di;vine+sin;fonia ~デヴァイン・シンフォニア~

『記憶の保存』と『肉体の再生』で死者は蘇り、仕組まれた出逢いが運命の輪環を廻す
月ノ瀬 静流
月ノ瀬 静流

天命の絆

公開日時: 2021年1月19日(火) 22:22
文字数:7,409

 真っ白なおくるみに包まれた異母妹いもうとは、想像以上に小さくて、俺は伸ばしかけていた手を止めてしまった。触れたら壊れてしまいそうで、彼女のほっぺの柔らかさを確かめるのが怖くなったのだ。


 そんなふうに、ベビーベッドのふちでためらっていたら、俺の脇腹をかすめてシャンリーが顔を覗かせた。彼女の指先が、迷うことなく異母妹の柔肌をぷにっとする。


 あー!


 ほっぺ一番乗りを取られた!


 俺は内心で叫んだが、シャンリーだから許す。シャンリーは俺の相棒で、俺の半身で、俺自身も同然だからいいんだ!


 ……悔しいけど。


「赤ちゃん、すっごく柔らかーい! レイウェンも触ってみなよ」


「あ、ああ! 当然だよ! 俺の異母妹だからね!」


 わけの分からない威張り方をして、俺は異母妹の手に触れた。ほっぺは、シャンリーに先を越されたからだ。


「!」


 次の瞬間、俺は硬直した。


 異母妹が、俺の指を握ったのだ!


 小さな手が、俺をぎゅっと掴んで離さない。どう見たって、おもちゃにしか見えない細い指なのに、凄い力。その指の一本一本には、信じられないくらい薄いけれど、透明な爪がしっかり生えそろっていて……。


「……あぁ」


 まずい、俺、泣きそうだ。


 そう思ったとき、隣でシャンリーがしゃくりあげた。


「レイウェン、レイウェン……」


「なっ、何、泣いてんだよ!」


「赤ちゃん、生きている……」


「あ、当たり前だろ!」


 ――当たり前なんかじゃなかった。


 俺たちは、生まれたばかりだった俺の弟の死を見ている。


 俺の一族――鷹刀では、代々の近親婚のせいで子供が生まれない。生まれても、なかなか育たない。俺が、特に病気もなく元気に育っているのは、奇跡みたいなものだ。


 俺の知らない兄や姉もいたらしいが、皆、死んだ。


 だから、俺に兄弟はいない。――いなかった。


 俺は異母妹に指を握られたまま、反対の手でシャンリーの肩を抱いた。


「シャンリー、この子は俺たちの異母妹だよ。俺たちが、全力で守ってあげるんだ!」


 俺は、こぼれそうになっていた涙を抑えてそう言った。『お兄ちゃん』の俺が泣くなんて、格好悪いことをしてはいけないのだ。


「私の……異母妹にしても、いいのか?」


 赤ん坊の頃に両親を亡くしているシャンリーにも兄弟はいない。養父のチャオラウは独身で女っ気もなく、義理の弟妹の望みは薄かった。


 そんな、ひとりっ子同士の俺たちは、母上が弟を産んだとき、無邪気に胸を躍らせた。自分たちより小さな存在ができることで、なんとなく偉くなれる気がしたのだ。


 その喜びは、ほんの数時間で立ち消えた。俺たちは何をすることもできず、ただ儚く消えていく命を見守るしかなかった。それが彼の運命だったのだから仕方なかった。


 でも、幼い俺たちは、その衝撃を忘れられなかった。


 それ以来、俺たちにとって、兄弟というものは尊い憧れになった。飢えていたと言ってもいい。


 周りの大人たちは、乳兄妹の俺たちを兄妹同然とみなし、『ひとりじゃないから、寂しくないだろう?』と言う。けれど、それは違う。シャンリーは妹ではない。


「俺の異母妹は、シャンリーの異母妹だよ。だって、シャンリーは俺の妻になる女なんだから」


 物心ついたころから、俺はそう決めていた。ちゃんと、シャンリーにも承諾を得ている。あとは彼女の養父であるチャオラウとの決闘に勝って、『お嬢さんをください』と言うだけなのだが、残念ながらまだチャオラウには勝てたためしがない、という状況だ。


「レイウェン、ありがとう」


 涙の残る顔で、シャンリーがにこっと笑った。その顔に、俺はどきりとする。


 いつも俺と一緒にいるせいで、男勝りといわれる彼女だが、本当は凄く可愛いのだ。でもそれは、俺だけが知っていればいいことだ。


 俺は、なんとか心を落ち着け、真面目な顔に切り替える。そして、そばのベッドで横になっているキリファさんに向き合った。異母妹が生まれたら、絶対に言うって決めていたのだ。


「キリファさん、俺の異母妹を産んでくれて、ありがとうございました」


 俺が頭を下げると、隣でシャンリーが慌てたように倣う。


「はっ? えっ?」


 キリファさんは、きょとんとした。


 のちのち、大人になってから知ったことだが、こういう台詞は夫が妻に言うものらしい。でも俺は、俺の異母妹を産んでくれたキリファさんに本当に感謝していたからいいのだ。


 キリファさんは面喰らったような顔で、きょろきょろと視線をさまよわせ、助けを求めるように父上を見やった。しかし、父上の仏頂面は相変わらずで、『やっぱり、この男はあてにならないわね』というキリファさんの心の声がはっきりと聞こえた。


 それで、仕方なくといったていで、彼女は母上に救いを求める。


 母上は、楽しそうにころころと笑っていた。


「キリファさん、本当にお疲れ様。この子たち、兄弟ができるのをとても楽しみにしていたのよ。私からもお礼を言うわ。どうもありがとう」


「ユイラン……」


 キリファさんは一度だけ瞬きをして、困ったように口をとがらせてうつむく。落ち着きなく、もじもじと手を組み合わせているが、本当は嬉しいのを誤魔化しているだけだ。


 そんなキリファさんの頭の上に、父上の手が伸びる。そして、彼女の猫毛をくしゃりと撫でた。


 ……たぶん、今更ながら、俺や母上に遅れを取ったことに気づいたんだと思う。父上は、本当に感情表現の下手な人だ。


 いつだったか、シャンリーが『怖いものを見た』と半泣きで俺のところに来た。キリファさんと一緒にいた父上が、満面の笑顔を浮かべていたらしい。


『父上も人間なんだから、笑うことぐらいはあるだろう』と俺は言ったのだが、よく考えたら、俺の記憶にある限り、『にやり』以外の父上の笑った顔なんて見たことがなかった……。






 何も知らない他人から見れば、俺の家庭の事情は複雑で不思議、いや不可解だろうと思う。でも、俺にとっては自然な形だ。


 俺は、俺の家族が好きだ。


 そして、新たに異母妹が加わり、更に大好きな家族になった。


 大切な大切な、俺の小さな異母妹は、セレイエと名付けられた。






 ――けれど、俺の無力が、俺の幸せを壊した……。






 まっすぐに伸びてきた刃を、身をかがめてかわした。そのままの低い位置から、俺は相手の腹を一直線に貫く。


 肉を斬り裂く、柔らかくて重い感触。


 背まで突き抜けた刃を一気に引き抜くと、熱い鮮血が俺に向かって勢いよく噴き出した。まるで仕返しだとばかりに気持ちの悪い粘り気がまとわりつき、足元に広がる美しい花畑に真紅の花を咲かせていく。


 俺は、血にぬめる草の大地を蹴り、セレイエを襲おうとしている敵を背後から斬りつけた。


「っ!」


 浅かった。


 足元が滑った。踏み込みが甘かった。


 だが、敵は一瞬、ひるんだ。その隙にシャンリーがセレイエの手を引き、抱きかかえる。


「逃げろ!」


 俺は、叫ぶ。


 ふたりのあとを追おうとした敵に、俺は父上譲りといわれる神速の刃を振るう。


 俺の身長では首まで届かない。だから、セレイエを狙う凶刃を握る、その手を斬り落とす。


「――!」


 声にならない悲鳴を上げ、失った腕の斬り口を押さえてうずくまる敵。


 俺は無防備になったその首筋に、容赦なく刀を落とす。


 致命傷を与えた――と、思う。けれど、血を吸った俺の刀の斬れ味は、格段に落ちていた。思うように骨を断つことは叶わない。


 未熟な俺は、まだ父上のような双刀は扱えない。だから、俺の刀はこれ一本きりだ。


 俺は内心の焦りを隠し、敵と睨み合う。


 十人はいるだろうか。


 皆、一見して凶賊ダリジィンと分かる。どこの一族かは知らないが、鷹刀と敵対する者たちだろう。


 子供のくせに、顔色ひとつ変えずに人を斬る俺を、彼らは異質なものを見る目で見ていた。


 けれど、誰よりも、俺自身が驚いていた。


 俺が人を斬ったのは初めてだ。


 なのに、俺にためらいはなかった。俺の大切な異母妹を傷つけようとする輩を、生きて帰すつもりはなかった。


 ――とはいえ、今の俺の実力では、自分たちが生きて帰ることができるかどうか、だ……。


「まだ、やりますか?」


 俺は、感情を消した平坦な声で問いかけた。


 まだまだ序の口だと言わんばかりに、冷たく嗤う。服どころか、髪も顔も、返り血で真っ赤に染まった俺が、できるだけ不気味に映るようにと。


「小僧……。餓鬼のくせに……」


 敵は、明らかに動揺していた。


ぃ抜くな! たとえ餓鬼でも、鷹刀だ。――だが、こいつらをれば、俺たちの名に箔が付く!」


 後ろのほうから、偉そうな態度の男の声が飛んだ。


 数ある凶賊ダリジィンの中で、鷹刀は他の一族とは別次元の存在といわれている。


 鷹刀の血族は、魔物のように強く、魔性のように美しい。それは、〈七つの大罪〉と手を組み、人体改造を受けたからだ――と、まことしやかに噂されていた。


 ひと目で血族と分かる鷹刀の者は、生きた伝説。実際、鷹刀は〈七つの大罪〉の支配によって、異常なまでの近親婚を繰り返していたから、噂はあながち嘘とはいえない。


 そうして作られた濃い血の人間を〈七つの大罪〉は〈にえ〉として要求してきた。なんのために〈にえ〉が必要なのかは知らないが、連れ去られた血族たちが殺されていったのは間違いないだろう。


 そして、見返りとして、〈七つの大罪〉は鷹刀に絶対の庇護を与えてきた。


 そんないびつな関係を断つために、祖父イーレオは、自らが一族の総帥となって〈七つの大罪〉と手を切った。俺が生まれたころの話だ。


 祖父上は正しいと思う。


 俺の母ユイランは、本当は父エルファンと結婚したくなかった。それは、父上のことが嫌いだからじゃなくて、母上からすれば、父上は弟か子供のようなものだからだ。実際、父上は、母上の実の弟――一族を出ていったヘイシャオ叔父上と共に、母上に育てられたのだから。


 だから、祖父上は間違ってない。


〈七つの大罪〉という牽制力を失い、鷹刀が目に見えて弱体化したとしても。


 最後の血族の、俺やセレイエの命が狙われたとしても――!


「ひるむな! 鷹刀を滅ぼせ!」


 敵の怒号が響き渡る。


「餓鬼だけでいるなんて、またとないチャンスだ!」


「全員でかかれ!」


「妹を狙え!」


 暴言が、俺の耳を打った。


 その瞬間、俺は走り出していた。


 俺が盾となっても、一気に向かってこられたら、全員を討ち取ることはできない。必ず、何人かは俺の刃をすり抜けてセレイエに向かう。


 もしここが細い路地だったら、俺はひとりでも全員をれた。でも、ここは広い花畑だ。


 小さなセレイエは自分で身を守ることはできない。それどころか、この草の大地を転ばずに走ることすら難しい。それが分かっているシャンリーは、セレイエを抱いて逃げている。


 ――けど、それでは、すぐに追いつかれてしまう……!


「シャンリー!」


 俺の声に、ちらりと振り返った彼女は、それで察してくれた。セレイエを下ろし、「大丈夫だから、じっとしていて」と言い含めている。


「レイウェン、背中は任せた」


 たどり着いた俺に、すっと背を向け、シャンリーは抜刀した。迷うことなく俺に背中を預けてくれる彼女に、俺もまた背を合わせる。俺たちの間に、セレイエを挟むようにして。


 敵が迫る。


 俺の刀が、敵の胴を薙ぐ。


 明らかに、斬れ味が悪い。斬るというよりも、叩きつけるような一撃は、俺の腕に重い衝撃を与えた。


「……くっ」


 俺が眉をしかめたと同時に、横から銀色の凶刃が煌めく。俺はすんでのところでかわそうとするが、俺が動いたらセレイエが斬られることに気づく。


「――!」


 俺は歯を食いしばり、向かってきた敵の腹を裂いた。


 浅くてもいい。戦闘不能にすればいい。確実に仕留めるより、数を減らすほうが先だ。


 背後で、シャンリーが小さくうめいた。深くはなさそうだが、傷を受けたのだと分かる。俺の胸がずきりと痛む。


 軽い身のこなしが得意な彼女だが、セレイエを守っている以上、大きく動くことはできない。苦戦している。それでも彼女の直刀が、果敢に敵の目や喉を突いていく。




 ――けれど、多勢に無勢だ。


 そして、俺たちは、セレイエのそばから離れるわけにはいかなかった。


 俺たちが避ければ、セレイエに凶刃が落とされるかもしれない。


 それが怖くて、俺たちは動けなかった。




 体が重い。


 腕が上がらない……。




「おにいちゃん! おねえちゃん!」




「セレイエ、逃げろ……」




「おにいちゃん、おねえちゃん! いやぁぁぁ――――!」




 刹那。


 花畑から、光の柱が立ちのぼった。


 ――否。


 無数の閃光が、セレイエの背から噴き出していた。


 白金の輝きが、渦巻く熱風を作り出す。草花が引き千切られ、天高く舞い上がる。


「な……?」


 その場にいた誰もが、瞬きひとつできずに、その幻想的な光景に魅入られた。


 初めは、勢いよく蒼天を目指していた光は、やがて緩やかに風になびくように、横に大きく流れ、細い糸状にほどけていった。


 眩しかった光は穏やかになり、網の目のように広がった糸の内部で、生き物の鼓動のように明暗を繰り返す。


 それは、まるで、光を紡ぎ合わせて作り上げた、羽のよう――。


「光の天使……」


 シャンリーが呟いた。


 俺とそっくりなセレイエの漆黒の髪が、光を弾いて白金に輝いて見えた。


 凄く、綺麗だった。


「ば、化物……」


 敵のひとりが声を漏らす。


「おにいちゃんと、おねえちゃんに、ひどいことしないで!」


 細くて甲高い、セレイエの叫びが放たれる。


 その瞬間、セレイエの背から光が伸び、すべての敵に突き刺さった――。


 何が起きたのか分からなかった。


 ただ、光を受けた敵が心臓を破裂させて絶命した。


 それと同時にセレイエも倒れ、羽が消える。抱き上げようとしたら、彼女の肌が火傷しそうなほどの高熱を発していた。


 さわれない。


 どうしよう!


 俺が顔を歪めて泣きそうになったとき、シャンリーがさっと上着を脱いでセレイエを包んだ。


 ああ、これなら……。


 そのあたりで、俺の記憶は途切れた。






 俺たちは『気配を感じた』というキリファさんによって見つけ出され、助けられた。


 あとで聞いた話によると、俺は失血死寸前だったそうだ。






「なんで? どうして!?」


 夢うつつの中で、俺は、キリファさんが泣きじゃくっているのを聞いた。


「遺伝するなんて、知らない!」


 キリファさんの高い声に対して、父上がぼそぼそと何か言っていた。けれど、声が低く、聞き取ることができない。




「〈天使〉が子供を産んだ前例なんてないもの。〈天使〉は羽を使えばすぐに死ぬから、長生きできない。……でも、あたしは特別だったから。あたしは王族フェイラの血を引いているから」




「あたしも、そんなこと知らなかった。――あまりにも羽と相性の良すぎるあたしを、〈スコリピウス〉が徹底的に調べたら、あたしは王族フェイラの血を引いている、って」




「あたしの母親は娼婦で、父親は誰とも知らない客の男よ。だから、そいつが王族フェイラを先祖に持つ貴族シャトーアか。そういった貴族シャトーアの落し胤か、そんなところだろう、って……」




「羽の相性は、血統がものをいう。……だからセレイエは、あたしの半分しか適性がない。次に何かあったら、セレイエは……!」




「あたし、もう、子供は産まない……! あたしの血を引いたら可哀想……。ユイランに任せる……。エルファン、ごめん。ごめんね……」






 俺も、セレイエも、シャンリーも、一時は死線をさまよったが、皆、九死に一生を得た。


 けれど、セレイエはキリファさんと共に、鷹刀の屋敷を出ることになった。一族から追い出されたような形を取り、今後、他の凶賊ダリジィンに狙われないようにして――。






「俺が、もっと強ければ……!」


 俺が充分に強くて、セレイエに怖い思いをさせなかったら。


 余裕で敵を撃退して、セレイエが羽なんか出さずにすんだなら……。


 俺は、シャンリーにすがって泣いた。


 シャンリーも、俺に抱きついて泣いていた。


 俺たちは無力だった。


 俺たちは、自分たちが不甲斐なかった。


 大人たちは、俺たちに責任はないと言った。


 あのとき誰がそばにいても、セレイエの恐怖は変わらなかっただろうと。


 けれど、セレイエが〈天使〉である以上、常に危険と隣合わせの凶賊ダリジィンとは距離を取るべきだと言った。


 それが、セレイエのためだと……。






 それから数年後――。


 弟が生まれた。リュイセンという。


 いずれ総帥となる俺を支えるため、俺に万一のことがあったときの鷹刀のため、セレイエと引き離された俺の心を埋めるため……。


 すべてが周りの思惑によって都合よく誕生した彼は、おそらく、あらゆる病気の因子を排除された体外受精児だ。


 誰も何も言っていないが、なんとなく察してしまった。何故なら、俺の同父母弟が、なんの細工もなしに健康で生まれてくる確率は、極めて低いのだから。


 かつて、〈七つの大罪〉は、鷹刀の血が変質することを何よりも嫌った。それ故、いくら血族の生存率が低くとも、鷹刀の遺伝子に手を加えることを許さなかったという。


 けれど、今はもう関係ない。


 それに、そうでもしなければ、キリファさんを溺愛している母上が、父上との子供を作ることに納得しなかっただろう。母上は頑固なのだ。


 そんなことが分かるくらい、俺が大きくなったとき、俺はシャンリーに壮大な計画を持ちかけた。


「シャンリー、頼みがある。俺は鷹刀を抜けて、リュイセンを総帥にしたい。君が協力してくれれば、それができるんだ」






 ――そして、現在。






「ただいま」


 護衛の仕事から、シャンリーが帰ってきた。


 普段、彼女は剣舞のほうで忙しいため、警備会社の仕事はしないのだが、今日はメイシアさんに『女性の護衛を』と頼まれて買って出たのだ。


「レイウェン! 予想外の事態が起きて、〈ムスカ〉の居場所が掴めそうだ!」


 声を弾ませ、シャンリーが報告をする。ミンウェイの気持ちを考えると複雑ではあったが、それはかなりの朗報だった。


 ……そんな、ひと通りの連絡事項をすませたあと、シャンリーがふと嬉しそうに言った。


「ルイフォンの奴、やっぱり出てきたな」


「そりゃ、ルイフォンさんは、メイシアさんが心配だろうから」


「おいおい、レイウェン。ルイフォン『さん』って。あいつは私たちの異母弟だろう?」


「表向きは叔父だよ」


 キリファさんは一途に父上を想っていた。


 だから、ルイフォン『さん』は、俺たちの異母弟でしかあり得ないのだ。そのことに気づかない父上は、やはり朴念仁としか言いようがないだろう。


 セレイエも、リュイセンも、ルイフォンも――。


 俺の弟妹たちは、それぞれに、なかなか厄介な天命を背負っている。


「レイウェン」


「ん?」


「『お兄ちゃん』の顔になっている」


「……ああ、そうだな」


 俺は『お兄ちゃん』だ。


 だから俺は、弟妹たちの幸せを願う。


 どうか、彼らが自由に、のびのびと生きていけますように……。


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