言いたくても、やりたくても、できないこと。

「半分実話で、半分作り話」
味噌村 幸太郎
味噌村 幸太郎

いつものやーつ

公開日時: 2025年4月27日(日) 14:00
文字数:1,570


 10代の頃、食べても食べてもお腹が膨らまず、とにかく質より量でした。

 それも20代の後半になると落ち着いてきましたが……。


 ある年の初め、僕は電車に乗っていました。

 その日は雪がたくさん降っており、寒くて足の指がかじかむほどでした。

 こんな時はさっさと家に帰って、酒でも飲みたいと思っていた時です。


 電車がゆっくりホームへと停まり、自動ドアが開くと、線路の外に一人の少女が立っていました。

 雪が降る中、半袖半ズボンで何かを手に持っています。

 それは食べ物で、近くのコンビニで買ったと思われるチキンでした。


(こんな寒い中、あんな格好で食べているのか? 寒さよりも空腹という年頃かな)


 恐らくですが、その子が着ている半袖半ズボンは部活のユニフォームで、きっと練習終わりなのでしょう。

 かなり小柄な女子高生ですが、お腹が空いているようで、人目も気にせず、歩道でチキンにかぶりついていました。

 僕みたいなおっさんが、あまりじっと見るのも気持ち悪いだろうとそのまま改札口へ向かいました。


 ~数分後~


 駅舎から出て自宅へ向かおうとしたその時でした。

 先ほどの少女は、まだ歩道で何かを立ち食いしていました。

 僕の足音に気がついたのか、彼女はこちらへ振り向きます。


 「「あ」」


 お互い、声に出してしまい気まずさから目を逸らします。

 しかし僕は見てしまいました。

 彼女が手に持っている食べ物を……あれから数分間のうちにチキンから、大きなコッペパンに変わっていたことを。

 

(部活終わりとは言え、こんなに食べられるのか? 若者も大変だな)


 そう思っていると、その子は僕と目が合ったのが恥ずかしかったようで、食べながら歩き始めました。

 しかし、彼女が歩く道は僕と同じ方向です。

 僕も彼女の後ろを数歩ほど、離れて歩いていました。


 しばらく歩きながら、その子の後ろ姿を眺めてしましたが。

 僕は思いました。

 よっぽどお腹が空いているんだろうと……。


 となると、僕が幼い頃から憧れていたヒーローを思い出します。

「お腹が空いているの? 僕の頭を食べるかい?」と。

 きっと、あの国民的ヒーローなら言うでしょう。


 ですが僕には、”そんな頭”がありません。

 しかし、あるものがリュックサックに入っていることを思い出しました。

 それは小さなビンに詰まった”いつものやーつ”というものです。


 もし”いつものやーつ”でわからない方がいたら、僕の各SNSのメディア一覧を見てください。

 オーガニック・ピーナツバターのことです。

 無塩無添加で健康にもいいですし、ピーナッツ本来の甘みだけでも美味しい万能バターで、長年愛しているものです。


 それを思い出した僕は、急いでその女子高生に声をかけます。


「お嬢さん! ちょっと、そこのお腹を空かせたお嬢さん、お待ちください!」


 いきなり声をかけられた彼女は、驚きから叫び声をあげます。


「ひっ! な、なんなんですか? いきなり……」


 と言いつつもコッペパンを食べています。

 やはり相当お腹を空かせているようなので、僕はピーナツバターの詰まったビンを彼女に差し出します。


「良かったら、これをお使いください! そのコッペパンにぬれば、味も美味しくなりますし。お腹も膨れると思うんです」

「え? 私の食べかけをそのビンに突っ込むんですか……」

「はい! 気にしなくていいですよ! 僕はこう見えて二人の娘の父ですから」


 しかし、その少女は眉間に皺を寄せて、両手を振りながら断ります。


「い、いりません! 失礼ですけど、あなた。普通に気持ち悪いです!」

「え? 気持ち悪いですか……?」

「はい! もし本当に二人も娘さんがいるなら、親の気持ちわかりますよね? 年頃の娘が知らないおっさんに声をかけられたら、どうすると思います? 通報するだけです! あと私、ピーナッツアレルギーなんで、食べられません!」

「……」


 そのあと、僕は女子高生に通報され、お巡りさんにこっぴどく叱られました。

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