di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~

『記憶の保存』と『肉体の再生』で死者は蘇り、仕組まれた出逢いが運命の輪環を廻す
月ノ瀬 静流
月ノ瀬 静流

5.死せる悪魔の遺物-3

公開日時: 2023年12月1日(金) 22:22
文字数:7,363

 喧嘩腰になっていた口調を改めるべく、ルイフォンは、ごほんとひとつ、咳払いをした。多少、無理やりにだが、端正で無機質な顔つきを作り、静かにハオリュウと向き合う。


「初めに言っておく。俺はまだ、お前が〈天使〉になることに代わる、シュアンを助けるための方策を思いついていない。……代案がないのに、否定だけするのは卑怯だと承知している。けど、これから必ず、ひねり出してみせるから、言わせてほしい」 


「ルイフォン?」


 落ち着いたテノールに困惑を見せたハオリュウだったが、不意に、こくりと喉が動いた。目の前にいる相手が、『ルイフォン』ではなく、『〈フェレース〉』であることに気づいたのだ。


 しかし、ハオリュウとて、シュアンのために引くわけにはいかない。絹の貴公子は、瞳に冷ややかな光沢を宿す。


「どうぞ。あなたのおっしゃる『僕があえて口にしていない、重大な事実』とやらを教えてください」


 険を含みながらも緊張を帯びた、硬い声が促した。ルイフォンは無表情に首肯し、その場にいる皆へと、ゆっくりと視線を巡らせる。


 そして、端的に告げた。


「〈天使〉は、遺伝する」


 たった一投の小石から、大きな波紋が広がるかのように。ただ、ひとこと落とされたルイフォンの言葉に、部屋の空気が一転した。


 それを確認し、ルイフォンは厳かに続ける。


「ハオリュウ。確かに、お前なら安定した〈天使〉になれるかもしれない。……けど、お前の子供は? 子孫は? そう考えたとき、俺は、お前が〈天使〉になることを認めるわけにはいかない」


〈天使〉の力の強さと血統の関係に着目したハオリュウなら、次の世代には『『王族フェイラ貴族シャトーア』と『平民バイスア自由民スーイラ』の中間』にはならないことに気づいたはずなのだ。


 癖の強い前髪の隙間から、吊り上がった猫の目がハオリュウを射抜く。揺るぎない思いを込めて、ルイフォンは断言する。


「セレイエのような〈天使〉は、不幸だ」


「――っ」


 ハオリュウは、気圧けおされたように顔を歪めた。


 だが、彼も譲れぬのだ。故に、負けじと声を張り上げる。


「ですが、〈天使〉の力なら、ルイフォンが〈ケルベロス〉を完成させ、〈冥王プルート〉を破壊することによって、いずれ無効化されるのでしょう? それが、あなたの母君の悲願だったと聞いています。――ならば、僕の子孫への影響はないはずです」


 刹那。


 ルイフォンは野生の獣が如き勢いで立ち上がり、皆の中心に置かれたテーブルに拳を叩きつけた。


「ふざけんなっ!」


 重い一撃と共に、背中で一本に編まれた髪が、宙を舞うように跳ね上がる。


 毛先を彩る金の鈴が、青い飾り紐の中央で、閃光の煌めきを放つ。


「母さんは、セレイエのために――我が子のために死んだ。力が遺伝することを知らずに、〈天使〉として生まれてしまった娘のために命をなげうった!」


 斬りつけるように言い放ち、ルイフォンは畳み掛ける。


「お前は、遺伝の可能性を承知の上で、子孫に〈天使〉の力を受け継がせても構わないと言った。〈冥王プルート〉が破壊されれば、無効化されるから、と。――母さんの思いとは、正反対だ。そんな身勝手、俺が許すわけねぇだろうが!」


 実のところ、〈冥王プルート〉の破壊による〈天使〉の力の無効化には、ルイフォンも気づいていた。そして、その点を挙げ、ハオリュウが反論してくることも計算していた。


 だから、それを更に論破するための論理シナリオも、組み立ててあった。


 しかし、いざ、その場に直面したら、我を忘れた。


 ……母は、自分で設計しておきながら、自分の死をもって完成する〈ケルベロス〉には、ためらいがあった。――素直に怖かったのだろう。だから、ずっと、〈スー〉を放置していたのだ。


 おそらく、セレイエは成長と共に、力の制御を覚えていったと思われる。ならば、〈ケルベロス〉の完成は、もう少しあとでよいかと、母は先延ばしにしていたのだ。ルイフォンの先延ばしの悪癖は、母親譲りなのだから間違いない。


 だが、のんびりしている間に、力の影響は娘のセレイエから、その子供のライシェンへと及んだ。その結果、ライシェンは〈天使〉どころではなく、まるで『神』のような力を持つことになり、人を害したために殺された。


 母は、どんなに後悔したことだろう。


 だから、四年前に死んだのだ。


 その時点でのキリファの死が、子供ライシェンを生き返らせようとしていたセレイエに対して、どんな手助けとなったのかは分からない。〈七つの大罪〉の技術に否定的な母は、死者ライシェンの蘇生には反対だったはずだ。単純な『協力』ではないだろう。


 けれど、子供セレイエのためであることは、疑いようもない。


 母親らしいとは、お世辞にもいえなかった母の――最期に遺した……もっとも母親らしい顔。


 ルイフォンの脳裏に、勝ち誇ったように笑う、母の姿が蘇る。


「母さんは、未来に、禍根を残したくなかったんだ」


 直接、母から聞いたわけではない。


 だが、彼女の残した足跡が、くっきりと示している。


「〈七つの大罪〉の技術は、不可能を可能にする、禁忌の代物だ。人の世にあっていいものじゃない。……だから、母さんは〈冥王プルート〉の破壊を考えた。――だから、俺は遺志を継ぐ」




 ハオリュウ、お前が安心して、自分の身を犠牲〈天使〉にするためなんかじゃねぇんだよ!




 ――そう続けそうになり、ルイフォンは、ふっと目を伏せた。


 この場で感情論をぶつけるのは姑息ルール違反だ。


 ハオリュウは、シュアンを助けたい一心で、〈天使〉になると決意しただけだ。


 摂政の望み通りに『ライシェン』を引き渡すこともできるのに、それをすれば、鷹刀一族が窮地に陥ると分かっているから、〈天使〉というを取りたいと言っているにすぎない。


冥王プルート〉の破壊による〈天使〉の力の無効化まで視野に入れれば、ハオリュウの弁は、実に合理的。屁理屈をこねているのは、ルイフォンのほうだ。


〈天使〉は、自分にとって因縁のありすぎる存在で、だから、冷静な〈フェレース〉として対峙しようと思ったのに、なんてザマだ……。


 立ち上がっていたルイフォンは、ソファーに戻りながら、がしがしと前髪を乱暴に掻き上げた。丸めた背中から、金の鈴が転がり落ちる。それを握りしめ、彼は唇を噛んだ。


 ともかく。


 ハオリュウを〈天使〉にする案は却下だ。


 哀しすぎる母の、異父姉セレイエの、最期を知ってなお、〈天使〉を肯定できるわけがない。


 ――〈天使〉は、禁忌だ。


 ルイフォンは胸に手をやり、たかぶっていた心を鎮める。


 隣から、心配そうに彼を見つめるメイシアの気配がした。彼は、そっと目線を動かし、緩やかに口の端を上げる。彼女の背に手を回し、黒絹の髪をくしゃりと撫でた。


 大丈夫だ、と。


 気持ちを改め、用意しておいた論理シナリオへと舵を切る。


「ハオリュウ、お前の言い分は、理屈の上では正しいだろう」


 急に調子を変えたルイフォンに、ハオリュウのみならず、皆が不審に首をかしげた。けれど、構わず、ルイフォンは続ける。


「だが、それは、『シュアンを助けるための方策を、必ずひねり出してみせる』と言った俺の言葉を無視しておきながら、子孫に遺伝するという、お前の〈天使〉化の影響の尻拭いを全面的に俺に押しつける、ということだ。そんな虫のいい話は、受け入れられない」


「……」


 痛いところをかれたと、ハオリュウの顔に影が走った。反論できず、彼は固く口を結んで押し黙る。


「そもそも、〈ケルベロス〉が〈冥王プルート〉を破壊できるというのは、あくまでも、母さんの机上の計算だ。成功する保証は、どこにもない。それに、俺はまだ〈スー〉を目覚めさせてもいないんだ」


〈スー〉のプログラムの解析に、いつまでも手間取っていることは情けないのだが、それでもあえて口にした。ハオリュウへの効果的な攻勢であり、事実だからだ。


「こんな状況で、お前の子孫を巻き込む策なんか、採れるわけがないだろ? 俺にとって、〈七つの大罪〉の技術は、未知のものだ。責任を持てない。安請け合いなんかしたら、俺はただの愚者バカだ」


 ルイフォンの視線が、ハオリュウを捕らえる。


 見た目に反し、気性の荒い義弟おとうとは、使えるものはなんでも利用するしたたかな曲者くせものだ。しかし、かなった意見には、素直にうべなう賢さも併せ持つ。


 故に。ハオリュウは、ひるんだように、ぐっと喉を詰まらせた。


 わずかな空白。


 やがて、止められていたハオリュウの息が、静かに吐き出された。それから数度、気持ちを落ち着けるかのように、深い呼吸が繰り返される。本人は、周りに悟られないように密やかな息遣いをしたつもりであったようだが、揺れ動く肩がすべてを台無しにしていた。


「ルイフォン。まず、あなたの母君の思いを踏みにじるようなことを口にした非礼、お詫び申し上げます。大変、失礼いたしました」


 その謝罪は、間違いなく心からのもの。それは、誰の目にも明らかだった。


 しかし、ハオリュウは語調を強め、「ですが」と続けた。


「僕が〈天使〉になる以外の手段が提案されない以上、他に採るはありません」


「だから、必ず代案を出すから、少し待ってくれって、言っているだろ」


「それは、いつですか? いつまで、シュアンは囚われの身でいなければならないのですか? いくら、あの酷い監獄から移されたといっても、身柄が摂政殿下のもとにある以上、彼の心身は疲弊し続けるばかりなんですよ」


 ハオリュウの弁は正論だ。ルイフォンは、にわかに旗色が悪くなる。


「できるだけ早く……、今はまだ、それしか言えない」


「それでは待つことはできません。〈天使〉の力の遺伝についての懸念なら、僕が子孫を残さなければよいだけです」


「っ!」


 絶対に言ってくれるな、と祈っていた言葉だった。


 ルイフォンは思わず、舌打ちする。同時に、隣に座るメイシアが顔色を変え、黒曜石の瞳をクーティエへと走らせた。ひと呼吸だけ遅れてルイフォンも見やれば、クーティエがこらえるような表情で固まっている。


「ハオリュウ、お前な! そういうことは言うんじゃねぇよ!」


 ルイフォンは、牙をむく。


「だいたい、血族に異様なまでの執着を見せるレイウェンに、孫の顔を見せないつもりかよ!?」


「ちょ、ちょっと、ルイフォン。何を言っているのよ!」


 このに及んでなお、『ハオリュウとは、特別な関係なんかじゃないのよ!』と言わんばかりのクーティエが痛々しい。


 そのときだった。


「いい加減にしてくれ!」


 ハオリュウが怒号を上げた。


 皆の目が、一斉に彼へと向けられる。


 普段のハオリュウであれば、気性は激しくとも、上品な物言いは崩さない。――常ならぬ、荒々しい声だった。


「今は、シュアンを助けるための作戦会議をしているんだ。否定ばかりで、具体的な方法が生み出されないのならば、僕は初めの予定通り、ひとりで行動させてもらう!」


「ハオリュウ!」


 腰を浮かせかけたハオリュウに、ルイフォンが鋭く発する。


 ハオリュウとしては、制止の声など無視して、そのまま部屋を出ていきたかったことだろう。しかし、足の悪い彼は素早く立ち上がることができず、肘掛けを支えにしている間に、ルイフォンが回り込んで行く手を阻んだ。


 視線と視線が交錯する。


 数秒の睨み合いに末、ハオリュウは諦めてソファーに腰を下ろした。


「ルイフォン、僕が今、何を考えているか分かりますか?」


 ハオリュウの着席を見届け、自らもソファーに戻ったルイフォンは「え?」と戸惑う。


「『〈七つの大罪〉の技術を手に入れたい』――切に、そう願っています」


「なっ!?」


「リュイセンさんが〈ムスカ〉に囚われたとき、彼は死線をさまよう大怪我を負ったと聞きました。けれど、〈ムスカ〉の治療によって、たった一週間で完治したそうですね。その医術を、今のシュアンに施したい。――そう思っています」


「あ……、ああ……。そういうことか……」


〈天使〉の力で、事態を一気に解決したい、と言っているのかと勘違いしたルイフォンは、安堵の息をついた。それを冷ややかな目で見つめながら、ハオリュウが呟く。


「僕の気持ちは、間違っていないと思います。――苦しんでいる人がいるから、助けたい。そのために技術を求める」


「……」


「技術は、ただの手段です。それを使う人間によって、良いものとも悪いものとも呼ばれるだけです。――僕は、〈七つの大罪〉の技術を恐れたりはしません」


 絹の貴公子は、緩やかに闇をまとい、決然と言い放つ。


「僕は〈ムスカ〉のことが大嫌いでしたが、実のところ、僕と彼は近い人間なのかもしれません。僕には、妻のために気が狂うほどに足掻あがいた彼の気持ちが、痛いほど理解できる」


「ハオリュウ……?」


「〈ムスカ〉の医術も、〈天使〉も、ただの技術手段です。特別なものでも、ましてや『禁忌』などという言葉で、神格化されるようなものでもありません」


「っ!」


「そんなことを言っていたら、ミンウェイさんの存在はどうなるんです?」


 挑発的な口調で、よどみなく。斬り込むような視線が問う。


 ルイフォンは、小さく「え?」と漏らし、闇色の瞳を凝視した。


「彼女は『不治の病の人間の遺伝子から、病気の因子を取り除いて作られた、クローン』です。『ひとりの人間の妄執から生み出された、都合のよい生命体』です。――許されるものではない。充分に『禁忌』の存在と言えるんです」


「お前、何を……」


 狼狽するルイフォンに、ハオリュウは我が意を得たりとばかりに口元を緩める。


「でも、僕は、彼女を『禁忌』だとは思いません。『禁忌』であると考えたら、彼女は『処分されるべき実験体もの』となるからです」


 あなたも、彼女を『禁忌』と思いたくはないでしょう? ――と、薄く細められた瞳が、ルイフォンの心の奥を覗き込む。


「――っ! ミンウェイは……!」


 ルイフォンは唇をわななかせた。


 ミンウェイの存在が『禁忌』である危うさを持っていることは、百も承知している。彼女の『秘密生い立ち』をあばいたのは、他でもない彼自身なのだから。


 ……不意に。


 ルイフォンの脳裏に、〈ムスカ〉から託された記憶媒体の内容が、鮮烈に浮かび上がった。






 あの記憶媒体の中身は、王族フェイラの『秘密』のみならず、〈悪魔〉の〈ムスカ〉が知り得た、ありとあらゆる情報の宝庫。――ルイフォンは、皆にそう説明した。


 その言い方は、少し濁した表現だった。


 そのまま受け止めれば、王族フェイラや摂政に関する、政治的な情報が書かれていたのだ、と聞こえることだろう。しかし、実は、それだけではなかったのだ。


『〈悪魔〉の〈ムスカ〉』の人生そのものともいえる、彼の研究のすべても遺されていた。


 ルイフォンが〈七つの大罪〉のデータベースに侵入クラッキングして入手した研究報告書よりも、ずっと詳細な、生々しい記録データが残されており、硝子ケースの中の胎児のミンウェイが、実験体としての番号ナンバーで呼ばれていたことすらも綴られていた。


 このことを知っているのは、ルイフォンと、彼が打ち明けた最愛のメイシアのみ。


 ルイフォンは初め、〈ムスカ〉は、ひとりの研究者として、自分の死と共に、自分の研究が失われていくことが耐えられなかったのだろうと考えた。だから、密かに記憶媒体に遺したのだ、と。


 しかし、もし、そうであるのなら、同一人物である『オリジナルのヘイシャオ』も、人の目につくところに研究を遺したはずなのだ。けれど、実際には、『ヘイシャオ』の研究の数々は、蘇った『〈ムスカ〉』が持ち出すまで、かつてミンウェイが住んでいた古い家の研究室で、埃に埋もれて眠っていた。


 この不整合に気づいたとき、ルイフォンは悟った。


ムスカ〉は、『娘のミンウェイ』に、自分という人間のすべてを見せたかったのだ。


 けれど、研究対象としての彼女のことが克明に記されているために、直接、渡すことをためらったのだろう。


『これは、ミンウェイに渡すべきものだ』


 涙ぐむメイシアと共に、そう言って頷きあった。


 ただ、やはり、記憶媒体を託されたルイフォンとしては、先に自分が内容を確かめておくべきだと考えた。万が一にも、ミンウェイを深く傷つけるようなことがあってはならないからだ。


 そして――。


 最重要と思われる、ミンウェイに関する部分は、かろうじて読破した。専門外のため、ほとんど理解できなかったが、それでも必要を感じたから、やり遂げた。


 しかし、その他の部分も、念のため……となると、ルイフォンのやる気は急速に削がれた。ざっと目を通すだけなのであるが、途中から作業は遅々として進まず。他にも、やるべきことがあるのと、先延ばしの悪癖が頭をもたげてきたのとで、『〈ムスカ〉の研究のすべて』は、いまだルイフォンの手元にある……。






「ルイフォン? いきなり、どうしたんですか?」


 思考を異次元へと飛ばしたルイフォンに、ハオリュウが不審の声を上げた。


 メイシアが気遣うように、そっと肩に触れても、端正で無機質な面差しは微動だにせず。代わりに、後ろで一本に編まれた髪が、彼の猫背を撫でるように揺れた。


 毛先を留める青い飾り紐の中央で、金の鈴が煌めく。


「――そうか」


 唐突な、息を呑むような呼吸音。そして、小さなテノールが、ルイフォンの口から漏れた。


「〈ムスカ〉の技術は、人のためのものだったんだよな……」


「ルイフォン?」


 ハオリュウが訝しげに眉をひそめる。その声に引き寄せられるように、ルイフォンは体を起こした。


「シュアンはさ。立場とか、身分とか、名誉とか――そんなものには興味のない奴だよな?」


「え? ――ええ、そうだと思います」


 急な問いかけに、ハオリュウは困惑する。それでも、無意識のうちに断定を避けるのは、貴族シャトーアとして身につけてきた警戒心からだろう。


 ルイフォンは心の中で苦笑しつつ、すっと口角を上げた。


「そして、おそらく――いや、間違いなく、自分のために、お前が〈天使〉になったと知ったら、シュアンは一生、後悔する。どうして、あのとき、看守たちに嬲り殺しにされなかったのかと、生涯、自分を呪い続けるだろう。あるいは、お尋ね者になったほうがマシだったと、俺たちを責めるかもしれないな」


「あなたは何を……!」


 ハオリュウの目が、剣呑を帯びる。


 しかし、ルイフォンは、反論の隙を与えずに畳み掛けた。


「シュアンの気持ちを考えれば、初めから、お前を〈天使〉にする、なんていう選択肢はあり得なかったんだよ」


「だからといって、他に方法が――」


「閃いたぞ」


 ルイフォンが鋭く言い放つ。


 挑発的に顎を上げると、癖の強い前髪が跳ね上がった。その下から、攻め込むような猫の目が、燦然と輝く。


「お前が〈天使〉になることもなく、シュアンがお尋ね者になることもない。――これ以上はないっていう、名案をな!」



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