「……」
「……」
二人の間にはただただ重い沈黙と、どちらが話を切りだすか、という二つの空気しかなかった。
しかし、このままではさすがにいけない、と思い話を切り出す。
「あの、さy」
「あのっ!そのっ!ごめんなしゃぃぃぃぃぃ!悪気もっ手を出すつもりもなかったんですゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、わ、私はっ、ただ!天根川くんが好きで、遠くから見れたらそれだけでよかったんですぅぅぅぅ」
せっかく話を切り出そうとしたのに。
しかしまぁ、緊張しているのだろうか、それとも焦っているのだろうか、さっきの独特な雰囲気を保ったまま、噛みまくりでわかりずらかったが……いや待て……いま「天根川君が好きで」って言ったよな。
……ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?…嘘だろ。
ストーカーをしていたのが佐山さんだと気が付いたときは、もしかしたら自分に好意があるのでは?などと思ったが、そんな妄想はやめておこうと、一度思考の外に捨てていたのだが。
でも、しかし、いざ、本当のこととなると、思考がパンクしそうである。
もちろん驚いたことは口には出さない。おそらく今出せば歓喜に震え、自分で声をコントロールできない、と判断したからである。しかし、体は驚きすぎて、びくびくしている。はたから見ればこちらのほうがヤバい奴に見えるであろう。
目の前にいる佐山さんにすら気づかれて……いや、佐山さんも、自分で今言った言葉を思い出して、びくびくしていた。
なぜ思い出したかわかったんだ?だって?そりゃ、目の前で本人は下を向きながら、小声で言っているのでこちらは聞こえていないと思っているのだろうが、「あ、天根川君にしゅきっていっちゃったぁぁぁぁ」なんて言っているのだ。
全部丸聞こえである。
……どうすればいいのだろうか。
さっきと同じように、再び沈黙が始まる。
しかし、さっきと違うのはどちらも挙動不審な点だろう。
そこは、置いておき、自分の好きな人から、事実上では告白されたも同義。
ここは男として、きちんと返事をしなければならないだろう。
そう思い再び重い沈黙を破ろうと、彼女に顔を向ける。
いつもは大人っぽく何に対しても、動じないような雰囲気なのだが、顔全体が今にも蒸発しそうなほど赤色に染め、切れ長の目から、今にも雫がこぼれそうなほどうるうるさせている。
その美しい顔に見とれながら、口を開く。
「その、正直、こういう風にこそこそついてこられたら、怖いし、やめてほしいと思う」
彼女の頬に雫が零れ落ちる。あぁ、泣かせてしまった。だけど、いくら俺が彼女のことが好きでもここだけは言わなければならないことだろう。
と、まぁ、後は告白に対する返事だけだな。
勇気を振り絞り、こんなところで告白するのはいかがなものかとも思ったが、チャンスはここしかない。そう思った。
「佐山さん、それはそれで置いておこう。佐山さん僕も好きだっ!付き合ってくれ!」
「……ふぇ?」
彼女は涙が零れ落ちた頬と、目を拭ってから目をぱちぱちさせながらこちらを見ている。
「……だめ、かな?」
「っっっ」
てっきり返事をくれるのかと思っていた。もちろんYESの。我ながらに傲慢だった。
しかし彼女はバッと立ち上がり、今まで見たことがないようなキレのある走りで去っていった。
「……え、なんで?」
人生初の告白でしかも、両想いだと思っていたのだが、振られた、みたいだ。
------------------
あの後のことはほとんど覚えていない。
ショックでふらふらと家に帰り、寝た。
朝起きても憂鬱な感情が心を支配していて、学校を休もうかとも思ったが、さすがに池田と帰らなくなった次の日に学校に来なくなった、なんてことになったら余計な心配を池田にさせてしまう。
そんな時にお腹がぐぅぅ、と、まるで何かの動物の鳴き声のような音が鳴った。
そういえば昨日は帰ってきてすぐにベットに潜り込んでそのまま寝てしまっていた。
何か食べなくては、と思いリビングに行く。
両親はどちらとも仕事で家を空けていることが多い。
別に家族仲が悪いわけではない。というかどちらかというと家族仲は良い方だと思う。
料理に関しては一応作ることはできるのだが、面倒くさいのでたまにしか作っていない。
ほとんどは冷凍食品か、スーパーのお惣菜だ。
冷蔵庫の中を覗くと、がらんとした殺風景な中身に一つだけ食料があることに気が付いた。
栄養補給バー、か。まぁ、食べないよりかはいくらかマシだろうと袋を開け口に頬張る。
チョコ味のバー。チョコ、というよりもココアのような味で、口の中がパサパサする。いつ食べてもこのパサパサ具合はなかなか慣れない。
長細いみ二本のバーだけでは男子高校生の食欲を満たせる訳もなく、学校に行く途中にコンビニによることに決めた。
家に居ても特にすることがないので、制服にアイロンをかけ、それでも現在時刻は朝の7時。まぁ、途中にコンビニに寄って、それからゆっくり歩いても余裕で間に合うな。
ということで教科書と財布、その他諸々を持ち、家を出た。今日は帰りに買い物をするために財布の中身を気持ち多めにしておいた。
登校している途中も、昨日の出来事がフラッシュバックしてきた。
それに加えて今にも餓死しそうなほどお腹が空いているので、フラフラと今にも倒れそうに歩いていた。
そこまでコンビニまでの距離はなかった気がするのだが、妙に遠く感じる。
「これはやべぇ」
思った以上に、というよりも、家にいた時よりもかなり状態が悪くなっていた。
しかしこんな時でも改めて、昨日の出来事を思い出してしまう。
「絶対、成功したと思ったんだけどなぁ、というか、確定演出だっただろぉ」
なんて独り言を嘆きながら一歩ずつ歩いていく。
はぁ、やっぱり今日はコンビニに行ったら休もう。
思い出せば思い出すほど、胸が締め付けられる。
何とかコンビニにたどり着く。とりあえず、忘れない内に電話しておこうと学校の電話番号を連絡先から見つけ出す。
電話をかけると3コールほどで数学の教師が出たので、手短に体調が優れないこと、それと今日は学校を休むことを伝える。
その後、教師が何か言っていたような気がしていたが、頭には全く入ってこない。
とりあえず、連絡を入れられた安堵感からだろうか一気に体から力が抜けていく。
あ、ヤバい。
壁にもたれかかり耐えていたのだが、ついに耐えられなくなりバタッと倒れる。
はずだった。目を閉じていて、いつまでたっても衝撃が来ないことを不思議に思い、ふと薄く目を開けるとそこには、艶やかで綺麗な黒髪。その間からのぞかせる切れ長の目。
どこかで見たことがあるような気がしたが、今の自分には、ほのかに香るフルーティーな香りと、久しぶりに感じた抱擁の温もりでそれどころではなかった。
何か声をかけられているような気がしたが、今の自分に声は全く届かない。
今までの疲れがどっと押し寄せてきた。
そうして僕は深く沈んでゆく意識の中に身を任せた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!