巫女と勇気の八大地獄巡り

勇気リンリンの地獄旅
主道 学
主道 学

6-33

公開日時: 2024年5月20日(月) 16:59
文字数:1,381

 「その広部ってやつが、さっきの黒のサングラスの男だったんだな。それであんなことを?」

「あ、ああ。生きていた時で、最後に覚えていたことっていったら、都内の高級バーで強引に酒を勧められていたことと、それから憂さ晴らしに酔っぱらって車ころがして、それから……とある組織の幹部の車に突っ込んだことだけだ」     

「え? ……幹部?」

「そうだけど?」

「ひょっとして、弥生は普通の自動車との正面衝突をしたんじゃなくて、幹部を狙って事故を起こしたのか?」

「ああ……多分な……ワリい……オレ記憶があやふやで……」

「ああ、そうだよな」


 一人の大きな体躯の獄卒が近くを横切った。

 それから、立ち止まって、こちらをじっと見つめている。

 俺は何やら不穏な空気を察知した。


 獄卒が弥生目掛けて、手に持つ金棒を振り上げた。


「あ!」

「……!」


 俺は咄嗟に弥生を脇へ引っ張り、そのまま走り出した。

 周囲の悲鳴や呵責の大絶叫の声が耳をつんざく中で、大叫喚地獄の真っ赤な大地を滅茶苦茶に走りに走る。


 灰色の空から、また大勢の罪人が降ってきた。

 地面に体を激突したものから、獄卒の無情の金棒によって、粉砕されていく。


 裸の罪人の肉体がただの血袋と化して、それが破裂して半透明な人型の魂になっても、獄卒の地獄の責めは尚も続いた。


「ぜえっ! ぜえっ! そうだ! 音星はいないけど、仕方ないから閻魔丁の場所を探そうよ!」

「え? あの巫女さんがいないのに……いいのか?」

「ああ、多分な! 音星なら機転が利くから閻魔丁へと一人でも来てくれるはずだよ!」 

 

「またあそこに行くのか? 兄貴? オレは正直、凄く遠いところにあるから行きたくないんだけどな」

「まあな……」


 閻魔庁は、人間の住む世界から五百由旬《ごひゃくゆじゅん》(古代インドでのサンスクリット語のヨージャナという言葉の音写で1由旬はだいたい10キロメートル)というものすごく遠い所にあるって本に書いてあったっけ。それと、仏のいない世界でもあるんだって。でも、閻魔大王は地蔵菩薩と習合していて、人々の信仰対象にもなっているんだ。


 そのまんま勧善懲悪だけれど、秦広王《しんこうおう》(初七日)初江王《しょこうおう》 (十四日)宋帝王《そうていおう》(二十一日)五官王《ごかんおう》(二十八日)閻魔王(三十五日)変成王《へんじょうおう》(四十二日)泰山王《たいざんおう》(四十九日)と亡者には、七回もの審理があるって本に書かれてある。


「まずはここ大叫喚地獄から閻魔庁へ行く方法を探そう……あ! そこんところは全然大丈夫だった。音星の浄玻璃の鏡があるじゃないか!! 音星の持つ手鏡は浄玻璃の鏡の欠片って言っていたから、閻魔丁へと難なくいけるはずなんだ! 閻魔庁へ行くのなら、俺たちはただここで、音星を待っていればいいんだけなんだよ!」


「そ、それまでこの広い場所を走り回るのか?! 兄貴?」

「え? ああ……」


 今度は弥生が俺の夏服の袖を引っ張りだして、走り出した。すぐ後ろに獄卒がいたからだ。獄卒は俺にも金棒を振り回していた。


「ひえっ!! こりゃ音星を待ってられないかもな……」


 そこで、俺たちは数ある骸の山の一つを急いで登ることにした。

 灰色の空からは、まだ罪人たちが大勢降って来る。

 あっという間に地面は真っ赤に染まり、派手に血潮が辺りに舞う。


 ここは大叫喚地獄。


 俺に嫌というほどここが地獄なんだと思わせた。


 慈悲も仏もないんだな。


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