ライオン男

セントラルパークデスマッチ編
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ライオン教団の儀式

公開日時: 2022年5月1日(日) 22:15
文字数:4,609

 ニューヨークにライオン教団現る。私、フィオナはその実態をつかむため、ひそかに彼らの行う儀式を撮影した。これからその様子をご覧いただく。

 これは、フィオナが書いたインターネット記事の冒頭だ。この冒頭文の後に、ライオン教団が行う儀式の動画と画像が掲載され、そのあとにまた文章が続く構成である。

 ライオン教団が行う儀式の映像は、これからアレックスが毛皮を被り、ライオンメイクをして撮影する。その内容について説明を受けたアレックスは、

「こんなものが人気なのかよ。オカルトってわけわからん。信じられないな」

 呆れと驚きの混じった声を上げた。記事も映像もオカルト全開で、アレックスの理解できるものではなかった。なぜこれが100万回の閲覧数を誇る記事となるのだろうか。納得いかねえぜ、というのがアレックスの意見だ。

「あたしだって信じられないわ。記事を掲載するたび驚いているくらいだもの」

「だよなあ。プロレスのほうがよっぽど面白いのに。お前も今度見に来いよ。すぐにハマるぜ」

「う、うん、スケジュールが合えばね。……と、さあ、ついたわよ」

 アレックスとフィオナは撮影場所に到着した。午後八時、夜のセントラルパークである。緑あふれるこの公園は、昼間、大勢の人が憩いのために訪れる大都会のオアシスだ。しかし日の落ち切った今、人の気配がなく、暗く静まり返っている。木の陰からおかしなものが飛び出してきそうな不気味ささえ感じられる。

 不届きな奴らがいつ襲ってきてもおかしくない。人殺しをいとわぬ男たちに追われるアレックスは警戒を怠らず、周囲に目を光らせる。すると、公園の中心部で夜闇がわずかに揺らいだように見える。風が木を揺らしたのだろうか、それとも猫か犬だろうか。目を凝らすと、わずかだった揺らぎは大きくなり、こちらへ近づいてくる。

「何か来るぞ」

 アレックスがフィオナを引っ張り自分の背中へ隠すと、フィオナは「うひぃ」と小さく悲鳴を上げてアレックスにしがみついてきた。そしてこぶしを握ってファイティングポーズを構えると、夜闇は人の形をとってにじり寄ってくる。

「よお、来たな、二人とも。言われたものは用意しといたぜ……、って、お前ら何やってるんだ」

 歩み寄ってきたのはアンソニーだった。彼は身を寄せる二人を見て、顔をしかめた。

「別に何でもないわ」フィオナはアレックスの腕を放して飛びのく。「それより頼んでたものは用意できたの? 頼んだあたしが言うのもなんだけど、あんなもの用意できるだなんて思えないんだけど」

「俺にかかればあれくらいなんてことないさ。さあこっちへ来な」

 アンソニーは二人を伴い、公園の中心部へ向かっていく。その先にはドラム缶があった。

「ほら。どうだ、注文通りの品だろう」

 アンソニーはそういってドラム缶に手をかけてよりかかる。ドラム缶はフィオナの注文した通りのものだった。高さ90センチ、直径60センチ、中には水がいっぱいに入っており、少々押したくらいではびくともしない重量だ。状態は新品に近いピカピカで、少々叩いたり蹴ったりしても壊れないだろう。そんなドラム缶が三つ、二つを土台にしてその上に一つが立っている。

「やっぱりお前はすごいなあ。こんなのどうやって手に入れたんだよ」

 アレックスはアンソニーに感心しきりだ。彼はアイデアを出せるし、急にドラム缶を用意できるし、プロレスの腕だって一流だ。特にプロレスがすごい。アンソニーは太めの、それこそドラム缶のような体形をしている。にもかかわらず、リングに上がれば飛んだり跳ねたりの空中殺法が誰よりもうまい。

「神は必要としている者に必要なものを与えてくれる。ただそれだけさ」

「お前は本当に信心深いなあ。俺もプロレスでスターになるよう、天の神様に言っておいてくれよ」

「言わずとも神はすべてを見ている。お前が多くの努力をし、試練にあっていることもな。有名になることが必要なら有名にしてくれるさ。とりあえず今はオーフェンのことに集中するんだな」

 わかってるって、と言いながら、アレックスはバックパックからヘラクレスを取り出す。ヘラクレスは撮影の内容に納得していないのか、とびっきり渋い顔をしていたが、構ってられない。事前にフィオナから指示された通り、ライオンの毛皮を顔が正面を向くように上のドラム缶に乗せ、ライオンのトーテムを作り出した。

「さあ、それじゃああとはライオン教団のメイクだけね。そこに座ってこっちに顔を向けて」

「いやあ……、化粧ってあんまり気が進まないなあ。省略してもいいんじゃないか」

「何言ってんの、あたしはオカルト記事は好きじゃないけど、やるからには本気なの。省略だとか手抜きだとかは認めないわ。あんただってプロレスやるときは本気でしょ?」

 フィオナは他人に化粧をするのが楽しそうだったが、アレックスは乗り気じゃない。しかしプロレスを引き合いに出されては黙っておれぬ。覚悟を決めて腕組みし「さっさとやっておくな」と目をつむりあとを任せる。

 フィオナは化粧道具をバックから取り出し、アレックスの顔に粉を塗りたくる。目の周りを黒くしてライオンの眼光を再現し、口の周りを赤く塗って恐るべき牙をイメージし、ライオン男の完成だ。この化粧をアンソニーにも施す。

「さて、撮影準備オーケーね。二人とも似合ってるじゃない。ワイルドって感じ。この格好でプロレスやったら人気が出るかもよ」

「まじかよ。それなら今度やってみようか――」

 アレックスは真剣に思い悩んだ。間抜けだし化粧は嫌だが、スターにはなりたい。試してみる価値はあるかも……と、フィオナがクスクスと笑っているのが目に入った。

「からかいやがったな」

 冗談めかして腕を振りかぶると、フィオナはきゃあと笑って避けた。

「うおっほん、冗談言ってないで、さっさと撮影しちまおうぜ。ほら、配置につくから合図しろよな」

「オーケー。あんたたち二人はここね。私はあっちから撮影するから、合図を待っててね」

 アレックスとアンソニーをドラム缶の前にひざまずかせ、フィオナは近くの木陰に行った。そこで今回使うカメラ、アレックスから借りたスマートフォンの動作を確認する。アレックスのスマートフォンは、フィオナが使っているものとは別機種だが、幸いにも操作方法は同じだった。ズーム、録画開始、停止、問題なく操作することができる。

「それじゃあ撮影を始めるわよ。スリー、ツー、ワン」

 ゼロを発声せず、上げた手を振り下ろす。ライオン教団の儀式を撮影スタートだ。

 儀式は、アレックスとアンソニーが膝まづいて祈ることから始まる。

 フィオナはその様子をスマートフォンのカメラでとらえ、次に映すのは、二人が祈りをささげる祈る対象、ライオンのトーテムだ。

 アレックスとアンソニーはひざまづき、何かぶつぶつと祈りの言葉を唱えている。これはもちろん即興のインチキ呪文であり、何の意味もない。しばらくそれを唱えると静かに立ち上がり、それに続いてアンソニーも立ち上がった。

「さあ、どちらがライオンの毛皮にふさわしいか、決闘で決めるぞ」

「ああ、お前には負けないぜ」

 二人の声は棒読みだ。状況を説明していることがまるわかりの、素人演技である。

 フィオナは、あいつらへったくそねこの撮影大丈夫かしら、と不安を感じたが、始まった決闘に目を見開いた。

 二人の決闘は、パワフルでスピーディーでダイナミックで、素晴らしい迫力があった。アレックスが鉄腕を振るうと、アンソニーは華麗なステップでそれをかわす。

 アレックスはスピードでかなわないと悟り、タックルで組み付きにかかる。

 アンソニーはパンチで向かい打つ。ガツンと、拳で頭を叩く。

 が、それでもアレックスは止まらない。腰にタックルしてアンソニーを押し倒すと、腕をつかんでひねり上げ、さらに両足で首を絞める。トライアングル・チョークという高度な技だ。

 アンソニーの息が詰まり、顔がたちまちに赤くなる。効果は抜群だった。たちまちにタップして降参した。

 ファインダー越しに覗いていたフィオナは「なんか腕を引っ張ってるわね」という理解しかできなかったが、興奮していた。撮影していなければ、いけーやっちゃえー、と声援を送りたいくらいだ。鍛えた肉体のぶつかり合いがこれほど迫力あるものと思っていなかった。これまでプロレスを軽く見ていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。

「私、アレックスに対して、プロレスに対して、失礼なことを言ってしまったわ」

 フィオナの心に影が差す。私はオーフェンの屋敷で彼を用心棒扱いし、プロレスを暴力として使わせようとしてしまった。彼に言わなければならないことがある。そうしなければ彼に顔向けできない。それをどういった言葉で伝えるのか……。

 しめ技を解除されたアンソニーは肩を回して体の無事を確認すると、

「ナイスファイトだ。お前こそが毛皮にふさわしい」

 アレックスの勝利をハグで祝福する。そして、トーテムからライオンの毛皮を取り外し、それをアレックスにかぶせた。

 すると、星の光を浴びてライオンの毛皮が輝きだす。アレックスに神話の力が宿ったあかしだ。

「さあ、ライオン男のパワーを見せてくれ」

 アンソニーが棒読みで促すと、アレックスはドラム缶を片手でつかみ上げ、頭上高く放り投げた。残る二つのドラム缶もひょいとつかんで次々放り投げ、落ちてきたのをつかんでまた放り投げる。ドラム缶のジャグリングだ。

「皆さん見てください。落ちてくるドラム缶を受け止めるたび、ライオン男の足は地面にめり込んでいます。ドラム缶のなかに水か何かが入っているのでしょう、相当な重さだということがわかります。なのにあのライオン男は軽々とジャグリングをしています。人間にこんなことができるでしょうか。できるわけありません。つまりあいつはエイリアンなのです。ああ、私、フィオナ、エイリアンをこの目で見ることができて感動しています。ただいまより、人類初のエイリアンとのコンタクトを行います。突撃取材へゴー!」

 フィオナはカメラを自分に向けてセリフを吹き込み、アレックスとアンソニーへ向かって走る。

「すみませーん、今やっていることにはどういう意味があるのですか? どうやってドラム缶を放り投げているのですか? 是非お話をお聞かせください」

 フィオナが叫びながら駆け寄ると、二人は猛烈な勢いで逃げだした。キャッチしなかったドラム缶がドスドスと芝生に落ちるのも構わず、一目散だ。こうなるとフィオナの足でプロレスラーを追いすがるのは難しい。特にアレックスは、ヘラクレスの力による超高速の逃げ足だ。あっという間にセントラルパークを飛び出し、ビル街へ消えていった。台本通りの行動である。

「エイリアンは取り逃してしまいましたが、彼らは、ここ、ニューヨークに間違いなく潜伏しています。私フィオナは今日得られた映像を解析し、必ずや彼らの居所を突き止めて見せます。続報をお待ちください」

 フィオナがスマートフォンに向かって言い放ち、撮影は終了した。

 セントラルパークからにわかな賑わいが消えた。風が葉擦れの音を鳴らし、カメラのライトが消えて闇が深まる。暗さと静けさが不気味なほどに際立った。

 フィオナは身震いした。薄気味悪い。暗い場所に一人でいるせいもあるだろうが、どこかからか誰かに見られているような気がする。その誰かがいそうな方向、木立のほうを見ると、ゆらりと何かが動いた。

悪ふざけ全開

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