルイフォンは、リュイセン救出のための準備を整えていた。メイシアと共に『鷹刀からの使者』として〈ムスカ〉のいる庭園に赴き、偽りの『和解』を申し出て、リュイセンの解放を叶える。そして、油断させたのちに、〈ムスカ〉を捕らえる――という作戦だった。


 一晩寝て、起きたら出発だと、彼は意気込んでいた。


 それが、とんでもない朗報に叩き起こされた。


「へ……?」


 寝ぼけまなこのルイフォンは、しばらく呆けたまま身動きを取れなかった。


「リュイセンが……帰ってきた!?」


 助けに行くはずの相手が、自力で戻ってきた。正確には、タオロンが手引きしてくれたらしい。


 唖然とする彼に、メイシアがさっと着替えを用意する。


「早く、リュイセンのところに行きましょう」


 彼女の涙声によって、ルイフォンはようやく実感する。兄貴分は無事に戻ってきたのだと。拍子抜けではあったが、これ以上の喜びはなかった。


 ルイフォンは手早く着替えを済ませ、メイシアと共に執務室に駆けつける。早朝ではあるが、『構わぬから、早く顔を見せろ』と、イーレオがリュイセンを呼びつけたと聞いたからだ。






「リュイセン……!」


 一週間前、血飛沫を上げながら、決死の覚悟でルイフォンを逃してくれた兄貴分が、そこにいた。


 その背中が見えたとき、ルイフォンは感極まり、思わず膝から落ちそうになった。すんでのところで必死にこらえれば、隣りにいたメイシアが、真っ赤な目をしながら、ぎゅっと手を握ってきた。


 リュイセンの、直立不動の巌のような立ち姿からは、あの大怪我の痕跡は感じられなかった。〈ムスカ〉の技術によって、あっという間に回復したというのは本当だったのだ。


「ルイフォン」


 肩までの黒髪をさらりと揺らし、兄貴分が振り返る。


「!?」


 その顔を見たとき、駆け寄らんばかりであったルイフォンは、戸惑いにたたらを踏んだ。黄金比の美貌は相変わらずだったが、表情が硬く、ややもすれば顔色が悪く見えたのだ。


 しかし、よく考えれば、ルイフォンとしては感動の再会でも、リュイセンにしてみれば作戦を失敗した上に囚われの身となった、という報告の真っ最中だったのだ。外からの助けを待たずに脱出したことで汚名返上といえそうだが、やはり面目ないのだろう。


 陰りを見せるリュイセンに、イーレオが包み込むような慈愛の眼差しを向けた。


「リュイセン、ご苦労だった。あとでまた、今後の方針について話し合わなければならないが、とりあえず部屋に戻ってゆっくり休め」


「はい。分かりました」


 リュイセンはこうべを垂れ、きびすを返した。ルイフォンは声を掛けるタイミングを失ったまま、兄貴分の後ろ姿を目で追う。


 ――と、そのとき。ルイフォンは、イーレオの視線を感じた。


 何かと思って振り向けば、イーレオが顎でリュイセンを示し、『あいつを任せた』と言っていた。


「それでは総帥。俺たちも失礼します」


 ルイフォンは、猫の目をわずかに細めることで、イーレオに了承を告げる。一礼をしてから、メイシアを伴い執務室をあとにした。


 廊下にリュイセンの姿はなかった。既に階段を降り、足早に自室に向かったらしい。


「ルイフォン……。リュイセン、どうしたんだろう?」


 メイシアが眉を曇らせ、不安を漏らす。


「いつものリュイセンなら、ルイフォンを見たら、まず嬉しそうな顔をすると思うの……」


 彼女の言う通りだった。しかも、最後に別れたときの状況を思えば、なおのこと、ルイフォンが無事に逃げ切れたことを喜ぶはずだった。


「……〈ムスカ〉のところで、何かあったんだな」


 総帥である父イーレオも、リュイセンの様子がおかしいと感じていたようだ。だが、その理由を聞き出すまでには至らなかったのだろう。帰ってきたばかりということもあり、しばらく様子を見るという判断を下した。そこにルイフォンが現れたため――。


「『あいつを任せた』と、いうわけか」


 ルイフォンは得心がいったと、軽く腕を組む。


 誰に言われなくとも、リュイセンと話すつもりだった。何より、まずは体を張って逃してくれたことの礼を言わねばならないのだ。


「ともかく、リュイセンのところに行くか」


 癖のある前髪を掻き上げ、呟く。


 リュイセンから言い出さないということは、言い出せないだけの事情があるのだろう。そして、こんなとき、変なところで頑固な兄貴分の口を割らせるのは、なかなか厄介だ。


 ふたりきりで膝を詰めるしかない。メイシアには悪いが、席を外してもらおう。――そう考えたとき、彼女と目が合う。


「ルイフォン、えっと、あの……」


「なんだ?」


「ごめんね。私、料理長の早朝のお手伝いがあるの。だから、ルイフォンひとりで、リュイセンのところに行ってほしいの」


 見え見えの嘘である。いつもなら、まだ寝ている時間、しかも今日は〈ムスカ〉のもとへ乗り込む予定の日だったのだ。手伝いの仕事など、あるわけがない。彼女もまた、ルイフォンとリュイセン、ふたりきりのほうがよいだろうと察してくれたのだ。


 ルイフォンは、メイシアの腰に手を回して抱き寄せ、彼女の髪をくしゃりと撫でた。


「ありがとな。リュイセンの奴も見栄っ張りだから、お前がいると格好つけたがるかもしれない。俺と一対一サシのほうがいいだろう」


 言いながら、彼女のおとがいに指を掛けて上向かせ、さっと口づける。


「!」


 驚いたメイシアが、ぱっと目を見開き、続けて、さぁっと頬をくれないに染める。


「けど、そんな下手くそな気遣いなんか要らねぇぞ。俺とお前の仲だろ。俺はちゃんと、お前に待っていてほしいときは言えるからさ」


「あ……、うん。ごめんなさい……。余計なことだった……」


 申し訳なさそうな上目遣いで告げたのちに、メイシアはうつむく。彼女の手が、必死に彼の服を握りしめているのは『怒らないでね』の気持ちの表れだろう。――こんなことで怒るわけがないのに。


 ルイフォンは苦笑しながら、愛しげにメイシアの髪に唇を寄せる。


 そして、もう一度、彼女を抱きしめると、「それじゃ」と手を振って、リュイセンの部屋へと向かった。






「リュイセン、ちょっといいか?」


 いつもの調子で、声を掛けると同時に扉を開けた。


 ルイフォンとは違って、リュイセンは『勝手に入ってきていい』とは明言していないが、鍵を掛けていない以上、入ってもよいのである。――と、ルイフォンは解釈している。


 兄貴分は、ベッドで寝転がっていた。ルイフォンが部屋に足を踏み入れて、初めて彼に気づいたらしい。驚いたようにこちらを見ている。普段のリュイセンなら、ルイフォンが廊下を歩いてきた時点で気配を察しているはずだ。やはり、様子がおかしかった。


「帰ってきたばかりのところ、すまんな。でも、どうしても、お前と話をしたくてさ」


 リュイセンの反応が鈍いのをよいことに、ルイフォンは返事を待たずに入り込み、椅子に腰掛けて足を組む。いつもなら、その途中で戸棚に寄って、酒瓶のひとつも取り出してくるのだが、さすがに朝なので自制した。


「ルイフォン……」


 戸惑うような呟きだった。明らかに浮かない顔をしている。


 けれど、のろのろとではあるものの、リュイセンはこちらにやってきた。テーブルを挟んで、向かい側に座る。それを見届けてから、ルイフォンは口火を切った。


「リュイセン、礼を言わせてくれ」


「……礼?」


「ありがとな。あのとき、お前が『逃げろ』と言ってくれなければ、こうして今、俺とお前が、共にこの屋敷にいることはなかったと思う。お前のおかげだ。感謝している」


 組んでいた足をきちんとそろえ、ルイフォンはまっすぐに兄貴分を見つめる。


「そして、すまない。お前を犠牲に、お前を見捨てて、俺は逃げた。俺は卑怯だ。――でも、それはお前の指示で、あの瞬間に、とっさに『逃げろ』と言えたお前は凄いし、正しいと思う。だから謝罪すべきは、お前を置き去りにしたことじゃなくて、そうせざるを得ない事態に陥らせた、それまでの俺の行動だ。本当に、すまなかった」


 一気に言い放ち、ルイフォンは深く頭を下げた。


 自分は頭が回ると、自負していた。けれど、今回の作戦を思い返してみれば、ミスの連発だった。すっかり、リュイセンのお荷物になっていた。


 頭上から、リュイセンの溜め息を感じた。ルイフォンがゆっくりと顔を上げると、兄貴分の視線は、力なくテーブルに落とされていた。


「……俺は、凄くも、正しくもなくて……。ただ、やるべきだと思ったことを、やるだけだ……」


 ぽつり。


 吐き出すように、リュイセンは言った。それは兄貴分の口癖だった。けれど、覇気あふれるはずの言葉は、暗く沈んでいた。


 ルイフォンは、リュイセンのよどみを振り払うように、明るい声を出す。


「ともかく、お前が無事に戻ってきてくれてよかった。タオロンが手引きしてくれたんだって?」


 リュイセンの話を聞きたかった。


 あの王妃の部屋で別れた直後のことは録画記録で見た。けれど、そのあとを知りたかった。この一週間の間に、どんなことがあったのか。そして、どうして脱出できたのか。


 実は――。


 タオロンが手を貸してくれたという点に、違和感があった。何か裏があるような気がしてならない。


 囚われの身のリュイセンが、単独で脱出するのは不可能。だから、必ず何者かの協力が必要で、あの庭園において、味方になり得る人間はタオロンひとり。それは確かだ。


 けれどタオロンは、娘のファンルゥを人質に取られている上に、常に見張りがついている。自由に動くことは難しいのだ。


 更にいえば、リュイセンが捕まったときの状況を考えれば、タオロンは罪悪感にかられている。なんとしてでもリュイセンを助けたいと思っているだろう。


『だからこそ』、タオロンが手引きをするのは無理なのだ。


 何故なら、〈ムスカ〉もまた、タオロンの心情を知っているから。だから〈ムスカ〉は、タオロンをリュイセンから遠ざけ、決してふたりを接触させないはずだ。


「いったい、どうやって脱出したんだ?」


「あ、ああ……」


 当然、訊かれるべき事柄ことがらだと分かっていたのだろう。口が重い現在のリュイセンでも、隠したりすることはなかった。


「タオロンの同僚だという私兵がやってきて、仲間のふりをして一緒に庭園の門を抜けた。それだけなんだ」


「なるほど」


 それなら可能かもしれない。


「タオロンもなかなかやるな」


 随分と手際よく段取りをつけたものだ。――そう思ったとき、ルイフォンは再び、引っかかりを覚える。


 タオロンは、そんなに気の利いた奴だっただろうか……?


 馬鹿にするつもりはないが、愚直な性格で、要領の良さとは無縁だった。何より、あの〈ムスカ〉を出し抜くのは、容易なことではないはずだ……。


「ルイフォン……?」


 思考の海に沈み込もうとする彼を、リュイセンが覗き込む。やや緊張を帯びて見えるのは、タオロンの手を借りたことで何かまずい事態が起きたのかと、不安になったからだろう。


「ああ、いや――」


 今ここで考え込んでも仕方ない。それよりも、リュイセンに訊くべきことがあるのだ。


 兄貴分に対し、こそこそと様子を窺うようなのは自分らしくない。遠慮なんかせずに、ここは正々堂々と尋ねる。


 ルイフォンは、鋭く猫の目を光らせ、冴え冴えとしたテノールを響かせた。


「単刀直入に問う。――良くない知らせがあるんだな?」


「!」


 声に出さずとも、リュイセンの表情が、その答えだった。


「何があった?」


 踏み込んでくるルイフォンに、リュイセンは、ぐっと、こらえるように身を固くする。


「言いにくいんだろ? ――でも、俺と話したくなければ、部屋に鍵を掛けることもできたし、『疲れているから』と言って追い返すこともできた」


「あ……」


 声を漏らした兄貴分の顔には、『その手があったか』と書いてあった。


 ――と、いうことは、部屋に入れてくれたからといって、素直に話してくれるとは限らない。


 これは長丁場を覚悟だな、とルイフォンは内心で溜め息をつく。


「まぁ、いいさ。お前が話す気になるまで待つさ」


「……すまん」


「じゃあさ。情報交換というわけじゃないけど、お前と別れたあとの、俺のほうの話を聞いてくれ」


 押して駄目なら引いてみろ、である。


 勿論、策でもなんでもなく、こちらの状況は伝えておくべきことだろう。そこに、あわよくば、話をしていく中で、ぽろっと『良くない知らせ』を漏らさないか、との下心が加わっただけである。






「それじゃ、リュイセン。また、あとでな」


 ひと通りの話を終えて、ルイフォンは兄貴分の部屋を出た。


 後ろ手に扉を閉めると、冷や汗が、どっと出た。心臓が、どくどくと脈打つのを感じる。リュイセンの前では平然としていられた自分を褒めてやりたかった。


「……」


 兄貴分は、気配に敏感だ。壁一枚、隔てただけの廊下では、すぐに彼の動揺を察してしまうだろう。


 ルイフォンは、早足でその場を離れ、廊下を曲がる。


 ――メイシアのことだ。


 リュイセンの『良くない知らせ』は、メイシアに関する情報だ……。


 腹に、ずしんと、重い何かがのしかかった。彼は倒れ込むようにして、壁に寄りかかる。


 メイシアの名前を口にした途端、ごくわずかであったが、リュイセンの呼吸が乱れた。あらかじめ注視していなければ気づかないほどの、かすかな揺らぎだったが、彼をよく知るルイフォンには感じ取ることができた。


 ――〈ムスカ〉は、しきりに『メイシアの正体』と口にしていた。


「リュイセンは『それ』を聞いた。――いや、聞かされたのか……?」


 知らず、声に出して呟く。


 しかし、〈ムスカ〉が、囚われのリュイセンに教えるメリットが分からない。メイシアに関する情報は、ルイフォンに対して使うことで最大の効果を発揮するのだから……。


「――!」


 ルイフォンは、ある可能性に気づき、息を呑む。


「〈ムスカ〉は、『わざと』リュイセンを逃した……?」


 リュイセンが屋敷に戻れば、情報はルイフォンを始めとした皆に伝わる。それを狙ったということは――。


「あり得る……」


 そもそも、あの〈ムスカ〉が、リュイセンの脱走を許すわけがない。


 つまり、リュイセンと一緒に門を抜けたという私兵は、タオロンに頼まれたのではなく、〈ムスカ〉に命じられて、そう演じたのだ。考えてみれば、私兵たちは〈ムスカ〉に逆らったら死ぬと信じ込まされている。彼らが〈ムスカ〉を裏切って、タオロンに協力することはないはずだ。


 癖のある前髪をくしゃりと掻き上げ、じっと虚空を睨みつける。


 ルイフォンたちは、まさに今日、〈ムスカ〉のもとに乗り込んでいくつもりだった。そのタイミングで、リュイセンが戻ってきた。


 まるで、こちらの先手を取るような動きだ。


 偶然にしては、出来すぎている。――だから、必然なのだ。


 勿論、昨日、思いついたばかりの作戦が漏れているとは考えにくい。だが、私兵を捕まえたことで、『こちらが動く気配を見せた』と、〈ムスカ〉は判断することができる。


 そのため、何かを仕掛けられる前にと、先回りをして、リュイセンに何かを吹き込んで逃した。


 仮定に過ぎない。


 けど――。


「辻褄が合うよな……」


 ならば、〈ムスカ〉は何を企んでいる……?


「もう一度、リュイセンと話すか」


 すべてが〈ムスカ〉に仕組まれたことであるなら、『良くない知らせ』は、大嘘の可能性が高い。リュイセンがひとりで抱え込み、思い詰める必要などないのだ。


 この推測を兄貴分に伝えて、彼を安心させてやろう。


『良くない知らせ』がメイシアに関することだと察し、焦っていたルイフォンだが、ようやく余裕を取り戻した。


 彼は、もと来た廊下を戻りかけ、途中で足を止めた。


 リュイセンの部屋に入ろうとする、ミンウェイの姿が見えたのだ。


「……野暮だな」


 きびすを返す。


ムスカ〉の陰謀は気になるが、現状、危険が差し迫っているわけではないのだ。あとでいいだろう。


「一応、親父には報告しておくか」


 ルイフォンは、執務室に向かいながら大あくびをした。


 そういえば、熟睡しているところを叩き起こされたのだ。眠くてたまらない。報告を終えたら部屋で寝よう。


 何かに夢中になっているとき、ルイフォンは寝食を忘れて没頭する。数日間の徹夜だって屁でもない。


 だが、リュイセンの脱出に関して、大まかな絡繰からくりが読めた今、彼の好奇心は急速に失われつつあった。すなわち、納得したがために興味が薄れ、集中力がなくなり睡魔に襲われている。


 メイシアは……もう、厨房に行っただろう。


 別れたときから、だいぶ時間が経っている。


 彼女を抱きしめながら眠るという、極上の時間は今晩までおあずけらしい。がっくりと肩を落としながら、彼は再び大あくびをした。



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