「あの。火端さんですよね。そこにいるのは?」
「ああ……」
「妹さんは……おりましたか?」
「いや、いない。やっぱりもっと下の方だ」
「それでは、私たちも限界ですし、おにぎりもなくなりましたし、それにもう現世は夜遅いと思うので……」
「……あ、ああ」
「ここいらで、八天街のお宿へと戻りたいのですが……」
「……あ、ああ。って、え?……ええ??」
「火端さん? お宿は? どこかに泊まるところはないのですか?」
「うん。ないんだ」
「あ、そうですか。それでは、私の今寝泊まりしている。お宿をご案内いたしますね」
俺は音星の言葉に終始、呆気にとられていた。
今更ながら現世に戻れるのか?
どうやって?
「それでは、お後がよろしいようで」
そういうと、目を瞑ったまま音星は、肩から降ろした布袋から古い手鏡を取り出した。
そして、俺の方へ手鏡を向け。
「火端さん? そちらにおられますか? 鏡……写っています?」
「ああ……今、その鏡に俺の姿が写っているよ」
「そうですか。そのままじっとしていてくださいね」
音星の持つ手鏡が光りだした。
「では……」
しばらく俺は、言われた通りに音星の持つ手鏡をじっと見つめていた。
すると、手鏡の光は眩しさを増した。
「そのまま……そのまま……手鏡を見ていてください」
「ああ」
…………
突然、車のクラクションが俺の耳に入った。
辺りがすごく明るくなって、雑踏が少しずつ聞こえて来た。
俺はびっくりして、後ろを振り向くと……?
「うん?」
目の前には、バスで来た時に見た八天街のロータリーが広がっていた。
「え? え? な??」
「どうです?」
音星の声の方へ首を向けると、音星は布袋を背負ってロータリーから大通りへと横断歩道をスタスタと歩いて行ってしまった。
「さあ、火端さん。お宿はこっちですよ」
「あ……ああ。さすがに驚いたよ」
なるほど。
こうやって、音星は地獄へ行き来していたんだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!